たまに味わうからこその楽しみもあるよね
揺れも微かな車内にて弁当を頬張る。時折景色を見ながらの食事は、なるほどたしかに格別だ。
思うに電車、特に新幹線に乗ってるって特別感の中で食事をするというのが、この独特の美味しさと言うか味わいに繋がっているのかもしれない。
『移り行く風景、走行中ゆえの音、振動……移動しながら弁当を食べるなんてのは非日常だね。常にないシチュエーションで、常にない弁当を食べる。状況への没入感というものが味わいそのものにも影響を与えているのかもしれない。味覚と嗅覚のみならず、五感全体で食事を行っているような感覚ですらあるかもしれない。ううむ、奥が深い……まあ今の僕にはほとんど関係ない話なんだけど。とにかく美味しい!』
脳内のアルマさんも、味覚や嗅覚だけでない、視覚や聴覚、触覚までもが味わいというものに関わっているのだと熱く弁舌を振るっている。
食べる、という行為においてこいつほど貪欲なやつもそうはいないだろう。食事とはすなわち取り込むこと、取り込むとは転じて己の一部とすること。
であるがゆえに4つの異世界と俺達の世界の8割までも一時食らった邪悪なる思念は、欠けた己の完全性を他者を取り込むことで補おうとしたのだ。
だがそこに、今感じているような快楽や娯楽が伴っていたかは甚だ疑問だ。
アルマ自身どうもあのやり方じゃ永遠に自分の求めるものには手が届かないことを悟りつつあったところはあるし、だから俺を永遠の地獄に誘おうとしていたわけだしね。
それでも他者を食らうことを止めなかったのは、ひとえにもう止まれなくなっていたからに他ならない。
プライドの塊みたいなやつだからな。完全性を求める自分が初手から間違えていたなんて、何があっても認めたくはないんだろう。
薄々意味はないと分かっていてなお、一度してしまったからには続けざるを得ない行為。
地獄と自分で言ってしまうほどに苦痛な、永遠の暴走……結局のところそれが邪悪なる思念が繰り返していた悪辣極まる捕食の本質だ。
翻って今のアルマを見るに、余計にそんな考えは深まるよ。端末の頃からそうだったけどこいつ、料理を食べる時はしっかり楽しみを感じていたっぽいしな。
『僕のことを解析して知ったふうな口を利かないでよ公平……そんなことより箸を動かせ口を動かせ顎を働かせろ。食べろ、味わえ。僕にもっと、もっとモノを食べる幸福を教えてくれよ!』
あえて伝わるように内心にて考えていると、不機嫌そうな声でアルマは催促してくる。
けれど否定しなかったってことは、そういうことなんだろう。つくづく幼い子供でしかないんだなと、俺は肩をすくめて言われるままに食事を再開した。
美味い!
「んー、美味しい! はっはっはー、やっぱりお弁当は幕の内に限りますねー! 死んだおじいちゃんも"儂は昔からの幕の内弁当スキー爺さん"とかなんとか言ってましたー!」
「ハッハッハー、相変わらず爺ちゃんっ子だねー。でも光太郎くん、少なくとも第五次モンスターハザードの時はお弁当はおむすびに限るとかって言ってた気がするなあ」
「ええっ!? まさかのおむすびスキーお爺さん!?」
「そもそも葵だって割といろんなお弁当食べるじゃーん」
がびーん! みたいな古風なSEが似合いそうな驚きようを見せる葵さん。お爺さん、結構ファンキーというか適当なところある人っぽいんだなあ。
祖父孫揃っていい加減というか、適当な発言をしていたことにエリスさんもクスクス笑う。
元々は祖父の光太郎さん経由で葵さんを弟子に取ってるっぽいから、そういう意味では受け継がれるものを感じとってどこか、嬉しいところもあるのかもね。
ていうか第五次の時、エリスさんに光太郎さんも参加してたんだ? ヴァールだけじゃなくて意外と歴代の活躍した人達も、他のモンスターハザードに関わってたりするんだな。
「かーっ、美味え! こんな美味いなら毎日でも新幹線乗りたいぜ!」
「食堂扱い!? いやいやシャーリヒッタ、たまに食べるからこういうのは美味しくてありがたみがあるんですよー?」
「うふふ、そうですよ? ヴァールもたまに業務終わりにお酒を飲んでいますが、ああいうのは時折呑むからこそだって以前、連絡帳に書き記しています」
後ろの席ではシャーリヒッタが弁当に舌鼓を打ち、なんかすごいセレブリティなことを言い始めてはリーベに突っ込まれている。
探査者の懐事情的には毎日新幹線に乗ったって問題はないっちゃないんだけど、中で弁当食べるためだけに乗るなんて本末転倒の見本みたいな話だ。ていうかまだ探査者登録も済んでないしね、この子の場合。
そしてヴァールから交代したソフィアさんもまた、おにぎりを頬張りながらもシャーリヒッタを宥める。
ヴァール、仕事終わりに呑むんだな……なんだろ、疲れたOLさんを彷彿とさせるイメージが浮かぶよ。そんなに頻度は高くなさそうだけど、いろいろ溜まる時もあるんだろうな。
くすくす笑ってソフィアさんが続けた。
「そう、何ごともそうですがたまに楽しむからこそなのかもしれません……ねえ、マリアベール様?」
「…………さ、様付けは止してくださいよソフィアさん、ファファファ〜」
「こないだの呑み会でもずいぶん飲んでいらしたけど、まさかあの後も間を置かず飲んだりはしてませんよね? もういい歳どころかすごい歳ですもの、弁えてますよね?」
「も、もちろんですともファファファ! ……ていうかすごい歳なのはソフィアさんのほうじゃないですかい……」
怖ぁ……流れるようにマリーさんに釘が刺さった。
こないだの、倶楽部幹部への取り調べを終えた後の宴。あの時に結構飲んでたマリーさんを、ソフィアさんは結構心配してたんだな。
前の座席のマリーさんが、ビクリと肩を震わせて乾いた笑いとぼそっとしたつぶやきで応える。
さしもの83歳も、150歳オーバーの統括理事さんにはなかなか頭が上がらないみたいだった。
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