君は君、とあなたが言ってくれるから
実家に戻るのも、香苗さんの車で送ってもらう形になり、俺は再び、真っ赤なハデハデスポーツカーの助手席に乗せてもらっていた。
豪邸から出て、またしても車でいっぱいの往来を走る。今度は県から出るわけなので、次第に流れはスムーズになっていくだろう。
それを考えれば、実家に着くのも晩御飯には余裕で間に合うくらいのタイミングでは、ありそうだった。
「光が不躾な態度ばかり取っていましたね……すみませんでした。あの愚弟は、帰り次第電話で再度、伝道します」
「止めてあげてください」
開口一番とんでもない。この人、さっき弟さんが感動的な感じのことを言ってたのを覚えてないのだろうか。
俺を信じる姉は裏切るなと、言ってきた彼は本当に姉想いなんだろう。いや、ひいおじいさんへの傾倒もあるみたいだから一概には言えない、のかな。
とにかく、家族想いであることには間違いない。そんな彼を、香苗さんもぜひ、姉として褒めてあげてほしい。
そんなことを言うと、香苗さんは困ったように笑った。
「光の想いは分かりましたが……私的には、どこまでもとんちんかんなことを言っていたなという感じでしかないのですよ」
「とんちんかん、ですか?」
「まず第一に、公平くんが私の期待などを気にする必要はどこにもありません」
ぴしゃりと、光さんの言葉を切って捨てる。
そこにあるのは真剣な眼差しだ。
彼女はさらに、続けて言った。
「他人の、勝手な思惑であなたがあなたらしくなくなるなんて、悪夢のようなことです。ましてやその他人が私かもしれないだなんて、可能性すら考えたくありません」
「それ、は」
「昨日の、マリーさんが突然激昂したのと同じですよ。たとえシステムさんでも、あなたを縛り付けるのは許されない。私だって同じということです」
『うく……ミッチー、痛いところを突きますね』
俺よりリーベの方が今の言葉、色々と刺さったみたいだ。まあ、あのマリーさんをあそこまで怒らせたのを引き合いにだされると、なあ?
にしても香苗さんも、そういうことは考えてくれてるんだな。それもそうか、この人、俺を振り回しているとか言うけど割合、こっちを気遣ってもくれるしね。持ちつ持たれつって感じの表現が適当なんだと思う。
そして二つ目。
県境に差し掛かり、にわかに走行ペースが早まる車を軽快に操りながら、彼女は言った。
「そもそも、私の期待するところとは公平くんが公平くんらしくあること、それそのものなんです」
「俺が、俺らしく?」
「人を護り、命を救い、倒すべき敵にさえ手を差し伸べる。誰の思惑も関係なく、自然とそういうことができてしまうあなただからこそ、良いんです。あなたは既に、私の期待する気持ちに十二分以上に応えてくださっています」
だから、光の物言いはとんちんかんなんです。そう、言い切る香苗さん。
何ていうか……すごく嬉しい。自然体のありのままを、こんなに受け入れてもらえるなんて家族にだって中々、ないことだ。
俺が、誰かに手を差し伸べたいと願うのはもちろん、これまでの成り行きで培われたものでもある。
だけどそれも含めて、俺自身の選択と決意で思い至った考えなんだ。アドミニストレータとして、救いを求めるものに寄り添う、それが俺の俺による、俺だけのスタンス。
そんなところさえ──もちろん、まだ香苗さんは詳しい話を知らないだろうけど──受け入れてくれる。そんなこの人の姿勢に、俺こそ救われる気持ちなんだ。
そして、最後。
「何より、私が曽祖父から受けた教えは実質、ある特定の事柄に関しての一点のみです。光はずいぶん大層に捉えているようですが、そこからして勘違いなわけですね」
「一点のみ……ですか」
「お教えしたいところではありますが、そこを言えないのが曽祖父の教えの肝でして。すみません」
言うことさえ禁じている教えとはまた、仰々しいというか何というか。
まあ、無理に聞き出す気なんてもちろんないから構わないんだけどね。
「ただ一つ、言えることがあればそれは」
「それは?」
「……教えるような時が、来なければ良いなと思うような話ということですね。結構、その、あると万一の時に便利ですけれど、なければないに越したことのない類の話ですので」
「は、はあ……」
いやいや怖ぁ。案外厄いネタなんじゃないの、それって?
あると便利だけどないに越したことはない、なんてトンチみたいな話だ。あんまり触れない方が良さそうだわ。
と、丁度今、車が俺の実家前に止まった。話が途切れる。
正直、助かった心地だ。気まずく黙りかけたしな、俺。
車から降りがてら、香苗さんに挨拶する。
「それじゃあ、お疲れさまでした。ここ数日、本当に香苗さんにはお世話になりまして」
「何をおっしゃいますやら。こちらとしても、伝道のネタを数多くいただけて嬉しかったですよ。ああ、ですが惜しむらくは邪悪なる思念の端末とやらとの戦いや、あのドラゴンを、ダンジョンにて足止めした場面に居合わせられなかったことですね。ああ、私はなんて間の悪い」
「そ、そうですか……」
本気で嘆く香苗さんに、いつもどおりだなとある意味、ホッとする。
家が豪邸でも、曽祖父が偉大な探査者でも、何やら事情を持っているみたいでも。この人はこの人、御堂香苗さんだ。
それがなんだか嬉しくて、俺は、うんうん嘆く彼女を見て微笑むのだった。
ここで一区切り、次の話から恒例の称号話やります
この話を投稿した時点で
ローファンタジー日間3位、週間2位、月間1位、四半期2位
総合月間6位
それぞれ頂戴しております
本当にありがとうございます
引き続きブックマーク登録と評価の方、よろしくお願いいたします




