救世主神話・覚醒編
マリーさんの渾身の必殺剣により、ドラゴンは首に大ダメージを負い、しかも地に倒れ伏した。
これまでにない規模の大振動。山のような巨体が地に叩きつけられたのだから、その衝撃たるや想像を絶する。
「うわわわっ!」
「大丈夫ですか、公平くん!」
思わずバランスを崩した俺に、すかさず香苗さんがやって来て支えてくれた。助かる〜。
しばらく続いた振動が収まる。埃も舞っていたが鎮まり、後に残るは倒れたドラゴン。顔が、目の前にある。瀕死だ。
「──久しぶりに橋を落としたねえ。これなら後は煮るなり焼くなり、だろう」
言いながら、天高くからマリーさんが着地して戻ってきた。
なんて人だ、この人……小山を一つ、その技一つで崩してみせた。もう、戦いどころか隠居生活していてもおかしくない御年と姿で。杖に仕込んだ刀、一本だけで。
これが、S級探査者マリアベール・フランソワ。
畏怖を禁じ得ない俺に、彼女は穏やかに笑って言った。
「さ、後は任せたよ公平ちゃん……今の技、この年になるとかなりの負担でね。命がどうこうってわけじゃないが、もうしばらくは戦闘不能さね」
「マリーさん……ありがとうございます。決着は、俺のこの手で必ず、付けて見せます」
見れば、ドラゴンの首は鱗ばかりか皮まで深々と裂かれている。それこそ骨が見えるほどで、鮮血も勢いよく吹き出している。
失血死するかどうかは、微妙だが……町のことを思えば、やはり俺がやらなければならないだろう。
『お婆ちゃん、大概ですねー……ですがこれで殺し切れます! 公平さん、アドミニストレータとしての責務をどうか、どうか!』
リーベもそう、促してくる。
ああ、そうだな。今の俺のフルパワーならどうにか、切断できる。やるさ──邪悪なる思念を倒すのは、俺の使命だ。
「……一つ、アドバイスさせてほしい」
アドミニストレータとして決意を漲らせる俺に。
肩を一つ叩いてきて、優しい眼差しでマリーさんは呟いた。
「前にも言ったが、あんたの心はあんただけのものだ。他の誰かに強制されて、何かを決めないようにしなよ? 良いかい、お婆ちゃんとの約束だ。自分の正義を信じるんだよ」
「マリー、さん?」
前にも聞いた言葉を、前にも増して強く言ってくる。
戸惑う最中に、続けて声がかけられる。
「そして────おい、システムさんだかなんだか知らねえが大概にしろよ」
『!?』
「この子はテメェらが好きにして良いタマじゃねえんだ……見込むのは分かるがいい加減、裏から縛るような真似してんじゃねえ」
「ま、マリーさん!?」
こ、怖ぁ!?
いきなりめっちゃ低い声、荒い言葉使いで、めっちゃ鋭い憤怒の眼差しで俺を、いや、俺の後ろにいるモノたちに向けて啖呵を切るマリーさん!
え、何? 警告してるの? この人。
システムさんや、リーベに向けて。俺を、良いように使おうとするなって。
アドミニストレータであることを強要するなと、怒ってくれている、のか?
「てめえらの事情なんざてめえらだけの都合だ。ガキ一人に全部、押し付けようなんざ承知しねえからな──っとと、ファファファ。失敬失敬」
「ま、マリーさん……?」
「いやあ、ファファファ! 怖がらせちゃってごめんねえ。頭に血が上るとつい、若い頃に戻っちまう。気負い過ぎな子を見てると余計にね、変なこと吹き込むバカに物申したくなるのさ」
いや昔そんなんだったの!?
今日一番の驚きだ、何なら今年一番まである。そんな姿を見せたお茶目なマリーお姐様は、やだねぇやだねぇと顔を赤らめ、そっぽを向くのだった。
『……アドミニストレータであることを、強要していた? システム側が、リーベが……?』
脳内で、今の言葉を受けて深く考え込むリーベの呟きを拾う。
……たしかに、気負っているところはあるよ。アドミニストレータとして、なんでもシステムさんたちの目線に立たなきゃいけないって、気はしてる。
『そんな! ……少なくともリーベにそのつもりはありませんでした。でも、そう捉えられたんですよね。私を感知できない、そこのお婆ちゃんですら感じ取るほどに』
かもな。
でも、気にするなよ……勝手に思い詰めてたのは俺だ。
今のでなんか、吹っ切れたけどな!
『公平さん……?』
ありがとう、マリーさん。俺のしたいこと、見えたよ。
ドラゴンに近付く。彼? 彼女? は死にかけの体で、何が起きたか分からないままに涙を流している。
「ぐるううううー……ぐるー……」
「……邪悪じゃないよ」
その瞳の、たった一つ宿す願いを見た。
無邪気に遊び、ぼーっと呆けて。気持ちよさそうに寝て。
そんな当たり前の姿が、何もかもを壊していくのを見た。
香苗さんがきょとんとするのを背後に感じつつ、俺は続ける。
「お前は、邪悪なんかじゃない。端末の悪あがきで生まれて、それでも生きたいだけなんだな。自分にとって居心地の良い場所で、陽の光を浴びて……風を目いっぱい受けて」
「公平くん……?」
「それは、結果的に誰かの迷惑になったとしても……絶対に邪悪なんかじゃない。出自も、有り様も関係ない。ただ生きたいと願うことが悪なら、この世界の何もかもが邪悪だ」
システムさんも、リーベも含めてな。
『…………公平、さん』
「だから俺は、お前を救うよ。システムさんの思惑も、邪悪なる思念がどうたらも。誰彼も構わない! 使い捨ての道具みたいに生み出されたお前が、それでも生きていくことを望むなら……俺にその力がある限り、山形公平は、アドミニストレータとして手を伸ばす」
「ぐるー……ぐる、ぐぅうー……?」
「それが俺の正義だ。人も、モンスターも何もかも関係ない。誰かの勝手な都合で苦しむ魂があるなら俺は、いつだって手を差し伸べる!」
──その瞬間、心が、何かに触れた。
分からないけど理解していて、理解できないけど分かる、何かを引き出す。
世界から音が、視界が消えた。いや、消えたのは俺自身かもしれなかった。
何もなく、何もかもがある場所。そんなところにいる。パズルのピースが一つ、埋まるようなくらいの当然さで。
俺はこの、異様な感覚を平然と受け入れていた。
──起動。呼び出し。検索。編集。改変。承認。実行。
そのすべてが当たり前の動作。生まれた時から息の仕方を知っているように、理屈でなく感覚が分かる。
ああ。ちょうど良いのがあるな。
《風浄祓魔/邪業断滅》。
これに備わるロールバック機能を、ロールフォワード機能に改竄。
該当生命体を意識のみ残して分解。構成に使われた端末の右腕を再構築。そこから端末が行った生成プロセスを辿り、しかし姿のみ変えようか。
より無害で、よりこの世界に適合した姿に。
生きていきたいその心が、果たされる姿に。
対価としてのリソースは、他ならぬこの巨体から賄おう。
ほら、できた。
スキル
名称 ALWAYS CLEAR/澄み渡る空の下で
解説 「今回限りだ。次はきっと、最後の最期になる」
効果 邪悪なる思念の一部から生まれた生命体を分解。再構築し、無害な生命体へと変える
──俺/私は。
「《ALWAYS CLEAR/澄み渡る空の下で》」
「ぐる、ぅ、ぁ──」
たった一つのかけがえのない命に、救いをもたらした──
この話を投稿した時点で
ローファンタジー日間2位、週間2位、月間1位、四半期2位
総合月間4位
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