「やったか!?」
まるで風、あるいは水。
速度を保ちながらも柔軟に鎖をかわし、ヴァールに近付いたリンちゃんの姿は正しく、千変万化の自然を思わせる。
優美でもあり、また優雅でもあり。華麗でありつつもどこか、力強さも感じる。星界拳に限らず、体系化された武術が持つ美しさとも言えるだろう。
「っ! 詰められたか」
「ここからは、我が、拳闘領域……!」
余裕たっぷりだったヴァールも、さすがに肝を冷やしたらしい。無表情だった顔が強張り、また後ろに退こうとする。
だが、それは悪手だろう。この場面ではむしろ、攻め手に行かねばならなかった。
星界拳士シェン・フェイリンほどの戦士に、逃げ腰は格好の隙となる──!
「しゃあぁぁぁっ!!」
「ぬぐっ!?」
鋭い、いや鋭すぎるほどの尖った蹴りが腹部を貫く。足刀だ。
足の側面を、刃に見立てたその蹴りはまさしく刀。まして足技のプロフェッショナルであるリンちゃんのそれは、大概の命を一撃で刈り取るだけの威力は当然ある。
しかしてまだ止まらない。
リンちゃんは追撃の型に移った。中華街でも見せた、あの技だ。
「星界──!」
正中線に沿って存在する、人体の急所のうち、三点──喉、水月、股間部を次々蹴り穿つ。いや、速すぎるその蹴りはもはや、同時に三点を撃っているようにさえ見える。
「ご、はっあ!?」
まともにそれらを受け、息どころか反吐までも吐くヴァール。それでも血を吐かないだけ頑丈なのだろう。
何しろあの蹴り一発だけで、地面にヒビが入るような代物なのだから。未だ瞳に光が見えるので、意識だってあるようだ。
追撃は続く。そこからさらに、リンちゃんは飛び上がった。
左脚、右脚と連続で回し蹴りを放ち、ヴァールのこめかみを強打する。そして続け様、仰け反った敵の顔を踏み付けて、更にジャンプした。
驚異的な身体のバネを以て、無理矢理に空中で体勢を変える。少女の狙うは顔面一点。
好機を逃すまいと渾身の力で今、稲妻の蹴りが大地へ落とされる!
「──八卦脚! しぃぃぃぃぃやぁっ!!」
「ぐっ────ぅ、う!」
ヴァールの顔面を完全に捉え、まとめて地面へ突き立てる脚。衝撃が、ダンジョンの床を崩壊させていく。
星界八卦脚。中華街で見た時以上の技の冴え、威力の凄まじさ。
リンちゃんは見事に、星界拳創始のきっかけとなった人物へ、最新の星界拳を見舞ったのだ。
「やりましたかね」
「今の技、喰らえばA級モンスターとて即死ものです。さすがに人の身でただで済むとも──」
「今このタイミングでそういうこと言うの、止めません?」
笑っちゃうくらい典型的なフラグを立てるんじゃないよ!
いや、香苗さんとベナウィさんの二人も、真面目に話してるだけなんだ。そんな意図はないはずなんだ。
というかまさしく仰るとおりで、あれだけの技を受けたら、いかに先代アドミニストレータだか先代精霊知能だかだって、耐えることなんてできるはずも──
「なる、ほど……カーンは、ゆうに超えているな。重ねた世代の、重みとやらか」
「──マジかよ~」
耐えちゃってるよ、この人。鎖の巻かれた右腕でしっかりガードしている。とはいえノーダメージでもないみたいで、額から血を流してはいるか。
だが、問題はそこではない。
「が、は……っ!?」
蹴りを入れた、リンちゃんの方。
深々と大きな、腕よりも太い鎖が腹部に、一本だけだがめり込んでいた。出どころを辿れば、左腕。これまで使ってこなかった方の、腕だ。
右腕だけじゃ、なかったのか……!
「右腕だけで、済むなどと思って、いなかった、が」
「ぐ、くっ────く、ぁぅ」
「! リンちゃん!?」
勢いよく左腕を振るヴァール、その余波で鎖もうねり、リンちゃんが吹き飛ぶ。こちらに向かってくる。
慌てて彼女を受け止めた。急いで傷の確認をする──出血はない。ただ、あんな形でカウンターを入れられたんだ、ましてや鉄の塊に。
動けるとも思えない。
「リンちゃん、しっかりしろ! 大丈夫か?」
「くっ……! げほ、ごほ、ごほっ!」
何度も咳き込む。少量だが、血まで吐いている。
内臓にまでダメージがあるのか? いずれにせよ、このままこの戦いを続けさせることに不安はある。
一族の悲願達成、決戦スキルの継承。気持ちは分かるしギリギリまで見届けたいが、今がその、ギリギリなんじゃないのか?
迷う俺に、ヴァールが言葉を投げかけた。
「介抱はともかく、山形公平。加勢は試練の妨げと見做す。そこなフェイリンが、降参するならば話は別だがな」
「くっ……」
俺の出る幕じゃない。ヴァールの物言いは、悔しいけれど正しい。
少なくともリンちゃんがそれを望まないうちは、俺も香苗さんも、ベナウィさんも、この試練を見守るしかできないのだ。
そして……リンちゃんは、まだ戦う気でいる。
「ぐっ……まだ、やれる。こんな程度、鍛錬でもぬるい方」
「リンちゃん……」
「ワタシが言うのもなんだが、今のでぬるいとはな。先程の動きといい技といい、カーンは恐ろしい一族を作り上げたか」
よろめきつつ、立ち上がる少女。いくらか深呼吸をして、どうにか呼吸を平時のものに近くして構え直す。
その様と言葉に、どこか呆れた風なのがヴァールだ。どうやら彼女にとっても、リンちゃん、いやシェン一族の鍛え上げられた血筋は予想を超えてきたらしい。
「……そう、シェンの血族は恐ろしい。今からそれ、骨身に染みさせる!」
その様子に何らかの確信を得たのか、リンちゃんは静かに構えを変えた。
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