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スパイ・アレクサンドラ

 初めて会った父の掌の温もりに、憎しみと裏腹の愛情をも抱いたアレクサンドラ。

 そのエピソードそのものは哀れな話で仕方ないってのが掛け値無し俺の本音だけど、さりとてそのために委員会として活動し数多の犠牲を出すに至ったのだから同情してもいられないのも正直なところだ。

 

 どんな理由があろうとこの女は大変なことをしでかした。罪を犯し、命を踏みにじり世界を混乱に陥れようとしたことに間違いはない。

 だからこそだろう、きっと誰よりもアレクサンドラに親身になりたいはずの神谷さんはしかし、厳しい眼差しでもって弟子に言った。

 

『……同情はしませんよ、アレクサンドラ。同情するにはあまりにもあなたは悪に染まりすぎました。父の温もりに絆されたとしても、それがあなたのいかなる行いをも正当化することにはなり得ない』

『ええ、まあ。さすがに私もこんな下らないことで憐れみを買ったり自己正当化を図るほど、厚顔無恥ではありませんよ先生』


 突き放したような声色にも、穏やかに力なく笑って答えるアレクサンドラ。どこか嬉しそうに見えるのは、きっとモニターの映りが悪いとか見間違えではないだろう。

 師匠からの断罪。恩人からの正論に、罪を犯したかつての弟子は正直な喜びを見せていた。そこに、俺はまた人間の複雑さを見る思いだ。


 止めてほしかったとかではないだろう。そもそもアレクサンドラには根底に"死にたくない、永遠に生き続けたい"という彼女自身の強い欲望と夢があってことに及んだ。

 それそのものの出処がやはり、家庭環境にあったとしても……強い想いを抱いたのは彼女だ。だからここまで突き進んできたのだし、その果てにああなっている。

 悪を重ねたのは、紛れもなくアレクサンドラ自身の意志と責任によるものなんだよ。


『むしろ、不思議なものですね? 許してくれない先生のお言葉にこそ、どこかホッとしている自分さえいるのですから。夢を挫かれたことに怒りはあれど、これはこれで悪くはない心地です。本当にどうかしていますね』

『……私は、私には、こうなるまでのどこかで、あなたを止められる機会があったでしょうか』

『ありません。あり得ませんよそんなこと。だからこその今なんですから。でも先生、あなたのそういう正しさと優しさに、私は最初からずっと憧れていましたよ。尊敬して、愛していました。いえ、今もそれは変わりません』


 けれど同時に、彼女は師匠である神谷さんに対して憧れている節がある。尊敬し、畏怖し、袂を分かってもなお今のように慕っているのが明らかなんだ。

 悪に手を染め、師と対立してもなお敬慕は尽きない。それはまさしく人間ならば誰もが持つ闇と光、二律背反の想いの発露だった。

 

 ゆえに、どこかで踏み留まれた可能性など皆無だと言ったその口で神谷さんを讃える。憧れだったと、愛していたと語る。

 最初から……出会った時から、今までずっと変わらない師匠への想いか。そうなるだけの思い出があったんだろうけど、一体何があったのか。

 それは、間もなくアレクサンドラ自身の供述、来歴の自白という形で明かされた。

 

『母の死後、委員会に属した私はすぐにドイツのダンジョン聖教に潜入しました。当時はステータスも持っていなかったので、本当に下働きのようなことをする住み込み信徒ですね。実家などもとうにありませんでしたし』

『なぜ潜入した?』

『決まってるでしょう、おまわりさん? 母の遺言に従いエリス・モリガナへの復讐を果たすためですよ。同時にあの女にご執心な火野源一の協力を得るためという私の個人的メリットもありますし、委員会からの指令だったという組織的事情もありました』

『あなた個人ではなく、委員会そのものが元からダンジョン聖教を狙っていたのですね……!』

『ええ。そんな私に課せられていたのは、ダンジョン聖教の内部情報の入手と分断工作。そしてさらに工作員を潜ませるための土台作りでした。ステータスを得るまでは、ね』

 

 母親からの呪い。父親とのつながり。そして委員会からの指令。三つの思惑が関わる形で、アレクサンドラは下働きとしてダンジョン聖教に入信した。

 このうち、やはり驚くべきは委員会がダンジョン聖教をハッキリと狙っていたということだろう。


 情報収集や内部からの工作活動、はたまたさらなる不穏分子を招き入れるための橋頭堡。

 当時はまだ非能力者だった若き日の少女アレクサンドラは、明確に委員会が放った工作員として組織に潜り込んだのだ。

 

 しかし、その役割も数年して状況が変わる。

 理由はもちろん、ステータス────彼女が能力者となったのだ。

 

『17歳のある日、私はスキルに目覚めました。それを受けて委員会は私に対し、それまで受け持っていた指令を撤回して新たな命令を下したのです』

『…………当時、五代目聖女を務めていた、私との接触ですね』

『はい、先生。"五代目聖女・神谷美穂に取り入り聖女候補となり、より上層部の立ち位置からダンジョン聖教の弱体化と分断、掌握を図れ"と。それが新たな指令であり、あなたと出会ったきっかけでした』

 

 誰しもにとって予想だにしないもの、ステータスの覚醒。

 おそらくは委員会にとっても潜入中のアレクサンドラが能力者になるなどとは想定外だったんだろう。けれどすぐさまそれを悪辣に利用したあたり、さすがの悪の組織だな。

 

 つまりアレクサンドラはステータスをもって単なる潜入工作員から、明確に……上層部へも食い込める、裏切者として活動するよう、彼女を動かしたのだ。

 そしてその命令通りにして起きたのが、神谷さんとアレクサンドラの出会いというわけだった。

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― 新着の感想 ―
こんな下らないことで憐れみを買ったり自己正当化を図るほど、厚顔無恥ではありませんよ先生 なお、サークルの幹部3人(特に2人目と3人目)
委員会の中でもアレクサンドラの事情を知っているメンバーにとっては、能力者の娘が能力者になれる見込みは低いなれど、もしもなれたら期待できる、って感じだったのでしょうか。
2025/08/05 07:50 こ◯平でーす
そうして、委員会の思惑通りトップの聖女まで上り詰めてしまったのか……
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