勇者セキグチと山形公平
山間にて鎮座するドラゴン。呆けたように見える姿は一見、無害に見える。
しかしその実、息を吸って吐くだけでも周囲の大気を揺るがし、首を振るだけで暴風が起きて人が転けたりするといった、いっそ清々しいまでの迷惑さ加減を誇っていた。
そんな、小山のようなドラゴンを遠巻きに、近隣住民を避難させた探査者たちは警戒していた。10km離れた隣町の自治会館にて特設した、臨時詰所で俺同様、ひとまずの休憩を取っている。
パイプ椅子に座って、近くの店で買ってきたコンビニ弁当を食べながら。俺は、何でか俺を中心に集まってきた探査者さんたちのやり取りに耳を澄ませた。
「初めて見ました……あれがドラゴン、S級モンスターですか! あんなの相手に一人で足止めしたなんて、さすがは公平くん……!!」
「ファファファ、30と何年かぶりだねえ私ゃ。あの時の奴ほど、暴れん坊じゃないようだが。さあて?」
「さしあたって近くの探査者は全員呼んだけど、S級がマリーさんしかいないのは辛いな。日本のS級連中がまさか、1人残らずこの辺にいないなんてね」
香苗さん、マリーさん、鈴山さん。この人たちは一報を受けてすぐさまやって来た。
来た直後は即座に攻撃を仕掛けようとしていた──意外にもマリーさんが一番乗り気だった。ウキウキしながら仕込み杖を抜き放ったのはめっちゃ怖かった──のだが、ドラゴンがぼーっと気の抜けた姿を晒していると気付き、一旦落ち着いて布陣を敷こうとなったのだ。
「うおおおおっ! アレがS級モンスターかよ! 燃える、燃えるぜ! 正義のハートがアイツを倒せとガンガン鳴り響いてうるっさいぜー!!」
「奈良くん、うるさいのは君だぜ……御堂さんやらマリアベールさんだのがいるってのに、そんな大口叩くなよ。巻き込まれたら堪んねえや」
「やっぱり外勤は怖い……内勤に戻りたいなあ。でも、彼女たちがなあ」
奈良さん、新田さん、掛村さん。この人たちも対ドラゴンを受けて呼ばれて、俺を見るなり寄ってきていた。
奈良さんがとにかくバーニングしている。シャイニング山形ならぬ、バーニング奈良さんかな? 隣の新田さんが暑苦しそうにしている。分かる〜。
一方で掛村さんが何やら頭を抱えている。やっぱりと言うか何と言うか、あまり前線には立ちたくないみたいだな。
おっと? 言ってると掛村さんに女の子たちが寄ってきて? おおっと! 励ますとかしちゃってるー! ハーレム主人公じゃんこの人〜! 処す? 処す?
なんて馬鹿なことを考えていると、今度は高木さんと中島さんがやって来た。
「ッフゥ〜! お祭り騒ぎじゃ〜ん! ウェイウェイ、来ちゃってるぜビッウェーイ!」
「……ビッグウェーブ? かな、タカちゃん」
「ザッツライッ! 分かってんじゃんナカちゃんウェーイ! ほらヤマちゃんもォ、ウェイウェイ?」
「え……え?」
「ウェーイ! ほらほらウェーイ、ウェーイ!」
「う、うぇーい?」
「ッフゥー! アゲて行こうぜぇーい!」
いつものノリ、というほどの付き合いじゃないけどもう、そう言うしかない感じの高木さん。いつの間にやら中島さんと、タカちゃんナカちゃんの仲になっていらっしゃる。お笑いコンビかな?
と、中島さんが俺に向かって、真剣な眼差しで言ってきた。
「山形くん。関口くんなんだが、ついさっき目を覚ました」
「! そうですか、良かった……」
「即座に病院に連れて行きたかったんだが、本人の希望もあって隣室の、仮眠ブースで安静にしている。病院に行く前に、どうしても君と話がしたいそうだ」
「俺に? ……分かりました」
関口くんが意識を取り戻した。それは嬉しいことなんだが、話があるとはどう言うんだろう?
俺としては、後で何だって文句なり愚痴なり聞かせてもらうから、今はとにかく心身を休めていてほしいんだけど……彼、良くも悪くも頑固だしね。負担にならない程度の時間だけ、聞くとしますか。
ちょうど弁当も食べ終えて、俺は中島さんの示した仮眠ブースへ移った。香苗さんが引っ付いてこようとしたけど、さすがに関口くんとのやり取りの間に余人を交えようとも思わないのでご理解頂く。
さておき、隣室だ。まだ使う人のいないはずの、簡易ベッドに横たわる人がいた。関口くんだ。
なるべく自然に、声をかける。
「や。どう? 体調」
「……ああ。おかげで、命拾いしたみたいだ。ありがとう」
「そ、そう。どういたしまして……」
めっちゃ素直! 嘘だろ、きれいな関口くん!
憑物が取れたみたいなスッキリした顔で俺に、礼を言ってくる。その様が言うのも難だが不自然すぎて、率直に調子が狂っちゃうよ。
そんな俺の様子に、薄く苦笑いを浮かべて関口くんは応えた。
「今更、なのは分かってる。それに今でも、お前のことは好きになれない」
「……そっか」
「だけど、もう嫌いになれそうにもない。手を、取ってくれ」
「?」
言われるがまま、彼の伸ばした手を取る。力なく、けれどたしかに血の通う温もり。
──瞬間、感じるパワー。
俺の体に、凄まじい活力が漲ってくる!
「! こ、これは!?」
「スキル《勇者》……効果は12時間の間、味方の全能力を30%、アップさせるものだ。検証の結果、このバフは他のバフにも影響することが分かってる。お前のソロ用スキルにも、きっと効果はあるだろう」
「せ……関口くん!」
心が震えた。あの関口くんが。俺に、力を貸してくれている。
勇者……勇気を与える者。聞いたことはあるし効果についてもある程度の知識はあったけど、こんなにも強力なのか。しかもスキルのバフにまで関わってくるなんて。
これは、たしかに凄まじいスキルだ。彼が、自分を特別と思うのも当然かもしれなかった。
だけどそんなスキルを、この俺に。
驚き、見つめる俺に。関口くんは、微笑んでくれた。
「こんなことしかできないけど。俺も、お前の味方だから。頑張れ。負けるな────山形」
「…………分かった!」
初めて、俺の名前を呼んでくれた。
彼の手を俺は、強く握りしめた。
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