逃げるは恥だが役に立つ
顕現したリーベが、俺にニコリと笑いかけてくる。
よく見ると彼女の足は地についていない。浮いている……可愛らしさもあってまるで妖精みたいだ。いや、サイズは年頃の女の子のものだけど。
俺を抱きかかえる香苗さんが、困惑しきりに尋ねてきた。
「あ、あの。誰ですか? リーベ、とは」
「え、えぇ。前に言った、システムさんの代理人の、面倒くさいやつです」
「……ああ! 矢面に立って説明したがっているという、噂の」
「誰が面倒くさいやつですか誰がー! ついに現れたリーベちゃんのかわいさに見惚れといて、直後によくそんなこと言えますねーっ!!」
「み、見惚れてないですけど!?」
いや嘘、正直見惚れた。
香苗さんや梨沙さん、望月さん、リンちゃんソフィアさんととんでもない美人ばっかり見てきた美人ソムリエ山形くんだけど、リーベの可愛らしさは次元が違う。
危機的状況であることすら一瞬、忘れてしまったほどだ。まあ、いきなり現れたことももちろん、関係しているんだけど。
さておき、リーベは端末と向き直った。
面白そうに視線を投げかける邪悪なる思念に、精霊知能は美しい顔立ちを嫌悪に歪めていく。
「ずいぶんやってくれやがりましたね、テメー……三界機構に天地開闢結界まで引っ提げて。わざわざ公平さんに見せびらかしに来たってんですかー?」
「君が彼に取り憑いていた精霊知能か。ふふ、なんとも粋なタイミングで現れる。感動的じゃないか、そういうケレン味、僕は好きだよ」
「オメーの好意なんて原子核一個分の価値さえありゃしねーです。自分とこの世界すら喰らってなお満たされない餓鬼が、何浮ついたこと抜かしてんですかってんですよー」
おお……リーベがめっちゃキレてる。言葉の一つ一つに敵意が溢れて容赦ない。もっとも、当の端末はどこ吹く風といった様子だけれど。
風はなおも吹き続ける。どういう理屈か、当たれば当たるほど傷が治っていく、癒やしの力を持つ風のようだった。
恐らくはリーベのスキルなんだろう。回復系スキルなんて、とんでもないレアスキルだ。それもこの回復力。
俺はおろか、リンちゃんもヴァールも、すっかり傷が治っている。ただ、体力まで回復してはいないみたいで、やっぱり戦闘は難しいけど。ピンチ続行じゃん!
「へえ、回復させたか。第2ラウンド、いっとくかい?」
「無敵モードのオメーが無双するだけ、なんてそんなもんノーセンキューですよー。リーベたちはさっさと退散させてもらいましょう……止めますか?」
「いいや? 止めない。お好きにどうぞ」
と、思いきや。何やら存外、素直に端末が頷いた。
指を今一度鳴らすと、三界機構の三体も姿を消していく。
戦わないのか? 正直、俺たちを倒すにはもってこいだと思うんだが。
「ここは見逃す方が後々、楽しそうだ。ふふ、我が三つの下僕に絶対権能、こちらの手札は見せてあげたよ。さあ、どう足掻くのか見せておくれ。アドミニストレータ、君の奮闘は僕の心を熱くしてくれるんだ」
「……余裕たっぷりだな、お前」
「余裕たっぷりだからね、実際。三界機構の一体とて、君らじゃどうしようもないだろうけど……そこをどうにか面白くしてくれるだけのエンターテイナーが君だと、僕は信じている」
ずいぶん嫌な信頼だね、まったく。
要するにこいつ、ハイパー無敵チートなボクちゃん相手に無駄なあがきをする山形公平くんの滑稽な姿を、見たくて見たくて堪らないってわけだ。
完全に舐められているが……悔しいが、そうされるだけの力の差があってしまっているのが実情だ。何も言い返せない。
そんな時、リーベがはんっ、と鼻で笑った。
「今は好きなだけ笑ってりゃ良いですよ。いずれ、テメーにはあらゆることの落とし前を付けさせてやります」
「怖いねえ、はは……これが、もう終わっている世界の住人のセリフじゃなきゃ、もしかしたら震え上がってたかも」
「終わるのはテメーですよ。舐めてんじゃねーです」
吐き捨てながら、リーベは背中の羽根を煌めかせた。
虹色の鱗粉が舞い、そして俺たちの前に集まる。
次第にそれらは人間大の穴を空間に作り出し、その先には見覚えのある部屋が映し出されていた。
これは……
「ホテル? 俺が泊まってる、部屋か?」
「リーベのスキル《空間転移》ですー。中に入ればそこにたどり着けますから、とっとと帰還しましょう。こんなやつにかまけてる暇はないんですからー」
「僕を楽しませるのにそんなに時間を費やしてくれるなんて、この世界の生き物はやはり楽しいねえ。次会う時が楽しみだ」
「次会う時がテメーの命日でしょうよ。ほらほら公平さん、さっささっさと帰りましょうー!」
言われるがまま、俺たちは《空間転移》のワームホールに入っていく。正直、這々の体だ。
どうにか逃げられると安堵する自分に悔しさを覚えつつも、俺は最後に、一目、端末を見た。
「ん……じゃあね、アドミニストレータ。また会おう。今度は君を、僕のものにできたら良いな」
邪悪さ、凶悪さなど微塵も感じさせない綺麗な顔で。
やつは、俺に微笑んでいた。
この話を投稿した時点で
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