災海
視界いっぱいの黒に、白いラインが走るだけの空間をひた走る。俺、リーベ、マリーさん、リンちゃん、ベナウィさんの五人は、邪悪なる思念の本体が待つ、このダンジョンの最奥に向けて進撃を開始していた。
途中で三界機構の襲撃があろうことは確定している。だからか、どちらかと言えば決戦スキル保持者の三人が俺の前を行く形での陣形だ。
「ちなみにこの道、どのくらい続く?」
「この速度で走れば、そうですね邪悪なる思念の本体までは一時間ほどですー! ただ、三界機構の横槍と対処がありますから……どうあれもっと時間はかかりますねー」
「いかに我々が手際よく、三界機構に決戦スキルを当てるかという話ですね、こうなると」
走りながらもまったく息が乱れることなく、ベナウィさんも会話に参加してきた。
たしかに、ただ走るだけでも一時間かかるというなら、合間に三度、挟まるだろう三界機構との戦いをも含めると普通に半日はかかる。これをどうにか短縮しようと言うなら、やはり三界機構の自我を早急に取り戻すことが肝心なんだろう。
「ミスター・公平。ことを成したら、すぐに先へと行くのです。時間があればあるだけ、我々は不利になり敵は有利になる。口振りからは、やつはあなたを待っているようにも見受けられましたが、さすがに敵の物言いをそのまま信じることはできません」
「ええ、もちろん。俺の役目はみなさんが切り開いてくれた道を行き、やつと決着を付けることです」
ベナウィさんの言葉を受けて、俺は今一度、己のやるべきことを口にした。そうだ、ここまで来ればあとは行くだけ。
倒すだけだ。やつの妄想としか言えない野望を、やつの存在ごと葬るだけだ。
「見えました! 三界機構です……!」
「!」
リーベにつられて先を見る。かなり遠く、真っ黒な空間に異形がいる。
鮫の頭を持つ、巨大な蛸──間違いない。かつて見た、三界機構の一角だ。名をたしか、災海と言ったか。
緊迫度を増す俺たち。リーベが、敵を分析した。
「三界機構の、あれは災海ですね。対応する決戦スキルは《メサイア・アドベント》。つまりはベナウィ・コーデリア、あなたです」
「早速来ましたか。下手に後になるよりは先の方が、緊張しなくて済むので助かりますね──大技を準備します。マリアベール様、ミス・フェイリン。陽動は頼みます」
「ファファファ、任せい」
「了解」
災海の中枢に組み込まれたワールドプロセッサを、解放するためのスキルはベナウィさんの保持するものだ。つまりは彼が、初戦を受け持つこととなる。
こんな状況でも紳士的に振る舞い、笑うベナウィさんの姿は頼もしい。うっかりで、お酒が大好きで、酔っ払うとちょっとおかしなおじさんになるこの人だけど……その実力は紛れもない探査者の頂点に位置する一人。
マリーさんもリンちゃんも不敵に笑った。なんの心配もない。
災海も、俺たちの存在を捉えたようだった。触手──先端に鋭い爪が付いている──を無数に伸ばし、蠢かせ。
そのまま俺たちに向け、放って来た!
「来ました! 戦闘開始です!」
「ファファファ! いきなりド派手にかましてくるねえ……《居合》! 大断刀・コーンウォール!」
先手を取られる形になったが、リーベの号令に真っ先に動いたのは、マリーさんだった。
仕込み杖を逆さに握るいつものスタイルで、相変わらずの超神速の居合抜き。目にも留まらぬ速さで抜き放った刀で逆袈裟一閃、さらに追加で左右に一閃、二閃。
瞬間、斬撃は鋭い刃の衝撃波と化し、迫りくる触手を軒並み弾き返した。切断には至っていない。斬るつもりで放ったのは見て分かったが、災海のボディが硬すぎてできなかったのだ。
予想に届かなかった反撃の結果に、マリーさんは壮絶に笑った。
「──良いねえ。私がぶった斬れなかったなんていつぶりだぁ? こいつぁ良い、滾ってきたよっ蛸助ぇぇぇっ!」
「怖ぁ……」
「怖ぁ……」
久しぶりの難敵なんだろう、なんか、ハチャメチャに楽しそうなマリーさん。俺とリーベは思わず身震いして、口を揃えて怖ぁ……した。
この人、おばあちゃんだからおばあちゃんしてるだけで、本質的にはかなり苛烈な人なんだろうね。キレた時の姿とか、若い頃の話を聞いて総合的に考えるとそう思う。
しかし、今この時にはこんなに頼もしい人もいない。触手を弾きながら駆け込む俺たちと、災海との距離が近付く。
もう本体に届く距離だ。次いで、リンちゃんが仕掛けた!
「しぃぃぃぃっ、やぁぁぁぁぁっ!!」
飛び蹴りが災海の、柔らかそうな蛸の胴体部に叩き込まれる。天地開闢結界はしっかり無効化されているようで、敵の身体がにわかにグラつくのが見えた。
災海の身体は大きい。このダンジョンの天井まで大体、10mはあるけどほぼそれに近い高さだ。横幅も、それ相応に太い。
そんな巨体を、蹴りをヒットさせたところから駆け上がる。星界拳士らしい、まるで羽根が生えたような身軽な振る舞いだ。
一気に鮫の顔面にまで駆け昇り、再度の攻撃を放つ。
「星界八卦脚──しぃぃぃぃやぁっ!!」
飛び上がり、連撃を放つ。星界拳士シェン・フェイリンの蹴りはそのすべてが一撃必殺の威力を秘める。
クリーンヒット。鮫の頭を強撃するキックの嵐が、災海を大きく仰け反らせた。
最後の一撃とともに、反動でリンちゃんが大きく後方へ飛ぶ。空中にて身を翻しながら、彼女は準備万端のベナウィさんへと叫んだ。
「ベナウィさん、今!」
「天地開闢結界なしでもこの巨体、あの硬度。どこまで通じるかは分かりませんがやってみせましょう──《極限極光魔法》、ライトレイ・オーロラカノン!」
そして、自身が持つ最大の技を準備していたベナウィさんの、奥義とも言える極大のビームが放たれた。
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