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第8話:Can't leave from your gun

テーブルの上に並んだ空の皿を重ねて持つと、俺は流しに向かった。洗い物はさっさと片付けるに限る。

「にしても、これからどうすればいいんだろ」

誰に言うでもなく1人呟く。スーツの男を捜すにしても手掛かりは無いし、恭子を倒すにも火力が足りない。マーシャの武器庫も封じられたしな。八方ふさがりって感じだ。

「何か手伝うことあるか?」

声に振り向くとアルバートだった。客に手伝ってもらうわけにはいかない、そう答えて断る――いや、断ろうとしたというのが正しい。なぜなら、

「おい! 恭介! しっかりしろ!」

口を開く前に、俺の体が床に倒れたからだ。


恭君が倒れた。確かに〈狂制御〉はかなり使っていたし、戦闘に次ぐ戦闘だったけど、やっぱり消耗が激しすぎる。いつもそうだ、彼は肝心なことをわたしに教えてくれない。自分の体が限界を超えてるときくらい、頼ってほしかった。……たしかに、ちょっと頼りないかもしれないけど。

「すず、大丈夫?」

アンプがわたしを見上げて尋ねた。精一杯の笑顔で答える。

「うん、大丈夫。大丈夫だから……」

わたしが心配したってどうなることじゃない。それは分かってるけど、そう簡単に自分の感情はコントロールできないのです。ちなみに恭君はリビングのソファに横になっている。そろそろ額のタオルを換えよう、そう思ってわたしは立ち上がった。

「(いつも、こうなるのか? なんだっけ、あの〈狂制御〉って奴だ)」

エミリオさんの言葉をアルバートさんに通訳してもらって、わたしは首を振る。

「いつもはこんなふうにはならないんです。せいぜい頭痛が酷くなるくらい。でも今日は連続で使ったからかな。こんなことに」

そこまで言って俯く。いつも、この世界に来てからずっと思っていたことを思わず口に出した。

「やっぱり、わたしがいないほうが恭君にとってはいいのかもしれないです。ずっと守ってもらってばっかりで、足を引っ張ることしかしてない。ううん、この世界に来てからの話じゃない。元の世界にいた時だって恭君はわたしにつきっきりで、化物と戦うようになったそもそもの原因だってわたしがちゃんと事情を説明しなかったからで……やっぱりわたしがいたら、」

「それは違う」

アンプが首を振った。小さい、でも確かな声で続ける。

「このまえ、きょうすけとすずがけんかしたとき。すずが飛び出して、きょうすけはずっと心配してた。わたしが「きょうこが居ない」って教えたとき、一番動揺したのがきょうすけで、一番早く動いたのもきょうすけ」

「(あぁ、気がついたらキョウスケの奴はキミを探しに走ってたぜ。それは、心の底から心配していたからだろうよ)」

エミリオさんが腕を組んで頷く。見れば、マーシャさんもアルバートさんも頷いていた。

「こいつには君が必要だ。居ないほうがいいなんて思ってるのを知ったら、たぶん恭介は本気で怒るぞ」

みんなの言葉が、心にすっと入ってくる。俯いたまま、だけど少し涙目になって言った。

「……ありがとう、みんな」


その日の夜明け。恭君のそばにいたわたしが少し目を閉じていると、恭君が目を覚ましたのか声を掛けてきた。

「……あれ、涼?」

「起きた? 大丈夫?」

恭君は少し頭を振って頷く。

「あぁ、大丈夫だよ。――ずっと看ててくれたのか?」

「あ、うん」

彼は少し微笑むとわたしの頭に手を置いた。

「ありがとな。もう大丈夫だから、心配すんな」

ゆっくりソファから起き上がると、ベランダに向かって歩いていく。わたしもそのあとを追った。

「夜、明けちゃったな」

東の空が白んでいる。太陽が昇り、新い一日が始まろうとしていた。

「うん、そだね」

しばらくその様を2人で眺めていると、恭君が唐突に口を開く。

「……今度は、護るから」

「ふぇ?」

急に言われたから思わず訊きかえす。彼はもう一度言った。

「今度は絶対に護る。怪我なんかさせない、恭子の奴には指一本触れさせないから。心配すんな、必ず無事に元の世界に戻してやるよ」

わたしは首を横に振った。

「それは違うよ。……一緒に、が抜けてる。恭君が怪我したってダメなのです」

恭君は一瞬ぽかんとして、少し笑う。

「そっか、そうだよな。うん、お前の言うとおりだ」

恭子さんの名を騙る何か。スーツの人にこの世界のこと。分からないことだらけだけど、今はこのときを大事にしたい。心からそう思った。


「(それじゃあ、お休みだな)」

「(ああ。一時間したら交代だからな)」

部屋へと消えていくアルの背中。ったく、なんでオレが見張り役を……休息を取りたいって言ったのはオレじゃねえかよ……

薄暗いお陰でこのオンボロスコープのレティクルも見えやしない。それに闇から急襲をかけるなら必然的に今、接近して電撃戦をかけるに決まってる。ボルトアクションじゃ勝ち目なしだ。

「(アレはエミリオが悪い)」

ぼそりと隣にいるチッコいのが呟く。

「(…………ありゃ事故だ)」

便所に行こうとして、開けたドアが浴室。そしてその中にはハダカの女。ってベタな展開すぎるぜ。ラブコメと違う所といえば、眼球が映像を脳に送る前に、その擲弾手(オンナノコ)が強烈なヒジを見舞って、男の意識と少しばかりの脳細胞を消し去った事だな。

「(とにかく、1時間の辛抱。そしたら眠れる)」

ふわぁ、と欠伸。コイツも疲れてるんだろう。

「(幼少期の夜更かしは体に毒だってのにな……オレがガキの時は、朝日が上ったら起きて、日が沈んだら眠ってたぜ)」

「(原始的ね)」

「(オヤジとオフクロがくたばったお陰で、ずっと山でジジイと狩猟生活をしてたんだ。その時の経験が、コイツにフィードバックされてるって訳さ)」

担いだライフルを指で示す。

「(なんだかんだで楽しかったぜ? あの老いぼれも大戦中は狙撃手だったんだ。引退してから山に籠もっちまってな。二人でライフル担いで山の中かけずり回ってたんだよ。初めてグリズリーを狩った時は感動したね……あの皮や肉は、命の熱を帯びてた。あの時、オレは自然に『教えられた』気がするね。聖書100冊の価値がある体験だった。学校にも少しだけ行ったが、教師の垂れる講釈よりも、鹿でも狩ってた方がよっぽど有意義だったと今でも思ってる――お前は、恭介の所に来る前は何をしてたんだ?)」

ふと気になったので聞いてみる。どうみても血縁の人間には見えないし、ホームステイをする年齢でもない。チッコいのは少し遠い目になって答えた。

「(私は、ロシアにあったとある研究施設で実験体にされていた)」

おいおい、予想以上にヘビィじゃねーかよ……

「(狭苦しい研究所に詰め込まれて、物心ついた時から外の世界を知らなかった。あなたとは逆、私は無機質な檻の中で育ってきたの。唯一の自然といえば、高い塀の中で更に高い空と雲だけだった)」

「(実験って、何をしたんだ……?)」

「(私の力は知っているでしょう? アレを使って更に大きな結果を取り出そうというのが目的だった。来る日も来る日も体力と気力を搾り取られていく中で、私は決心した)」

オレは何も言えなかった。こんなにチッコいのがそんな過酷な日々を送ってきたなんて想像つかない。チッコいのは続ける。

「塀(の外、この隔絶された世界から脱走すること。それが私の目的になった。今思えば、笑ってしまうほど無計画。外に出た後のことなんて考えちゃいなかった――いいえ、考えられなかった。そんな事にまで思いを巡らせたら、諦めてしまいそうで、せっかくの決意がほどけてしまいそうで……だから、私は外に出ることだけを考えた)」

そこまで言って、一旦言葉を切った。大切な記憶を取り出すように目を閉じる。

「(あの日のことはよく覚えてる。真っ白い雪が空から降ってきて、凍りつきそうなほど寒い夜。この力と運だけで研究所を抜け出した私は警備兵の追跡を振り切ろうと必死に走った。だけど裸足に、手術のときに着るような服一枚で逃げるには限界があって、最後には雪の中に体を埋めてしまった。その時思ったの。「神様、もしこれを見て何もしないのなら、あなたは偽者だ」って。そうしたら、)」

「(そうしたら? どうなったんだよ)」

「(一人のお人好しが手を差し伸べてくれた。彼は、私に微笑みかけて、こう言った。「どうやら、助けが必要みたいだね」って。警備兵を巧く巻いた彼は振り返って私に手を伸ばした。見ず知らずのこんな子供を匿うなんて、この人は何を考えているのだろう、そう思って尋ねた。「どうして、私を助けたの?」。そうしたら、彼はこう答えたの、「だって、見捨てる理由が無いじゃないか」。その人が恭介の父親で、彼と恭介の母親が違う国に転勤することになったから私は日本に来た、そういう事。私はあの2人に引き取られていたから)」

「………………」

おい、なんだよ、何だよこのおんもい空気! 会話が続かん、これほど死んだ空気は生涯で3回あるかないか。エミリオ=プレシアードかなりのピンチ! オレが内心冷や汗だらだらなのを知ってか知らずか、チッコいのはしっかりした口調で言う。

「(日本に来てからも、きょうすけとすずはとても優しかった。だから、あの二人を傷つける人は許さない。絶対に守る)」

決意に満ちたその表情にオレは少しだけ見入って、その頭に手を載せた。

「(そうか。ま、協力くらいはしてやるよ)」

結構良いこと言ったなぁ、オレ。そんな感想を心の中で呟いていると、

「(そこに手を載せていいのは、きょうすけとししょーだけ)」

ぱっ、と払いのけられた。可愛くねぇなぁ、ったく。


「で、僕達は今ここ、恭介&アルバートの潜伏現場行きトラックに乗ってまーす!」

(わーーっ! ヒューヒュー!)

「なんとっ! 今回、特別ゲストとして、かの有名な恭子さんに来て頂いちゃってま~す!」

(おぉおおおっ!)

「では、恭子さん、どうぞぉっ!」

(パチパチパチパチパチパチ!)

「テメエ、何だその司会と効果音はっ! いい加減にしろっ!」

そう言うと恭子はおいちゃんの大事な大事なラジカセ、ソニーのCFD-E500TVを、「宴会盛り上げBGM集 vol.2」共々9mm弾でブチ抜いた。

「あぁあああっ、エカチェリーナ2世になんて事をぉおっ!」

「ソレ名前付いてたの!? しかもロシア皇帝の名前!? 高貴じゃん! ラジカセの癖に!」

「確かにね、彼女は、このCDラジカセは、低音をきっちりと再現出来ない、ベースやチェロの音を聞くには使えないだったかもしれないよっ。でもね、彼女はきっちりと、クリアーに語学学習用のCDを流してくれたんだ。

そう。僕がエカチェリーナ1世を使って中国語のレッスンCDを流していた時の事だ。1世は……彼女は努力したと思う。だけど、所詮はド○キにて900円で買った代物。僕が中国語の4つの発音が聞き取れず、イラッとしてつい手を上げると……彼女は……不燃ゴミに」

「自分がモノに当たって壊したってだけの体験を、こうまで仰々しく語るヤツは初めてみたぜ……」

「それ以来、僕は彼女を悼む為、中国語から手を引いた」

「早い話が諦めたんだな!? 1世関係なく、自分の力量不足だったんだな!?」

「そしてヤ○ダ電気で出会った彼女……2世だった。オーディオコーナーにポツンと置かれていた彼女の銀の、流れるようなボディ。その口から紡ぎ出される、メリハリのついたヴァイオリンの音。僕は一目惚れしてしまった。僕には……僕には1世を、この世界から失わせてしまったという過去があったのに!

僕は心の底では罪悪感を抱きながらだったが、彼女を精一杯愛した。彼女もまた、それに応えてくれた。彼女の歌う歌は高音域が強調された弾むようなものだったし、発音するロシア語は明瞭で、僕の脳をとろけさせた……」

「キモっ! ラジカセ買っただけの話なのに、なんかキモっ!」

「だが、キミが現れたっ! 2世はキミの凶弾に倒れたっ! 死ぬ間際に、彼女は……彼女は僕にこう呟いたんだ。

『あなたが、何か他のラジカセの事を……ずっと想っていたのは、知っていました。だけど、それでも懸命に私の仕事を評価し、可愛がってくれた事…………すごく…………嬉し……かった…………』」

「ショートした電線の音以外、何も聞こえなかったけどねぇ! って、お前何ツッコミに紛れてケータイ操作してるんだ?」

「ん? ああ、これか。アマ○ンで新しいラジカセを買おうと」

「切り替え早ぇえええええええええええ!」

(ドッ! ワッハッハッハッハッ!)

「畜生! ip○dかっ! お前i○odにさっきのCD取り込んで、外部スピーカーで流したのかっ!」

「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャ! ゲラゲラゲラゲラ!」

「諸悪の根元のお前が笑うなぁ~っ!」


「ん? ああ、これか。ア○ゾンで新しいラジカセを買おうと」

Xナンバーと恭子がボケとツッコミの応酬を続けている間、私、逆逆三里は腕を後ろに回し、手首についた鉄のいまいましい手錠をピンで開けようとしていた。

(前の金具を引っ張るようにして、奥の金具を回す、と……)

「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャ! ゲラゲラゲラゲラ!」


カチン!


よし! 開いたっ! 幸い開錠音は笑い声にかき消されたようで、恭子は何も反応を返してこない。

「所でXナンバー」

「なんじゃい逆逆や」

「そろそろ違法アップロードの同人誌が、サイトに上がったぞ」

これは事前に取り決めておいた暗号。『鍵が開いた』。

「マジでぇ!? もうそんな時間!? いぃやっほっ! ネットダイビーング! ほら、逆逆も一緒にチェックしようよ~、きっと管理人さんが、夏コミコレクションの最後を放出してる所だよぉ~」

すりよってくるXナンバー。端から見れば変態だが(堂々正面から見ても変態ではある)、きっちりと縛られた両手を恭子の死角に。即ち二人の体の後ろにもってきていた。

「どうする? DLしちゃう??」 (そのまま脱出行動に入るか?)

「ダウンロードパスワードが無いでしょうが。しばらく探してみなよ」 (武器が無い。様子を見てからだ)

互いが他愛もない会話を装い、暗号で情報を交換する。

「貴様等ぁ! 自分たちの立場分かってんのかぁ!」

恭子の怒鳴り声と同時に、カチン、と錠が外れた。


「これで、二つの世界が解析される……」

血液の入った試験管が、青白い光を受けて遠心分離器にかけられている。

「苦労して狩り場を用意しただけの事はあるな……。逆逆の世界から一つ、取り逃がしているのが惜しいが、二つ分で十分だろう」

その研究室のような部屋には、あちこちにビーカーやフラスコやピペット等のガラス器具が整然と並んでいる。そこだけを見れば、大学か製薬会社の研究所だが、ある一点だけが異様だった。

壁紙が、清潔さを象徴する白ではなく、紺と赤の二色で塗り分けられていた。

「さて、狩りは猟犬に任せるとして、私は二つ三つ、実験をせねば」

赤いランプの光に照らし出された男は、白衣では無く、スーツ姿だった。

「まずは……遺伝情報を取り出して模造クローンでも創ってみるとしようか」




「…………」

俺は恭介の部屋で眠ることなく座っていた。って言うか、なぜか眠れない。まぁ、なぜかって聞かれると理由は大体分かるんだが。

「落ち着かない……何なんだこの本たちは!」

横を見遣れば本人曰く“コレクション”の表紙たちがこちらを向いている。それはどれもこれも登場人物たちがこちらを見ているように見えた。たしか……ライトノベルとか言うジャンルだったはずだ。レイが見ていたアニメの原作が日本語版しかないと愚痴っていたっけな。そんなことを考えていると、ドアノブが捻られてゆっくりと扉が開いた。その持ち主である恭介が顔を出す。俺と目が合うと、意外そうに言った。

「あれ、アルバートまだ寝てなかったのか」

「あぁ、寝たかったんだが横から見られているような気配がしてな。――アレのせいだ」

そう言って本の群れを指差すと彼は苦笑しながら、そこから大量に抜き出していく。今から読むのだろうか?

「おいおい、早く寝ろよ。明日に支障が出るだろ」

しかし彼は大丈夫、と更に抜き出していく。すでに彼の手には本が塔のように積み上がっていた。何が大丈夫なんだ? どう考えても1ヶ月は楽しめそうな量だぞ?

「この分量なら1時間くらいで読み終わるから、そんなに遅くはならないよ」

「1時間? だってそれ、何冊あると思ってる?」

「え? そんなに大した量じゃないと思うんだけど……まぁいいや。それに、今、ソファには涼が寝てるし。寝るに寝れないんだ」

そう言って苦笑。やっぱり、こいつ……

「お前……涼のことが好きなんだな?」

そう言うと、彼はあれほど大切にしていた本たちをドサドサ床に落とした。けたたましい音と共にギギーっとぎこちない動きで首を捻る。

「なっななななななななな何を……」

涼程ではないが、こいつも相当分かりやすい。真っ赤な顔で否定する。

「そんなんじゃっ! そんなんじゃないんだって! 別に俺はあいつのことが好きってんじゃなくて! ただの幼馴染! そう、幼馴染なだけなんだって!」

そこで一呼吸置くと、わざわざ分かりやすいように1語1語切って言った。

「俺は! 涼の事なんか! なんとも! 思って! 無いから!」

「あ~そうか、よく分かったよ。じゃ、後ろの彼女にも言ってやれ」

俺がニヤニヤしながら指した先。かなーりのショックを受けた顔の涼を、本日2度目のギギーで恭介が振り返る。

「え……す、ず……」

「………………(グスッ)」

「うわぁ! バカ! 泣くなって! 俺が泣かしたみたいじゃんか!」

おそらく、本の落下音で目が覚めたんだろう。姿が見えないカレシを探しに部屋に来たらこの有様か。笑えるな。

「だって……だってだって~……うわぁ……」

「泣くな! あぁもう! アンプもマーシャもみんな来ちゃっただろ! どうしろって言うんだよ!」

騒ぎが聞こえたのか、みんなが集まってくる。しかし、誰も彼も恭介の言葉を聞いていたのか、若干苦笑いだった。

「(いやぁ、キョウスケよ。オンナノコを泣かしちまったとき、どうすればいいのか教えてやろうか?)」

エミリオの言葉に、彼はすがるようにコクコクと頷いた。しょうがねーな、とエミリオが隣にいたアンプにスペイン語でそれを伝え、恭介に耳打ちさせる。ってずいぶん長い内容だな。

「…………………………………………(ごにょごにょ)だって」

「――なぁアンプ。エミリオ、本当にそう言ったのか?」

「うん、スペインごから日本ごに訳すと、そのことばになるはず」

彼が溜息を吐いて額を押さえている間に、涼を慰めていたマーシャがエミリオに尋ねる。

「(なんて言ったのよ。まさか、変なこと吹き込んでないでしょうね)」

「(おいおい、オレがそんな男に見えるか? 曲がりにも恋愛経験は豊富なんだぜ?)」

「(見えるから言ってるんでしょうが。大体貴方が慣れてるのは、こういう“一途な恋愛”じゃなくて“ナンパな恋愛”でしょ)」

「(いやいや、まさか。オレだってそこら辺はちゃんと心得ているさ。あいつがちゃんと言えれば万事解決なはずだぜ。そしてオレにこう言うはずだ。「ありがとうございます。師匠と呼ばせてください」ってな)」

「(いや、それはない)」

マーシャとエミリオが英語で会話を交わしているのを下から涼が「……う? う?」と涙目で見上げていた。と、恭介が意を決した様子で彼女に向き直る。

「すっ! すすす涼っ!」

「グスっ……な、なに……」

「いいいいいっ今からっ! きききききっ、キスするぞっ!」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――はぁ?

周囲の空気が固まる。見れば恭介の目が緊張のあまり渦巻き模様になっていた。マーシャが無言でエミリオの首を締め上げている。

「(やっぱりアンタはろくな事言わないのね。もういいわ、ここで一思いに、)」

「(ま、待てマーシャ! オレはあれをやれとは言ってない! あれに至るまでの過程を伝えただけでっ! 確かに行けるまで行けとは言ったけども!)」

「(より性質たちが悪いわ! 問答無用っ!)」

「(止めないかマーシャ! なあエミリオ)」

窮地に陥いり、目が潤んでいるエミリオに助け船を出す。

「(おお、流石は隊長! やっぱりアルはオレの味方「(退職金はこんなもんでいいか?)」

電卓を差し出す。まあ、これだけあれば後々の生活に困る事は無いだろう。足りないならどっかのPMCにでも拾ってもらえばいいか。

「(そんなにいらない子なの? ボクそんなにいらない子なの??)」

しばらく地面にorz←こんな感じで打ちひしがれてたエミリオだが、頭をブンブンと振ると、正気に戻ったように恭介に食ってかかる。

「(恭介。そいつぁヒドいぜ。どれぐらいヒドいかってぇと、油でギトギトになってるフィッシュ・アンド・チップスと同じぐらい「(何か言った?)」ヒドいぜ」

「へ……? そ、そうか?」

「(『今からキスするぞ』といきなり言われて、『まあ嬉しい、じゃあ遠慮なくどうぞ』なんて言ってくる女はまずいないぞ。こういうのは、こう、さりげなく、唐突かつ雰囲気を持ってだな)」


クイッ(エミリオがマーシャの顎を引き寄せる音)


ガブッ(マーシャがエミリオの鼻に噛みつく音)


ドスッ!(俺がエミリオの土手っ腹に蹴りを入れる音)


ガシャーン!(吹き飛ばされたエミリオがガラスをぶち破って外に放り出される音)


「(ううっ、オレはただ、悩める少年の為に手本を見せてやろうとしただけなのにぃぎゃあああっ! 落ちる落ちるっ!)」

窓枠に片手でぶら下がっているエミリオ。そしてその手を容赦なく踏みつけるマーシャ。おお、怖い怖い。

「(どうせ二階だから 死 に は しないわよ。残念だけど。ほら、遠慮なく落ちなこの好色男っ!)」

「れんあいって、むずかしい」

「その結論に達するまでに要するデータがあまりに不純じゃないか?」

ギャーギャーと外で喚く攻防戦と、真っ赤になって俯く発端の二人。こういうのは苦手だ。さっさと寝よう。

「(おい、アル。戦闘準備だ)」

いつの間にか、窓枠の騒ぎが止んでいる。そちらに飛んでいくと、エミリオが(宙づりの状態で)スコープを覗いていた。

「(その低倍スコープで見えるのか?)」

俺は何も確認できない。マーシャに引き上げられるエミリオに聞く。

「(生憎視力だけは良いんでね。兵員輸送車の列だ。まっすぐこっちに向かってる)」

「ボケっとするな恭介! 涼! 朝のエクササイズの時間だぞ!」

「え? あ、ああ」

「ふぁ、はいっ!」

米兵が60年前に命を預けたM1カービン。.30口径のFMJ弾を20発納めたマガジンを装着し、鞘から抜いたM1905銃剣を着剣装置に装着する。

「(籠城戦の後、状況に応じて屋外戦闘に入る。弾丸は節約して、常に味方の火線を避けつつ密集しろ)」

指示を出し、来るべき戦闘に備える。しばらく休んでいられると思ったが、それもかなわないか……

「(弾倉を叩き込め! 遊底を引いて撃針を起こし、閉鎖させて弾薬を薬室に送り込め! 照門と照星を奴らのど真ん中に合わせて、指紋の中心を引金にあてがい、そのまま引き絞れ! 思い切り遊んでやろうぜ!)」

さぁ、戦闘開始だ。

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