這い寄る予感
午前中のダンジョンはこれまた人里離れたところで、俺が住んでる県との境目にある、お寺の近くのダンジョンだ。お寺ダンジョンとでも呼称しようか、E級で、階層も一つしかない極めて小規模のものだ。
たぶん、調べても至って健康だが、見るからに体調不良っぽい関口くんにせめてもの配慮をしたんだな、主催側。本人が言っても聞かないもんだから、せめてすぐ踏破できるところに行かせてやれ、と。そんなところだろう……
「うーし、いっちょ潜っちゃおうぜぇ〜。いっちゃんレベル高え山ちゃんパイセーン、リーダー頼んま!」
「ええっ!? 俺、一番新米ですよ!?」
「へーきへーき! サクッと行ってバリッとやって、みんなでうまいもんでも食いに行こうぜイェイ〜、あ、関口クンは病院な」
「…………いえ。病院に、行くほどじゃないですよ」
唐突に無茶振りしてくる、実はかなり良い人なチャラ男さんである高木さん。ヘラヘラ笑いながらも、関口くんへの心配は欠かさない。
他方、関口くんの表情は硬い。なんだ? 何か、ひどく思い詰めている。何かを手放すことを決意したかのような、どこか正義を感じる眼差しだ。
何かに、巻き込まれているのか? 嫌な予感が過る。
既に何かの事態の渦中にあって、昨日、俺に話しかけてきたのは、彼からのSOSだったのか?
恐ろしい想像が一気に膨らむ。こうなれば形振り構ってもいられず、俺は関口くんに詰め寄った。
「関口くん、何があったんだ!? 昨日から明らかに様子がおかしい!」
「……山、寺」
「山形ですけど。違う! 君が俺のことをどう思ってても構いやしない、けど、助けが必要なら関係なしに言ってくれ! 必ず助ける、必ずどうにかする! 頼む!」
「う、う……く、う。どうしてお前は、そんな、に……!」
「関口くん?」
一瞬、ひどくもどかしげな、絶望とも悲しみとも、憎しみとも罪悪感ともつかない表情を垣間見せる関口くん。
馬鹿な……なんて顔をするんだ、そんな。あまりに悲壮すぎる。何があったんだ、本当に。
「関係ないっ。悪いが、放っておいてもらう!」
「関口くん!?」
俺の懇願をも突っぱねて、彼はダンジョンに一人、さっさと潜っていってしまった。速い。あんな顔色をして、そこまで動けるものなのか?
「オイオイ、ヤベーぞ! 追いかけて連れ戻すべ!」
「探査は中止だ! 明らかに様子がおかしい、ふん縛ってでも病院に行かせよう!」
「は、はい!」
俺たちも後を追う。もうダンジョン踏破どころじゃない、一刻も早く関口くんを安全な場所に連れ戻して、病院で診てもらわなければ!
ダンジョンは寺の近くに発生した影響なのか、壁にいくつか仏像が掘られている。怖い。
普段ならおっかなびっくり進むところだが事態が事態だ、そうも言ってられない。中島さんと高木さんは中距離戦に長けたスタイルゆえ、俺が先陣を切った。
広い、特に天井のやたら高い部屋に入ると、敵が左右から駆けてくる。次に進む道への道中が不自然なまで空いているところを見ると、関口くんは最短距離で抜けていったな。
中島さんが声をかけてきた。
「強行突破だ、山形くん! 今はモンスターの相手をしている場合じゃない、行く手を阻むものだけ退けて進むんだ!」
「取りこぼしはタカちゃんナカちゃんでやるっしょ〜! ほうらさっそく──《槍技》、フォレストグリーン・ショックウェーブ」
同時に高木さんが、どこからか取り出した──細かく節ができていることから、組立式と思われる──槍を振るう。
槍を使う割にはどこにも持ってないから不思議に思っていたんだが、この人、コンパクトな形で携帯していたのか! しかも技の鋭さが恐ろしく、細身からは想像できない剛力で縦横無尽に槍を振り、暴風を巻き起こしつつも敵を薙いでいる。
強い……!
「最近のパリピったらァ、こんくらいできなきゃただのチンピラなんすよねぇ〜! ほら行きなよヤマちゃん、友達を助けにゼアユゴー!」
「友達じゃないんですけどね! ありがとうございます!」
「ナカちゃん、後はたのよろォ! ウェーイ!」
「任された!」
高木さんがこの部屋の敵を引き付けてくれている間に、俺と中島さんは先へと進んだ。すぐ戻ってきます、タカちゃんさん!
最速で道を駆け抜け、次の部屋に入ると、いるはずのモンスターが一体もいない。関口くんが片付けたみたいだった。
いくらなんでも早すぎないか? あの様子で、でも調子は良いみたいに言っていたが……だけどあまりにおかしい。
胸騒ぎがする。
「……山形くん。何だか嫌な予感がしてきたよ、僕。とんでもない何かに、巻き込まれかけてないかな」
「奇遇ですね。俺も同感です」
「違和感しかない関口くんを、追うのもリスキーだけど……放っとくわけにもいかないか。難儀な話だ、まったく」
同じことを思っていたらしい、中島さんの声。
進みたくないのが本音だが、引くわけにも行かないのも本音。
どうしようもない状況にハマったかのような錯覚を覚えつつ、俺たちはがらんどうの部屋を抜け、更に次へ進んだ。
この話を投稿した時点で
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