ソード・ナックル・クロスロード
右目に強烈な一撃。星界拳の中でも特に大技の、基点となる蹴りが炸裂している。
遠目からでも、断獄の右目が弾けたのが分かった。外皮は硬いが、眼球は柔らかいのだろう。あるいは急所と言うべきか。
こうなるとリンちゃんの独壇場だ。こと戦いとなれば微塵の躊躇も容赦もなく、敵の弱点を狙い撃つ彼女の連撃が、始まった。
「しぃっ! やぁっ!! しぃゃぁあああっ!!」
左脚にて震脚、さらに右目を穿つ。吹き出す血を浴びながらさらに右脚、足刀。その後もさらに、右目から内部に侵入して蹴りを浴びせているようだった。
ズドン! ドスン! と、姿は見せずして轟音が響く。これが普通の生物相手ならやり過ぎなんだが、相手は異世界一つ、束ねた化け物だからな。どうせ超再生能力がある以上、少しでも手を緩めればすぐさま回復するだろう。
──と、内部に侵入していたリンちゃんが勢いよく飛び出てきた。すごいな、まるでロケットみたいだ。そのままリーベに片手でしがみつき、何やら話している。
耳を澄ませばなんとか聞こえる声量だ。マリーさんも耳を澄ませているみたいで、少し断獄から距離を取っていた。
「リーベちゃん。おそらく中枢、発見した。打撃の振動、おかしいところがなかった」
「まさかのエコーロケーションですかー。精霊知能より探知が早いなんて、あなたも大概ですねー……頭部にないのは解析できました。ですが、どこに?」
「ん」
ちょっとはしたないけど足で指し示す、その先は断獄の、虎のようにしなやかで象のように太い胴体。ざっくばらんとしているが、まあ頭部にないってなったらそこだろうな。
さらに詳細を把握しているみたいで、リンちゃんはさらに続けた。
「どちらかと言えば、股間に近い部分。上半身部分はどこも似た構造。災海の時に感じた、中枢の感触がない」
「手足のいずれかに中枢を、偏らせているとも考えづらいですねー……となれば下半身部分が怪しいですか」
「次は股間、狙ってみる。特定できたら大技、一気に中枢ごと貫き通す。蹴った感じ、たぶんやれる」
淡々と告げるリンちゃんだが、闘志に漲っているのは遠目の俺からでも伺える。すごいな……スキル関係ない持ち前の技術のみで、この子、三界機構と渡り合ってるよ。
リーベも乗り気だし、次は下半身を攻めるようだな。同じく地上から聞き耳を立てていたマリーさんが、笑い声をあげた。
「さすがはヴァールさんのお墨付きさね、ファファファ! その年でこうまでやるとは大したもんだ、公平ちゃんと言い、あんたらの世代の他の探査者連中が気の毒に思えてくるさね!!」
「おばーちゃん、マリーさん。フォロー、お願いできますか?」
「聞くまでもないよ嬢ちゃん。気に入った……! 陽動なり牽制なり、はたまた本命を叩き込む前の支援なり、なんでも野郎にかましてやらァねぇっ!!」
「怖ぁ……」
「怖ぁ……」
リンちゃんをよほど気に入ったのか、またしても凄絶な笑みで啖呵を切るマリーさん。怯える俺、リーベ。
それはさておき、断獄を見る。やはり再生能力を持っていて、顔面の傷もすっかり元通りだ。ズルすぎるだろこいつら。
とはいえ絶望も諦念もこちらにはもちろん、ない。いざ次の攻勢へ、と意気込む三人。
しかし今度は、断獄の方が先手を打った。
『────ゥオオオオォォォオォォォォッ!!』
号叫。とてつもない声の大きさで遠吠えがなされた。それだけの行為でたやすく発生したショックウェーブが、上空にいたリーベとリンちゃんを直撃した。
「っ、ぐううぅうっ!?」
「やばい!? 《防御結界》!!」
物理的威力さえ伴う衝撃波が彼女らを襲い、いくつも傷を負わせていく。
慌ててリーベが防御スキルを──あれは、望月さんが持っているものと同じものか──自分たちとマリーさん、そして俺にまで発動した。各人を包む、数分間のシェルター。
衝撃波をそれでやり過ごす中、リーベの光翼から癒しの鱗粉が舞った。
「くっ! 大丈夫ですかみなさん、フェイリンちゃん! ──《医療光紛》!」
「……っ無事。ありがとう、リーベちゃん」
「マリーさんはご無事ですか!?」
「間一髪、あんたのバリアが間に合ったさね。ありがとうさん、リーベちゃん」
手傷を負い、それでもリーベにより回復するリンちゃんはともかく、マリーさんは距離を取っていたこともあり、どうにか無傷で済んだみたいだ。良かった。
しかし猛攻は続く。今度は断獄め、前足を勢いよく振り上げて何度もスタンピングを始めた。巨体が軽々と飛び跳ねて地面を幾度となく踏みつける様はダイナミックそのもので、当然、大振動が発生する。
『オオオオオォォォォォォ!!』
「くうっ!? 化け物め、近づけさせんってかい!?」
「マリーさん、うわわわ揺れるっ!?」
リーベやリンちゃんは中空にいるから、精々空気の振動を受ける程度だが、マリーさんと、あと俺もダイレクトに地震の影響でバランスを崩さざるを得ない。
思わず片膝をつく。絶え間ないスタンピングは、継続した大振動を生み出している。このままではマリーさんが危ないんじゃないか!?
俺の危惧をよそに、マリーさんは獰猛に笑った。
波打つ地面にタイミングを合わせ、一気に敵に向けて飛びかかる。一気に距離を詰めるその先は……断獄が今まさに振り上げた、前足だ!
「陽動、牽制、はたまた支援……! 一手にてお果たし仕ろうか! 《居合》大断刀──ロンドンブリッジ・フォーリングダウン!!」
かつて、二度に渡りドラゴン退治を果たしたマリーさんの大技。
三度目は世界を脅かす化け物に向けて放たれ、即座にその両脚を文字通り、大切断した。
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