同情するけど消えてくれ
逢坂さんによるスキルの数々により、俺たちは着実にドラゴンの元へと近付いていた。この分だとあと、10分かその辺だろう。
その間、俺はというと先程手に入れた称号効果、1km内にいる決戦スキル保持者の元に転移する能力を試したりした。実際、200mくらい離れたところから一瞬でマリーさんのところに移動できるのは便利だったな。
他にも雑談などしつつ進軍していたが、そろそろお開きにして、俺は香苗さんとマリーさんに最後の確認をしていた。ドラゴンとの決戦における、攻撃の段取りだ。
「逢坂さんと望月さんが離脱した後……俺たち三人でドラゴンの弱点、むき出しの皮膚めがけて全力で攻撃を仕掛ける。ですね?」
「ええ。それと同時に配置済みの探査者たちが、やつに対して攻撃を行います。こちらはダメージを与えるというよりは、撹乱し、わずかにでも混乱させるためのものですね」
「狼煙代わりに《光魔導》の虹を架ける、でしたね」
「鈴山ならば見逃しはしないでしょうから。仮にも同期です、そこは信じます」
香苗さんが力強く応える。そう、今回の戦いにおいて号砲を鳴らすのは他ならぬ彼女だ。
《光魔導》による虹の架け橋ほど、目立つものも中々ないだろう。なにしろ不自然なくらいくっきりしたレインボーだからな。
それを見逃すことなく鈴山さんは気付き、そして探査者たちに作戦開始を告げるのだ。ドラゴンに向けて遠巻きから攻撃し、やつの気を引く。
俺たちの攻撃と、探査者たちからの攻撃……混乱すれば儲けもの、しなくても一瞬一秒だけで良い、注意を逸らせられればそれだけでも値千金ってものだろう。
その間隙の分だけ、俺と香苗さんとマリーさんの攻撃チャンスが増えるのだから。
「闇雲に当てることだけしてても仕方ないし、狙うは一点。公平ちゃんがうまいこと剥き出しにしてくれた、首元の皮膚さね」
「偶然ですけどね、本当。ともあれ首は分かりやすくて良いですね、断ち切れば終わりですし」
「三人の火力で断ち切れるか、そこが心配ですけれどね……どうですか? 公平くん。恐らくソロ戦闘バフはありませんが」
香苗さんの問いかけ。たしかに、スキル《風さえ吹かない荒野を行くよ》は今回、発動しないだろう。どう考えても一人の戦いじゃないしな。
だけど。
『──これは、絶対に負けてはならない戦いである』
脳裏に響く声が、俺に力を与えてくれる。様々なものを護り、助けるための力。
輝く俺は、香苗さんに答えた。
「大丈夫。《誰もが安らげる世界のために》は発動しています。出力は大体130倍、やつを足止めした時より三割アップしていますね」
「130倍……!?」
「めちゃくちゃな倍率だねえ。そこまで行くとさしもの私も、というより人間じゃあ到達できやせんだろうさ」
「俺、人間ですけど。まあともかくそんなわけなので大丈夫ですよ。何があっても必ず、倒し切ります」
それに、と内心で呟く。
関口くんがくれた、勇者の力も今はあるんだ。さっき出力100倍だったのが1.3倍ほどになっているのは、間違いなく彼のスキルによるものだろう。
アドミニストレータ用スキルにすら影響するんだな、あれ。
『規格自体は同じですしねー。邪悪なる思念特攻もレベルアップと共に60倍まで上昇して、さらに《勇者》によるバフで約80倍! モリモリに盛りまくってますよー!』
てことは、合計すれば今の俺は通常時の200倍以上に強化されてるってことか。ヤバぁ……
だが好都合だ。改めて関口くんには感謝だな。今ここに彼はいなくとも、彼の勇気はここにある。
一緒に戦おう、関口くん。
「──そろそろ、到達目標地点です」
そしてちょうどのタイミングで、俺たちは目的としていた位置に辿り着いた。
ドラゴンの巨体を山と見立てるならば、ちょうど麓といった距離まで詰めている。これ以上踏み込むと、望月さんと逢坂さんには危険すぎるだろう。
つまりここから先は支援なく、俺たち三人で攻め入る必要があるということだった。
「空気が、震えてる……それに重い。これは?」
淀んだ雰囲気。街が、死に絶えたかのように──人気がないという話ではなく、命一つとて感じない。荒れ果てた大地を思わせる。
「ドラゴンの呼吸と、存在そのものの威圧感ってところかね。ああ、よく覚えているしさらに鮮明によみがえるよ。34年前も、規模は違えどこんな空気が流れていた。空間そのものが死に体になったような、滅びの空気がね」
「滅びの、空気……」
「S級モンスターってやつぁ、そこにいるだけでこういうことを引き起こすってことさね。むこうにとっちゃ、生存競争でも何でもないことが、こっちにとっちゃ一大事。何があっても今ここで、どんな手を使っても殺らなきゃならん……気の毒ではあるがね」
絶望的な光景だった。物理的な破壊どころではない。
こんなものが広まっていけば、人間どころか生きとし生けるすべてのものの危機だ。
間近に佇む巨大なドラゴンを見上げる。相変わらず呆けたように空を見て、時々翼をバサバサと振り回している。前足? 手? で、顔を搔いたりもしているな。
犬猫なら可愛らしいで済む仕草が、それだけで大惨事だ。振り回した翼はソニックブームを起こして家をいくつか吹き飛ばしたし、手足を動かす動作だけで空気も地面も震えて揺れる。
たぶん、ドラゴン自身には何の気もないんだろう。ただ生きてるだけで、そこには善も悪もない。
ふと、考える。
もしももっと、あのドラゴンが無害な体格であったとしたら。
他のモンスターのように、襲いかかってすら来ないお前は、もしかしたら愛される何かになれたかもしれない。
端末のやつに、身勝手な都合で生み出されてさえいなければ。
もしかしたら、そんな風に思うままのことをしたって、誰にも、何もされなかったろうにな。
哀悼。しかし、一瞬だけだ。
軋む心、泣きたくなる想いと罪悪感を義務感と使命感、責任感で殺して。
俺は、冷徹に告げた。
「行きましょう。これ以上、好きにさせるわけにはいかない」
「ですね。迅速にこなします」
「……同感だが、気負っちゃいかんよ公平ちゃん? ま、いざとなりゃどうにかするさね、安心しなよ」
一刻も早く止めなければならない。たとえ、ただ生きたいだけの命を殺すのだとしても。
そんな思いで俺は、決死行を開始した。
この話を投稿した時点で
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