これは伝道です。救世主様最高と言いなさい
目覚めたあとは早いもんで、昼まで身体検査をいくつか受けて、俺は無事、退院の運びとなった。
というのも元々、俺が倒れた理由ってのが診断上では単なる過労だったらしく、一日ぐっすり寝たことと点滴での栄養補給でもうすっかり、回復していたのだ。
探査者として鍛えられた身体と、いくつかのインチキ称号効果の賜物でもある。
特に日常生活時に身体異常を完全に無効化する効果は、探査者専門の医者の先生をして、実験もとい研究させてくれと頼み込んでくるほどだったよ。怖ぁ。
さておき、昼にはシャバの空気を堪能することになった俺だが、気分的にはすこぶる暗い。憂鬱だ。
何でかと言うと色々、要因はある。結局ツアーに最後まで参加しきれなかったなあっていうのと、GWももうあと三日かあ、という悲しみ極まる現実と、何よりも。
何よりも、これから香苗さんのご家族さんに会いにいくという、唐突なビッグイベントが待ち構えているからだった。
「さあ、行きましょう公平くん! 私の家族もみんな、会いたがっているんですよあなたに! ふふっ!」
「ご家族……と言いますとその、弟さんも?」
「ええ! このやり取りでもほら、ぜひ会いたいって」
見せてくるのはスマホの画面。チャットアプリだ……うわあ。
光さん? 弟さんの名前なんだろうな、とのやり取りがそこには無駄に鮮明に刻まれていた。
『敵対していたドラゴンすらも救った偉大なる救世主、山形公平様がついに我が実家に御降臨されます。嬉しいですね?』
『姉さんをおかしくした奴が来るの?』
『おかしいのはお前です嬉しいと言いなさい。もう一回伝道しましょうか? 今度は直接会って』
『嬉しいです……会いたいです……』
こ、れは、ひどい……
開口一番俺を称えてくるのがストレートにまず、やばい。それに対して弟さんも、あからさまに俺に敵対的じゃ〜ん怖ぁ。
そしてだから、なんだよ伝道するって。もはや脅し道具みたいになってるじゃないか。弟さん、文面からでも怯えてるし……
俺は知っているんだぞ、昨日の、対ドラゴン会議の後。
探査者の皆さんが集まって、伝道するって何だろう……誰か被害者いるか? ここにいるぞ! 救世主様最高! みたいなやり取りしてたのを。
何をしてるんだ本当に、あなたと望月さんは。望月さんなんて、後輩探査者に探査のいろはを教えながら布教しているそうだし。完全に怪しい宗教じゃあないか。
「ふふ、いずれ家族にも会っていただこうとは思っていましたが、まさかこんなに早く機会が来るとは! ぜひとも公平くんには、尊き教えを説いていただきたいです!」
「いえあの、教えとか何にもないんですけど……」
「誰かの都合で苦しむ魂があるのなら、人もモンスターもなく手を差し伸べる! ──こんなに尊い教えが他にありますかいえありません! どうか自覚してください、あなたは素晴らしい教義を、私とマリーさんの目の前で宣言したんです!」
「してませんけど!!」
怖ぁ……俺は何も、二人に言って聞かせるつもりであの時、あんなことを口に出して言ったわけじゃない。ましてや教義だなんて以ての外だ。
知らず、アドミニストレータとして気負いすぎていた自分。本当に正しいと思うことを、義務感や責任感、使命感で押し殺そうとしていた俺。
それがマリーさんのおかげで吹っ切れて、ある意味、システムさんたちとの訣別のようなこと──敵対とかじゃなく、言われるがままの人形にならないという意味で──をしようと思えたんだ。
だからこそのあの宣言だ。
命ある限り、もう誰のことも見捨てない、諦めない。
罪なきものが助けを呼ぶなら、誰であれ何であれ手を差し伸べる。
そう、俺自身に誓ったんだ。
「だから、頼むからそんな個人的なものを広めたりしないでくださいよ……変に影響とか受けた人が、真似して危ないことしちゃいけませんし。こんなことするのは俺だけで良いんです」
「ああ……あああ……」
「香苗さん? 聞いてます?」
「尊い……眩しいぃ……!」
だからそのノリやめろや! 片膝突くな拝むな手を組むな、何かよく分からん祝詞を唱えるな!
涙すら流すこの人はもうだめだと思う。周囲の人たちの視線が痛い。ここは退院してすぐ、病院の前。
銀髪が目立つものすごい美女が、どこにでもいる子供一人に跪いて泣きながら祈りを捧げている構図だ。引くわ誰でもそんなもん。
ちなみに、他の面々は既に帰路に就いている。
立場的にお忙しいマリーさんとその付添の鈴山さんは言わずもがな、ツアーも終わったのでバスで元いた、俺たちの県の組合本部に戻っていった望月さんと逢坂さん。
そしてマリーさんに引き取られたアイを、最後まで物欲しげな目で見ていた優子ちゃんとそれを宥める両親は、もう起きたんなら用はないねとばかりにそそくさと帰っていった。
お前らが一番淡白ってどういうことだよとは思うが、まあ家族なんてこんなもんだろう。
とにかく。俺は香苗さんの肩を抱いて立たせた。
くそう、めちゃくちゃ華奢で暖かくていい匂い。近くで見ると泣きたくなるくらいかわいい。
こんな狂信者さんでもドキドキするあたり、俺って結構この人にやられてる気がする。
まあ、悪い気はもちろん、しないんだけどね。
「もう、行きましょう。ほら立って」
「うう、救世主様バンザイ……」
「やめてください」
こういうのがなければ、なあ。
苦笑いしつつ、俺はかくして香苗さんの実家、御堂家を訪ねることになった。
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