世界を救うための戦い
時間が来た。朝10時、俺の部屋。
すでにみんな揃っている。もちろん戦闘態勢だ──WSOが特別に誂えてくれた特注の、本来ならばS級探査者が装着するような防具やら服やらを、ソフィアさんは俺たちにプレゼントしてくれた。
「戦いとなると、もう私には何もできませんからね。ヴァールに任せきりになりますから……せめて、これくらいはさせてください」
と、託すように願いを込めた言葉を投げられた。
先代アドミニストレータだったこの人が、いかばかりの心中なのかは計り知れないものがあるけれど。そんな彼女の祈りさえ背負うように、俺たちはそうした装備に身を固めていた。
「準備は良いですかー? トイレに行くなら今のうちですよー? おかしとかは、まあエネルギーバーくらいなら持って行っても良いかもですよー。あ、バナナはおやつに入りませんー」
「遠足か!」
この期に及んでなんかふざけだした、リーベにツッコミを入れる。
肩の力を抜かせるためのものなんだろうけど、いらない話だよ……みんな自然体だ。なすべきことを前にして、迷いなく平常を保っている。
てへへー、と笑ってリーベは続けた。
「大きなお世話でしたねー、失礼しましたー……本当に、これが天下分け目の決戦です。形勢が不利になればどうにか撤退しますので、死んでもどうにかしよう、とは思わなくて良いってことはお伝えしておきますねー」
「──そうだな。後釜の言うとおりだ」
ソフィアさんから切り替わり、ヴァールも告げてくる。
この戦いが、世界の今後をダイレクトに左右するのは言うまでもないことだけれど。それでも、負けるとなれば死ぬ前に生きて逃げ延びることを選ぶべきだと、二人の精霊知能は言ってくれた。
「命ある限りチャンスは巡ってくるだろうから、生きて帰るのがまずは第一だ。とはいえ、こちらの切り札をまとめて切るこの作戦が失敗したとなれば、我々はやつに対してあらゆる有効打を一旦、すべて手放すことになりかねん。リカバリーにどれだけかかるか」
「あの〜、もしかしてプレッシャーかけてる?」
「あ、いや、そんなつもりもないのだ……すまない。少しナーバスになっているかもしれない」
珍しくも仏頂面を、憂鬱げに染めてヴァールは俯いた。
きっと、150年前の敗北が脳裏をよぎっているのだろう。セーフモードへの移行がなければそのまま世界が終わってしまっていた大敗に、居合わせたのが彼女なのだから。
安心させるように、俺は、俺たちは微笑んだ。
「大丈夫だよ、ヴァール。必ず帰ってくる。もちろん勝利を手にしてね」
「それよりヴァールさんは、御堂ちゃんを護り切ることに専念することですさね、ファファファ! ある意味一番の大役ですよ、そこは」
「三界機構、私とおばーちゃんと酒飲みで倒す。公平さん、リーベちゃん、やつの元まで届かせる!」
「というか、始まる前から負けた時のことを考えるのは良くないですねえ。まずは気組みで敵に勝ることが大事とは、よく言われることですよ」
俺、マリーさん、リンちゃん、ベナウィさん。
邪悪なる思念と三界機構を直接相手取る俺たち四人が、それぞれに彼女を勇気付ける。
メインで戦う俺たちの言葉に、どうにか安心してくれたのだろうか? ヴァールは少しばかり、口角を上げた気がした。
「私は、残念ながら後方支援です。ですが気持ちだけはいつだってみなさんと共にあります。どうかご武運を。そして、どうか生きて帰ってきてください」
香苗さんも、俺たちにエールをくれる。
口振りから内心、共に戦えないことを忸怩たる思いで捉えているのは容易に想像できるけど、とんでもないことだ。天地開闢結界を無効化する、最重要な部分を担うこの人こそ、ある意味では一番大変な立ち位置だというのに。
この戦いでは誰もが全力なんだ。俺たちは、離れていても一緒に戦っている。
「さて! そろそろ行きましょうかー……本当に、やり残したことはありませんね?」
最終確認。念に念を押すリーベに、もはや迷いなく俺たちは力強く、頷いた。
あとはもう、やるべきことをやるだけだ。必ず勝って、世界を、時代を正しい姿に戻そう。
気合十分の俺たちに、応えるリーベが気炎を吐いた。
「よーっし、ですよー! さあやりましょう! 目指すはこの世界の外殻、邪悪なる思念の本体が侵入を果さんとするまさにその地点!」
「やつのことだ、転移先ですでに待ち構えている可能性もある。気を抜くなよ……敵は、500年もの間この世界を踏みにじってきた悪魔だ!!」
ヴァールの激が飛ぶ。そうだこれから、俺たちは戦場へ向かうんだ!
リーベが普段隠している、精霊知能としての光翼が羽ばたいた。煌めく鱗粉が俺たちを包み、空間を歪める。
数日お世話になった部屋に、別れを告げる。今度帰ってきた時はその時は、きっとすべてが終わった時だ。
「いざ、敵陣へ! ────転移っ!!」
そして、リーベの転移スキルが発動して。
俺たちは宿から一瞬にして消え、邪悪なる思念のいる空間へと転移した。
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