第7話:Is there a safety place?
「消えた……逃げたか」
恭介が呟いて崩れ落ちた。涼が駆け寄ってその体を支える。
「大丈夫? 〈狂制御〉の使いすぎだよ」
「……みたいだな。おい逆逆、さっき、俺の腕がどうとか言ってなかったか?」
そういえば、恭介の両腕は切り落とされたはずだ。それが、今はぴったりくっ付いて、正常に動いている。如何にこの世界が異常だとはいえ、これはどういう事なんだ?
「あぁ、それね。作者としての――システム権限と言えばいいかな。説明するのが大変なんだけど……」
逆逆が、考え込むように腕を組んで目を閉じる。そして、
「Zzzz...」
「死ね」
「ぎゃあ痛い! 私の肘関節はそっちに曲がらないぞ!」
みし、みし、みし、ぽきっ。
「普通の湿布を貼ろうとしたら、かえって腰が痛くなった。アッ!」
Xナンバーがそんな事をほざいた。
「分かった、分かった! ちゃんと説明するから! お願いだから、私が縄抜けに困らない体に改造するのは止めてくれ! 全く、右肘が逆に曲がってるじゃないか。どうすればいいんだよ、これ」
「スタートボタンでサバイバルビュアーを開いて、メニューからキュアーを選択して……」
Xナンバーが説明するのを聞かず、逆逆は空のマガジンを口に咥えて、左手で右の手首を掴むと、強引に元に戻した。え? 今度は歯が痛い? 知るか。
「さて、話を戻すけど。さっき、恭子が高山君の両腕を斬り飛ばした。こう、スッパーンってね」
そう言いながら、腕を手刀で斬るモーションを取る。恭介が顔をしかめた。
「さっき、俺が止まってたときか……」
「我々作者が、君たちが元いた世界を創り出しているのは知ってるよね。その〈創造〉と言う概念を形にしたのが、この世界で我々が使う、筆記用具なんだ。それを使うことで、さっきみたいに高山君の腕を復活させたり、桐臣君の傷を塞いだりしたわけよ~。えへへ、偉い?」
「ちょっと待て。だったら、この世界自体を消すように書けば、消えるんじゃないのか?」
俺がそう尋ねると、逆逆とXナンバーは分かってない、と言うように首を横に振った。
「あのねぇアルバート君。君は消しゴムで字を消せるからって、それによって生じた消しカスを無かったことに出来るのかい? そういうことなんだ。出来たらやってるっちゅうねん」
それもそうか。にしても、ムカつくなこいつら。死ねばいいのに。
「(それにしても不可解なのは、アイツ等、血液を取ってたわよね?)」
「(ああ。オレもきっちり搾り取られたぜ)」
エミリオが腕に残るナイフ痕を見せる。
「けつえきで、なにかできるの?」
Xナンバーはアンプの質問に腕を組む。
「そうだね……平清盛は墨に自分の血を混ぜてお経を書いたっていうからね。写経でもするんじゃない?」
「宗教的な倫理観はこれっぽっちも持ってなさそうだったじゃないか……」
「……あ」
逆逆がポン、と手を打つ。
「成分検索だ」
「成分検索?」
周りの目が逆逆に集中する。
「人間の血ってのは、海に近いって言われてるだろ?」
確かに、そんな話を聞いた事がある。生命が海から誕生した証拠だ。後ろでナチ野郎が「この海何? なんて海?」とか抜かしてやがるが誰も聞いちゃいない。あとで銃床撲殺するか。弾も剣も勿体ないし。
「海ってのは世界の根元。だからその海の成分を調べれば、世界の構成成分が分かる」
「ほしぃのら~! ……え? おいちゃんの番? あっ、みんな止めてっ、ストック真下にして銃を振り上げないでっ! ええと、ケホン。作者によって作る世界ってのはビミョーに異なる訳。ファンタジーやSFを書く人なんかを見てもらえば分かるけど。だから海水や血液を判定して、世界の違いを数値化する。ただ、それをやる為にわざわざ武装した人間を襲う必要なんて無いと思うんだけどな」
「特別に俺達が必要だった、って事か?」
「そう考えるのが妥当だね。それじゃ、ぼくちんはそろそろおいとまするよっ」
Xナンバーは拳銃の換え弾倉を3つ恭介に押しつけると、傍らに停めてある○デオボーイに跨る。ロデオ○ーイにはMG用の銃座が追加されていた……
「金曜ロードショーで『ダイ・ハード』をやるんだ。録画機器が家に無いから、リアルタイムで見なきゃいけないんでね。それじゃ、Auf Viedersehen!」
Xナンバーはアクセルとエロゲの主題歌が入ったカセットのスイッチを入れると、ビルの三階から窓を突き破って
ガッシャーン!
バコーン! グシャグシャッ! バーン!
ロデオ○ーイ大爆発! 奴は真っ黒になって徒歩で帰って行った。
「悪いな高山君。アイツをストライカーで拾っていかなきゃ。移動手段は確保してるよね? んじゃ、バイナラー」
逆逆もグロックのマガジンを3つ恭介に押しつけ、さっきXナンバーが突っ切った窓から飛び降りた。
スタッ
「わーお、華麗なる着地っ」
(炎の真上)
「…………」
「うあっちっちっちっちっちっちっ!」
もう一人の作者は明るく道を照らしながら、奇妙なステップを踏んで車庫の方まで消えていった。
「(……とにかく、今オレ達が所持している装備品をカウントしてみようぜ。オレはアリサカ・ライフルが一丁だけだ。弾は銃に残ってる分を合わせて12発ってとこだ)」
エミリオがライフルを突き出す。全員の火力は不足している。早めに把握した方が良い。
「(MP40サブマシンガンとカンプピストル用の榴弾が2つ。短機関銃の方はまだ余裕があるわ)」
「(M1カービンだ。弾は撃ちまくれるほど無い)」
俺は、最後の手段だがな、と銃剣を指で弾く。
「アルバートからもらったけんじゅうだけ。のこり5発。だけど、〈増幅〉が使えるのは2発がげんかい」
「わたしは刃物だから弾切れは無いけど……グルカナイフが2本だよ」
「俺の装備はP38とグロック19だ。弾はさっき補給を受けた」
「恭君、敵の銃は使えない?」
「そうだな。まだ使える奴があるかもしれない!」
恭介はゾンビの残骸に向かうと、しゃがみ込んで銃を探し始めた。しばらくして戻ってくる。
「ダットサイトが付いたMP7が1丁。マガジンは今付いてる奴しかないな。これだけか……他のはしっかり破壊されてやがる」
おそらく、俺たちが使うのを恐れた恭子が予め、そういう指示を出していたんだろう。抜かりの無いことだ。にしても、恭介の使う銃は何で毎回H&Kばかりなんだ? 作者の趣味か?
「(参ったな、ここから武器庫まで帰れるか?)」
「(戻ったところで、天井に大穴が開いてるわよ。他の場所を探しましょう)」
マーシャの言うとおり、俺たちの本拠地は敵に知られている。このまま戻っても「襲ってください」と言っているようなものだ。
「(っても、どこか休めるところは必要だぜ? 特にオレみたいな狙撃手は翌日のコンディションに大きな差が出る)」
エミリオの言うことも一理ある。確かに〈狂制御〉とやらを使う恭介や、先ほどまで負傷していた涼、〈増幅〉を扱うアンプにとって、これは死活問題だろう。それに、彼らは戦えると言ってもまだ子供だ。俺が腕を組んだところで、アンプが口を開く。
「もしかして、マーシャの武器庫がさくしゃによって作られたとしたら、きょうすけの家もあるかもしれない。ここからも近いし、もうすぐ夜明けだから」
「俺の家じゃなくて俺たちの家だろ。――まぁ、その可能性はあるな。だけど、人様を呼べるほど片付いてるかどうか……」
「大丈夫だ。俺だって一人暮らしだからな、散らかってるのは慣れてるさ」
しかし、恭介は首を振る。どういうことだ?
「いやね、リビングはいいんだけどさ……涼の部屋が酷いんだよなぁ」
その言葉に涼が抗議した。
「失礼な! ちゃんと片付いてるよ!」
「そうなのか? アンプ」
その横にいるアンプが、恭介の問いに首を横に振る。
「ううん。ひとことで言うなら、〈混沌〉」
「そこまでじゃないよ! せいぜい〈ハリケーン通過あと〉ってレベルだよ!」
それも酷いんじゃないか?
「(っていうか、部屋は足りるのかよ。ニホンの家は狭いって有名だからな)」
「う~ん、エミリオの言うとおりだな。男女で分けなきゃいけないし……」
恭介が考え込む。しばらくして部屋割りを決めたらしい。
「親父の部屋と俺の部屋にアルバートとエミリオ。涼の部屋に、女性陣。狭いかもしれないけど、我慢してくれ。俺はリビングのソファで寝るから」
そんなわけで、俺たちは高山家に移動することになった。
――カチャッ。
玄関ドアをゆっくり開け、各員と共に部屋をクリアリングしていく。足音も立てずにスルスルと暗闇を移動。一切ムダな動きが無い。
「OK. All Cleared.」
「「Rogger that.」」
「(もう少しかかると思ったんだがな。やっぱり小さいんだな、日本の家ってのは)」
照明のスイッチを探り当て、エミリオが漏らす。
「(こっちは邪魔する立場よ。エミリオ、文句言わないで。アルバートのアパートより広いじゃない。客として紳士になりなさいよね)」
「(悪かったな、そちらの英国紳士とは似ても似つかない粗野な男で)」
「(なにもそこまでは言ってないわよ。只、ホストの環境に贅沢を言うのはマナーとしては……)」
「(ほ~ら。長年の伝統に沿わない人間は野蛮人ってんだろ、ブリテン。どうせ俺はライフルを肩に、山奥で狩猟やってる方がマシだってんだろ?)」
「(ちょっと、何よその言い方! 私は貴方の人間性や性格を否定した訳じゃなくって……)」
「(二人とも、黙ってろ(Shit up)。そんな言い争いをする前に、恭介達に謝罪だ)」
俺はヒートアップする二人を引き離す。
「(謝罪? ……まあ、すまないとは思ってるが……)」
「(ちがう、そうじゃない。その……ローマに入ったらローマ人のように振る舞え、という諺はどこにでもあってだな。その……、俺もUSでの暮らしが長くて忘れてたってのもあるんだが……)」
照明を付ける。
「(……日本じゃ、大抵玄関で靴を脱ぐんだ)」
「「(…………あぁ~)」」
泥のついた廊下と、玄関で苦笑いを浮かべる家の主達が、俺達の明るくなった視界に映った。
「悪いな、客人に掃除させるなんて」
「泥を拭くついでみたいな物だ。気にするな」
現在、俺達は大掃除を敢行していた。各小部屋は元の世界そのままだったが、リビングや廊下は埃だらけで、蜘蛛の巣まで張っていた。どうやらここまでは綺麗に復元できなかったらしく、廊下の壁には
『ゴメンネ☆これが精一杯なのっ♪ By作者Striker's』
と空薬莢か何かで刻まれていた。ストライカーズって何だよ……
「(キッチンと風呂は掃除したぜ。冷蔵庫の中身は新品だ。飢え死にはしねえだろ)」
雑巾を片手にしたエミリオは冷蔵庫のドアを開けて中身を確認する。マーシャにマナー云々を説教されていたのは効いていないみたいだ。
アンプは両手に持った殺虫スプレーでゴキブリを追い回している。ちょこまかとお互い忙しそうだ。
「そういえば、マーシャと涼はどこだ?」
「ああ。まだ涼の部屋で掃除してるはずだ」
作者陣はあくまで『忠実に』部屋を再現しておいたらしい。ドアを開ける音と共にモノが崩れ、二人の悲鳴が聞こえたのはついさっきの事だ。
「……ちょっと、二人の様子を見てくるよ」
「(あ、ちょっと待ってくれ恭介。気になる事がある)」
エミリオが俺を呼び止める。
「(お前、アンプとスズと、3人でここに生活してるんだよな?)」
「? それがどうかしたか?」
通訳を待つ間、エミリオの顔がニヤリと崩れた。
「(他には、誰も、ここにいないんだよな?)」
「ああ。色々事情があってな。親とは同居してないんだ」
エミリオの表情が面白くて堪らないと言わんばかりの笑顔に変わる。俺の肩を抱き、十数年ぶりに再会した友人に語りかけるような高いテンションで会話を続ける。
「(スズちゃん、いい女だよな、ハハッ! そうは思わないか?)」
「何が言いたいんだ?」
「(そりゃあ、ねえ。一つ屋根の下、年頃の男女がする事といやぁ、一つしか)」
そこから先は聞けなかった。いや、そう言うと語弊があるか? 通訳がゆっくりと立ち上がり俺の脇からいなくなったお陰で、内容が理解できなかったってのが正しい。アルバートはエミリオの頭をスリッパでぶっ叩いたが、スリッパとは思えない轟音を立て、エミリオの意識はどこかに吹き飛んだ。
「(アイツは本当にそういう事しか考えられないのか……? これって人選ミスなのか? ミスだったのか?)」
アルバートは頭を抱えてブツブツと英語で独り言を呟いている。エミリオは一体何を話してたんだろう? 気になるけど、聞いたら負けなんだろうな、きっと。
「~♪」
スズの部屋はヒドい散らかりようだった。実家の使用人が見たら目を回すところだろう。
「(マーシャさん、それは左奥の棚に運んでおいて下さい)」
日本語は今一つ理解出来ないが、ボディーランゲージと抑揚で意味はなんとなく掴める。英語と日本語で会話を交わすこともあるぐらいだ。意思疎通は言語が関わらずとも、それなりに取れる事を初めて実感した。
(ん? 何かしら、この箱)
私は正方形の目立たない、小さな紙箱を見つける。箱の上には黒字で何か書いてある。
(レイが使っていたPCに、確かこれに似た漢字があったかしら……確か、「开」でOpen? だから、「開」も同じ意味かしら?)
私は指示に従って、箱のフタを持ち上げる。
作者からの情報か何かかと思ったけれど、それは全く違った。
「キョウスケの写真?」
「(うぁあああああっ、何見てるんですかマーシャさんっ!)」
これはいけない。どうやら「Do Not Open」の意味だったようだ。周りの文字が否定語だったのだろう。
「まあ、女の子には誰でもヒミツはあるし……」
「(……うううぅ。みんなには秘密にしてくださいね?)」
真っ赤な顔でスズが俯く。こんなに分かり易い性格してるのに、当の想い人が一向に気付かないって言うのは問題があるんじゃないかしら。もはや犯罪レベルの鈍さね。と、溜息を吐いて掃除に戻る。
(って、今度の箱は何かしら)
「(ひゃわわわわわわっ! 返してくださいっ!)」
それは、ゲームの箱だった。――おそらくスズの年齢では買うことが出来ないはずの。
う~ん、なんて言えばいいのかしら? やたらと露出の多い女の子が笑顔でポーズをとっているイラストが描かれていて、その隅にはピンクの背景に両手をクロスさせたシルエットとR-18の文字が踊っていた。キョウスケじゃないけれど、いいのかしら? これで。
「いつも、こういうのをやっているの?」
「(誰にも知られてなかったのに……。)え、え~と……どんと、すぴーく、えにしんぐ、あばうとざっとっ!」
どうやら、「それについては何も言うな」と言うことらしい。私は苦笑いで頷いた。
「さてと、一応は俺の部屋も見ておくか。涼と違って掃除はしてるんだけどな」
一人呟いて部屋に向かう。その途中で涼の悲鳴が2回聞こえたんだけど……大丈夫なのか?
(俺のラノベコレクションは無事なんだろうか。もし、あれに万が一のことがあれば……)
俺の部屋の本棚には、無数のライトノベルが収まっている。可能な限り初版をそろえ、巻数も完璧。毎週毎週きちんと埃を払い、痛まないように、乾燥しつつも直射日光が当たらない場所に保管してある。
(まぁ、何もないとは思うんだけどね)
扉を開ける。暗い部屋の中に居たのは、2体のゾンビ。そして、その手には――
「魔剣シリーズ3巻と12巻! てめぇら! 汚い手で触れるんじゃねー!」
床を見れば、お気に入りだった数々のタイトルが紙屑同然に引き裂かれていた。
「あれの9巻と13巻……その4巻と6巻……てめぇが今踏んだ1巻なんかなぁ……今じゃ何処の本屋を探しても見つからねぇんだぞ……! ――――どうやら、この落とし前は高くつきそうだなッ!」
連中の頭を両手で掴むと、そのまま駆け出す。二階の、道路に面したベランダのガラスを突き破り、地面に叩き付けた。しかし、手は離さずに近くにあったブロック塀に投げ飛ばす。2体が重なって地面に落ちる前に、俺は右足を振り上げていた。いっぱいに伸ばして、その鳩尾に突き刺す。その衝撃で、ブロック塀にヒビが入った。それでも俺の気は収まらない。足を引き抜くと、回し蹴りで5メートル程ふっ飛ばし、銃を取り出して銃床を頭に叩きつける。
「おらっ! おらっ! よくも! よくも俺のコレクションを!」
なんか、ゾンビの顔面がとんでもない事になってるような気もするけど、止めない。と、音を聞きつけたアルバートたちが玄関から飛び出してきた。
「恭介! 大丈夫か?」
安心させようと、俺は振り返ると笑顔で手を上げた。
「あぁ、安心してくれ。ちょっと“害虫”を“駆除”してただけだから」
しかし、アルバートはかなり驚いた表情で固まっている。
「ん? どうしたんだ?」
「(おいおい、これじゃあどっちがバケモノか分からねぇよ……)」
後ろに居たエミリオが俺を指差して言った。改めて自分の服をよく見ると、返り血で真っ赤に染まっていた。
「あはは、やりすぎたみたいだ」
――こ、怖い…………
幾多の銃火をかいくぐってきた特殊部隊員は、目の前の日本人高校生の前に真っ青になっていたとさ。
「で? 奴らはこのまま奇襲をかけるつもりなんだね?」
「そう。見張りの連中が話してた。言語を操るって事は、化け物のランクが上がってるって事かな? 格好も顔以外は人間みたいだったし」
私、逆逆三里は困惑していた。ついさっきまで、カーナビの方向に従って家に向かっていた筈だった。ただ、道案内の矢印を見て隣の相棒が、
「そういえば、塾でベクトルの試験があって、全然出来なくてさぁ~」
と言った所から記憶が完全に無くなっている。Xナンバー曰く、「この世に在る全ての絶望をハンドルにぶつけたような運転」だったらしい。そして気が付くと、なんと敵アジト車庫の真ん前まで潜入を果たしてしまったらしいのだ。ベクトル、恐るべし。
で、今はストライカーを路上駐車し、光学迷彩を施してある。Eye have you!…………と言ったところでXナンバーぐらいしか分からないよな。
現在は基地内に潜入。手頃な物陰に隠れて敵歩哨から情報を漏れ聞いている所だ。
「逆逆、敵歩哨がどっちゃり車庫への道を通ってる。武装はMP5機関短銃とMP7機関短銃。時々UMPを持ってるのもいる。腰にはグロックを差してて、グレネードを入れたポーチも見える。装備はウッドランド調のシティカモの戦闘服。チェストリグをボディーアーマーの上から装着して、ケブラーのヘルメットを被ってる」
Xナンバーが革製の背嚢から双眼鏡を取り出し、詳細に装備を偵察する。
「どうする? 今なら制圧出来ない人数じゃないけど」
MG42のフィーディングカバーをポンと叩くXナンバー。
「こんなメタル○アみたいなシチュエーションで戦闘なんかしたら、こっちが絶対不利だね。向こうの動向を探ってみるのが一番じゃない?」
私はXナンバーの手から双眼鏡をひったくり「ああっ、これナチの実物双眼鏡なんだかr」兵士達を観察する。比較的広いスペースに整列する敵兵。格好だけは人と変わらないが、その顔には猛禽のような目と鉤のあるクチバシが付いている。人外だ。
「大隊長殿の挨拶である、気をつけ!」
リーダー格と思われるワシ頭が号令を掛けると、ざわついていた化け物が急に静かになる。そして壇上に上がるのは……
「やはり恭子か……」
「よく聞け屑共。前回生み出したクズ共より、マシな働きをしろ。攻撃目標は、恭介、アルバート達が滞在している家だ。血液を検査した結果、特定作者が創造する分子の構造原子が割り出せた。センサーを使って住宅地をスキャンさせた所、作者が造ったと思われる家が発見された。アジトになっている可能性が高いから、そこをブッ潰せ」
「おいおい、アル達、ヤヴァイんじゃないの? ってかそっちのキャラが暴走してるんだから、ど~にかしてよ逆逆君」
Xナンバーが耳打ちで不平を垂れる。
「そんな事言ったってさぁ……私だって知らないよ、まさか恭子君が出てくると思わなかったし」
そうは言ってもどうにかしないといけないよなぁ、と私は天井を仰いだ。このままでは彼らの世界は滅茶苦茶になってしまう。一発当てないと……。
「ねぇXナンバー。あいつらの持ってる情報、全部違うものに変えてしまうのはどうだろうか。家の住所を変えちゃうとかさ」
「う~ん、それがいいかも。てーかそれがベストだね」
そうと決まれば行動開始。とっととコンピューターの数値を改ざんして――――って、アレ? 恭子の演説が止まってる?
「だが、ブッ潰す前に、ここにいる害虫を2匹駆除しなくちゃいけないみてーだなァ」
「おいおい。害虫扱いは酷いねぇ、どうも」
Xナンバーが銃を構えて立ち上がる。やれやれ、バレちゃったかぁ……。ゲームだったら赤いビックリマークが頭上に輝くところなんだけどねぇ。
「どうやら、やるしかないみたいだ。疲れてるのに……」
濁流のように雪崩込む化物。迎え撃つしかなさそうだ。
恭介の豹変からしばらく経って、高山家。俺達はそれぞれ割り振られた部屋で休んでいた。1階から恭介の声が響く。
「おーい、メシできたぞー……ってこらアンプ! つまみ食いすんなって! 涼! どさくさ紛れて俺の肉とるな!」
「食事時からにぎやかだな」
「あら? 私達が一緒に食事をする時も、にぎやかじゃない?」
俺後ろで階段を下るマーシャ。確かに賑やかだが……
「何を言っているんですかエミリオ! これからは人民元の時代だっていうのに、報酬をわざわざドルで受け取るなんて!」
「ったく、やかましいなレイ。この国の自販機が全部、人民元でコーラが買えるようになりゃ考えてやるよ」
またいつもの言い争いが始まった……今日の組み合わせはエミリオとレイか。このペアが夕食時に討論をする確率は……34%って所か。最近上昇気味だな。
「そういう小金の話をしているんじゃないです! 資本主義による経済成長の停滞によって、USドルとユーロは下落していますよ。そんな時に預金までドルにすれば、共産主義による人民元換算レートは大幅にドルに不利になります!」
「へえ~、で、それ何処のニュースサイトからの引用だ?」
「しゅ、週間人民通信です!」
いや、それ、思いっきり自国寄り改竄入ってるだろ……
「程々にしときなさいよ~」
マーシャは意にも介さぬ様子でスープをよそっている。完全に小さな兄弟のケンカを横目にする育児放棄気味の母親の目をしていた。実際、このメンツ間での言い争いじゃあ、銃を、『撃つ』所までエスカレートする事は無いしな。俺達はプロだ。滅多なことで武力は公使しない。ただ、その直前まであっというまに行くのが嘆かわしいが……
「俺が給金の全てをUSドルで受け取るのは、俺がアメリカに住んでるからだ。当然、他の国に行く時はその国の金を持って行くさ。で、お前は俺の財布の中身をハゲジジイの紙切れにとっかえさせて、一体何の特があるっていうんだ?」
「言いましたね……毛沢東同志をハゲ呼ばわりですか!!」
「言ったさ。それも何十万の反乱分子の首をすっ飛ばした最上級のクソ垂れ野郎だ! 俺はナチが嫌いだが、時代錯誤のアカも嫌いでね、コミュニスト!」
「へえ~、じゃあそのクソ垂れコミュニストのトラップに毎回背中を任せてるエミリオは、クソまみれのワイヤー付き指向性地雷を背中にくっつけた資本主義の犬って訳ですねっ!」
「ほう……口が立つようになったじゃないかアカのギーク!そのお高くとまった鼻をふきとばしてやらあ!」
「上等だラテン野郎(Greaser)! 星(red star)が刻まれた5.8mmの味、思い知らさせてやる!」
二丁の拳銃がファストドロウ(早抜き)され、照準線が一本に重なる。今のはエミリオの方が0.05秒ほど速かったなと頭の隅で考えつつ、二人の間に座っているクロトーにアイコンタクトを送る。彼は素早く両手を突き出し、それぞれのトリガー後部に指を突っ込み、引き金を無力化した。
「……食事の場で……クソだのラテンだの垂れ流すな…………自分のブツを……気軽に抜くな……」
「……わぁったよクロトー。…………悪ぃな、レイ。個人思想はこの国じゃ自由だ」
「……気にしてませんよ。私が自分の意見を押し通したのが元ですし」
二人は互い拳銃の銃把を、シャンパンのグラスのようにカツンとぶつけてホルスターに戻す。これで当分はナカナオリだ。
「さて、メシの前に祈れ。日頃のドンパチに白目むいてる神様じゃなく、自分の命を守る鉛弾にな」
「……どうしたの? アル?」
「いや、『賑やかな食事風景』を思い出したら涙が出てきた」
「そう……?」
――元の世界に戻ったら、何とかしないとな。俺はそう固く誓うのだった。