断獄
ベナウィさんに災海の相手を任せ、俺たちはさらに最奥を目指して走っていく。
すでに10分以上は経過している。はるか後方から、爆音と閃光、そして空気の振動が伝わってきていて。
崩壊していく災海がそれでも暴れるのを、ベナウィさんが応戦し続けているのだと察することができていた。
「大丈夫かな、ベナウィさん……」
思わず口にする。不安にならざるを得ないくらいには、あの三界機構の一つ、災海とは怪物だ。
いくら自壊を始めているからといって、あれだけの力を持ち、しかも瞬時に再生してしまうようなのを相手に、一時間も持ち堪えられるんだろうか?
心配する俺に、マリーさんが走りながらも声をかけてくれた。
「なあに、あいつは要領がいいし、タフだ。倒しきるんならともかく、タイムリミットまで持ちこたえるのが勝利条件なら、どんな手を使ってでもやりきる男さね」
「超再生も自壊と共に消失しました。それでも人一人の手にはあまるでしょうけど……時間が経てば経つほど自壊が進み、楽になっていくはずですから。信じましょう」
リーベもフォローしてくれる。そうか、再生能力はないのか……だったら、時間とともに戦闘力が落ちていく相手だから、生き延びる目は十分にあるのかもしれない。
それにあの人はプロだ。俺が心配するのもおこがましいのかもな。託された者として、今は任務を達成することを考えないと。
走り続けること、さらに10分。どこまでも続く真っ黒な空間、ホワイトラインの先に、次第に何かが見えてきた。災海にも似た雰囲気の、同じような大きさの化物──三界機構だ!
象のような虎のような、ライオンのようにも見える四足の獣。硬そうな体毛に表皮を覆われていて、何より、顔面には大きな角と牙が二本ずつ、生えている。災海よりはスケールが小さいが、それでも8mはある。
先頭切って走る、というか翼をはためかせて飛ぶリーベが、その詳細を告げた。
「三界機構の、あれは断獄……! 対応する決戦スキルは《アルファオメガ・アーマゲドン》! シェン・フェイリン、あなたの相手です」
「断獄、上等! しぃぃぃぃ────っ!」
今度の三界機構が、自分の対応している相手だと分かるやいなや。リンちゃんは一気に加速を付けて、疾風怒濤の勢いで誰より先に敵、断獄へと向かっていく。
まさしく弾丸超特急。倒すべき敵ならば即、仕留めにかかるのは、果たして星界拳士ゆえの習いなのか、それともリンちゃん個人が鉄砲玉気質なのか。
正しいところは知らないが、とにかく彼女の先行を以て戦端が開かれたのは事実だ。俺たちも、あとに続く。
「なんとまあ、元気な子だよ! それに向こう見ずだ、面白いさね!!」
「面白がってる場合じゃありませんねー……! ここからはリーベも加勢します! 公平さんは引き続き、体力を温存していてください!」
「あっ、はい」
マリーさんは相変わらず嬉々として戦意を漲らせているし、今回から戦闘に加わるリーベなんて、リンちゃんを追ってさっさと空を飛んで敵に向かっていく。
……今回も俺はベンチウォーマーだ。さっきに比べてリーベがいない分、本当に一人だな。
だが何があるか分からない領域である以上、いつでも攻撃を仕掛けられるようにはしておく。万一のことはいつだってあり得る。
戦闘領域からほどほどに離れた位置で、俺は立ち止まる。
リンちゃんはすでに、断獄の巨体へと飛びかかっていた。
「出し惜しみはしない! しぃぃぃぃぃぃぃやぁっ!!」
飛び蹴りを顔面に放つ。さすがの技のキレだ、空気を切り裂く音が、離れた場所のここにまで届く。
対する断獄も当然、迎撃する。象にも似た、けれどサーベルタイガーのような大きな牙を備える口を開き、リンちゃんの小さな体を呑み込もうと──いや、食う気なのかよ、あいつ!
「────っ! なんのっ!!」
「リンちゃん!?」
「させません! 《転移》!」
息を呑むリンちゃん。しかして身を翻し、なんとか牙を狙おうとする。
そこにリーベが割り込んだ。猛スピードでリンちゃんに追い縋り、その背にタッチ──瞬間、転移スキルを発動させた。
そして再び姿を見せたのは、リンちゃんを喰らおうとして大口開けた断獄の、まさしく頭上!
一瞬混乱した様子を見せるリンちゃんだったが、敵の場所をすぐさま把握。再度身を翻して、今度は直下に蹴りを放つ。
それだけではない。
時を同じくして断獄の真下、たどり着いていたマリーさんが今、渾身の力を以て逆さ刀を振り回して──!
「若人の無鉄砲、フォローするのはババアの仕事ってね! 《居合》大断刀・ビッグベン!」
直上へ飛び上がり、断獄の顎を打ち上げる! 大きく開いたやつの口が閉じ、さらには勢いのままに頭が上を向く。
そこに振り下ろされるは、星界拳の脚、断頭刃!
「──星界っ! 盤古拳っ!!」
それはまるで流星のように。星界拳正統継承者シェン・フェイリンの奥義が、敵の右目を直撃していた。
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