孤独じゃないグルメ
結局その日は、リンちゃんの要望に沿う形で、都心から数十kmは離れた、中華街で過ごすことにした。
俺も香苗さんも、どちらかといえば食に意欲のある方だし、なによりリンちゃんのキラキラした眼差しは、できる限り応えてあげたくなる不思議な力がある。
そんなわけで中華専門店立ち並ぶ、魅惑のチャイナタウンで目くるめく、孤独じゃないグルメを堪能したわけだ。
いろんな店をはしごして、いろんな中華料理を頼んではぱくつく。
俺や香苗さんは元より、リンちゃんのテンションの上がり方と、文字通りの食い付きが半端じゃなかったのが印象的だった。
「ふわわ……! ラーメン、すごい、おいしそう!」
あっさり醤油ベースのスープに金色の麺が程よく芯を残して泳ぐ、柔らかなチャーシューが山程盛られたラーメンに目を煌めかせて。
「麻婆、すき……! いただきます!」
麻婆豆腐、麻婆春雨、麻婆茄子と麻婆フルコースの、ヒリつく辛さと旨味が幸福中枢を刺激する様に舌鼓を打ち。
「ぎょうざ、ぎょうざ! しゅーまい、しゅーまい!」
餃子と焼売という、俺にとっても大好物な、中身の詰まった皮物料理に涎を垂らし。
「小籠包! はむはむ、あつーい! あむあむ、おいしーい!」
肉汁たっぷり小籠包にかぶりつき、はふはふと熱さと旨さに身悶えしたり。
まあリンちゃんの食べっぷりと、リアクションの良さと来たら。見てるだけでこっちもお腹いっぱいの幸せいっぱいになっちゃいそうだ。
どうも話を聞く限り、豪快というか……その、焼肉と焼き魚、穀物にサラダを中心にした食生活だったみたいだ。となればまあ、栄養的にバランスは取れていても、レパートリーという意味では世に広くある料理の数々とは比べるべくもないんだろう。
だからなのかな、リンちゃんの喜びっぷりがすごい。というか、よくこんなに食べられるな……
リンちゃんは小柄で、160cmにギリギリ届かない優子ちゃんよりかなり背も低い。150cmあるかも怪しいくらいだ。
そんな子が、もう5軒は店を回っていろんな食べ物を胃に入れているんだ。ちょっと俺、心配になってきた。
ほら、今も店の前、サンプル品の青椒肉絲と回鍋肉に目を奪われてるし!
「ふ、フェイリンさん。食べすぎてませんか? 大丈夫ですか?」
同様に見かねた香苗さんがストップをかけた。
これでもう、三度目の制止だ。これまでにも二回、止めに入ったのだが、本人がぜんぜん余裕と言い張るものだから静観していた。
だがさすがにそろそろ、本当にヤバいと思う。
リンちゃんの見た目になんの変化もないのが却って怖い。あんだけ食ってんならせめて腹くらい、見かけだけでも膨れろや!
「もう、大食いタレントでも倒れかねない量ですよ。無理して食べることなど、どこにも必要が」
「……? 私、無理、ないです。ぜんぜん、いけます」
「そんな馬鹿な……」
「怖ぁ……」
「あ。でも、ちょっとお腹、膨れてるかも、です。軽く運動、します」
きょとんと、何言ってるんだろう的な顔をして香苗さんに応えたリンちゃん。すると少し腹を擦って、何かを考えてから少し離れた広場に向かった。
俺と香苗さんも後を追う。軽く運動? ストレッチでもするんだろうか、でもそのくらいで摂取したカロリーは到底、消費できないだろうに。
広場の隅、人気のまばらな所でリンちゃんは立ち止まった。そのまま深呼吸して、徐に何やら体操を始める。
いや……違うな、体操じゃない。これは、型だ。武術の型。
あまりに淡々と澱みなく、しかしメリハリを持って機械的に動くものだから体操的に見える。けど腕の振り方、足運び、体捌き。どれを取っても攻めと受けをイメージしている。
明らかに敵を、想定している。
「すぅぅぅぅぅ────しゅぅぅぅぅ────」
深く息を吸い、深く息を吐く。その間にも律動めいた型の動きは極めて一定で、しかし様々なパターンを組み合わせて組み換えて見せる。
見事な、美しさだ。洗練されきった、達人としか言いようのない武の美がそこにあるように思えた。
それが証拠に、リンちゃんが演舞を始めてからこっち、徐々に衆目を集めてきている。すごい美少女が、チャイナタウンでチャイナ服を着て、あまつさえ拳法を披露してるんだ。そりゃあ人目にも付くんだろう。
──と。リンちゃんの動きがピタリと止まった。演舞の雰囲気は続いていることから、これは終わりではない。
むしろ、そう。動作に移る前の、一瞬の静けさ。
気付くと同時に俺の眼前で、彼女の流派・星界拳はその力の片鱗を示した。
「しゃっ──!」
右足ハイキック。空気を蹴り、容易く衝撃波を巻き起こす。
鞭で壁を叩いたような、爽快な音が響いた。さらに二、三と蹴りは続く。
「しゃっ! しゃっ!! しぃぃやぁっ!!」
「うおっ飛んだ!?」
足が消えたように見えるほどのスピード。パパパン!と、空気の壁を蹴り破る音を響かせながら、次いで宙空を蹴る彼女。不意に空高く舞ったのに驚いて、観客が叫んだ。
そう、飛んだのだ。捻りながら空を翔け、回し蹴りを二回、左と右で独楽のように回りながら放つ。当然、すべてが音速だ。
空気をまさしく切り裂き、彼女はなおも行動に出た。なんと足場もない空中で、どうしたことか身を翻し、今度は元いた地上に向けて鋭く蹴りを放ったのだ!
「しぇぇぇいっ!」
「な、なんの動きっ!?」
「星界八卦拳! ──しぃぃぃぃぃぃぃやっ!!」
技? だろう叫びと、渾身の一撃。
まっすぐ降り注ぐ一矢となって、彼女の飛び蹴りは、彼女が元いた場所に突き刺さった。つまり、元の位置に戻ったことになる。
「…………ふうぅぅぅぅぅぅぅ。おわり」
「り、リンちゃん……?」
「いい汗かいた、お腹減った。青椒肉絲、回鍋肉!」
唖然とする、俺を始めとしたギャラリーたちを無視して。
リンちゃんは、目を煌めかせてさっきの店へと向かっていった。
今年最後の更新です
良いお年を〜
この話を投稿した時点で
ローファンタジー日間6位、週間4位、月間2位、四半期1位
総合月間14位、四半期14位
それぞれ頂戴しております
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