すべてをかけて守るべきもの
「っ!? リーベ、避けろぉっ!!」
「《防御結界》ぃっ!!」
とっさに叫ぶ俺と同タイミングで、リーベは防壁スキルを発動した。防御力に関しては折り紙付きの、三界機構の攻撃すら防ぐバリアが張られる。
しかし──
「っ、ううぅ!?」
「リーベっ!?」
「そんなチンケなバリアが、僕を止められるわけないだろう? 馬鹿だね、虫けら」
邪悪なる思念の放った光線は、そんな絶対のはずの防御さえ貫通して。
リーベの肩口を貫き、鮮血を散らせていた。
「ぐ、う……!」
肩口を押さえ、蹲る彼女。それでもやつを睨み付け、一切怯まずにいる。
だがあの傷口、かなり大きいぞ。血もかなり出ているし、あのままだと危ない。思わず、足がそちらに向かいかけて。
リーベは俺を見やり、鋭い声で叱咤した。
「今はやつをっ! 私のことは構わないでっ!!」
「っ……」
「応急処置だけはします! ですが今はあなたの戦いこそが最優先っ! お願いします公平さん、目的を見失わないでくださいっ!!」
……俺は馬鹿だ! なんのためにここまで来た、なんのためにみんなが戦ってくれた!
やつを倒すためだ、そのために俺をここまで導くためだ!!
その俺が、こんなことでどうする!
リーベの覚悟に、ビンタされた気分だった。俺は、とんでもなく甘い考えをしていた。
なすべきことなんて決まっている、目の前の敵を、一刻も早く滅ぼすことだ! 他のことは全部、それからあとのことでいいっ!
改めてやつの前に立つ。もう二度と、リーベを狙わせないように彼女への、射線に立って。
俺は、今、最高に激怒していた。
「ふふ……羽虫の言うことを真に受けるのかい? アドミニストレータ」
「当たり前だ。俺の大事な、天使の言葉だからな」
「! 公平さん……」
「覚悟が足りなかったよ、俺には」
リーベの声を遠く、聞きながら。俺は、静かに言った。
そうだ、覚悟だ。勝つためなら何でもする、その覚悟が足りてなかった。
でももう、大丈夫。教えてくれた人がいるから。
心の奥底、何か、得体の知れないモノに触れる。
「──これは。最後の闘いである」
「っ! 公平さん、コマンドプロンプトに直接!?」
「……?」
よく知ってるけど思い出せない何かに触れて、その最奥から力を引き出す。
10000倍じゃ足りない。もっと、もっとよこせ。
後のことなんて知らない。勝って、生きて帰れればそれで良い。今この時、持てるすべてを使い果たす覚悟が、今までの俺にはなかった。
「《誰もが安らげる世界のために》、リミッター解除──極限倍率、100000倍だ……!!」
「十万……っ!? そんな、どうしてそんなことが!?」
「……な、なに? なんだ、アドミニストレータ、何をしている!?」
力が、エネルギーがオーバーフローを起こして、身体を壊していく。あまりの負荷に、リーベの回復が追いつかないのを感じる。
命を、削っているのが、分かる。
だが死ぬわけにはいかない。俺には約束がある、必ず生きて帰ると。だから、活動限界ギリギリまでに終わらせる。
肉体が、骨もろともに溶けるほどのエネルギー。もはや痛みすら感じなくなった決死の領域の中で。
俺は、邪悪なる思念に告げた。
「一分だ」
「な、なにを……!?」
「お前が滅びるまでの、時間だよ──!!」
右拳を放つ。邪悪なる思念の全身が砕けた。皮切りに、両方の拳で神速の連撃を放つ。
殴る端から再生していく、身体をさらに殴って塵にしていく。頑丈な敵の肉体も、十万倍エネルギーの前には紙切れ同然だ。
「ぐぅっ!? な、なん、がぁっ!? なに、ぎぇ! が、くにゃぁ!?」
「す、すごい……!」
「おおおおおおああああああああっ!!」
邪悪なる思念のおぞましく美しい肉体を、無様な穴まみれにしていく。殴り続けるうち、いよいよやつの再生能力にも限界が来たみたいだ──まるで回復できていない。
このままいけば、なんとか一分以内にこいつを、消滅させられる!
「こ、こんな、ぐげっ、ばか、な、うぎっ……!?」
「消え去れ、邪悪なる思念っ!!」
「いや、だ、いやだ、いやだ……!!」
さっき俺が抱いた絶望を、今度はやつが抱いたようだった。混乱と戸惑いと、たしかな恐怖。紛れもなくこいつは、追い詰められている。
涙まで流し始める、殴られすぎて消滅寸前の邪悪なる思念。だがもう遅い、これで、終わりだ!
「消えろ、トドメだぁっ!!」
「────しにたくないっ!!」
最後の一撃、これで正真正銘、一分だ。
すべてを込めて叩き込んだ拳の破壊力は、当然、滅びかけの邪悪なる思念のすべてを、完膚なきまでに破壊して──
「…………ばか、な」
「っ、はぁー、はぁーっ……っ、ま、間に合った……っ!!」
──いなかっ、た。
薄い、けれど決定的に硬い防壁に遮られて。俺の、一撃は防がれていて。
「こ、こうへい、さん……!?」
「ぁ、あ……? が、ぐ、ぎ」
代わりに、邪悪なる思念の拳が。
俺の心臓ごと、身体を貫いていた。
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