邪悪なる思念──狂えるワールドプロセッサ
三界機構を乗り越えた先の道には、妨害らしい妨害もない。真っ黒な空間にホワイトラインだけが走る道のりを、ただひたすらに俺とリーベは駆け抜けていた。
確実に邪悪なる思念に、近付いているのだろう……気配がどんどん大きく、強くなっていく。もう、すぐそこなんだ。
「公平さん、先に言っておきますね」
走る俺と並んで、空を飛んでいるリーベがポツリと呟いた。
「邪悪なる思念は、もはや救いがたいモノです。狂えるワールドプロセッサなど、破壊して滅ぼす以外に処置はありえません。絶対に、アイの時のように土壇場で手を差し伸べることはしないでください」
「…………リーベ」
「どんな相手にも慈悲を持ち、救おうとする公平さんの姿はとても素晴らしいものです。ええ、リーベとしても、そんなあなたのことを尊敬し、愛し、尊重しています。ですが」
そこで、若干の途切れ。
目を伏せて、リーベは言いにくそうに、けれどしっかりした言葉で続ける。
「こと今回に限ってはその姿勢が命取りなんです。やつはあなたの優しさを認識している、知っている。そこに付け込んできます、必ず」
「…………分かった。容赦も情けもない。俺はやつを、必ず滅ぼすよ」
「ありがとうございます……そしてごめんなさい。こんなことに巻き込んだ挙げ句、あなたの優しさを踏み躙るリーベたちは、最低です」
心から己を恥じるように、俺に贖うように。
自らを傷付ける言葉を、まるで血を吐くように言う彼女を、誰が責める気になるだろうか。
俺は走りながらも、目を細めた。
「……感謝してるよ、リーベ」
「公平さん……?」
「色々あったし、これからも色々あるんだろうけど。スキルをもらった日から、楽しくない日なんてなかった。お前に出会えてから、愛しくない日なんてなかった」
「…………っ!」
「だから、ありがとう。俺に力をくれて、俺に守らせてくれて。システムさんにもリーベにも、俺は感謝しかないよ」
何も知らないまま、いきなりスキルを渡されて探査者になって。正直、流されるままにアドミニストレータとかって話になって。
でも次第に、俺自身の意志として選択するようになっていった。誰かに促されてでなく、他ならぬ俺自身の心と意志で。
だから俺は、今の状況に俺を連れてきてくれたすべての縁に感謝する。
この戦いの結末がどんなものになろうとも。たとえ何かを失うとしても。この感謝だけは絶対に欠けることはない。
ありがとう。
俺は、今の俺になれて良かった。
「……さあ、急ごう! もう、気配はすぐそこだ」
「…………はい!」
そこまで言って、なんとなし恥ずかしくなった俺が急かす。
涙声でリーベは、そっぽを向いて顔を隠しながら答えた。
──いよいよ見えてきた。道の果て、何者かがいる。
人影だ。真っ黒な空間になお、輝く光とともにある者。
男にも女にも見える、裸の人間。端末をそのまま大きくしたような見た目をしている。何も知らなければ、あまりの美しさに魅了されていたのかもしれない。
それほどまでに神々しい見た目だが、俺とリーベはすでに知っている。あの者が、これまでにおびただしい数の魂を喰らい、己の欲望を満たさんとしてきたことを。
今また、俺たちの世界にさえその毒牙を向けていることすらも。
立ち止まる。もう、会話すらできる距離だ。
向こうは俺を、俺だけを見ている。リーベは眼中にないらしい。
今の状況だとありがたい、かな? 俺は、静かに言葉を発した。
「来たぞ、邪悪なる思念──狂ったワールドプロセッサ」
「待っていたよ、アドミニストレータ──夢見るワールドプロセッサの走狗。哀れなただ一人のか弱い人間」
やつは。
邪悪なる思念、その本体は。
「ここが終着点だ。君と、君の世界のね。君を屈服させて僕の物にしたあと、速やかにこの世界の何もかもを喰らいつくそう。もう、お遊びはなしだ」
シニカルな笑みを浮かべ、俺に宣言してきた。
身構える俺、後方に転移するリーベ。一気に臨戦態勢へと移行した俺たちに、けれどやつは構わず話しかけてくる。
「天地開闢結界を塞ぎ、三界機構を搦手で下し──君らの努力には感服する思いだ。いや本当に、本気で行かなきゃならないと、思わされた程度にはね」
「…………」
「敬意を表して、全力でいくことにしたよ。それにアドミニストレータ、君だって真正面から叩き潰されれば、さすがに折れて、僕の地獄に付き合ってくれるだろう?」
地獄と分かっているのに、こいつは、止まらないんだな。
憐憫を押し殺す。リーベの言葉は正しい。俺は、この期に及んでなおこいつに、もう止めろと言ってやりたくなっている。
もう、お互いに後戻りできないのに。もう、こいつが滅びる以外に、この世界が救われることはないのに。
「公平さん……」
「……大丈夫だ、リーベ。迷わない。俺は、俺の世界のため、俺の守りたい人たちのために、邪悪なる思念を滅ぼす」
心を鎮める。瞑想──称号効果により、心の乱れが収まる。
そうだ、俺はもう迷わない。救うべきものとそうでないものを取り違えはしない。
真っ直ぐに邪悪なる思念を睨みつける。俺の敵意さえ、やつは嬉しげに楽しげに受け取った。
「そうこなくちゃ。ここまで来たらもう、これはこれで楽しむしかない。さあ、やろうかアドミニストレータ。僕と君、僕と君の世界。ここで白黒付けよう」
「覚悟しろ、邪悪────!!」
大仰に両手を振る、やつを見て。
俺は一気に、力を引き出していった。
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