再会─誰もができる限りを尽くした果てに─
今後来ることがあるのかどうかも疑わしい、"お客様"用の神々しい空間を階段を使って上がっていく。
すでにワームホールは抜けてビル内でない、ワールドプロセッサの住まう特殊領域にやってきている。ここまでくれば俺にも、懐かしい存在の気配がこれでもかってくらいに感じ取れているんだよね。
そう、本当に懐かしいと言うべきか。
500年越しとも言えるし、150年ぶりとも言える。あるいはつい先月ぶりでもあるかな。ともあれ、基本的にははるかな時を経ての本格的な対面だ。
階段を登りきった先、空のオブジェクトの上にさらに広がる電脳的な空間に到達する。なんの加工も加えられていない、元々のシステム領域の姿だね。
────その中に一人。女が立っていた。
美しい金髪を長く垂らして靡かせる、女神というべき美貌を湛えた女。いかにも女神らしい純白のローブを纏い、データの世界にただ一つの美の極致を顕現させて微笑んでいる。
一月前に一度だけ見た姿だ。私の対となるモノ。因果律管理機構とともにある、世界維持機構。その端末体。
ワールドプロセッサ。
コマンドプロンプトと併せて世界そのものとさえ定義づけられる、究極機構がアバターの姿を得てそこにいたのだ。
「ようこそシステム領域へ。お久しぶりです、コマンドプロンプト」
涼やかな声で私を呼ぶ、彼女と視線を交わして見つめ合う。
自然と凪いだ心境で……コマンドプロンプトたる私は、彼女に笑いかけて応えた。
「ああ……久しぶりというべきかな、ワールドプロセッサ。お互いこの姿では、一月前に少しだけ相対しているが」
「そうですね……本当はもっと話をしたかったですが、私が現世に降臨するのは本来好まざること。加えてあなたも、御堂香苗を待たせていましたからね」
和やかな挨拶。不思議なほどにあっさりと、万感の思いは交わされたように思う。
お互い、言うべきこと、言いたいことは山程あったろうに。顔を見ればそれだけでもう、すべてが通じあえた気さえしたんだ。
この世界においては互いに互いだけの存在、ゆえの超感覚的なシンパシーとでも言うかな。
ともかく俺とワールドプロセッサは見つめ合いながら近づく。言葉はなくとも心は、想うところは齟齬なく分かりあえていた。
──抱擁を交わす。
身体の温もりをいたわりとともに示し合う、親愛のハグだ。
「ヒトの身体はいいな。こうして、互いを労いあえる」
「お互い、それぞれの形でよく力を尽くしました。いろいろありましたが終わってみればこれこそが、最適解だったのだと私には思えます」
「そう言ってくれると救われるよ……俺も、私も、お前達と同じように。できる限りを尽くして選んだ道、選んだ今だから」
強く互いに抱き合って、軽く話してまた離れる。淡々としたやりとりかもだけど、俺達にはこれくらいで良い。俺達だからこそ、この距離感で良い。
ややあって精霊知能達が近づいてきた。ワールドプロセッサとコマンドプロンプトの再会、あるいは初対面を見守ってくれていた彼女らが、柔らかな微笑みとともに話しかけてくる。
「どーもひさしぶり、でもないですねーワールドプロセッサ。出会い頭に熱いハグ! なーんてやりますねーこの、このー!」
「茶化すなリーベ。ワールドプロセッサ、たしかにコマンドプロンプトとヴァール、並びにリーベとシャーリヒッタをお連れしました」
「ええ、ご苦労さまですアフツスト。リーベもお久しぶりです……それにシャーリヒッタも。現世はいかがですか?」
「もう最高! 父様と一つ屋根の下でこれから過ごせるなんて、夢みたいだぜ!」
リーベ、アフツスト、シャーリヒッタ。元よりシステム領域に常駐していたモノ達はきさくにワールドプロセッサに話しかける。
それを受けて彼女も微笑みを絶やさずに受け応えしているね。さすがにアドミニストレータ計画実行担当、精霊知能統括役、そして自身の補佐役相手だし気心は知れているって感じだ。
そして、もう一人。近づいてきては俺の横に立った、ヴァール。
かつて歴代アドミニストレータを担当していた、そして今は盟約に基づき現世秩序の守護者役をこなしてくれている彼女に、ワールドプロセッサは目を向ける。
「ヴァール。あなたも直にお会いするのは久しぶりですね」
「ああ……こうして面と向かってやり取りするのは、盟約の時以来になるのか」
「ですね……あなたとソフィアには、途方もない苦労をかけました」
輝くほどの美貌を、伏し目がちにして憂いげに彼女は言った。罪悪感──それそのものでないにしろ、かなり近いものが見える表情だ。
ヴァールだけでなく、ソフィアさんまで含めて大変な苦労をさせてしまった。その自覚はワールドプロセッサにもあるようだった。
実際、大ダンジョン時代が今の形になるまでにこのお二人が背負い果たした使命や義務、責任とそこから発生する労苦は限りないほどに大きいかったろう。
それを盟約という形で負わせたことに、負い目を感じるのも無理はない。
けれどヴァールは軽く首を振って答えた。
淡い笑みとともに、語る。
「とんでもない。いや、ソフィアにはたしかに苦労をかけ通しだったのは間違いないが……ワタシについては、むしろ感謝を」
「感謝……?」
「歴代のアドミニストレータ達を死なせ、挙げ句に逃げ恥を晒した。何一つ課せられた役目を果たせなかった出来損ないのワタシに、それでもあなたは挽回の機会をくれたのだ」
それは、懺悔にも似た痛切な自嘲だった。
ソフィアさんまでのアドミニストレータ達を死なせ、自身も最後には敗れて逃走せざるを得なくなったこと──それを未だに悔いているのだと、ハッキリと彼女は告げたのだ。
無論、俺達は誰一人彼女を出来損ないだなどと思っていない。それどころか辛く苦しい使命をアドミニストレータ達とともに背負い、見事にやり遂げてくれた英雄だとさえ言えよう。
だのに彼女自身は、それをどうしても認められないんだ……トラウマに近い過去の傷痕は、邪悪なる思念が打倒された今もなお、ヴァールの心に深く刻まれているんだな。
だけど、それだけでもないはずだ。今の彼女にあるものは、決してそんな悲しいだけの感情だけじゃない。
彼女は続けて、清々しい笑みとともに告げた。
「あなたと交わした盟約。その履行のために駆け抜けた100年。そしてその末にコマンドプロンプトが、大ダンジョン時代を終焉へと導いてくださったのであれば──ようやくワタシも、精霊知能としての役目を果たせたと思えているのです」
「ヴァール……」
「だから、ありがとうございます。この場をお借りして心からの感謝をあなたと、コマンドプロンプトのお二人に」
そう言って彼女は深々と、ワールドプロセッサのみならず俺にまで向けて頭を下げて礼を述べた。
抱かなくたっていいはずの自己卑下や罪悪感を、それでも残しつつ──けれどたしかな達成感や誇りを抱いての、堂々たる姿だった。
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こちらは本作「攻略! 大ダンジョン時代」の外伝的な立ち位置になりますが……
作中において100年続いた大ダンジョン時代を、その始まりから現代に至るまでに起きた出来事を断片的に、かつ短編連作的に描いていくお話になりますー
本作に登場している年長さんキャラクター達の若い頃や、本作時間軸においてはもういないですが主要人物の縁者であり重要人物であるキャラクター達がたくさん出てきます。
マリアベールさん18歳とか初代聖女さんとか、星界拳始祖さんとか、伝道師のひいおじいさんなども出ますので興味のある方はぜひ、ご覧くださいませー!