かけがえのない日常
学校の帰り道、途中まではクラスのみんなと一緒だったりする。
途中に商店街があるから、暇だったり遊びたかったりする時は、そのままなだれ込むようにそちらに足が向くわけだけど。さすがにテスト直前の今、遊びに行こうとは誰も言い出さないから、そのまま大人しく帰路に着いていた。
いつものメンツといつもの帰り路。
ただ、今日に限っては一人、いつもじゃない人がいたり。
「……で、なんで関口くんもいるの? 家の方向、こっちだったっけ?」
「組合に用事があるんだよ、探査者だ俺も。なんでこの集団に混じってんのかは……佐山さんに聞け。俺だっていきなり声をかけられたんだ」
横並んで歩く彼、関口くんと小声でのやり取り。共に探査者だから、常人に聞こえないほどの音量でも十分にコミュニケーションは成立する。
そう、なぜか関口くんが今日に限って、佐山さんに呼ばれる形で俺たちと道のりを一緒にしていた。
…………なんで?
「いや……なんか最近、公平くんと関口くん、ちょっと仲良くなってきたじゃん? それで、同じ方向だしたまには良いかなーって」
「は、ははは……ま、まあそうだね。最近ようやく山形とは、いくらか話をするようにはなってるね、ははは」
「ははは」
なるほど。佐山さんにはちょっと仲良くなった、に映るのかぁ。関口くんと二人、愛想笑いで誤魔化す。
言うまでもなく、俺たちはそんなに仲良くない。いくら和解したところで向こうは俺に、香苗さん絡みで隔意は抱いているままだ。敵意じゃなくなっただけ、全然マシだろう。
俺としては、一緒にダンジョン探査くらいはそのうち、できたら良いなあとか思いはするけど。それにしたってそこまで優先順位が高いわけじゃないし。
何より俺、もう週末には決戦を控えてますし。と、関口くんがふと、呟いた。
「……そういえば山形。なんか、今週末に化物と戦うそうだな。香苗さんが例のチャンネルで匂わせていたが」
「ああ、アレね……ていうか見てるんだ、アレ」
「腹立たしいが、香苗さんの動画だからな」
ファンかよ。いやファンだわこの人。俺を紹介している香苗さんに入れ込むとか、客観的に見ると大分拗れた関係になってない?
そして香苗さんは案の定というべきか、例のチャンネルにて今週末の最終決戦について触れ回っていらっしゃる。
特定のワードは極力控えた結果、救世主山形公平が世界の存亡を懸けてとてつもない化物と戦う! などというB級映画のあらすじみたいなことを触れ込み回っているのだ。
なんなら事情をある程度聞いた望月さんも同じことをしているのだから恐ろしい。二人とも大勢のファンがいらっしゃるんだから、やるなとはもう言わないが、せめてほどほどにしてほしい。
で。その香苗さんの動画を見たらしい関口くんが、どこかそわそわとしつつ聞いてくる。
「どんなんなんだよ、その、化物ってのは。こないだのドラゴンみたいなやつか」
「あー、あれの大元のやつ、かな。ほら、関口くんにいらないこと吹き込んだ子どもいたじゃん、あいつの本体」
「本体? ……よくわからんがあのガキか。くそ、思い出すだけで腹立ってきた」
「やりたい放題してたもんね、あいつ」
思い返すのは探査者ツアー。あの時に関口くんは、邪悪なる思念の端末によって貶められる寸前だったんだ。そりゃあ、腹も立つよなあ。
あのまま関口くんがやつの操り人形と化していたら、一体どうなってしまっていたやら。少なくともこうして、穏やかなシーンで話すことなんてあり得なかったんだろう。
つくづく助けられてよかった。そして彼が、尊敬すべき本当の勇者であってくれてよかった。
「……公平くん。大丈夫なの?」
「梨沙さん?」
声に振り向くと梨沙さんが、いやクラスメイトのみんなが気遣わしげに俺を見ている。この反応、今はじめて俺が今週末に、何かしら化物と戦うってことを知ったみたいだ。
みんながみんな、例のチャンネルを見ているなんてあるわけないしな。少しホッとする。知り合いからいきなり、こないだ例のチャンネル見たぜー! とか言われる身としてはかなり切実な安堵だ。
さておき、結構みんな、本気で心配してくれている。
そのことに嬉しさとくすぐったさを覚えつつも、俺は、できる限り優しい笑みを浮かべて梨沙さんたちに話す。
「ちょっぴり厄介な話があるって、それだけだよ。大丈夫、大丈夫。来週にはまた、元気な顔をどこかで見せられると思うから」
「で、でもドラゴンの大元とかって」
「要するに悪の親玉を叩きのめすって話だよ。それに戦うのは俺だけじゃないし。へーきへーき」
わざと明るく言うと、みんなも結構、ホッとしてくれたみたいだった。
さすがにねえ……これで負けたら世界とか時代がどうの、なんて言えないし。このくらいで勘弁して欲しい。




