勝てないが、お前の態度が気にいらない
思わず目を見開く。信じられない光景だった。
放ったはずの攻撃が、ヒットする直前にかき消えていた。まったく前触れもなく、何にぶつかったわけでなく。
完全に、元からそこになかったかのように、何もかも消えていた。
「なっ!?」
「なんですかね? バリア、にしては何も壁らしいものが見えませんし」
香苗さんの困惑と、冷静に今の状況を考えるベナウィさん。両者共に、今、何が起きたのか理解できていないようだった。
かく言う俺だって理解不能だ。悪い夢でも見ているのかってくらい、意味が分かっていない。
あざ笑うかのような、端末の声が聞こえてきた。
「天地開闢結界……ふふふ。あらゆる事象、あらゆる現象が僕と、三界機構の前にはなかったことになる。何もかも、消えてなくなる」
「防御機能か!」
「防御どころではないぞ、山形公平……!」
天地開闢結界とやらに、咄嗟に叫ぶ俺だったが。
ヴァールの切羽詰まった声に、視線はそのまま、聴覚のみを傾けた。彼女は150年前、ソフィアさんと一緒に邪悪なる思念と戦っている。少なからずやつについて、知っているはずだ。
「やつの結界は因果を歪める……! 攻撃も防御も、何もかも結界の前には無力になる! いいや、なかったことになってしまう!」
「因果を、何? 歪める? なんじゃそりゃ、中学二年かよ」
「中学二年……? っ、あはははははっ! やっぱり君、面白いね! 世界の理さえ歪める絶対権能も、君にかかれば子どもの妄想かあ!」
あんまりチートでインチキなことを言われたもんだから、つい素直な山形マウスが本音を吐露してしまった。しかも端末にやたら、ウケてるし。
爆笑している端末からはまるで、邪悪らしいものは感じないけど。それでも今、置かれた状況は絶体絶命だ。
何しろ話を聞く限り、まったく攻撃が通用しない。何ならいくら防御したって、結界とやらに触れてしまえばそれも御破算なんだろう。無敵モードじゃねーか、この野郎!
弱々しく、ヴァールが呟くのを拾う。
「三界機構……そして天地開闢結界。150年前、ワタシとソフィアはこれらに対し、何ら対策を持つこともできずただ、敗北した。ソフィアに庇われて、命からがら逃げ延びるばかりだった。ワタシは、ワタシは……!」
「ヴァール……」
「そうそう! たしか君、前のアドミニストレータを囮にして逃げたんだよね!」
無念を語るその胸中は、どれほどの痛みに満ちているのか。
唇を、血が出るほどに噛みしめるヴァール。対して端末は無情極まりなく、明るい声音と顔色で追い打ちのように暴言を放つ。
ぎり、と。俺の拳が強く握られた。
「いや、あれは真面目に可哀想だったよ……いくら何でもあれはない。僕にここまで言わせるって大概だよ?」
「貴様、貴様ぁっ……!」
「前のアドミニストレータの死に様の哀れさときたら! もしかして聞いてないのかい? 手足を潰されて顔面まで削がれて、それでもなお抵抗し続けた彼女の素晴らしさを。最期まで君を案じ続けた彼女の気高さを!」
「────っ! そ、そんな。ソフィアが、そんな」
嬲る言葉が、ヴァールを追い詰めていく。ソフィアさんは、そうか、そんな風に殺されたのか。肉体を、そんな風にされたのか。
さらに強く握られる、拳。皮膚が破れて血が出る。痛み──これしき、彼女たちの受けた心身の傷に比べて、どれほどのものだと言うんだ。
「別に僕も、そこまで悪趣味じゃないからさ。最後はサクッと楽にしてあげたのに……そんな彼女をまだ縛り続けてたんだねえ。100年以上も」
「く、ぅっ……ぐっ……うう、ソフィア、ソフィア……赦してくれ、ソフィアぁ……っ!」
「殺した側が言うのもなんだけど、泣く資格ある? 見捨てた君に、見放した君に。どんな思いで死んでいったか、僕に教えられるまで知りもしなかった君に!」
涙を流してソフィアさんの名を呟き続けるヴァールの、その姿はあまりにも悲しい。同時に、そんな彼女になおも口撃を続ける端末の、醜い姿が許しがたい。
リーベの気配はない。逃げるわけがないし、何かの準備をしているんだろう。俺はあいつを信じている。
だけど、いない今、アドミニストレータ用スキルは発動しないのだろう────
本当にそうか?
「──これは、絶対に負けてはならない戦いである」
「! 山形、公平……!?」
いつも力を与えてくれる、リーベの文言をそのまま呟く。何となく、直感的だけど。今の俺なら使える気がした。
そして問題なく発動する《誰もが安らげる世界のために》。出力など知ったことか、ありったけの倍率で力を引き出す。
体が軋む、骨が砕ける。肉が裂け、血が噴き出る。
けれど、力は湧き上がる!
「こ、公平くん!?」
「……!? まさか、そんな。山形公平、お前、いや、あなたは」
香苗さんの焦る声、ヴァールの呆然とした呟き。
金色に光る俺はそれらを無視して、端末に向けて左手を向け、衝撃波を放つ。
これまでとは比べ物にならない威力──それでもかき消されるか。やはり、今のままではどうあがいても勝てないな。
「……そんなに怒ってどうしたの? 僕は事実を言ってるだけだよ」
「黙れ。これ以上、ソフィアさんもヴァールもみんなも、傷付けさせない」
けれど、こいつの心ない言葉を止めるくらいはできるはずだ。
俺は、勝ち目のない戦いに身を投じた。
この話を投稿した時点で
ローファンタジー日間6位、週間6位、月間2位、四半期1位、年間6位
総合四半期11位
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