第6話:PENS
「おい! みんな何処にいるんだ?」
ガンラックの森の中を、二丁拳銃でクリアリングしながら歩く。
不気味な程に静かだ……
カッ!
「!」
後ろに軍靴の音を感じ、転じて反撃に移ろうとした時にはもう遅かった。
「動くなっ!」
背中に突きつけられる銃口。それも二つ。
「……なんだ、高山君じゃないか」
銃を下ろす逆逆とXナンバー。逆逆はTシャツにプレート・キャリアを着けた軽装で、短縮したM4ライフルを装備している。一方Xナンバーはカウボーイ装備から第二次世界大戦のナチス・ドイツ軍装に着替え、ドラムマガジンを装着したMG42機関銃を脇に抱えていた。
「お前等、どこに行ってたんだよ……」
「「ちゅーしゃがこわいっ!」」
「答えになってねえっ! そんな事よりも、涼やアルバートが何処にいるか知らないか?」
「何処にいるかは知らないけど……」
Xナンバーは言葉を濁す。
「誰といるかはたぶん知ってる……と、思う」
「なんだよコレ……」
ホールの中央。そこには薙ぎ倒された棚、銃弾で穴だらけになった壁や天井、そして異形の死体がそこかしこに広がっていた。天井には一箇所、一際大きな穴が開いている。
「ところで逆逆君。これを見てくれ」
Xナンバーは床に落ちた空薬莢の内、一つを拾い上げる。
「こいつを見てどう思う?」
「……すごく…………大きいです……」
「5.56mm口径のカートリッジ?」
「あうっ、無視しないでっ……」
「そう。そして、これと、これと、これ」
7.62mm×51の薬莢、40mmグレネードのデカいケース、.45口径ピストルカートリッジ、9mmそして.357SIG……
「……もしかして、アルバート達が戦闘に巻き込まれたのか?」
22LRの薬莢が無く、必要以上の破壊が行われていない事を考えると、アンプは安全な場所に隠れているんだろう。死体には……長い刃物で切断した跡は無い。という事は涼も一緒にいる可能性がある。戦闘したのは、アルバート達Demonic Pigeonsのメンバーだけか。
「恐らくはそうだろうねぇ。そして何者かが車をビルの外につけていた映像を、監視カメラから入手した。すぐにレンズを破壊されてたけど、データは無事だったよ」
そう言って、どこから取り出したのか、逆逆はテレビとビデオデッキを取り出して、そこにテープをセットした。しばらくして映像が画面に映し出される。部屋の斜め上から撮られていたものだ。
10時30分、皆が食堂に集まっている様子が記録されていた。その15分後、涼が部屋に入ってくる。無理をさせないように、さりげなくエミリオが椅子に座らせていた。軽いんだけど、やっぱりいい人なんだろうな。
そこからは、のどかな風景がずっと続く。異変が起きたのは11時だ。
「この時だ。アルちゃんが何かに気付いた」
Xナンバーの言うとおり、画面の中でアルバートが顔を上げた。皆に何かを伝える。マーシャが涼とアンプに何事かを言うが、涼は首を振って拒否する。しかし、その時にもアイツの手は脇腹――傷口に当てられていた。
「無茶しやがって……」
1人で呟く。アンプが涼の手を取って、引きずるように掃除用具のロッカーに隠れる。その直後――
「敵だねぇ、どう見ても」
天井を破って、ナイトウォーカーやらゾンビやらが降ってきた。Demonic Pigeonsの皆が発砲する。カメラにノイズが走り、画面が揺れる。敵影が薄くなった瞬間、ロッカーに隠れていた2人が部屋から脱出するのが映った。再び降ってくる異形。その群れにアルバートたちが隠れ……
「どうやら、ここまでのようだね」
映像はそこで終わっていた。監視カメラが力尽きたんだろう。
「何だよ、皆はどこに行ったんだ? 涼とアンプは? どこだよ!?」
逆逆の襟首に掴みかかる。詰め寄る俺に、逆逆は首を振った。その顔は、暗い影を落としている。Xナンバーも同じだった。
「我々にも分からない。しかし、この映像が撮られてから、まだ15分しか経っていない。君なら追えるはずだ。――〈狂制御〉なら」
「こっちも色々探ってみるからさ、ではさらばだ。恭介君」
2人は食堂を出て行った。俺は目を閉じて呟く。
「〈狂制御〉、開始ッ」
俺の双眸が紅く狂気を宿した。
「別々に行動してるとは考えにくい……アイツらの行きそうなところ……」
アンプは、無理をさせないレベルで涼の意思を尊重するはずだ。そして涼、普通は真っ先に逃げるところだけど……アイツの場合は……
「まさか!」
敵の死体が転がる道を駆け戻る。医務室に続く廊下に敵影1、背中にでかい角が5本あり、太く鋭い爪が生えた丸太のような腕を振り上げて、こっちに背中を向けている。その向こうに――いた!
「涼ッ! アンプッ!」
アンプは気絶しているようだ。その小さな体を庇うように涼が両手を広げている。その顔は恐怖と苦痛に歪んでいた。目をぎゅっと瞑っている――――間に合ってくれよ!
狭い廊下の壁を蹴り上げ、化物の背中を飛び越える。逆さまの体勢で空中に浮かんだ俺は双銃の狙いを奴の顔面に付けて、引金を引いた。
「うちの身内に手ェ出してんじゃねぇ!」
その初撃で化物は後退した。しゃがんだ状態で着地し、間髪入れずにその腕を、右の銃剣で斬り付ける。
「大丈夫か!?」
目だけを後ろに遣って尋ねる。涼は恐々目を開けた。大丈夫みたいだな。
「恭、君……」
「怪我、無いか?」
「うんっ……」
「ならいい。こいつは俺が片付ける。だからここに居ろ、いいな?」
「うんっ……」
「泣くなよ。まだ終わってないんだから」
「うんっ……怪我しないでね……」
お前が言うなよ、俺はそう返して前方に視線を戻す。いつの間にやら、数は10に増えていた。叫び声を上げながら、こっちに走ってくる。後ろは行き止まり。退路は無い。だけど、
「群れてきやがって……化物風情が!」
退却する気も無かった。更に〈狂気〉を取り込む。強化から狂化へ――昇華させる。
「千切れ飛べ」
駆け出す。左手で背中に吊ったCANNON-HOWL 02を展開、そのままの姿勢で発砲する。咆哮が轟き、異形の山が吹き飛んだ。CANNON-HOWL 02を畳み、両の銃剣を構えて跳ぶ。空中で3体の首と胴体を分けた。着地と同時に、双銃をフルオートで撃つ。6体が崩れ落ちた。
「ラスト1!」
マガジンを取替え、左の銃剣を腹に突き刺して、グリップの下についたアタッチメントを捻る。銃口が切っ先と同じ方向を向いた。そのままフルオートで引き金を引く。銃弾と、衝撃で震える刃が2重でダメージを与え、目標は完全に沈黙した。
「これで、全部だっ!」
ドッ! と倒れる化物。どうやら、涼とアンプの首はまだしばらくくっついていられそうだ。
CANNON-HOWL 02に弾丸を装填し、彼女達の元へ駆け寄る。
「この状態は長く持たないから手短に話す。アルバート達を助けに行く。車庫から適当な車を使って彼らの痕跡をそのまま辿る。戦闘になるかもしれないから二人は引っ込んでいろ。いいな」
「でも……」
「涼、俺に掴まれば歩けるだろ。行くぞ」
――でも、私も役に立ちたい……
「ソレ、返してくれないかなぁ~」
Xナンバーが目の前の女、いや男――恭子に愚痴る。奴の両目は、紅く揺らめいていた。
「ソレが無いと困るんだよぅ。どれぐらい困るかっていうと、バックアップを取る為にハードディスクを取りだそうとしたら、静電気で新旧どっちのディスクもお釈迦にしちゃった時ぐらい、困るんだよ~。ちなみにぃ~実体験です☆てへっ♪」
二度の破裂音。Xナンバーが飛び退く。恭子が右腰から銃剣の付いたM9A1拳銃を抜き、発砲したのだ。
「まあまあ。乱暴はよしましょうよぉ~。ところでソレ、返してくれないかなぁ~」
前に出る逆逆。
「ソレが無いと困るんだよぅ。どれぐらい困るかっていうと、(禁則事項です)中に(放送できません)してたら、誰かがちょうど(見せられないよ!)のタイミングでやってきた時ぐらい、困るんだよ~。ちなみにぃ~実体験かどうかはぁ~、御想像にお任せします☆てへっ♪」
十三回の破裂音。逆逆が飛び退く。恭子が右手に握った銃剣の付いたM9A1拳銃を全弾、発砲したのだ。
「てめぇら……ふざけてんのか!?」
「ふざけじゃないよ?」
まさか、といった顔で二人は振り返る。
「「ふざけじゃないよ、ウサギだよっ! ウサミミ装着、シャキーンっ! そーれイナバ! イナバ!」」
「……こいつぁ末期だな」
「全くね」
横でエミリオとマーシャが呟いた。ナチス軍人とPMCオペレーターがウサギに扮して踊っている様は、実に奇怪だ……
ここは巨大なビル。元々電気店だったみたいだが、夜の世界で店なんていうチンケなシステムは意味を成さない。
俺達は侵攻を受けた後内臓を食い潰される事も無く、どういうわけかこのビルに縛り付けられた状態でこのコントにもならない冗談をただ眺めている。命あっての物種というが、涼がコテンパンにされた所を見るに、十中八九なぶり殺すつもりなんだろうな。
「二人のお嬢さんは無事かな?」
「無事……だと良いが。恭介がなんとかしてくれてる事を祈るしかないな」
「で、アイツがわざわざ武器庫まで取りに来たのが、アレか……」
「そんなに重要な物なら、もっとちゃんと管理してよね……死にかけたんだから。にしても、そんなに大事な物なのかしら。あのキョウコが握ってる……」
――二本のボールペン。
「急げ! 急げ急げっ!」
アクセル全開で運転しているキャラバンを飛ばす。本当はストライカーが良かったんだけど、果たして逆逆の物だったらしく車庫には無かった。他の高機動車や装甲車は全部マニュアルで運転方法が分からなかったので、忘れられたように停めてあったATの日本車を頂戴したというわけだ。
「恭君、道分かるの!?」
「分からないけど、感じるんだっ!」
ブレーキで急減速して角を曲がる。後ろでガシャガシャと音を立てるケースに入った銃器。彼らが捕らわれているのなら、こちらから武器を持って行かなくてはいけない。手近な物を突っ込んだが、彼らはプロだ。使い方ぐらいは分かるだろう。
サイドミラーがぶつかってポキッと折れたが、そんな些細な事は気にしていられない。
「みんなの気配と、恭子の気配が道に残ってる!」
頼む、急げっ! 狂化が切れる前に、仲間に何かある前にっ!
「ん……ここは?」
どうやら目を覚ましたらしい、アンプが体を起こした。頭を押さえて首を振る。
「大丈夫か? 今、アルバートたちを助けに向かってるんだ」
「……きょうすけ? 無事なの?」
「あぁ。だけど、詳しい話は後だ。今はちょっと集中しなきゃいけない」
俺の狂化はせいぜい10分が限度だ。タイムリミットは、あと1分程度。俺達は今、大通りに差し掛かっていた。もうすぐのはずだ。その時、俺の頭を激痛が走った。そのせいで大きく手元が狂う。
「くそっ! 掴まれ!」
キャラバンは、ガードレールに激突した。どうやら、もう動かないみたいだ。と同時に、俺の狂化も解除される。体を一気に疲労感が襲った。だけど、休んでいる場合じゃない。
「涼、アルバート達がどこに居るか〈把握〉できるか?」
涼は頷くと、少しの間目を閉じた。そして、一軒の電気店を指差した。
「たぶん、あそこだと思う。でもどうするの?」
「俺だけで行く。お前らは、どこか安全なところに隠れてろ」
俺がそう言うと、涼は首を横に振った。
「わたしも行く。これ以上護ってもらう訳にはいかないから」
「そんな事言ったってお前、怪我してるだろ」
涼は上着の裾を持ち上げた。露わになった脇腹には、傷跡も残っていない。
「どういうことだ? だってお前、さっきまで……」
「よく分からないけど、もう塞がってるの。たぶん、この世界の影響じゃないかな。だからわたしも戦える」
そう言うと、キャラバンからグルカナイフを取り出した。俺の言う事を聞く気はないらしい。
「アンプ、お前は?」
アンプは首を傾げると、小さく頷いた。
「だいじょうぶ。目が覚めてから、ちょうしがいいから」
「無理すんな。キツくなったら言えよ?」
「たぶん、いちばん疲れてるのは、きょうすけ」
そうかな、とだけ答える。しかし、彼女の言うとおり俺の体は限界だった。恐らく、あと一回〈狂制御〉したら、確実にぶっ倒れるだろうな。
「さて、行こう。きっと連中は最上階だ」
俺達は、そびえ立つ電気屋を見上げて頷いた。
「ね~ね~、返してよ~。私のニーソックス返してよねっ」
M9A1バンバンバンッ! トマトグシャグシャグシャ。
「無理だよXナンバー。新しいの買おうよ。僕、おなか減ったよ」
「いやだいやだいやだ~あれじゃなきゃダメなんだよ! だってあれは……」
「あれは?」
「おいちゃんが昔、小学校の運動会で参加賞に貰った奴なんだぞ~」
「な、なんだって~」
「ねぇアル」
「どうした、マーシャ」
「あいつらの茶番劇、いつまで見なくちゃいけないのかしらね」
「これが解けるまでってか? 冗談じゃないぜ」
「て、てめーら……人質とられてるって分かってんのか? ふざけんのも大概にしろよッ!」
恭子が切れた。声が恭介と全く同じだ。そして、その突っ込み方も。やはり、アイツと関係があるんだろうか。
「ワ~怒った怒った~。怖いよ~」
「大丈夫さ、うちの主人公が助けに来てくれるヨン」
「でも、彼は僕達の事が嫌いなんでしょ?」
「そこは心配無用。だってあの子は、ツンデレ――」
「じゃねーつってんだろうがッ!」
爆音と共に、アホ共の横にあった壁が吹っ飛ぶ。恭子が腕で顔を覆いながら、爆心地へと眼を向けた。その顔が残忍な笑みへと変わる。
「ひはっ、待ってたぜ」
「ここなら逃げ道はない。さぁ、お前の正体も目的も、洗いざらい吐いてもらうぞ」
コマンドーよろしくCANNON-HOWL 02を肩に担いだ恭介が、壁の残骸を跨いで部屋に入ってきた。その後ろに、涼とアンプが続く。
「ほ~ら、言ったとおりでしょ? でしょでしょ?」
何故か、逆逆がすごく偉そうだった。すごく腹が立った。
「よーし、援護援護っ!」
逆逆とXナンバーが頭に手を伸ばしてウサミミを取り外し、根本にあるピンを引っこ抜いて投げる。部屋を満たす煙。
「うぁっ!」
恭介達はとっさに腕で防御の姿勢を作るが、恭子は間に合わず視界を遮られる。
「クソっ! 何しやがるんだっ!」
「涼! 今のうちに救出を!」
「分かったっ!」
ダッシュでアルバート達の元に駆け寄り、縄を切断していく涼。
「ハッ! 逃がすかよっ!」
煙を払った恭子が右手を振り下ろす。後ろには多数のMP5を持ったゾンビ兵士。
「ぶっ放せぇ!」
拳銃弾が軽快に奏でる死の16ビート。今遠距離での反撃手段を持っているのは恭介と作者陣のみ。時間稼ぎの為に牽制射をルシフェルと十六夜で放つ。
「アルバート! 車の中に銃がある! そこまで退却だ!」
「分かった! MOVE!」
丸腰のアルバート達は涼を先頭に、走って穴から脱出する。
「それそれぇ~~~~!」
ヴァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン! ヴァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!
XナンバーのMG42『ヒトラーの電気ノコギリ』の音が室内に反響する。
「うるさぁああああいっ! なんとかならないの? ソレ!」
バダダン! バダダン! バダダダン!
隣で射撃を続ける逆逆。彼の短縮されたM4も余剰ガスがバレルから吹き出して、轟音と火炎をまき散らしている。俺は2人に叫んだ。
「ゾンビは頼む! 俺はあいつを、恭子を倒す!」
『あいあいさー!』
最後の〈狂制御〉。頭を鋭い痛みが襲う。だけど、止って居る暇は無い。全力で駆け出した。銃剣を振り上げる。狙うは首だ。殺すつもりで行く!
「来いよ! 遊んでやるぜ!」
恭子が左の銃剣で、それを捌いた。体の勢いを下に逸らされる。俺は舌打ちすると、床に手を着いて足を振り上げた。奴の拳銃を跳ね飛ばす。こんな動き、〈狂制御〉中じゃないとできない。奴の顔が渋面に変わった。
「やるじゃねぇか。さすがだな」
「お前、誰なんだよ!」
「それは、お前が一番よく知ってるんじゃねぇの? ま、分からねーとは思うがな」
着地して、間合いを置く。距離は10歩ほどだ。銃を使えなくしたところで、あいつはまだもう1丁持っている。安心はできない。汗が頬から流れ落ちた。
「お前ら、大丈夫か?」
作者連中を見遣ると、あいつらはゾンビの群れに囲まれていた。背中合わせに何か言ってる。Xナンバーが口を開いた。
「やれるか? この数」
「あと1体増えたらヤバいかもな」
「そうか」
そして2人はトリガーを引く。その弾丸は、敵の活動を確実に止めていた。そして逆逆はニヤッと笑う。
「なんだ、お前も戦うのか」
「お前らなぁ! カッコつけてる場合じゃないっての!」
すると2人は、こっちを振り返って文句を垂れた。
「なんだよ~、良いとこだったのにぃ~」
「そうだそうだ。君は主人公だから、いいかもしれないけどさ。我々はあくまでモブキャラだからね? ここで目立っておかないとさ」
モブだったら目立つなよ! と内心突っ込みを入れているところに、恭子の声が入った。
「よそ見してる場合じゃないんじゃないの? お前の相手は、俺だろうがぁっ!」
奴が握っている左の銃剣を、後ろに仰け反って紙一重にかわす。――こいつ、速いけどアルバートほど巧くない。どこかで見たことがある軌道だ……
「〈狂制御〉にその格好、お前は何なんだよ!」
銃撃を交えながら斬り付ける。恭子の右腿から血が噴き出た。
「おーおー、ひっでーなこりゃ。やってくれるねぇ」
「どうせ再生するんだろうが!」
さらに左腕と首筋。だけど、浅いかっ! 奴を仕留めるまではいかない。
「制服が血塗れだ。こっちは再生できねーんだぜ?」
「知るか! お前はここで沈める!」
「できたらいいな。あの作者共はしばらくこっちに来ねーだろ。つーわけで、『止まってろ』」
奴の右目が蒼くなっていて、その瞳はまるで、時計の文字盤のように……そこで俺の意識は途絶えた。
恭子が握る両手の銃剣が正確な軌道を描き、恭介の両腕を切断する。血が鮮やかな噴水のように噴き出し、地面に紅い幾何学模様を描く。
「アッー!」
「それは色々と違うよ逆逆っ! でもアレは……」
「「『ボールペン』を使ったっ!」」
恭介はそのままピッタリと動きを止めている。
「細かい『執筆』は出来ないけど、あの程度なら……第三者にも扱えるのか!?」
「ひはははっ、なかなか使えるじゃねえか。じゃ、いただきます、っと」
「うそ……恭君っ!」
「恭介! 畜生がっ!」
アルバートは崩れ落ちる涼をひっつかみ、停めてある車に急ぐ。
「恭君が、恭君がっ!」
「(スズ! 今は走って!)」
アンプが前方の敵を一掃するのを確認して、マーシャが叫ぶ。
「鍵を」
エミリオが錯乱状態に陥っている涼からキーを奪い、トランクを開ける。
ケースの中にはナチスドイツのカンプピストル(擲弾発射拳銃)とMP40機関拳銃、旧日本軍の九九式狙撃銃、そしてM1カービン(騎兵銃)が換えの弾薬と共に押し込まれていた。どれも第二次世界大戦で使われた骨董品だ。
「装備を」
マーシャがカンプピストルを腰に提げ、シュマイザーMP40を手にする。エミリオは九九式のボルトを引いて初弾を装填し、俺はM1カービンにM4銃剣を装着した。使い方は昔習った。大ざっぱだが分かる。
「これで、戦えるっ!」
小さな.30カービン弾を薬室に装填し、へたり込んだ涼を起こす。
「涼、カレシを助けにいくぞ」
「まずい、高山君がっ! Xナンバー、他に筆記用具は?」
Xナンバーはポケットに手を突っ込む。
「鉛筆ならあるよっ!」
「十分さぁ! 『執筆開始』」
[その時、彼、高山恭介の腕跡の周りに無数の蝙蝠が姿を現した。傷口の周りに群れる黒い影達。彼らが霧のように去ったあと、恭介の腕は再び拳銃を手にしてあるべき場所に戻った]
「これでっ!」
逆逆が宙に書いた文字を地面に叩きつけるようなモーションを取ると、恭介の腕の周りに蝙蝠が現れ、腕が再生した。
拳銃を手にしていなかったが、全てシナリオ通りだ。
逆逆が手を開くと、そこには灰になった鉛筆があった。
「アチャー、やっぱ平行世界で鉛筆を使うのは難しいなぁ。拳銃も『創造』できなかったや」
「涼ちゃんの傷を治した時は、ボールペンだったからねぇ。ボールペンのほうが消えない分、強く刻めるんだろうね」
「う~ん。じゃ、サインペンだったら、もっと効果が期待できるんだろうか」
「……さぁ」
俺が意識を戻すと、ニヤッと笑った恭子が佇んでいた。俺の腕を興味深そうに眺めている。と、今気づいたけど、銃が無い!
「おい逆逆! 武器は!?」
「腕が精一杯~。ゴメ~ン」
「は? 腕?」
俺が首をかしげていると、恭子が呟いた。
「ふん、『作者』のレベルまで行くと、鉛筆でも『創造』は出来るか……。なるほどな、おもしれぇ。もうちょっと見てみたいんだが、どうしたもんか。もう目的は果たしたしな」
そう言ってポケットから小瓶を取り出す。そこには赤い液体が波打っていた。
(俺の……血? それに、さっきのは穂波の〈タイムキーパー〉……なのか?)
「目的は、何だ?」
「あ? 目的? そうだなぁ、俺の場合は〈解放〉とでも言っておこうか。ひははっ」
「〈解放〉?」
喋り過ぎた、と恭子が顔をしかめたその時――
「FIRE!」
擲弾が穴から飛び込み、爆風と火炎、そして無数の破片が部屋の奥で爆ぜる。直後にバラバラと9mm弾が水撒きのように浴びせられる。
「Move, Move, Move!」
マーシャのGOサインと同時にエミリオがゾンビの頭に7.7mmをぶち込むと、独特のアリサカ・アクションで次弾を薬室に入れる。独特のスコープレティクルに苦戦するが、距離によるセンターを掴んでからは正確な狙撃を披露している。
アルバートはセミオート・カービンの軽快な速射で、敵に銃を構える暇を与えずに制圧していた。
「恭君! 無事なの!?」
涼が突破口を開く為、両手のグルカナイフを振るい化け物の四肢を切断する。ただ数が多く、こちらまで到達できない。
「どうしたぁ? 頼みの援軍はこっちまで来ないぜぇ! 『止まっ』」
「武器をよこせっ!」
逆逆が右腰からグロック19を、Xナンバーが皮製ホルスターからワルサーP38を取り出し、それを俺に思い切り投げる。
「っ!」
両手でキャッチした銃の情報が頭になだれ込む。まずは装弾数の多いグロックで猛攻。相手が回避体勢に移った所でワルサーを撃ち込む。
「畜生、なかなかやるじゃねえかっ」
切札を封じられた恭子は舌打ちをすると、応戦しながらじりじり後退し始めた。残る下僕も残り十数体を数えるのみ。しかも数は減っていく。
「ヤツを逃がすな、お前等っ!」
銃剣を近場の敵に突き立て、止めをさしたアルバートが命令する。同時に火器という火器から銃弾が放たれ、アンデットを一掃して恭子の姿を射線上に露わにする。
「あんなことして、許さないんだから!」
涼がツーハンド・ホールドでナイフを握り、退却しようとする恭子に切りつける。
「お前も、千切れろっ!」
斬撃で腕が飛び、足がもげて血の海が出来上がる。
「チッ……クソがっ! 邪魔ばかりしやがって……貴様等! 次は地獄だぞ! ひはははははははッ!」
縦に振られた刃が頭を真っ二つにするが、頭蓋骨の中身をぶちまける前に恭子の姿は霧となって消えた。