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第5話:Another's.

――夜。皆で情報収集のために動き出した。

というか、あの武器庫から出ないとゾンビに突破されたらヤバくね? ということで、しばらく出歩く事になったのだ。

そんなわけで俺達は夜の大通りを歩いていた。もちろん各々武器は構えている。

その頭上には紅の月が輝いていた。アルバートが見上げて呟く。

「赤い月か……不吉だな」

全くだ。先程から道に影は見えない。呻き声一つしない、俺達の足音だけが響く世界。不気味にもほどがあるよ、これ。

「!」

突然アンプが立ち止まる。何か感じたようだ。

「ん、どうしたアンプ。敵か?」

「し。なにか聞こえる」

俺が尋ねると人差し指を口に当てて耳を澄ませた。しかし、よく聞き取れないようだ。

「だめ、もっとちかづかないと」

さっき以上に警戒を強めながら、さらに前に進む。5分ほどして――なんか聞こえてきたぞ。つーかさっきからアンプの顔が若干うんざりした様に見えるのは気のせいか?

『うーさぎうさぎっ、なーにみてはーねるっ、じゅーごやのおつきさーまみてはーねるっ』

歌か? それと何かを打ち付ける様な音も聞こえる。

「あれ、人か?」

アルバートが呟く。そう言われてみると、2人の人間が見えた。しかも片方は見覚えがある。

「お前ら、何やってんだよ……」

そう、俺達の作者。逆逆とXナンバーだった。何で公道のど真ん中で歌ってんだろう。しかも杵と臼で餅つきながら。ちなみに逆逆がこねる係りで、Xナンバーがつく係りのようだ。どうでもいいけど。

っていうか何だよその頭につけたウサミミは……ちなみに逆逆が垂れ耳で、Xナンバーが立ち耳だ。本当にどうでもいいけど。

「やぁ高山君。見て分からないか? 餅つきだ餅つき。こんなに良い月が見えたのでな、我々の餅つき職人としての魂が揺さぶられたんだZE!」

「はいはい、んでなにしてんだお前ら」

「……対応ちべてっ」

Xナンバーが小声で言った。

「それはそうと、餅食べる~?」

「この前に言った、この世界について調べるってのはどうしたんだ?」

逆逆が差し出したいろんな種類の餅が乗ったお盆を無視してアルバートが尋ねる。二人は仲良く首を傾げると同時に答えた。

『僕チンよく分かんない。最近記憶がとび気味なの』

『死ね』

俺とアルバートが同時にその首を締め上げた。

『えいめん!』

「どこの神父だお前等!」

二人はほぼ同時にアッチの世界に旅立ったようだ。たぶん「永眠」と掛けたんだろう。面白くない。

「あっ、これおいしい」

「食うなよ!」

涼達はお盆から餅を取り出して口に運んでいる。

「おい恭介、このヨモギ旨いぞ。冷めない内に食え」

「アルバート、あんただけは信じてたのにっ! って本当に旨いな!」

結局みんなでお餅を道端でほおばる事になった。実は夜が早く来たので、夕食を食べていなかったんだ。この餅をついた人間は道端で伸びてるけど、まあいいや。考えると食べ物がマズくなる。

「勝手に無視するなっ!」

チッ、まだ生きてやがった。

「凄い生命力だな……お前等ゴキブリかよ」

『? ウサギだよ?』

二人して余った餅を食べながら、臼の周りを「イナバ! イナバ!」とか叫びながらぴょんぴょん跳ねている。きっとコレがやりたかっただけなんだろうな。なんかもう面倒くさい奴らだ。

しかし彼らはぴたりと動きを止めると、耳をピョコピョコと動かした。それ動くのかよ……

「おいウサギ壱号、何か不穏な音を感じるねぇ」

「そうだねぇウサギ弐号。特にあのビルの陰が怪しいねぇ」

「……きょうすけ、なにかいる」

各々が武器を構えて警戒する中、二匹(?)は杵を手にビルに突撃していった。

『こんばっぱー! うさちゃんだよっ!』

返事は耳をつんざくような声だった。2mほどの鱗に覆われたボディに、鉤爪のついた4本の手。人のような形をした頭からは、妖しく光る牙が一対生えている。正に異形だった。

「そうだ、餅たべる~?」

Xナンバーがお盆を出すが、返事は爪の一突きだった。餅よりも肉が食いたいらしいな。

「わおっ、攻撃的っ! だったらこっちも! てゐっ!」

逆逆が杵を振り下ろすが、一気に間合いを開けられる。杵はアスファルトに当たって鈍い音を立てた。

「ばーか、近距離でつっこむとでも思ったのかい!?」

作者陣は背負ったライフルで遠距離から容赦ない攻撃を加える。M1873と……FNCか? 5.56mmと44-40が降り注ぎ、化物はたまらず膝をつく。ライフルの弾が切れると拳銃を引き抜く。シングル・アクション・アーミーとCz75初期型。.45と9mmの雨あられを受け、ようやく敵は沈黙した。

「何だよアイツ……ゾンビじゃない?」

「新手だね。だけど一つ言える事がある」

俺の言葉にXナンバーは指を一本立てる。

「あの程度のスペカもかわせないなんて、大したこと無い敵だという事だ」

「いやスペカって何だスペカって」

「(今までの野郎とは違って俊敏で、防御力も高かったな。やっこさんも上級になったって事か……)」

「(アレがゾンビのように沢山出てくれば……苦戦するわね)」

エミリオとマーシャが呟いた。全くだ。だけど、これは……

「ナイトウォーカー!?」

「だね」

俺達の世界に時折現れる化物にそっくりだった。それも、これはかなりの上位種だ。

「知っている敵か?」

アルバートがこちらを向く。

「俺達が戦っている連中だ。おい、逆逆。これは一体……」

尋ねた先に逆逆は居なかった。その向こうにある道路の角を見つめて固まっている。

「どう、したんだ?」

「あぁ、あっちのほうに……キャワイイおにゃのこの気配がするんだZE!」

「マジで!? どこどこ?」

Xナンバーが風のような速さで飛んでいった。先程まで視線を向けていた道路を曲がり、直後――化け物の叫び声と銃声が響く。

「何だよ今度は!」

まさか、他にも人が居たってのか? 次は誰だ!?

「おにゃのこ確保~!」

どうやらこいつ等、頭はアレなくせして戦闘技術はかなり高いらしい。一人の少女の手を引いて帰ってきた。

「おや、君は……」

逆逆が意外そうな声を上げた。涼は少し驚いているが嬉しさを隠し切れないようだ。アンプは首をかしげている。そりゃそうか、こいつは〈彼女〉の存在を知らない。

「何者だ、お前」

アルバート含め、部隊の皆は警戒を緩めない。

「――――――――」

俺か? 何も言えなかった。だってそうじゃないか、何でこいつがここに居るんだ。何で、どうして――

「どうして恭子がここに居る……?」

そう、居るはずがない。だって〈彼女〉は……〈俺〉なのだから。




とりあえずその場から移動する事にした俺達は、とあるファミリーレストランに居た。先ほどXナンバーがつれてきた少女、名前を恭子というらしい。彼女は今、涼の隣で体を縮めていた。無理もない、あんな化物に襲われた挙句に、こんな得体の知れない武装集団に囲まれているのだから。

――にしても、さっきの恭介の取り乱しようは何だったのだろうか? まるで幽霊でも見たようじゃないか。

「(エミリオ、女性を前にして声を掛けないなんざ珍しいな。どうしたんだ?)」

「(違うんだ)」

エミリオは首を振る。

「(彼女は『彼女』じゃあ無い)」

「(何よソレ。あの子が男だとでも)」

「(そのまさかだ。オレには分かる)」

マーシャの言葉に頷く。彼のセリフは信じられなかった。目の前にいる恭子は中々美形で、だれもが女性だと確信を持って断言できるだろう。だが数多く女を口説いて回っているエミリオの事だ。信用に値するデータである事は間違いない。

「(自分から言い出すまで待った方が良いと思う。彼女――彼女と呼ぼう――が伏せておきたい事実という可能性もあるしな)」

逆逆が自分のライフルを持ってこちらのテーブルに走ってくる。ドリンクバーから飲み物を頂戴してきたらしい。

「敵はここにはいないみたいだね。ほれ高山君、コーラだ」

「あんたにしては気が利くな……って苦甘っ!?」

「ふっふっふ……それはコーラとコーヒーを1:1の割合で混合しているかrぐべらっ!」

恭介のチョップが延髄に入ったのか、へなへなと床に崩れ落ちる逆逆。

「――クスッ」

彼女の固い表情が一瞬崩れる。良い間の取り方が出来た。周りの空気が少し和らぐ。しかし、恭介の目は厳しい。恭子を睨んだまま動かなかった。

「どうしたの? きょうすけ」

アンプが心配そうに彼の顔を覗き込む。恭介は目を伏せると、席を立った。そのままドリンクバーで水を汲んで口をすすぐ。無口な彼の表情はどこか思案しているようにも、怯えているようにも見えた。

「アンプの言うとおり変だね、恭君らしくない」

涼も恭子の肩を抱きながら頷く。しばらくして、恭介は有無を言わせぬ口調で言った。

「悪いんだけど、恭子はトイレにでも行って席を外してくれるか。皆に言っておきたいことがある」


「話って何だ?」

恭子が居なくなった店内で恭介はテーブルに手を着いた。

「恭子の事なんだけど……あんまり信用しないでほしい」

「どうして? 恭子さんはわたしの友達だよ?」

「分かってる。だとしても、俺はあいつを信用すべきじゃないと思うんだ」

「(あの子が敵かもしれないって事?)」

マーシャが問う。恭介は涼の方を見ていた。頷かない。

「そんなわけないよ! だって、だって恭子さんはわたしの恩人で友達なんだよ? そんな人があんな化物の味方なハズない!」

涼が声を上げた。しかし恭介は続ける。

「俺の考えでは、十中八九あいつは敵だ」

「どうしてそんな事言うの!? どうして分かるの!?」

「それは言えないけど……でも本当だ。俺には分かる」

「恭君に分かったってわたしが納得できない! そんなカンタンにわたしの友達を敵扱いしないで!」

ついに涼は立ち上がってしまった。俺含め全員が面食らう中、一方の恭介は落ち着いた様子で言った。

「頼む、話を聞いてくれ。理由は言えないけど、あいつは信用できない。用心に越した事ないのは分かるだろ?」

「わかんない! わかんないよ! どうしてそんな事言うの!? 恭子さんは敵なんかじゃない!」

そんな涼を放置して、とにかく、と恭介は話を切り上げた。

「あいつの前でこれからの方針や弱点やなんかを言うのは控えてほしい」

「何で疑うの!? 恭君ひどいよ! 今度ばかりは頭きたからね!」

そう叫んで涼はファミリーレストランを飛び出してしまった。その背中を恭介は眺めるだけだ。

「追いかけないのか?」

俺が尋ねると彼は少し俯いて弱弱しく笑った。

「少ししたら頭も冷えて帰ってくるよ。アイツはいっつもそうなんだ」

そのまま席に座ると、さっき逆逆が持ってきたコーラとコーヒー1:1ドリンクを飲み始めた。どうやら味が分かっていないらしい。

「(どうなんだアンプ、いつもこんな感じなのか?)」

「(わたしが二人と一緒に暮らし始めてまだ日は浅いけど、喧嘩なんかした事ない。いつもきょうすけは、すずと意見がぶつかっても最後には曲げるから)」

隣のアンプに尋ねてみると、彼女は少し戸惑ったような顔になった。そして、「トイレ」と言って歩き去っていく。

「(だろーな。見てみろよ、あいつの手。テーブルの下でよく見えないけど、かなりイライラしてるみたいだぜ)」

見てみるとエミリオの言うとおり、彼の指は手の甲をつねったり絡めたり、せわしなく動き回っている。まるで自分を必死に落ち着かせようとしているみたいだ。

「(ねぇキョウスケ。どうしてキョウコが信用できないのか教えてくれないかしら)」

「ごめんマーシャ。今は言えないんだ」

困ったように笑って、再びドリンクを飲む。相変わらず指は忙しく動き回っていた。

「ねぇ……きょうすけ」

トイレから戻ったらしいアンプが少し青い顔になって戻ってきた。どうしたのだろう。

「何だ? 急ぎじゃないなら、後にしてくれないか? 考え事してるんだ」

「あの……きょうこが居ない」

恭介が眼を見開いて立ち上がる。ガタン、と音がしてコップが倒れた。ドリンクがテーブルに広がる。

「な――――」

「(マジか!? もしキョウコが敵だったとしたら!)」

「恭介! 行く、ぞ……」

俺が振り返ったときにはもう、恭介はいなかった。




夜明けまでまだ時間がある。俺は夜の街を走り続けていた。

(俺のせいだ……俺がちゃんと説明しなかったから……)

当てはないけど、涼がどこに行ったのかは分からないけど捜すしかない。

「〈狂制御インストール〉、開始スタート!」

頭に小さな痛みが走り、俺の双眸は紅く狂気を宿した。この世界にも〈狂気〉は流れていたようだ。俺の目が涼の移動したルートを〈視る〉。あとはそれを追うだけだ。

「涼! どこだ!」

この辺りに、あいつの気配を強く感じる。もうすぐだ。角を曲がると5体のゾンビが襲い掛かってくる。俺は舌打ちして銃を向けた。

「お前らに構ってる暇は、ない!」

2秒で殲滅。正面に眼を向けると、金属がぶつかる音とそれで生まれた火花が見えた。涼だ。

「涼!」

俺が叫ぶとアイツが振り返った。かなり息が切れてる。普通の状態じゃねーぞ?

「ごめんね、恭君の、言うとおりだったよ……」

彼女と対峙する影、それは果たして恭子だった。


「涼! 頭下げてろ!」

9mm弾をフルオートで恭子に撃ち込むが、彼女は面倒くさげに躯を捻って回避する。

手に握っているのは二丁の拳銃。先には細身の銃剣が装着されている。涼とぶつけ合っていたのはコレだろう。

得物を一閃すると、ダッシュして同時に鋭い三点射。だが〈狂制御〉状態において、その攻撃を避ける事は容易い。

射線をギリギリの所まで引きつけて避け、9mmルガーを撃ち込む。

無限の長さを持つ剣として銃と対峙すれば、その斬撃を避ける事は容易い。

「お前、俺達に何の用だ!」

「答える義務も必要もねーよ」

『恭子』は俺と全く同じ声で、冷淡な返答を返す。

「只、お前達の肉体が必要なだけだ」

左手で突き出される銃剣を、腰の動作で回避。懐に入って剣を突き立てようとするが間合いを開かれる。

「俺の肉体が、何の意味を持つっていうんだよ!」

脇を見ると、涼が脇腹を押さえて……クソっ、やっぱり出血してやがる!

「人間のカラダは多くを語るからな。ひはっ、まあサンプルは取れた」

彼女は赤い液体――涼の血か……――小瓶をこちらにかざす。

「後は俺が直接手を下す事もねーか。後片付けは他がやる」

パチン! と指を鳴らす恭子。その音とほぼ同時に、無数と言って良い程のゾンビとナイトウォーカーが現れ、周りを包囲される。

「肉骨片が残っていれば良い。んじゃ、制圧」

踵を返しその場を歩き去る彼女。俺は銃弾を撃ち込むが、射線上にゾンビが重なり盾となる。

「畜生っ!」

「……恭君…………」

へたり込んでいた涼が口を開く。出血の為か顔面が白い。

「……このまま…………終わりなのか……な……?」

「――なに縁起でも無い事言ってるんだよ」

「サイゴになるなら……恭君に…………伝えたい事が……あるの……」

「話は後で聞く……。今は黙ってろ、体力使うぞ」

涼は悲痛な表情で首を振る。

「恭君……今じゃなきゃ…………わたし……恭君の事……」


ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!


耳をつんざくような銃声。ディーゼルエンジンと軋むタイヤの音。化け物が千切れ飛び、はね飛ばされる。開かれた視界の前には、リアクティブ・アーマーを装着した八輪装甲車、ストライカーが銃座の機銃から火をふきながらそこにいた。余る所が無い程にアニメのイラストがペイントされた装甲車の中から、次々武装した人間が現れ、化け物を殺していく。

「足を取りに行ってた。遅れてすまない」

「遅いぞ、アルバート! 涼が負傷してるんだ、治療を!」

「円周防御陣形!」

手慣れた手つきで3人は涼の周りを囲む。

「(マーシャ、応急手当ファーストエイドを頼む)」

「(任せて。キョウスケ、拳銃じゃ火力が足りない。私が治療する間、撃ち続けて)」

マーシャが運んだガンケースを蹴り開けると、一丁のアサルトライフルと大量の予備マガジンを入れたチェストリグ(腰部弾倉入れ)がそこにあった。

ライフルを手に取ると、俺の異能が働く。

(ドイツ製のHk-33。5.56mmを30発装填可能。作動方式はローラーロッキングボルトシステム。射撃準備として、マガジンをハウジング前面に引っかけつつ……)

この銃の全てを把握すると、レバーを引いて初弾を装填。涼を囲む二人とアイコンタクトを取る。

「(キョウスケ、思いっきりかましてやれ!)」

「恭介、連中に遠慮はいらない!」

「「「Let's Roll!」」」


防御陣の射撃は正確だった。Hk33を完璧に使いこなしている恭介に驚くが、恐らく彼の話した「力」のなせる業なのだろう。

俺のシグが弾切れを起こす。その場に屈み、満タンのマガジンを取り出して空弾倉をダンプポーチに入れる。

「カバー!」

恭介がこちらの分の敵をしばし相手しているのを横目に、フル装弾のマガジンを叩き込む。ボルト・リリースを押し上げて薬室に弾を送り込むと、ガシャンとボルトの音がした。

「アップ!」

三点バーストで頭を粉砕する。射撃を続けたお陰で銃身が加熱するが、ここで止めるわけにはいかない。

「(エミリオ! そっちはどうだ!)」

「(百発百中だ! スコープを覗く必要なんて無いぐらいだぜ!)」

彼の使うM24狙撃銃は連射性に劣るが、命中精度と弾丸のエネルギーは格段に優れている。弾頭にスチールコアのFMJ(被金属弾頭)を使っているからか、2,3の敵を同時に貫いている。足元には5発装弾の空マガジンがいくつも転がっており、今はボディアーマーに直接差し込んだ弾丸を一発づつ装填している。

「カバー!」

恭介が俺の動作を真似てかがみ込むので援護射撃をしてやる。

「半径3m以内に近寄るな!」

恭介は怒りの形相で怪物に弾丸を叩き込む。

「(半分の弾倉を使った! まだ終わらないのか?!)」

マーシャが傷口に包帯を巻く。傷自体は浅いようだが、これまでの出血のお陰か涼の意識は朦朧とし始めていた。

「(終わったわ! 退路を開いて!)」

「よし、アンプ! M240を使え!」

装甲車の上面にある銃座が機械音をあげて動くと、異形達をバリバリと薙ぎ倒していく。今、中からアンプがコントローラーを使い、テレビゲームのように画面に映るゾンビを射撃しているはずだ。

「(Move!)」

エミリオとマーシャが涼の服をつかんで地面を引きずる。二人は空いている方の手で拳銃を握り、牽制射を放つ。進路と退路にそれぞれ恭介と俺。機関銃で出来た屍の間をフォーマンセルで移動する。

「涼はどうなんだ?!」

「(輸血とはいかなくても輸液が必要ね。早くストライカーに戻らないと)」

その時、マーシャの背中から「バシッ」と乾いた音がした。ひっくり返る彼女。ボディアーマーに被弾したらしい。殴られたような衝撃だろう。

「(何!? 連中も銃を持つの??)」

俺達の目線の先には、大量のゾンビの集団がいた。彼らは今までとは違い、MP5機関短銃を腰だめで構えている。

「(Holy Shit…… 走れ!)」

次々に飛んでくる弾丸。何発も防弾プレートに受け、その痛みに片膝をつきたくなるが走る、走る、走る。

「応戦するな! 装甲車まで走れっ!」

涼を引きずったまま、俺達は遮蔽物となる装甲めがけて疾走する。片腕で出鱈目に弾丸をばらまくが、当たったかどうかは分からない。当たった所で戦局は変わらないだろうが。

「(Xナンバー! 彼女を奥に!)」

二人が車内のXナンバーに涼を預け、自らも乗り込む。エミリオが車内から輸液パックを見つけ、針を静脈に刺す。これで当面は安心だ。Xナンバーはウサギの耳を取り外すとピンを抜き、外に投げ捨てる。すぐに濃いピンク色の煙幕が敵の視界を遮った。

「ふたりとも、のって!」

アンプが声を上げた瞬間、俺達はストライカーの車内に身を投げ込んだ。

「出しますよっと!」

逆逆がドライブにギアを入れると、八つのタイヤが動き出す。

「後部を開けて射撃しながら撤退しよう!」

Xナンバーが自分のライフルを取り出すと、レバーアクションで弾を吐き出す。俺達も後部スペースから得物を突き出し、追ってくるゾンビを近寄らせない。

「こっちの援護も頼むよ、高山君!」

Cz75をフロントに開けた隙間から突き出して前方の敵を運転しながら射殺する逆逆を、恭介がライフルのフルオート射撃でサポートする。

前方、後方そして車載機銃。これだけの火力があるのにも関わらず、敵の数はいっこうに減らない。

「(榴弾を使うわ!)」

マーシャがグレネードランチャーを撃ち込み、十数の敵を一度に粉微塵にするが、まだまだ敵の追撃と射撃は終わらない。そろそろ弾も尽きてくる……

「きじゅう、かわって」

突然、アンプがXナンバーを押しのけて火線に入り、ルガーを構える。

「おい、アンプ! お前何やってるんだよ!」

運転席から振り向く恭介。

「わたしのちからは、〈増幅〉」

彼女は引き金を引く。パンッ! と.22LR独特の乾いた音がしたような気がしたが、それもつかの間。弾丸のエネルギーは〈増幅〉され、ストライカーの後方直線上200メートルに存在していたモノは、全て消えた……。

さらに運転席に近寄り一発、いや一撃。射線と同軸線にあった異形は、何も残さずに消滅した。

クリアになった視界の、遙か遠くに見える影……

「(恭子だっ!)」

目の良いエミリオがすぐに判別する。彼がスコープを覗くと、薄ら笑いを浮かべた恭子の姿がそこにあった。

既に弾が尽き、拳銃を使っていたエミリオは、M240車載機関銃の予備弾薬箱から弾を二発抜き取り、自分のライフルに装填する。

「(アンプ、俺の感覚を〈増幅〉させてくれ)」

「(わかった)」

ブローン(伏せ撃ち)体勢を取り、安定用のバイポッド(二脚)の足を立てる。アンプが隣に伏せて、彼の腕に自分の手を重ねる。

「(距離1.28km、風向き北北西、車の揺れのサイクルを把握、気温15℃、湿度20%、自転周期により0.3mil目測修正、ライフリングの磨耗把握、バレルの加熱把握、弾薬のパウダーによる初速不足の為2mil下に調整、偏差0、スコープのパララクス把握……)」

彼のブルーの目が地球の真理を悟ったかのように澄んだ瞬間、彼はトリガーを真っ直ぐ、ゆっくり引いた。

重い銃声と、遙か前方で散る血飛沫。

「(1st shot,目標左脚部に命中、損壊。第二射装填)」

ボルトを引き、弾丸を装填して戻し、再び射撃体勢に入る。車内のだれもがこのあり得ない距離でのあり得ない精度を持った狙撃に注目している。逆逆もブレーキをかけ、クルマを停止させていた。

「車体停止。要素から車体の揺れを除外。2秒後に射撃する」

きっちり2秒過ぎた後、バレルから7.62mm口径の銃弾が狙ったその場所まで飛んでいく。再び遠くで上がる悲鳴。

「(2nd shot,目標右脚部に命中、損壊)」

アンプが手を離すと、エミリオはそのままパタリと床に倒れ込む。通常の何倍もの精度で狙撃をしたお陰で精神力が切れたのだろう。アンプも力を使いすぎたのか、エミリオの横で座り込んでいる。

俺はXナンバーの隣に移動し、銃座のモニターカメラをズームして恭子の姿を捉える。

横たわった彼女と、吹き飛ばされた足首。地面に広がる大量の血。通常の人間ならば5分と持たない状況だ。だが涼をあそこまで追い込んだ彼女。この程度で殺されるとは誰も思っていなかった。

「急いで引き返せ、逆逆。恭子を尋問するぞ」

俺がそう言うと、逆逆は「がってんだぁ!」と叫んでストライカーをバックさせた。

奴のところまで、あと10メートル……7メートル……4メートル……。その時だった。

「止まれ!」

恭介が叫んだ。

「どうしたんだ? 恭介」

俺が尋ねると、彼は恭子を指差して答えた。その手は微かに震えている。

「あいつ……再生してる……」

「何だと?」

見ると、周りに広がった大量の血痕がゆっくりとテープの逆再生のように奴の体の吸い込まれていた。散らばった足首の肉片もパズルのごとく元の場所に収まっていく。

――ついには、完全に足が元の形に戻ってしまった。この再生能力は人間じゃない!

「ひはっ、やってくれるじゃねーか」

立ち上がると、前に下がった髪を振り上げて、首に手をやる。ゴキッ、っと音がして奴の首がはまる。こちらを睨むその眼は、片目だけだが――紅く染まっていた。

「ま、ご覧のとーり、この体は死なない。分かったよな?」

こちらに両手を広げて尊大に説明する。そして口元に残忍な笑みを浮かべて後ろを向いた。常人離れした跳躍力で二階の窓枠に手を掛けて登ると、屋根を駆けていく。その姿は、あっという間に闇の中へ消えた。

「何だったんだ、あれは。紅い眼だと?」

俺が呟くと、恭介は無言でこちらを向いた。その双眸は、奴と同じように紅かった。

「お前、その眼は……」

「おい逆逆。俺のほかに〈狂制御インストール〉ができる奴っていたか?」

「いんや、君だけだ。他にはいない」

彼は、そうか、とだけ呟いて涼のほうを振り返った。その顔には疲労の色が浮かんでいる。

「……ごめん」

それだけ言うと、恭介は崩れ落ちるように倒れた。とっさに俺が腕で支えると、弱弱しく笑った。

「おい、大丈夫か!?」

「悪い、このモードになると消費が激しいんだ……」

逆逆が無言で頷いて、ストライカーを武器倉庫のほうに発進させた。

今は回復が最優先だ。




翌日。俺は涼が眠っているベッドの横にあるイスで目を覚ました。壁も床も純白の医務室。心なしか頭が重い。昨日は無理をしすぎたかな。

「何だったんだ、あいつ」

その問いに答えるものは居ない。涼は重症ではないものの、今日一日は絶対安静だ。アンプとエミリオは精神疲労が大きいし、アルバートとマーシャは装備の点検をしなくちゃいけない。その上、あの作者共は、栄養剤として出された点滴を見るやいなや「痛いのイヤーーーーーーー!!!!!」とか叫んで居なくなりやがった。俺は〈狂制御インストール〉の副作用で、頭痛が酷い。たぶん、昼には抜けると思うんだけどな。

「守れなかった……」

涼の寝顔を見つめながら、自分を責める。アルバートに銃剣術を教わっても、〈狂制御インストール〉をしても、この世界での俺は……こんなにも無力だ。自分の大切な人一人守れない。

と、ドアが開いて誰か入ってきた。片言の日本語でアニソンを歌っている。この声は……

「イキノコリタイッ、イキノコリタイッ、マダイキテタク~ナル~」

「グットモーニング、マーシャ」

「(あら、まだ居たの? キョウスケ)」

「えっと、イエス」

通訳が居ないから、コミュニケーションが取りにくい。俺が考える様子をしばらく眺めていたマーシャは小さく笑うと、俺の隣に座って膝の上にノートパソコンを置いた。立ち上がった画面にソフトを1つ起動させる。――これは、翻訳ソフト?

画面を横から覗き込む俺を一度見て、彼女は何かを入力した。

「ん? 昨日はしっかり寝た? これで筆談しようって意味か?」

パソコンを差し出す彼女に俺が問うと、マーシャは首をかしげた。

「あ、そっか。え~と、一応は、っと」

俺達は交互に文章を打っていく。

「そう、ならいいんだけど。……心配なのね、彼女が」

「俺、守れなかった。コイツと喧嘩して、危険な世界に1人きりにして、その挙句に怪我させた……これじゃ、保護者失格だ」

「保護者?」

「本当に、コイツとは小さな頃からの付き合いでさ。眼を離すと、すぐに転んで、手を切って、頭ぶつけて……いっつもどこかしら怪我してたんだ。だけどっ」

マーシャは無言で聞いていてくれる。その沈黙がありがたかった。

「こんな大怪我はした事ないんだよ。その上、元の原因がそれを一番気をつけていたはずの俺だったなんて……」

「それは違うと思うわ、キョウスケ」

俺は顔を上げた。彼女は微笑みながらキーを叩く。

「あなたは、スズが1番危険だと判断したから、レストランで「キョウコを信用するな」と言ったんでしょう? 詳しくは知らないけれど、この子とキョウコは友達だったみたいだし。警戒を解きやすいから、標的になり易いと思った、違うかしら?」

「その通りだよ。よく分かったな」

「だけど、どうしても分からない。何であなたはキョウコを信用すべきじゃないと思ったの?」

「……涼の奴、目は覚まさないかな」

「昼間までは起きないと思うわ。でもなぜ?」

俺は溜息をついて文字を打った。

「恭子は……俺なんだ」

マーシャに、俺が女装したときに涼と鉢合わせして、再会した話をする。スゲー恥ずかしかった。

「なるほどね、言いたくなかった訳だわ」

「頼むから誰にも言わないで……つまりこの世界には、俺が2人存在する事になるんだ」

「生き別れた兄弟って可能性は?」

「無い。俺は一人っ子だから」

「2人のキョウスケ……分からないわね。謎は深まるばかりだわ」

「全くだ。――ありがとう、マーシャ」

「べつに、お礼を言われるような事は何もしてないわよ。ただ単に、気になる事を尋ねただけ」

「それでもさ。ところで今何時?」

「10時丁度。食事にしましょうか」

「そっか、俺はもうちょっとここに居るよ」

「分かった。だけど、何か胃に入れておきなさい、いいわね?」

「ああ、ちょっとしたら俺も行くから」

マーシャを見送って、柵にもたれて涼の顔を眺める。っと、なんかめちゃくちゃ眠くなってきたな……

「ちょっとだけ、寝るか……」


再び眼を覚ますと、天井のスピーカーから正午を知らせるチャイムが鳴った。

「2時間か……頭痛は、無いな」

ベッドを見ると涼が居なかった。マーシャの話では昼間には眼を覚ますってことだったから、もしかしたら先に行ったのかもしれない。

「……何だ? これ」

俺の肩に毛布が掛かっていた。涼が掛けてくれたのか?

「目が覚めたんなら、起こせよな」

医務室を出て上へ登る。目指すは食堂だ。

「――おかしいな」

さっきからみんなの気配がしない。食堂のドアの前に来ても音がしないのはどう考えてもおかしい。

「まさか……!」




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