ファッションモンスター・フェイリン
ベナウィさんが来たのは待ち合わせ時刻から結局、30分が過ぎてからのことだった。
いつもどおりのスーツ姿で、額に浮かんだ汗をハンカチで拭って気まずげに、俺たちに謝罪を繰り返している。
「いや、申しわけない。本当に申しわけありません。誠になんと言っていいやら、もうとにかく申しわけない」
「そ、そんな謝らなくても良いですから。別に大事な待ち合わせでもなし」
「平身低頭そのものですね……」
深々と頭を下げて謝る姿は、なんかもう、そのうち土下座に移行しそうなくらいの勢いすらある。
最初は少しばかり文句を言っていた香苗さんも、こうなると頬をひくつかせてドン引きしている。2m近い大男、しかも外国人の方がこうまでガチ謝罪をしてくるというのは、それだけで圧迫感あるよなあって思う。
「ベナウィさん、遅刻だめ! せっかくの楽しい日、遅刻だめ!!」
「いやもう、至極ごもっともで。申しわけない、心から申しわけない」
「むー! むー!」
一方でそんな、成人男性の本気のごめんなさいを一顧だにせずプリプリ激怒ってるのが、我らが星界拳士リンちゃん。びし! と指差し何度も何度でもむーむー唸っている。
この子、都会観光をめちゃくちゃ楽しみにしてるみたいだしな……思えばこないだの中華街の時も一人、やたらとはしゃいでたし。おのぼりさんの俺よりテンション高いって何ごとぞ、ってなったよ。
憤るリンちゃんを宥めて、とりあえず俺たちは公園を出た。行先についても、さすがに初手都外直行というのは香苗さんもベナウィさんも気が引けたみたいで、アレコレ理由を付けて説得してくれた。
最初こそむくれていたリンちゃんだったけど、そもそも都会なら何にでも盛り上がる質のようで、すぐに上機嫌であちこち物色している。
適当に入った百貨店、お高い服やらアクセサリーやらがあっちこっちの店に飾られている。値札を見ると、お月さんまでロケットなしにぶっ飛べそうな数字が書いてある。怖ぁ。
それでもリンちゃんはそういうのに興味津々だ。年頃だもんね、気になるよね。
「うわぁー! すごい、おしゃれ、かっこいい!」
「値の張るブランドショップにも躊躇なく行きますね……まあ、お金の心配はないのでしょうが」
「ふむ、フェイリンさんは生まれも育ちも大陸奥地の里でしたか。こういう場所のああいったものには、刺激を受けるんでしょうね」
「ブランド品かあ……うちは家族も俺も、とんと興味ないんですよねぇ」
服やらバッグやらにウン十万円ウン百万円なんて正直、俺には共感しづらい領域の話だ。父ちゃんは言わずもがな、母ちゃんだってそんな金があるなら貯金しな、でバッサリだろう。
ただ、そうだなあ……優子ちゃん的にはどうなんだろう。土産にバッグなりアクセサリーの一つでも買ってやった方がいいのかな。
でもあんまり高級すぎるのも、なんだかなぁって感じはするし。
香苗さんとベナウィさんに聞いてみると、揃って止めておいた方がいい、と返ってきた。
「高級ブランドというものはなんであれ、自分の稼ぎで買うのが一番ですよ。他人に貢がれるというのは、その人の心に良くない」
「それに公平くん。単なるお土産でそんな気合の入ったものを渡されても、受け取る側も反応に困るかもしれませんよ?」
「あっ……そ、そうですよね〜」
言われてみればそりゃそうだ。俺だってたとえば妹ちゃんから、修学旅行のお土産だよ〜つって最高級のゲーミングPCとか渡されたら、反応に困るどころかたぶん心臓が止まる。
うん、やっぱり何ごともほどほどが一番だな! 土産は普通に土産物屋で、ちゃんと土産としてデザインされたものを買い揃えよう。
危なかった〜、見慣れない空間の見慣れない値段にちょっと当てられていた。こういうのを魅力って言うのかもしれないな。
「おねーさん、これください! あとこれ、これも!」
「行きましたねー、フェイリンさん」
「観光開始30分で何万使ったんだ? あれ……不安になってきました、俺」
「探査者の財布的には微々たるものですが、まあ危なそうなら止めれば良いでしょう。ソフィアさん、いえ、ヴァールの方が適任ですかね? 彼女から言ってもらうのも良いですし」
ああ、それは効きそうだ。始祖に並ぶレベルで星界拳の創始者なんだから、だいぶ説得力はあるだろう。
早速お高い服を数着、試着を経つつ店員さんに渡すリンちゃんを見ての俺達のやり取り。なんていうか、客観的になるよね、ああいう姿を見ていると。
リンちゃん、もしかして結構お金遣いが荒いタイプだったりするんだろうか? 思えば中華街の時も、何を食べるにせよお金に糸目を付けた感じは一切、なかったな。
いやまあ、経済を回すって意味では良いことなんだろうけど。ただでさえ探査者はお金を抱え気味だって、巷ではたまに言われてるし。
それでもあの年でこの金の使い方はちょっと怖い。探査者教育で金銭感覚は養われているだろうから、今が使い時と定めてのものなんだろうが……
「おまたせ! えへ、えへへ! 買っちゃった」
……ま、良いかな。
はなまる満点笑顔のリンちゃんに、俺はついつい頬を緩めた。
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