そうして聖女は悪意に溺れた
シャルロットさんの気高く、あまりにも強い精神性の発露。それこそが彼女が聖女たる理由にほかならないのだと俺も、仲間達もみんなが確信するなか。
モニターの向こうで取り調べを受ける者、かつて聖女の名を冠し今なおその称号を確保し続ける女は、さらに時系列を追って自身の経歴を語っていた。
神谷さんに取り入り、ダンジョン聖教聖都モリガニアにて修行した数年間。
そのなかで芽生えた信心と、裏腹に元より彼女を構成する憎悪と悪意。それらが混ざり合いながらも、アレクサンドラはついに六代目聖女となったのである。
『聖女として神谷先生の後を継げたことは、本当に心の底から光栄なことでした。同時に先生を欺いているという罪悪感もあったのも事実ですが、そこは私なりの筋を通すことで個人的な折り合いをつけました』
『……折り合い?』
『聖女としての任をまっとうする間、一切委員会とは連絡を取らない。聖女就任以前からの使命であるダンジョン聖教の分断と掌握こそ果たせど、同時に聖女として生きる間は聖女らしく行動する、と。そのようにしたのです』
「火野の言の通りだな。やつもたしかに、アレクサンドラは聖女就任期間中は委員会と距離を置いていたと供述していた」
明かされる話に、ヴァールがつぶやいた内容。それは俺も覚えていたもので、つまりは倶楽部幹部としての火野老人の取り調べでの発言だ。
あの時、あの男はたしかに言った──アレクサンドラは聖女としては忌々しいほど、律儀に務めを果たしていたと。
10年以上にも亘って委員会との連絡を絶ち、その間はまさしく聖女アンドヴァリとしての活動にのみ専念していたのだと。
そしてそれは、この間に神谷さんやシャルロットさんから聞かされたアレクサンドラの功罪にも関わる話だ。
それまではどちらかと言えば内政を重視した組織運営だったのを、在任中に一気に世界展開を推し進めたのが彼女だったと。外交に力を入れ、ダンジョン聖教が今日における世界最大宗教となるだけの拡大発展を成さしめたのが彼女だったとそう聞いたのだ。
委員会の者として、組織の乗っ取りを図る。けれど同時に神谷さんの後継者として、ダンジョン聖教の発展に心血を注ぐ。
結局、最終的には委員会に献上する予定だったのだからすべて合理的な動きではあるんだけれど……アレクサンドラ自身はこれを、神谷さんと自らの信仰心に対する義理立てと捉えていたんだな。
しかし、そうした矛盾する心の在りようは多大なストレスをも彼女に与えたのだと言う。
『私自身、ダンジョン聖教を広めることは楽しかったですし聖女としての業務に信徒としてやり甲斐を覚えていましたが……同時に裏で過激派となり得るシンパを募ったり、あるいはその種となる思想をそれとなく広めたりする委員会メンバーとしての活動もまた、私の復讐心を多少満たしてくれました。我ながら、ええ、頭のおかしい二重状態だったと思います』
『……在任中もあなたは、表向きには非の打ち所のない働きぶりでしたからね』
『先生の教えの賜物です。ですがまあ、そんなことをしていれば当然、裏のストレスはとてつもないことになっていましたけれどね。うふふふ、夜な夜なダンジョンに潜っては、モンスターを生かさず殺さず嬲り殺しにしてストレス発散してましたよ』
「えぇ……?」
怖ぁ……闇が漏れ出てる。いや闇そのものみたいな輩なんだけども。
自ら課したとはいえ心理的な二重生活状態。これは当然ながらアレクサンドラの精神に、多大なまでのストレスを与えていたようだった。
倒すべきモンスターをサンドバッグにして鬱憤を晴らす。敬虔で外交精神旺盛な六代目聖女の面目は、裏側でのサディスティックな行為によって保たれていたのか。
そして、そこまで聞いて誰もがシャルロットさんを見た。
元よりモンスター相手にストレス解消をしていたアレクサンドラと、そんなアレクサンドラに甚振られ続けたこの人と。
ここに来てついに、話がつながってきてしまったからだ。他ならぬシャルロットさん自身が、納得したようにうなずいた。
「なるほど。だから私を見出したのですね、アレクサンドラ」
『そんな生活のなかで、偶々見出したのがシャルロットです。たまたま慰問に訪れた孤児院に、珍しくもモリガナなどという憎たらしい姓の娘がいたので調べたら、まさかのビンゴだったなんて──まさしく奇跡ですよ、うふふふっ!』
『シャルロット様……! 初代様の妹様の、曾孫にあたる方をあなたは見出したのですねアレクサンドラ!』
『これについてはまったくの偶然でした! これぞ神の思し召しかと、改めてダンジョン聖教の掲げる神に祈りを捧げたほどですよ! 聖女になっても憎くて怨めしくて仕方ないあのエリス・モリガナの血縁が、よりによって私の手元に来てくれた!! ────最高にぶち壊しがいのある、可愛らしいお人形さんのような姿でね! うふふふふふふっ、あははははははっ!!』
『落ち着きなさい! 笑うのを止めろ──止まれ!!』
哄笑。歓喜に満ちた笑い声は、どこまでも漏れ出る悪意の闇で漆黒に塗りつぶされている。即座におまわりさん達に取り押さえられてもなお、止まることのない嘲笑。
アレクサンドラにとっても思いがけない出会いだった。エリスさんの遠い血縁を、まさか孤児院で見かけるとは思ってもいなかったのだろう。
それを知って、この女はそして即座に動いた。シャルロットさんを引き取り、聖女候補として育て上げる──名目で地獄に突き落とした。
まさしくストレス解消のためだけに幼い少女を甚振り、嬲り、痛めつけ。終いにはその精神を破壊し、文字どおりの人形に仕立てようとしたのである。
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