周囲にキレてる人がいると、なんかキレづらくなる現象
動機そのものは単純明快。エリスさんへの嫌がらせとそれ以上にストレス発散のため。
そんなことのためにシャルロットさんはアレクサンドラによって引き取られ、その後、数年間に亘り凄惨な暴行虐待を受け続けた。
地獄の日々を、強いられたんだ。
『くふ、くふふふっ! 良い気分でした、あの子を殴り、蹴り、折り、叩き、そしてスキルで痛めつけるのは!! 日頃のムカムカすることとか、これまでの人生で苛ついても発散できなかったこととか! エリス・モリガナ本人にぶつけたくてもぶつけられないこととかをその血縁にするのは、溜飲が下がった!!』
『アレクサンドラァッ!!』
『止めなさい! 神谷司教も落ち着いて、アレクサンドラは黙れ!! おい、口塞げ一旦静まらせろ、この女に何も喋らせるなっ!!』
「怖ぁ……」
「阿鼻叫喚ですね。いえ、話に挙げられている本人が一番他人事なのもどうかと思いますが」
とうとうその裡にある悪意を全開にして、歯を剥き出しにして醜悪な高笑いをあげるアレクサンドラ。それに即座に神谷さんが激怒して握り拳を振り上げるのをおまわりさんが咄嗟に抑え、叫んだ。
同時にアレクサンドラを複数人がかりで拘束している人達が彼女の口を手で押さえ、何も喋らせないようにしている。大分乱暴なやり方でこれ、あとで問題にならない? ちょっぴり心配だよ俺ちゃん。
一気に修羅場の様相を呈してきたモニター向こうの光景に、他ならぬシャルロットさんまでもが困惑というかドン引きしている。
そこにアレクサンドラへの怒りや憎しみはあるものの、神谷さんみたいに激憤している様子は見られない。
むしろアンジェさんとかランレイさんのほうが怒りに震え、叫びだしているほどだった。
「この女、シャルロットをそんなことのために何年も何年も!!」
「許せんッ!! 叶うならば今すぐにでもヤツの下に向かい、我が斬鉄脚にてその素っ首叩き落としてくれようものをッ!!」
「落ち着いてください、お二人とも。特にランレイさんは本当にやりかねないところがあるので、本当に落ち着いてください。すでに捕縛された以上、私刑は許されないことです」
「姉ちゃん、落ち着く! 今もうあの女、勝手に蹴り倒すのダメ!」
シャルロットさんとはそれなりに長い付き合いで、今回の騒動においてもいくらか共闘した期間があったそうなこのお二人。だからこそ余計に友達である少女を、極めて身勝手な理由で苦しめ続けたアレクサンドラが許せないんだろう。
しかし現実には彼女はもう捕縛され、これから正しく法の裁きを受ける身の上だ。であるならば社会秩序の観点からもやはり、私刑とかそういうのは加えるべきではないのも事実。
そこをシャルロットさん当人と、ランレイさん個人には妹のリンちゃんからも言われればお二方も落ち着きを取り戻したみたいだ。
しかし……シャルロットさんが予想以上に冷静なのも少し気になるな。同様に感じたのかエリスさんもまた、気遣わしげに彼女へと確認していく。
「その……シャルくん。君自身だって今の話、許せないものは当然あるだろうに。どうしてそこまで冷静でいられるんだい?」
「……どうあれアレクサンドラはもう終わりですから。それに復讐心に駆られて身勝手な行動を起こしたというのは私にも返ってくること、動機部分について何かを言えるものでもありません。何より」
「何より?」
「先々代様のあの御様子を見ていては、落ち着かざるを得なくなります。比喩でなく、警察がいなければそのままあの女を撲殺してしまいかねないですしね」
「えぇ……?」
なんてこった、主に神谷さんにドン引きしていらっしゃる!
たしかに70歳くらいとも思えないほどに万力込めた握り拳を高く掲げている──そしてそれを何人かのおまわりさんに止められている──神谷さんの御様子は、見る者を大体冷静にさせるインパクトはあるけども。
あと、シャルロットさん自身がアレクサンドラへの復讐心からずいぶん、無茶なことをしたという反省からも落ち着くしかないってのはあるみたいだ。
特に認定式周りの時は俺の目から見ても、めちゃくちゃな振る舞いだったものな。ヴァールとマリーさんに正面から喧嘩を売る人、俺初めて見たもの。
ともかくそんなあれこれを踏まえて冷静さを保っているシャルロットさんだけど、それでもやはり不快ではあるのか見下す目をモニターに、アレクサンドラに向けている。
取調室も一応は落ち着いたようで、神谷さんも荒く息をしながらも、顔を真赤にしながらも拳を下ろしていた。アレクサンドラも、それを見計らって口元だけ解放される。
『ふーっ、ふーっ……! アレクサンドラ、あなたは最低です!!』
『神谷先生……今頃気づきましたか』
『あなたのこれまでは悲しく辛いものでした! 親に呪われ理解者もなく、ただ夢に縋るしかないあなたは哀れでした!! 私とて、あなたの苦しみに気づくことができなかった、その点ではあまりにも罪深いでしょうッ!! けれど!! それは!!』
『シャルロットを甚振って良い理由にはならない、でしょう? 正しい善なる者であればこその正論ですよ。先生もソフィア・チェーホワもエリス・モリガナもシャイニング山形も、みんな良い子ちゃんだから息苦しい綺麗事ばかり吐くんです。だから私みたいな、どうしようもない化物を説き伏せることはできないんですよ』
『化物であるということにして、言いわけを重ねないでください……!! あなたは、どこまで言っても人間です。弱くて悲しい、人間です』
感情の昂りに耐えかねて、とうとう神谷さんは一粒の涙を流した。力なく首を左右に振って、それでもアレクサンドラを見つめる。
綺麗事。そう吐き捨てるアレクサンドラもまた、力なく笑うばかり。自らを化物であると定義して、そこに逃げ込んでいるだけの人間が……どうしたって人間でしかない女が、そこにはいたんだ。
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