Your Name is LOVE
「ああ、まあ世間的にはあのドラゴンは私と、御堂ちゃんと、公平ちゃんで倒したことになってるよ。実際、死んだも同然だしね」
「とは言え、そのドラゴンが被害を出したのは事実です。死人こそ出なかったのは何よりですが……怪我人はいますし、何より人々の住まいや施設はいくらでも破損、破壊されています」
「ですよね……」
「ま、被害者の方々には国と探査者組合から莫大な金が支払われる。金で解決なんて話とは、もちろん違うけど……これで少しでも復興が早まれば、それが何よりさね」
マリーさん、香苗さんの言葉に俺はドラゴンを見た。無垢な瞳が煌めいて、俺を無邪気に見つめている。
この瞳は、邪悪じゃない。生きたいと願うだけのことが邪悪だなんて、絶対にそんなことはない。
救えて良かったと思う。アドミニストレータとして、何より山形公平としてそこは誇りだ。
だけど。そのこととこいつが周囲に迷惑をもたらした罪については、話が別だ。
たとえ一度死んで、生まれ変わったとしても。このドラゴンは自分がしたことについて、落とし前をつけなきゃならないのだろう。
感情からのものでなく、理屈のものとして。命は憎まないが、罪を憎む者として。こいつは罰を、受けなくちゃいけないんだ。
「こいつはこれから、どうなりますか?」
「ん? そうさね……ひとまずはWSOお抱えの研究所で諸々、研究されるだろう。もちろん非道な実験とかは無しさね。公平ちゃんの想いを悪用したりはしないし、絶対にさせない」
「何かしら、罪を問うたり罰を与えたりすることは、ありますかね」
「公的にはもう、あのドラゴンは死んでるからねえ。微妙だが、そうだね、今言った研究への従事と、それにより何かしら得手が見つかればそこに適したことをやらせる、くらいかねえ?」
「適したこと?」
「戦闘できそうなら、組合の探査者として扱ってダンジョンに潜らせるとか、なくても仕込めば芸くらいできるだろう? 探査者のマスコットとして扱っても良いかもね。なあに、そのくらいねじ込めるだけの力は私にもある」
仮にも特別理事だからね、とマリーさん。
怖ぁ……そういやこの人、国連の探査者機関で役員やってるんだよ。探査者としてだけじゃない、公人としてもマジで偉い人なんだ。
だけど、安心した。珍しいモンスターだからととんでもない目に遭わされなさそうなんだな。良かった……生きていけよ、チビスケ。
未だ俺に抱きつくドラゴンの、頭を撫でる。つぶらな瞳を向けてきて、どこか、嬉しそうに鳴く。
「きゅう! きゅるっ! きゅー!」
「……元気でやれよ。どんな命も、生まれたなら生きていて良いんだ。どんなふうに生まれても、お前は、生きていって良いんだよ」
正直この先、こいつがどうなるか俺には分からない。救うだけ救っといて、そこからは知らんぷりなんて酷いなあと自分でも思うけど、ここからはもう、司法とか政治とか組合の偉い人とかの領域だろう。
アドミニストレータだの何だの言っても所詮は一介の探査者、それも未成年な俺だ。社会的に打てる手なんてほとんどない。マリーさんが良いように取り計らってくれるみたいだし、それでどうにか良し、としておきたい。
やれることはやった。後は、お前次第だよ。
達成感と、嬉しさと。少しばかりの寂しさ。
お前が生きていることを喜んでいる者がここにいるんだよと、せめて想いを込めて俺は、その背を撫でた。
マリーさんが、あーそうそう、と何でもないような口振りで切り出した。
「件の研究施設なんだがね。あちこちに点在してるんだが、実は公平ちゃんの住む県にもあるんだよ」
「……え?」
「組合本部からもそう離れちゃいないし、会おうと思えばいつでも会えるってことさね。話は通しておくから公平ちゃん、いつでも会いに行ったげな。あんたに救われたこと、その子は覚えてるよ」
「……!」
「きゅっ!」
優しい瞳と言葉。そしてドラゴンの、俺に寄り添う姿。
見れば周りの人たちもみんな、暖かな目で俺を見てくれている。
……敵わないなあ。まったく、素敵な人たちだ、みんな!
「なあ、ドラゴン」
「きゅー」
「俺、山形公平って言うんだ。よろしくな」
「きゅー! きゅるきゅきゅきゅ、きゅる!」
改めて名乗る。敵に向けてではなく、たしかにこの世に生きる一つの命に対して。
ドラゴンは、嬉しそうに返事してくれた。
「その子、名前は何にするんです?」
「……えっ。俺が決めるんですか?」
「この子をこの姿にしたのは公平様なんですよね? だったら、公平様こそ、この子の親みたいなものだと思いますし」
そんないきなり、荷が重いよ望月さん!?
しかしまあ、言われてみるとそうかも知れない。俺が助けた命に、名前がないのなら。
そうだな。仮にでも付けてあげても良いのかもしれない。
「そう、だな……アイ。愛情とか、友愛のアイ」
「またあんた、シンプルな名前ねえ」
「良いんだよ! こういうのはシンプルで!」
母ちゃんが茶化すが、俺からしたらこれ以上ない名前だと思う。
愛を知らずに生まれたけれど、これからお前は愛を知るんだ。
たくさん愛して、たくさん愛されて。
どうかその名にふさわしい、優しい命になってください。
「よろしくな、アイ」
「きゅーっ!」
ドラゴン──アイは、鳴き声をあげた。
この話を投稿した時点で
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総合月間5位
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