第4話:Tasting Peace
疲れていたので、日中に眠る事はさほど苦ではなかった。一日二四時間で体内時計を動かしておかなくては後に障る。
「(やっぱりオレ達には、なんも出来ないのか?)」
朝食の席、エミリオは慣れない箸でメシを食いながら俺達に問う。
「(作者が深く絡んでいる問題である以上、アイツ等を探さなければ)」
俺は味噌汁を飲むと立ち上がる。
「(どこ行くんだ?)」
「(シューティング・レンジだ。腕を上げることは難しいが、鈍らせるのは簡単だからな)」
ここのところ、難しい事を考えすぎている。少し気分転換をしたかった。
「(そうか。にしても、このハシってのは使いにくいな。何でアジア圏の人間はこんなんで飯が食えるんだ?)」
首を傾げるエミリオ。ナイフやフォークに慣れてしまった人間には使いにくいものだろう。マーシャはすぐに使えるようになったんだがな。
「(郷に入っては郷に従え、だ)」
「(そんなもんかねぇ)」
彼は天井の蛍光灯に箸をかざし、ペン回しの要領でクルクルと回し始めた。行儀が良くない。
シューティング・レンジに行くと、すでに恭介が右手に握った銃を的に向かって構えていた。
「おはよう恭介。……恭介?」
声を掛けるが反応しない。真面目な顔で的を狙っているままだ。聞こえていないのか?
「あ、アルバートさん。おはようございます」
声のしたほうを振り向くとイヤーマフを着けた涼が手を振っていた。そして申し訳なさそうに苦笑する。
「恭君、こうなっちゃうと反応しないんです。本を読んでるときとかはそれに入り込んじゃって、地震があったのに気付かなかった事もあったなぁ」
そのときのことを思い出したのか、涼がくすっと笑った。そして近くにあった休憩用のベンチを指差す。
「座りませんか? 少しお話したいです」
「すごい集中力だな。どうなってんだ」
ベンチに座って、銃を構える恭介の背中を眺めながら思わず呟いた。涼がそれに頷く。
「ほんとにねぇ。だけど、昔からわたしが困ってたときには一番最初に気付いてくれるんですよ」
嬉しそうに微笑む涼。この際だから前々から気になっていた事を尋ねてみようか。
「君は……彼のことが好きなのか?」
それを聞いた瞬間、彼女は耳から首まで赤くなって俯いてしまった。おいおい大丈夫か?
「わかります?」
しばらくして涼が小さく口を開いた。
「……まぁな」
そりゃ、あれだけ過剰に反応していれば誰だって気付くだろ。バレていないとでも思っていたのか?
「よく言われるんです、考えてる事が手に取るように分かるって。だけど恭君だけは未だに気付かなくて」
「信じがたいが、そうなんだろうな」
これだけ分かりやすい反応をする彼女の想いに気付かない人間ってのが一番近い位置に居るのは、かなりもどかしいんだろう。
「なぁ、君はどうして恭介の家で暮らしているんだ?」
このままでは彼女が赤面しすぎて死ぬ可能性があったので話題を変える。
「あ、そっか。アルバートさんは知らないんだっけ。わたしが小学生のときに両親が2人とも死んじゃって、恭君のお父さんに引き取られたんです。それからはずっと一緒に」
「その、大変だったんだな」
彼女の明るい表情からは想像もつかなかったが、かなり重い過去を背負っていたようだ。申し訳なさそうにする俺を見て、涼は慌てて首を振った。
「だ、だけど皆が励ましてくれたから、今はもう寂しくないですよ? 恭君もアンプもいますから」
「そうか、よかったな」
「はい!」
笑顔で頷く涼。すると恭介がシューティングレンジから出てきた。
「おはようアルバート。涼も」
「あぁ、おはよう」
「うん、おはよ」
「なぁアルバート、聞きたい事があるんだけど」
「何だ?」
「銃剣の練習をしたいんだけどなんか良い方法あるかな」
なるほど。的だけじゃ撃つ練習しかできないか。どうしたものか、マーシャに尋ねてみるか。
「それと、涼。お前は何で死んだんだ?」
そう聞かれた涼は少し赤くなりながら答えた。
「びっくりしたから……」
「は? びっくり?」
「恭君が車に轢かれたって連絡が来て、ショックでそのまま……」
そりゃそうだ。普通の反応だ。
「ちょっと待て。お前にその連絡を入れたのは誰だ?」
恭介が首をかしげた。ん? そう言われてみれば、確かにそうだ。俺達が死んだのを知っている人間はいないはず、それは肉体が次元の狭間とやらに放り込まれているからだ。それをなぜ……?
「う〜んと名前は聞かなかったんだけど、スーツ着てたよ」
「スーツ? それってまさか、ちょっと背が高くて、変な事ばっか言ってなかったか?」
涼はしばらく考えると頷いた。
「そう、たぶんその人だと思う」
「俺、アルバートがひき逃げ……アンプとエミリオはダークマター……涼とマーシャはショック死……? まさか、でもそんなハズは……いや、ありえない事はありえない、か」
何事か呟いた後、恭介は俺の方を向いた。
「アルバート、これは仮説だけど……」
「何か分かったのか?」
「だから仮説だって。俺達の死因、バラバラなようだけど共通点があるかも」
「共通点? どゆこと?」
涼の言葉に頷くと、恭介はポケットからメモ帳を取り出した。
「俺とアルバートの死因、ひき逃げだよな。それをやった犯人が同じ人間、もしくは同じ思想で動いていた人間達って仮定しよう。俺が死んだ場合、高山家でメシを作れる人間がいなくなる。アルバートが死んだ場合、部隊の資金が動かせなくなるんだよな?」
「あぁ、あいつらに貯蓄なんてものはないからな。同じようにメシが食えなくなったはずだ」
恭介がメモ用紙にさらさらと何かを記入する。
「うちは、それで涼が飯を作ってアンプが食して死んだ。そしてそっちは、」
「金のないエミリオがマーシャの飯を食って死んだ……」
「さらに、こっちは誰かが涼に俺が轢かれた事実を教えてショック死させた」
「マーシャは謎の請求書が大量に来たショックで死んだ。恐らく俺が死んだ事で溜まったツケだろう。……てことは、まさか」
恭介が頷く。
「この出来事が、誰かの思惑通りに動いていたとしてもおかしくはないんだ」
「へ? へ?」
涼が一人で首を傾げていた。恭介が分かりやすく説明する。
「俺が死んだら飯が食えなくてアンプが死んだ。お前は俺が死んだショックで死んだだろ? アルバートが死ぬと、金が動かせなくてエミリオが飯を食えずに死んだ。マーシャはその後の請求書でショック死。俺とアルバートが死んでから、ドミノ倒しのように皆が死んだ。これを狙っていた奴、もしくは奴らが居るのかも、って事。そして、スーツの奴が今のとこ一番怪しい」
「そんなことができるのか?」
「ありえない事はありえない。――そういうことだと思う」
兎にも角にも作者連中が情報を掴むまで指を咥えて待っているわけには行かない。今のところはスーツの男を捜す事にしよう。
「お前、よくそんな仮説を立てられるな」
「昔から本だけは読んでたからさ、伏線の予想はよくやるんだ」
恭介はそう言って苦笑した。
「で、銃剣の訓練か」
アルバートは腰から抜いたM9銃剣をSG552に装着する。チャキッと金属同士が噛み合う音がした。
「元々銃剣は、単発式先込銃を持つ兵士が再装填の際、騎兵の突撃に反撃できるように装着したものだ。つまり、長い銃ほど槍のように扱え、地面から効率的に馬上の騎士を貫けるというわけだ」
ところが、と人差し指を立てる。
「塹壕や市街地戦、ジャングル等の戦闘が増えるに従って、接近戦に有利なようにライフルを短縮化し始めた。強力な銃弾を遠距離で飛ばし合うのではなく、接近戦で反動の低い弾をばらまく戦い方が主流になってきたんだ。良い例が第一次世界大戦から登場したサブマシンガンだな。第二次からはナチス・ドイツのStg44、アサルトライフルの走りが登場した。ベトナム戦争の時には米軍もM16ライフルを短縮した物を特殊部隊に提供していた。ただこれらの短い銃を使う場合、槍として扱う銃剣のメリットは落ちてしまう。だが俺は、短縮した得物ほど着剣するメリットは高いと俺は考えている」
「どういう事だ?」
「近年トレンドの、『CQB』だ」
ーーCQB……Close Quarters Battle(閉鎖空間における戦闘)。武装勢力が建物内に人質を取る事件が多発する中で編み出された戦闘方法だ。室内という狭い環境内でいかに素早く制圧を行うかに特化されたライフル、ハンドガンそして徒手格闘の扱い。彼ら民間特殊部隊Demonic Pigeonsは正に専門家だろう。
「刃物は銃に間合いこそ劣るものの、圧倒的なアドヴァンテージがある」
それは攻撃範囲だ、とアルバートは続ける。
「銃弾はその口径の範囲のみ高い殺傷能力を有する。広くてせいぜい直径1cm程。だがナイフを始めとする刃物を使えば」
ビュッ!
着剣した銃を真横に振り抜く。
「より広範囲に攻撃ができるんだ。つまり、銃剣の間合いになれば銃よりもこちらが有利という事。剣での戦闘もまだまだ廃れたわけじゃないというのが、俺の意見だ。槍としてのみ使うだけでなく、銃全体を武器として扱う。これにより只ナイフを持つよりも攻撃にバリエーションが生まれる。というわけで、早速始めるか」
「……始めるって、何を?」
「訓練がしたいんだろう?」
ニヤリと笑うアルバート。何だろう、イヤな予感がする。
「どっからでも来い」
「どっからでもって、これ真剣なんだぞ? 危なくないか?」
「だからプロテクターを付けているんだろ?」
的を取っ払ったシューティングレンジの中央に、俺とアルバートは互いに刃先を突きつけ対峙する。剣道の防具を3割増にしたようなアーマーを体中に着ているが、これ本当に大丈夫なんだろうな? ほんとに、いいのか? これで。
「安心しろ、銃持っただけの高校1年生に負けるようじゃ対テロ部隊は務まらん。お前ごとき、大した相手じゃないしな」
無性にムカつく言い方されてるけど、慎重に行かないと。
「頑張ってねー」
涼の声が届く。アルバートがニヤッと笑った。
「ほら、彼女が応援してるぞ? 格好悪いところ見せられないな、彼氏としては」
作戦変更。速やかに鎮圧、場合によっては殺傷も可。
「だから違うって言ったろ!?」
間合いを一気に詰めて右の銃剣を振り上げる。逆手に握った銃剣が風を切る音がした。
「やる気になったか? だが動きが直線的過ぎる」
アルバートに体を僅かに逸らしただけでかわされた。がら空きの脇に拳を叩き込まれる。
「これで1回死んだ」
とん、と体がよろめく。とりあえず距離を取って体勢を立て直した。
「お前の銃剣は逆手、1撃1撃を確実に当てないと反撃されたときに防ぎようがない。リーチはせいぜい30cmだから相当踏み込まないといけないし、かなり変則的な動きを要求される取り扱いが難しい武器だ」
と、余裕で解説するアルバート。
「逆にアルバートの銃剣は間合いが長い分、懐に入り込まれると振り回しづらい。違うか?」
「その通り。よく分かってるじゃないか」
「仲間に同じような武器を使ってる奴がいるんだ。槍に似てるやつ」
アルバートの弱点は懐。何とかそこまで入り込まないと勝機はない。ここは、とっさの思いつきだけどやってみるしかなさそうだ。
「再開だ、恭介」
走り出し、さっきと同じように右で斬り上げる。アルバートが首を傾げながら軽くかわした。
「聞いてなかったのか?」
「聞いてたよ。その上でっ!」
体を左に反転。脇腹に迫る拳を左の銃剣で防ぎ、右の銃剣を右から左へ振りぬく。刃がアルバートの眼前を掠めた。――浅かったか!
「今のはやるじゃないか」
「お褒め頂光栄の至りだ」
今度はアルバートが距離を取る。
「次はこちらからだ」
低く構えた刃が地面を舐めるように迫ってきた。突きか!
「あっぶね!」
とっさに左の銃剣で弾く。しかし彼の動きは止まらなかった。右ひざが鳩尾に入る。いくらボディアーマーしてるとは言っても結構痛いんですけど……。
「だ、大丈夫?」
涼が心配そうに立ち上がる。何とか頷くと俺は立ち上がった。
「蹴りとか、アリですか……」
「戦い方にアリもナシもない。生きてる奴が勝者だ。それと、銃剣で攻撃を防ごうとするな。刃が痛むし、状況にもよるが大抵はかわした方が次の行動に移りやすい」
やっぱ、そこら辺は戦場を生きてきた人間なんだな。一緒にメシ食ったりしてたせいで失念してた。
「今日は最後まで付き合ってもらうからな、アルバート」
「お前が強くなるのはこっちとしても嬉しい事だ」
こうして朝の時間が過ぎていく。
「(これ、何やってんだ?)」
「(銃剣の訓練だって。きょうすけが)」
「(おぉアンプか。マーシャは?)」
「(起きないからそのまま)」
「(だろうな、あの眠り姫は)」
後ろからスペイン語が聞こえる。エミリオとアンプか。
「せっ!」
何回目になるかも分からない恭介の斬撃をかわす。俺達が訓練を始めてから2時間が経過しようとしていた。
――にしてもこいつ、上手くなるのが速すぎないか? 今のはかなり危なかったぞ?
「また外した……次こそっ!」
いよいよ動きが読めなくなってきたな……。そういえば聞きたい事がある。
「お前、なんで、涼に、指導を、頼まないんだ?」
体を左右に振って刃をかわしながら尋ねる。答えはすぐに返ってきた。
「あいつ、いつもは、あれだけど、刃物握ると、めちゃくちゃ、強いんだ。だから、銃剣、だけじゃ、レベルが、高すぎて、練習に、ならない、っと」
左から来た銃剣を後ろに仰け反って避ける。一旦後ろに下がり呼吸を整えて恭介が続けた。
「俺の異能は銃にだけ有効だから、銃剣は効果がないんだよね。――そろそろ休憩する?」
「疲れたのか?」
「いや、まだいけるけどさ」
「だったら続けるぞ」
夜まではまだ時間がある。今のうちにやれる事をやっておかなければ。
「おなか空いたー」
涼が呟いた。恭介がそちらを見ずに答える。
「分かった分かった。後でチャーハン作ってやるから、今は我慢しとけ」
「ほんとに?」
「こんな事で嘘ついたってしょうがないだろうよ……って」
俺の突きをバックステップでかわす恭介。そこへ追撃に斬り上げた。しかし、それも首を上に逸らして避けられた。
「チャーハン? 何だそれは?」
「アイツの好物なんだよ。昔っから、せがまれては作っててさ」
「そうか、確かここにはキッチンもあるから後でマーシャに案内してもらえ」
恭介の右の銃剣が突き出される。手首を掴んで逸らし、そのまま捻り上げた。その腕から銃が落ちる。彼が膝をついた。
「痛い痛い痛い! アルバート! ギブギブ!」
解放すると、手首を擦りながら立ち上がる。その目に少し涙が溜まっていた。少し力を入れすぎたか?
「いけると思ったんだけどな……やっぱ敵わないや」
「当たり前だ。戦闘の技術っていうのは一朝一夕に身につくものじゃない」
再び間合いを取り対峙する。
「よし、これで最後だ。メシの時間もあるしな」
「よっしゃ、来い!」
下から風音を上げて迫る刃。フェイントだ。腰を軽く捻って回避して、本命の左手を弾く。だが弾かれた反動を利用して、陽動としていた右手を突き出される。ライフルのレシーバーで防ぎ、牽制のローキック。恭介は飛び退き、またもや距離が離れる。
「……なかなか技のバリエーションが増えたじゃないか。変則的な行動は相手のミスを誘う」
「なかなかミスしてくれないじゃんか」
「バレバレだ。もっとダイナミックに攻撃を仕掛けなきゃならない」
俺は空中にSG552を放り投げる。驚きに見開かれた恭介の目は明らかに(武器を捨てるなんて……)と語っている。俺は勝ちを確信した。
落ちてきた愛銃を、俺は思い切り彼に向かって蹴り込む(……)。同時にダッシュ。恭介が飛んでくるライフルを避けるために屈む。行動に思考がついて行っていない良い例だ。
宙を飛ぶ武器のハンドガードを握り、予め与えた加速に遠心力をつける。恭介が武器を向けたその時には、折りたたみ式ストックがまるで斧のように、彼のヘルメットを真上から強打していた。
「頭蓋骨陥没、脳内出血で死亡だ」
「……痛ってぇ〜!」
「『変則的な行動は相手のミスを誘う』。分かっただろ?」
「身をもって理解したよ……」
延長したバレルからM9銃剣を抜き取り鞘に戻す。蹴飛ばして殴ったぐらいでは、このスイス製のタフなライフルに影響は無い。
「さて、腹が減っては戦は出来ないからな。メシだ。マーシャを起こしにいこう」
「何だよこれ……」
食堂のドアを開けると、寝巻き姿のマーシャが紅茶とスコーンを用意してティータイムを楽しんでいた。いや、楽しんでいたとは語弊があるかもしれない。
「寝てる……よな?」
「寝てる……ね……?」
「Zzzzz...」
寝ながら紅茶を入れて飲んでるってのか? うん、目を閉じてるし……寝息立ててるし……
「長年の習慣が、躯に染み着いているんだろうな。恐ろしい女だよ……」
横にいたアルバートが呟いた。イギリス人がみんなこうで無いことを切に願うよ。
このままじゃ昼に遅れる。とりあえず彼女を起こすことにした。
「もしもし? もう昼だけど」
俺が彼女の肩へ手を伸ばした時。
「危ないっ!」
気がついたら涼がグルカナイフを峰打ちで振り下ろしていた。
ガッ! と音がして地面に転がったのはマーシャの拳銃――Cz75 SP-01。
何があったのかを認識する前に、彼女はフォールディングナイフを抜いて俺に襲いかかってきた。何だってんだ!?
「うわ!」
とっさに身を翻してかわす。前髪が少し切れたらしい、目の前を舞っていった。
「Zzzzz...」
大きく体制を崩したマーシャが振り返りながらナイフを振った。すぱん! と花瓶にささっていた花が床に落ちる。……おいおい勘弁してくれよ、今は防具着けてないんだぞ?
「どーすりゃいいんだ? こういうときは」
アルバートに尋ねる。彼は腕を組んで答えた。
「いくつかあるが、一番手っ取り早いのはあいつを倒す事。二番目は時間が経過するのを待つ。最後はお前が殺される、だな」
「ちなみに、時間はどれくらい?」
「最短で5時間だ」
はぁ、やるしかないのか。
「勝てばいいんだな? 攻撃は寸止め?」
「あぁ、止めは刺さなくていい」
俺は双銃を構える。その横に涼が立とうとするのを眼で制した。
「やばくなるまで手を出さないでくれ。これが今日の課題らしいから」
「だけど……」
「頼む」
「……分かった。でも、ほんとに危なくなったらわたしも入るからね」
しばらくして、涼は渋々グルカナイフを下ろした。
「ありがとな」
「どうせ言ったって聞かないんでしょ。――マーシャさん、構えを見ただけで分かるけどかなり強いみたい。気をつけて」
その言葉に頷くと俺はマーシャに眼を向ける。構えはどの攻撃からでも対応できる中段。
「……くぅ」
彼女が突然間合いを詰めてきた。横薙ぎに刃が振られる。クソッ、何て速さだ! 〈狂制御〉状態の俺と同レベルじゃねーか?
「だけど、浅い!」
間合いがアルバートと違って短い。お陰で回避に移れる時間が長かった。それを食堂の中央に設置された長テーブルの天板を転がって避ける。その上から容赦なくナイフが振り下ろされた。刃渡り10センチほどのフォールディングナイフが天板に突き刺さり耳元で、ガッ! という音が聞こえる。なんていうか、狂戦士って奴?
「なんとか反撃に回らないと……後手になってるな」
とりあえず、牽制で近くのイスを一脚投げてみた。
「……すぅ」
真っ二つ。二つになったイス(だったもの)が左右に飛んでった。この人直死の魔眼でも持ってんじゃねーのか!? 吸血鬼程度さくっと殺しそうだぞ!? いいのか? これで!?
「寝ている状態のそいつは化物だ。並の人間なら即死だな」
「つまり、想○真心状態ってか」
アルバートと涼が首を傾げる。分かるのは俺だけか……少し悲しい。
「……ぐぅ」
どうやらマーシャはナイフが抜けなくなったらしい。これはもしかして?
「もらったぁ!」
(多少の罪悪感は感じつつ)腕を蹴り飛ばして長テーブルを飛び越える。後ろによろめく彼女の背中に回り、組み伏せようとした。
「その程度でやられるような人間はうちの部隊にはいない」
アルバートの言葉と同時に、俺の手から銃が消える。一瞬の事で分からなかったが、どうやら手首に食らった手刀で弾き飛ばされたらしい。膝を突く俺の遥か後ろで銃剣が床に突き刺さった。――あれの回収は無理か。
「なるほど……武器はナイフだけって訳じゃないんだよな」
しかも今までの動きは全て片手でやっていたらしく、もう片方の手には刺さっていたナイフが握られていた。
「恭君、もう!」
涼がグルカナイフを構える。俺は溜息をついて頷くと言った。
「あぁ、分かった。お前を一回だけ頼る。だから、そこにある掃除用のデッキブラシ取ってくれ」
「へ? ぶらし?」
もう一度頷く。少ししてこちらに飛んで来たデッキブラシを掴んだ。ちょっと軽いけど長さはこれくらいだったっけな。
それでマーシャの腕を弾いて一旦下がる。距離は5歩分。
「恭君、それって……」
デッキブラシをバトンのようにクルクル回してから下段に構える。かつて、将の家がやっている槍術の道場に通っていたときに習った構えだ。
「俺だって武器が銃だけって訳じゃないんだ」
まぁ、そんな見栄を張ったところで俺が槍術を習ってたのって2年くらいだし、デッキブラシじゃ相手の攻撃受け止めたところで真っ二つなんだけど……。だから、
「先手必勝!」
デッキブラシを前に突き出す。
当然のようにジャンプでかわされた。
横から柄で叩く。
右腕でブロック。このときにマーシャが着地。
上にから振り下ろす。
横に転がって避けられた。
追い討ちで下段で左に振る。打撃こそ当たりはしなかったが、ブラシのTの字にとこに襟首が引っかかった。
――ラッキ! そのままテーブルまで引きずって、
「これでっ、終わりだ!」
角に頭が当たるか当たらないかの所で寸止め。しかし勢いまでは殺しきれなかったのか、彼女の首か絞まって変な声が漏れた。しばらくして呻くような英語が聞こえてくる。
「(どうしてこんなところで寝てたのかしら? 襟にブラシが引っかかっているし、ねぇアル……あら? キョウスケ?)」
どうやらマーシャは無事に眼を覚ましたようだ。……疲れた、二度とやりたくねー。
「寝起きで悪いんだけど、キッチンどこかな。昼飯作りたいんだけど」
「(……あぁ、もうそんな時間なのね。分かったわ、こっちよ)」
アルバートの通訳を聞いた彼女が頷く。後は材料が揃ってれば良いけど。
「(お疲れ様、アルバート)」
カウンター式のテーブルに着いて一息ついていると、横からアンプが声を掛けてきた。俺の右隣の席にちょこんと座り、足を振りながらこちらを見る。
「(疲れた?)」
「(いや、そうでもない。こちらも鍛えられるしな)」
「(そう、ならいい)」
それだけ言うと、彼女はカウンターの奥でフライパンを振る恭介に眼を向けた。
「(きょうすけ、楽しそうだった)」
「(楽しそう?)」
俺が尋ねるとアンプは恭介を見たまま頷いた。
「(きょうすけの両親は、きょうすけが中学生のときに海外に行っちゃったから……たぶん年上に思いっ切り全力を出せる機会がなかったせいだと思う)」
「(なるほど、それであの料理の腕か。涼は飯が作れないらしいし、あいつが作ってるんだろ?)」
彼女は眉間にしわを寄せて言う。
「(死んだときのこと思い出させないで。ほんとに不味かったんだから)」
「(すまん、そうだったな)」
「(よぉ、二人でなに話してんだ?)」
いつの間にやら左隣にエミリオが座っていた。
「(あぁ、たいした事じゃない。それよりお前達、訓練の途中から姿が見えなかったが何をしていたんだ?)」
「(ん~? イイ事)」
「(エミリオ、お前まさかッ)」
俺が問いただそうとする前に、エミリオが手を着いていたテーブルに9mmパラベラムがめり込んでいた。見ると、恭介がルシフェルを握って立っている。その姿は、まるでその銃の名の通り堕天使だった。
「I dare you to say that again.(もう一回言ってみろ)」
「待て恭介! なんかお前英語喋っちゃってるぞ!」
これ、キャラクターの設定としてかなりやばいんじゃないだろうか。しかもこいつ、若干目が紅くなっていたような……?
「べつになにもしてない。ただ書庫で調べ物のてつだいをしてもらっただけ」
アンプが日本語で答える。しばらく考えた後、彼は銃を下ろした。
「何だ~ちゃんと言ってくれないと、勘違いしちゃうじゃんか~」
笑顔でフライパンの前に戻る。しかしその背中からは、「次ふざけたら……どうなるか分かるよな?」みたいな殺気が放たれていた。
「遅くなっちゃった~ってあれ? エミリオさん、どしたの?」
後から来た涼が俺に抱きついたままのエミリオを見て首を傾げる。しばらく考えて、
「あ~、そういう趣味の人なんだっ!」
「(違う!)」
エミリオが声を上げた。こうして昼の時間は過ぎていく。