帰ろう。鍋が待ってる
長かった取り調べも終わりを迎え、時刻はもはや17時前って頃合いだ。
おまわりさんの本拠地から脱出した俺ちゃん達が、ゾロゾロと街の雑踏を通行人の邪魔にならないよう気をつけながらも練り歩く。
学生の貴重な休日を丸一日費やした形になるわけだけど、その結果得られた情報はまさしく値千金だったわけなのでこれはこれで良しとするかあ。
委員会の内情とか、次に動くタイミングによってはいよいよ決着かもとか分かったからね。これについての続報は今後、メインで捜査を続けることになるヴァールからの報告待ちになるかな。
つまりひとまず俺にはもう、このへんでやれることなんかないってわけだね。
「さてさて、となれば俺達もどこか、人気のないところで家まで帰るかぁ。関東組の方々はこの後は?」
「私達と同様で解散のようですね。一部、主にマリーさんが飲みに繰り出したがっていましたが……ソフィアさんとエリスさんに圧のある笑顔で止められていました」
「怖ぁ……」
「さすがのマリーさんでも、恩義ある先輩方には頭が上がらないものですね。見ていたアンジェリーナが目を丸くしていました」
肝臓が寛解したゆえか、しきりに呑みたがるのが最近のマリーさんだけどしっかりと手綱は握られているみたいだ。
ソフィアさんとエリスさん、揃って彼女にとってさえ大先輩にあたるお二方に睨まれたらさすがに従うよね、それは。
ちなみに一応、今日はこの後お家に直帰していつも通りのお夕飯を家族みんなで食べるつもりだ。なんてったって今日はお鍋だし。
もはや10月の末で、夜にもなると涼しくなってくるからね。今も夕暮れ時には涼を含んだ風が吹いていて、そろそろ長袖シャツ一枚じゃちょっとアレかな? とか考えちゃう程度の気温だ。
お家でもそろそろ鍋料理、とするには適した頃合いなんだろう。
『居酒屋ならともかく山形家で食べる鍋は初めてだ、ワクワクするねえ! 君の母親は実に良い腕をしているから鍋も安心して期待できるよ。だからそらそらさっさと帰れ帰れ、あ、途中でコンビニででもなんかお菓子とかジュースとか買いなよ? ああいうのも僕は大好きだからね! 鍋とは別口に楽しもうじゃないか』
脳内のアルマが、もう晩御飯まで2時間あるかなしかってくらいなのに間食を進めてくる。こいつ何考えてんだ、買わないぞお菓子は。ジュースは考えてもいいけど。
何しろうちのお鍋は俺ちゃんも好物だもの。鶏肉も白菜もしらたきも美味しいし、市販のスーパーで売ってるきりたんぽとか、つみれとか入ってるともう最高だ。
シメにご飯を入れて雑炊にするなり、おうどんを入れるなりするともはや言うことはない。冬来たりなば鍋遠からじ、意味わかんないけどそんな気分になるよ。
いかん、ちょっと鍋に意識が向きすぎてソワソワしてきた。歩いているうちに人気の少ない路地に出たし、このへんでそろそろお暇しましょうかね。
今日、俺と一緒に来た関西組に声をかけて集合。代表して俺は関東の仲間達に挨拶した。
「あ、すみませーん。みなさん、そろそろ僕達はこのあたりで関西に戻らせてもらおうかと思います。今日はありがとうございました、大変お世話になりましたー」
「いえいえこちらこそ。山形様のおかげでずいぶんと重大な部分にまで捜査を進められそうです。本日はお力添えいただき、まことにありがとうございました」
「ホッホッホ、本当に助かりましたぞ公平殿。我が心の友、正彦に言っておいていただけますかな、君は本当に立派な息子を持ったと」
ソフィアさんやサン・スーンさんが、こちらも代表して返事をしてくれる。
後ろに並ぶマリーさんやベナウィさん、ランレイさんやリンちゃん、ロナルドさんに愛知さんだってうなずき、口々に今日一日を労ってくれている。
……とりわけ、彼女にとっては特別な想いだろう。
ダンジョン聖教七代目聖女、シャルロットさんが一歩前に出て、俺に握手を求めてきたのだから。
ある意味では彼女が一番最初に、今回のこの事件に対して立ち向かったと言えるだろう。艱難辛苦を乗り越えた本当に立派な人が、それを物語るような透き通る笑みを浮かべていた。
「ダンジョン聖教からも今日のことは深く感謝いたします。個人的にも、これでようやくアレクサンドラとも真の意味で訣別し、前を向いて生きていけそうです」
「シャルロットさん……少しでもあなたの心の安らぎにつながったなら、それに勝るものはありません。どうかこれからは無理をせず、思うようにご自身の人生を楽しんで。あなたの未来には、きっと幸せが待っていますから」
「ありがとうございます、山形さん。あなたのこれからの人生にも、光とやすらぎ、幸福と祝福のあらんことを──」
握手の後、小さく手を組んで祈りを捧げるシャルロットさん。短いながらも厳かで神聖な空気を放つ彼女の姿は、誰がどう見たって聖女というに相応しいものだ。
ダンジョン聖教は今後しばらく、今回の騒動で失った信頼を取り戻すべく奔走することになるだろう。口さがない批判さえ、この人に降り掛かってしまうこともあり得る。
けれどきっと、シャルロットさんならそんなもの跳ね除けて……これまで以上の高みへと、ダンジョン聖教を押し上げてくれる気がする。
当然、自身の幸せを追求しながらもだ。そんな神業だって実現できてしまえそうな、途方もない強さが今のこの人にはあるんだ。
どんな絶望の底にも、希望はある。
シャルロットさんのお姿に、俺もまた、人間として学ばせてもらったよ。
爽やかな想いを胸に、今日最後の挨拶を行う。
「──それじゃあ、今日のところはこのへんで失礼します。みなさんお疲れ様でした、またお会いしましょう!」
「お疲れ様でしたー! ではでは、また今度ー!」
「お疲れ様です、みなさん。最後にご唱和ください救世主様、バンザーイ!!」
「怖ぁ……」
いやいや最後に伝道師さん!?
どんな時でも欠かすことない信仰心クオリティに唖然だよ。香苗さんの万歳斉唱に一同、苦笑いしながらも──
ワームホールを開いて、俺達は関西へと帰還したのであった。
次回から新エピソードですー
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第二部・第二次モンスターハザード前編─北欧戦線1957─
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攻略! 大ダンジョン時代 俺だけスキルがやたらポエミーなんだけど
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三巻
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