いざ、ラストダンジョン!
一瞬の浮遊感。それから、少しの暗転。
気付いた時にはすでに、旅館の俺の部屋でない、何か、異様な空間に俺たちは現出していた。
「こ、れは……?」
真っ黒な空間に、床と壁を線引するようにホワイトラインが走っている。線画……とでも言えばいいのか? 無機質を通り越して、もはやなにもないに近い。
暗くはない。俺たち全員が、互いに互いを視認できているのだし、線画が一直線に続くはるか先まで、割合くっきりと見える。
総じて、不思議そのものな場所だ。少なくとも俺には、それ以外の感じは受けないんだけれど。
他のみんなは、違ったみたいだ。何やら顔色が悪い。
「っ……これは、この恐ろしい感覚は?」
「悪寒? いや、怖気かえ? 理屈や感情からのものじゃ、なさそうだが……」
「ここ、イヤ……! 人間、ここ、いちゃいけない!」
「人間のみならず、生命が立ち入ってはいけない領域のように思いますね、これは」
香苗さん、マリーさん、リンちゃん、ベナウィさん。
世界でも指折りの実力者たちが揃いも揃って、自分たちでも把握できていないらしい嫌悪感に顔を歪め、体を強張らせている。
マリーさんまでとは、これはただごとじゃないぞ……リーベとヴァールを見る。二人はまったく動じずに、落ち着いてと言ってきた。
「元よりここは、命あるものの領域ではありません。立ち入るべきでない場所に足を踏み入れているのですから、魂が警告を発しているのでしょう。今、一時的なアクセス権限をみなさんに付与します……公平さんは必要なさそうですけど。なんでです?」
「知らんがな。いや、え? ぜんっぜん、平気なんですけど……え。怖ぁ……」
おおっと! ここに来てリーベちゃんの訝しげというか、なにか得体の知れないものを見るような視線が山形くんに突き刺さった!
……いや、マジでなんで? 俺もこの場所にいるのに、全く毛ほども影響を受けてない。怖気? 悪寒? 魂の警告? 何一つ感じてないんですけど。
言ってる間にみんな、権限とやらが付与されたようで普通の心地に戻ったみたいだ。俺は元からなんともないけど。
困惑する俺に、ヴァールがどこか、納得したように呟いた。
「やはり……ワタシの推測どおり、なのか」
「知っているのか、ヴァール!」
「……この戦いが終わったら教えるさ。もっともその頃には、あなた自身、すでに答えを得ているだろうとは思うが」
「今言ってよ!? なんで終わったあとなのモヤモヤするんですけど!!」
決戦前に恐ろしくいやなフラグを立ててきたヴァールに思わず猛抗議。こいつ、土壇場でそういうことを言い出すと、お約束的に俺かお前かどっちかが死にそうだな〜とか思わないのか。
しかも抗議しても、クールに受け流しやがるし。いや……ていうか、どこ見てるのこの人。ホワイトラインが続く、はるか先を見ている。
「どうした?」
「悠長にお喋りをしている時間も、もうおしまいだ。来たぞ」
「……邪悪なる思念か!?」
「端末のようだがな。やはり待ち構えていたか」
淡々と告げるヴァールに、俺たちは一斉に身構えた。彼女の視線の先、一面の黒に走るホワイトラインの果てを見据える。
ゆっくりと、歩いてくる人影。中性的な顔立ちの美しい、少年のような少女のようなその存在。シャツとGパンと、まったく状況にも場にも似つかわしくない姿で、にこやかな笑みでこちらを見ている。
邪悪なる思念、その端末。
いきなりのお出ましだ。予想はできていたとはいえ、正直ビビる。
「ようこそ……僕のプライベートゾーンへ。ふふふ。かれこれ150年、初めてのお客様だよ」
「侵略者風情が、ここの主気取りとは笑わせる。貴様の好きにしていいものなど、この世界には素粒子一つ分たりとて存在しない」
「前のアドミニストレータを見殺しにした負け犬が、開口一番にご挨拶じゃないか。ここに限らず君らの世界の8割方はすでに僕が押さえている。所有者らしく振る舞ったって構わないだろ? ふふふ」
「てめーが不法占拠してくれやがったその8割を、今日こそ取り戻すっつってんですよー。よその世界のワールドプロセッサも、イカれてしまえば粗大ゴミ。特別サービスでロハで廃棄処分してやりますよー」
そして始まる口喧嘩。互いに最初から殺し合う腹づもりだから、喧嘩腰どころの話じゃない。
リーベもヴァールも殺意剥き出しだし、いつもは飄々とした雰囲気の端末も、今日ばかりは殺気を纏わせての剣呑なオーラを放つ。とはいえやはり、余裕たっぷりな態度は変わらずだが。
と、俺の方を向きやがった。殺気を霧消させて、微笑みかけてくる。
「やあ、アドミニストレータ! 昨日ぶりだね、元気してた?」
「ああ、元気だよ。お前を滅ぼせちゃうくらいには、な」
「……ふーん。やっぱり、こうなるかあ。どうしても僕と戦うの? 天地開闢結界と三界機構を有する、この僕に? 勝てるとでも思ってるの?」
「ああ。準備もそれなりにしてきた──吠え面を見せてくれ、邪悪なる思念」
完全に油断しきって、余裕をかましている端末に、俺は思いつく限りの精一杯の煽りを入れてみた。
──タイミング良く、香苗さんが動く。ヴァールと視線を合わせて後方に下がり、右手を高く天に掲げた。
不意の動きに目を丸くする端末。予想もしていないのだろう。ご自慢のバリアーを、打ち破る手立てがこちらにあることなど。
「今だ、御堂香苗。今こそ天地に知らしめよ、開闢あらば終焉ありと!」
ヴァールの言葉。開戦の火蓋を切って落とす、まさしく宣戦布告だ。
呼応して最終決戦スキルが今、御堂香苗の手によって解き放たれた!
「ひいおじいちゃん。香苗は、務めを果たします────! 最終決戦スキル発動、《究極結界封印術》!」
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