きみに胸キュン
放課後。朝に誘いを受けたとおり、俺はクラスメイトのみんなといっしょに街に繰り出していた。
雨も止み、曇りながらも良い感じの気候だ。傘を差さなくても良いだけで随分違うよなあ。
商店街を抜けてしばらく、国道沿いに歩くとボウリング場だ。なんかテンション上がってきた。
高揚したまま、隣並んで歩く梨沙さんに話しかける。
「ボウリングも久しぶりだなあ、何だか」
「そうなの? たしかに公平くんとは初めて行くけど」
「最後に行ったのは……ああ、中二の夏頃だったかな。その時のクラスメイトと、夏休みだからクラス会みたいなことしたんだよね」
結構前のことだけど、それなりに思い出してくる。
なんでか地元のボウリング場じゃなくて隣町の駅チカにあるボウリング場で遊んだんだ。主催の、クラスメイトの人気者二人のお気に入りの店だったのかな? 今となってはよく分からない。
でも楽しかったのは覚えているから、悪い思い出じゃなかったのはたしかだ。
「だから今日のボウリングも結構、楽しみなんだよね。スコアがどうとかじゃなく、わいわい盛り上がりたい」
「そっかー……じゃ、花の青春楽しもうぜい!」
梨沙さんがにっこり笑って、俺の背中を叩いてきた。
なんか、良いよなあ……本当に青春って感じ。高校生活がこんなに楽しいものになるとは、まるで思いもしなかった。
『ふふ、楽しんでくださいね公平さん。きっとそれが、あなたの戦う原動力になると思いますから』
「ふうん? なら、今ここで君のお友達を軒並み手中にでもしたら、君は僕のものになってくれるのかな?」
『……………………は、ぁ!?』
……横槍で返事が返ってきた。俺じゃない。驚きに満ちたリーベの声が、脳内に響く。
唐突なその言葉に、聞こえてきた方を向く。いつか見た銀髪の、中性的な顔立ちの子どもだ。
シニカルな笑みを浮かべて、親しげに俺に手を振ってくる。
「知り合い?」
「…………まあ、ね。何の用だ」
問いかけた梨沙さんや松田くんたちが、俺の硬い表情と声音に驚いている。何人かにとっては初めてで、梨沙さんにとっては二度目だろうか。俺の、臨戦態勢の姿だ。
友だちたちの前に出る。何かあった時、すぐにかばえるように。そして同時に、咄嗟にやつに向け、仕掛けられるように。
明らかに敵対的な俺を見て、やつは──邪悪なる思念の端末は、苦笑しつつも明るく言ってきた。
「そう身構えないでくれよ、アドミニストレータ。さっきのも冗談だよ、君に嫌われたくないからね」
「あんな真似をしといてまだ、嫌われてないと……敵視されていないと思っているのか」
「思ってるよ。だって僕は邪悪じゃない。悪に染まりかけたのは当人の資質によるもので、僕には善も悪もない。そんなモノを、君は嫌いにならないだろう?」
「前提が間違っているんだよ」
こいつどの面下げて、自分を邪悪じゃないって言ってるんだ……
関口くんにしたこと、嫌がらせだけのためにアイを生み出したこと。どちらも俺にとっては許すことはできない行為だ。
善も悪もないと思っているのは当人だけ。紛れもなく、こいつは邪悪だった。
「やれやれ、ここのワールドプロセッサにすっかり染められているね……でも良いよ。僕がその洗脳を解いてあげる」
「何を……」
「僕の元に来なよ、アドミニストレータ」
短く、しかし熱っぽい言葉が耳に届いた。ありえない台詞に、しばし目を剥く。
こいつ、本気なのか? 俺に、アドミニストレータに邪悪の側に付けと、マジで言っているのか?
「こんな僕に優しくしてくれたのは君が初めてだった。あらゆる場面、あらゆる世界で僕は簒奪者だったから、いつだって憎まれ嫌われてきた」
「簒奪者、だと」
「あるいは捕食者かな? どちらでも良い、とにかく奪う側のものだった僕ゆえに、孤独は永遠にも似て付きまとってきた。君に……出会うまではね」
両手を広げて歌うように、こいつは俺への執着を語る。
商店街の出口付近、結構人もいる中で中性的な美人がこんなことをしていれば、嫌でも人目につく。
まずいな……もし戦いになれば、どうしようもなく巻き添えが出てしまう。
『公平さん、悔しいですけどここは、穏便に追い返すしかないみたいです……なんでかこいつも、争う気はないみたいですし』
「精霊知能の言うとおりさ、アドミニストレータ。僕だって別にこんなところで君と殴り合いする気はない。誰かを傷付けるのは、意味も価値もないうちはしたくないからね。心が痛むし」
リーベの言葉を拾ってやはり、歌うように語る。
嘘では、ないようだが……ちらと後ろの梨沙さんたちを見る。状況が飲み込めないまでも、緊迫した空気は伝わっているみたいで身を強張らせている。
肩をすくめて、端末は笑った。
「僕は君が欲しい。君とならこの先だって続く永劫の晩餐にも、きっと楽しい彩りが加えられると思う。だからどうかな、アドミニストレータ? 僕と一緒に来ないかい?」
「正体も分からないやつに、付いていくのはダメだって教わってましてね……お断りだ」
「言うと思った。ふふ、まあ良い。今日のところは所信表明ってところさ。一旦引こうじゃないか、僕の愛し人」
案外と素直なことに、そう言ってから。
瞬きする間もなく、元からそこにいなかったようにさえ思える自然さで、目の前から端末は消えていた。
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