第3話:Strange World & Strange People?
「で、色々と調べて回ったわけだけど」
マーシャの倉庫へ向かう道中、恭介が口を開いた。現在午後1時。周囲の喧騒がこちらにも聞こえてくる。昨日のことが嘘のようだ。
「あのゾンビは夜にならないと出てこないみたいだ。昼間にいた人たちはゾンビのことを知らなかった」
「知らない? だってあんなにゾンビが居たら、どんなに夜とは言っても誰か気付くよ」
涼の言葉に恭介は頷いた。
「あと、気付いてたか? これだけ物物しい格好のアルバート達がウロウロしてるのに警察が来るどころか騒ぎすら起きなかっただろ? 服の下にホルスターを付けてる俺やグルカナイフをケースに入れてるお前は別としてもさ。やっぱ、この世界に俺達の常識は通用しないみたいだ」
言われてみればその通りだ。恭介たちならともかく、俺達の装備は玩具の域を逸脱してしまっている。しかし、それについて誰も触れてこない。――まるで、それが当たり前の光景のように。
さらに、と恭介は続けた。
「もしかして、これがパラレルワールドってやつならもう一人の俺も居るんじゃないかって思ってさ。公衆電話で電話してみたんだ。そしたら元の世界で俺が使っているはずの番号は存在しなかった。これは俺の仮説だけど……逆逆の馬鹿が言ってた『書けなかったアイデア』ってのに、もしかして俺達は存在していないんじゃないかな」
「そんざい、しない?」
アンプが彼を見上げた。それは俺としても気になるところだ。
「俺や涼、アンプがいるブランクブレイン……アルバートやマーシャ、エミリオがいるThe War in Manhattan……そのどちらでもない物語の舞台がこの世界だとしたら」
「(おい、だからどういうことなんだ? はっきり言ってくれよ)」
俺から通訳を受けているエミリオが続きを促した。
「本来出てこないはずの作品から出てきたキャラは、本来の作品に強制的に戻される。作風に合わなければ邪魔なだけだからさ。でも、俺達には戻されるべき体と魂が揃っていない。つまり、」
「(体が護っているはずの魂が、強制的に戻されるときのダメージを受けるってことかしら、キョウスケ?)」
マーシャの通訳を聞いて恭介が頷く。
「あぁ、一種の拒絶反応ってやつだ。元の世界に帰るのはその拒絶反応に任せるとしても、体を見つけないことにはまずいことになるかもしれない」
どうやら状況は思ったより悪いらしい。急がなければならないことは分かるが、手がかりがないことには迂闊に動けない。こんなときにXナンバーの奴は何をやってるんだろうか。あの廃人、俺達を放っておいて遊んでやがった時には……いや、待て。落ち着けアルバート。――そうだった、はじめからあいつは殺すはずだったじゃないか、ハハハ。
「あの、アルバートさん? 眼が怖いよ……?」
涼が俺の顔を見て言った。それで正気に戻る。
「ああ、すまない。ある男のことを思い出してな」
そんな会話を交わしていると、目的の建物に着いた。アーチボルト家の武器倉庫だ。外見は薄汚い8階建ての雑居ビル。しかしその地下に広がる空間は地上階より遥かに広く、古今東西あらゆる銃器とその弾薬が大量に揃えられている。さらに射撃場まで完備されていて任務に就く俺達もかなり世話になった。といっても、日本にある倉庫を実際に見るのは俺も初めてだ。
「(確か……ここだったかしら?)」
マーシャは外壁のタイルに指を這わせると、その継ぎ目にカードを差し込んでスライドさせた。
それからビルの中に入ると、埃っぽい床の一部が外れかかっているのに気が付く。
彼女は床板をどかすと、ついて来いとの合図。その直後、彼女の姿は穴に消えた。
床板の中には梯子があり、それは地下の奥深くまで続いていた。
一番最後に降りていった俺は、扉の前に立つ彼女と一同を暗闇の中で視認する。
「Para bellum.(戦争に備えよ)」
マイクが彼女の声を拾い、声紋を認識する。しばらくの後、重厚な観音開きの扉がゆっくりと開いた。
「Welcome.」
マーシャは優雅に微笑んだが、他の皆は馬鹿みたいに口を開けているしかなかった。
――広すぎる。
「(……おいマーシャ、いつからルーブルは日本に越して、銃ばっか置くようになったんだ?)」
エミリオがようやく口を開く。
そこは柔らかな照明が大理石の磨き上げられた白い床を照らし、順路を示す矢印が壁に貼ってあった。そこは美術館だ、と説明しても誰も疑わないだろう。
しかし、そこでスポットライトを浴びているのは数々の銃、銃、銃。
「(なるほど、ルーブルとは言い得て妙ね。確かに銃器の博物館としても通用するわ。ベレッタ・ミュージアムも真っ青でしょ。地下一階の半分は第二次世界大戦終戦までの銃を中心に置いてあるわ。ここらへんは時代もあるから欠損しているモデルも多い。残り半分と地下二階は第二次世界大戦から現在に至るまで。M16,AK系のバリエーションはすべて三階よ。地下四階はシューティング・レンジと手入れ、調整ができるファクトリーがある。弾薬とマガジンもここ。どこでも好きなように移動して構わないわ。しばらく時間がたったら放送で呼び出すから)」
「(……本当に博物館だな)」
南北戦争に使われたミニエー銃が並び、その少し向こうにはマクシム機関銃と思しきデカい円筒がある。歴史的な価値も高いだろう。
「貴重なモノもあるから、無闇に手を触れるなよ」
「うわぁ、見て見て! 変な形のリボルバー!」
「って全然聞いてないし……ん?」
彼女が手に握っている回転式拳銃。トップオープンのフレーム。引っ込んだトリガー。のっぺりとしたバレルを持つその銃は……
「(おいマーシャ。あのテキサス・パターソン、可動品か?)」
「(ええ、もちろん。私があれのレプリカを置くとでも?)」
クソッ!
「お、おい、涼ちゃん。そのまま、持っている拳銃を、ゆっくり、元の場所に、戻すんだ」
「???」
「テキサス・パターソン・リボルバー。コルトが手がけた最初期の拳銃。製造数が元々少なく、現存する完璧なモデルはもっと少ない。それ故、高値がついていてな。その上物なら……ざっと10万ドルは下らないだろう」
「じゅうまんどる……じゅうまん、ひゃくまん、せんま……い、1千万円!?」
涼はそのまま固まる。
「あわわわわどうしよう! てててて手が震えてうううう動かないよぉおおお」
「落ち着け涼! ほら、そのまま慎重に戻すんだ」
恭介が彼女の手を握ってそのまま壁のフックまで誘導する。彼女の痙攣は収まったようだ。代わりに頭から湯気噴いてるが。
「(なんで気づかないのかねぇ、あの少年は。あんなカワイイ子に一途に好かれるなんて、本当に果報者だぜ)」
「(こっちの世界じゃ、いつもあんな調子)」
エミリオとアンプがスペイン語でヒソヒソと話しているが、当の本人達は意味を理解していなかったのか、はたまた気づかなかったのか……
地下の『博物館』で、俺は拳銃の並ぶ壁を前にして一人立っていた。
「(どうしたの?)」
声に振り向いたが誰もいない。
「(下)」
視線を下げると、そこにはムスっとしたアンプの姿があった。
「(いや、すまん。少し考え事をな)」
「(考え事?)」
俺は自分の考えを話す。
「(そっちの世界と、俺達の世界。創った人間は違う筈なのに、平行世界は一つだ。作者の思考から生まれる副産物なのに、何故その副産物が融合しているのか……逆逆とかいう奴が言っていただろ、『ここはひどい世界だ』と。奴も平行世界が融合していることを理解していないのかもしれない。『作者は平行世界に干渉できない』という言葉を信じるなら、俺の所の作者もおそらくシロだ)」
「(つまり?)」
「(何らかの外的要因が平行世界を一つにしたという説を考えた。俺達も作者も知らないような第三勢力。それが何らかの力で世界を融合させ、俺達は死んだショックでそこに迷い込んだ――あるいは誘い込まれた)」
「(おもしろい思考。所で、これは私の考えだけど……)」
アンプは言葉を探す。
「(あのゾンビのようなものを操る、もっと高位のモノがいると思う。アレはそれほど知能があるように思えないけれど、私達の肉体を奪おうという意志が感じられた)」
「(五感を『増幅』させて読みとったか。便利なものだな。続けて)」
「(つまり、その高位存在が指令をゾンビに下し、私達の肉体を探しているのだと考えた。で、あなたの説と合わせて考えると)」
「(……世界を融合させた存在が俺達の肉体を必要としているという事か)」
「(そういうこと。勿論、目的までは分からないけど)」
彼女はテクテク棚に向かって歩き、ハンドガンを見上げる。
「(当分情報収集の為に動く事になる。この仮説を確かめなきゃ)」
「(利発だな、全く)」
俺は並んでいるハンドガンの中から一丁を取り出し、彼女に手渡す。
「(ルガーMk.3。弾は.22LRを10発だ。威力は小さいがその分反動が低く、扱いやすい。精度の高さを生かして頭を狙え。……遠距離用の武器が入り用なんだろ?)」
「……ありがとう」
「わざわざ日本語か?」
「かんしゃのことばは、にほんごがきれい」
俺はそうか、とだけ返した。頭の中は、この謎だらけな世界について考える事で一杯だった。
俺達は各々の弾薬を補給し、予備の銃もいくつかもっていく事にした。特に俺と涼、そしてアンプには動きを妨げないボディーアーマー、グローブに戦闘服が支給された。
「コイツがあれば防御力は上がる。最初は重いかもしれないが、すぐに馴れるだろう」
装備を一段階グレードアップしたのか、一層強固なボディーアーマーを着込んだアルバートとマーシャ。弾薬のポーチはベルトにまで増設されている。デジタル迷彩が施された戦闘服は都市戦で有利に働くだろう。
「あれ? そういえばエミリオは?」
「奴ならまだライフル弾の調合をしているはずだ。ちょっと見に行ってくる」
「俺も行くよ」
ライフル弾の調合なんて、どんな事をやっているんだろう。少し興味がある。
扉を開くと、エミリオが機械を使って弾頭を薬莢に押し込んでいた。なるほど。ああやって銃弾は作るのか……
「(またパウダーの合成か?)」
「(ああ。スナイパーにとって常にベストな弾薬を準備する事は女の次に大事なんだよ。ああ、そうだキョウスケ。お前の名前が書いてある銃があったぜ)」
彼が指さした先。それは……
「カノンハウルじゃないか!」
俺の愛銃である、50口径中折ライフルがそこに折り畳まれて横たわっていた。
「驚いたな、こんな所にあるなんて」
「お前の世界の銃も、どうやらこちらの世界に持ち込まれているらしいな。弾を切らすなよ。よいしょっと」
アルバートは.50ブローニング弾を一箱担いで荷物に加えた。
すぐ隣には、エミリオの物と思しきライフルがある。精悍な黒のストックに、すらりと延びたバレル。装着されたスコープとバイポッド。すごくかっこいいライフルだ。俺は思わず手を伸ばした。
「DO NOT TOUCH IT !」
ライフルに手が触れるか触れないかで、エミリオはものすごい剣幕でこちらに歩いてきた。
「(スナイパーの銃に触れるなんて、お前はどういう脳味噌を授かりやがったんだ!)」
アルバートの通訳を介すまでもなく、俺は自分の過ちを認めた。
「あ、アイムソーリー」
「(ふっ、まあ、触れてないならいいが。今回は許す)」
エミリオはふとこちらを向く。
「(なあキョウスケ。100ヤードの距離から175グレインの弾頭を秒速2600f/sで飛ばす時、角度が1°ズレた場合には何インチの着弾誤差が出ると思う?)」
は……? なんだか、フィートとかグレインとか耳慣れない言葉が聞こえたけど……? アルバートの通訳を聞いても、理解できない。
ああ、そうか。これはもはや言語ですら無いじゃないか。
――なんだ、数字か。
次の瞬間、俺の視界はブラックアウトした。
「(何ソレ……)」
マーシャは呆れて声も出ないようだ。
「(きょうすけに数字は毒)」
「と、とにかく、恭君も起きたんだし万事解決でしょ?」
なんだか女性陣に哀れみの目で見られているような気がするけど、別に何ともない。うん、いつもの事だ。
「まぁ持病みたいなもんでさ。3桁の足し算引き算までは大丈夫なんだけど、4桁になると眩暈。5桁になると吐き気。それ以上複雑になると意識障害がでるんだ」
目が覚めた時はもう日が沈むかという頃。急いで夕食をかき込むと、来るべき日没に備えた。
「さて、もうすぐ日が沈む。銃の点検を」
ボルトやスライドを引いて初弾を装填するガチャガチャという音がする。ってかアンプも拳銃貰ったのか。
「……また、あんなのが来るのかな」
涼がグルカナイフを引き抜いて軽く振る。金属が空間を切り裂く音がした。
「来るなら、倒すまでだ」
カノンハウルと二丁拳銃の薬室には、既に弾丸は装填されている。
「Stand by!」
その一声で周囲が緊張する。日がだんだんとビルの谷間に消えていく。
それと同時に、周りを歩いていた人間も。
闇が訪れた時、そこは俺達と、
化け物しかいなかった。
奴らの叫び。くそっ、今回は数が多い。
「(十分に引きつけて!)」
マーシャがトリガーに指を移動させる。
「5!」
アルバートがカウントに入る。
「4!」
俺もトリガーに指を掛け、涼は構えの体制に入る。
「3!」
だんだん近づいてきた。
「2!」
輪郭がはっきり見える。
「1!」
「こんばっぱー!」
轟くエンジン音が全ての緊張をぶち壊して俺達の左側からやってくる。
「……まさかっ!」
アルバートが驚きの表情を見せる。
750ccエンジンの重いサウンド。だがそれを操る男が乗っているのは、バイクでは無かった。
「ロデ○ボーイ……」
「ロデオ○ーイだって!?」
まさか、あの男はあのシェイプアップ機器に、エンジンを取り付けてやってきたってのか!?
一体何者なんだ?
中央が凹んだウェスタンスタイルの帽子に、チェックのシャツとジーンズ。革ジャンと革のブーツを身につけて、腰にはガンベルトでリボルバーを2丁吊っている。手に持っているのは、レバーアクションのウィンチェスター・ライフル。これはどこからどう見ても、
「西部劇か……?」
男は手にしたライフル、M1873を馬(?)上で発砲し、瞬く間に装弾数14発を用いて14のゾンビを地獄へ送り返した。射撃の腕は中々らしい。
彼はロ○オボーイを俺達の眼前に止めると、鞍(?)についたホルスターにライフルをしまう。
「やれやれ、腹筋シェイプアップコースは良い具合に鍛えられるな」
意味不明な言葉を呟きつつ、乗り物の後ろに積んであるラジカセのスイッチを入れる。
「イントロが終わるまで生かしておいてやろう。地獄へ帰れ、亡者共」
曲が流れ出した瞬間、俺は夢だと思った。恐ろしい早さでリボルバーを抜き撃つガンマンと、流れてくるエロゲの曲とのギャップ……いいのか、これで?
ファストドロウ、ファニング、トリックシュート。様々な射撃法で.45LCの弾頭を脳天に叩き込んでいく。6発撃ち終わればお手玉のように左手と右手の拳銃をスイッチして再び撃ち始める。それは実に鮮やかだった。バックミュージックがここまでイタくなければ。
12発目を撃ち終わったとき、彼は銃をくるくる回してホルスターに戻し、曲の歌詞を小声で、あくまでダンディーに呟くのだった。
「――あっとめいと☆」
……何だコイツ……
「(つーか、スゲェな……いろいろと)」
エミリオが呟いた。無言で俺も同意する。
「あの曲知ってるよ! わたし以外にも持ってる人居たんだ!」
持ってんのかよ涼。俺は思わず仰け反った。と、横からどす黒い殺意のオーラが。敵かと思って振り向くとアルバートだった。何事かをブツブツと呟いている。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……」
へ? 何言ってんだ? 俺がそう尋ねる前にアルバートは銃を構えて突撃していった。
「Xナンバー! 貴様に会える日がこれほどまで早くに来るとはな!」
「おぉアル! 私もキミの顔が見たくて夜も眠れなかったんだぜ!」
変態のほうもロデ○ボーイから降り立って、アルバートに向かって両手を広げる。
「こっちは今夜からぐっすり眠れそうだ! てめーのツラを拝まないですむと思うとな!」
アルバートが放った弾丸が、突然現れた変態の顔面に吸い込まれていく。
「ハハハ、無駄だよ無駄!」
変態はポケットから取り出したトマトでそれを受け止めた。ぐしゃぐしゃぐしゃ、と音を立ててトマトが潰れる。あんまり食い物粗末にすんなよな、と専業主夫モードの俺。
「俺、あのシーン知ってる。実際にやれる奴居たんだ……」
「見たことあるの? 恭君」
後ろで涼が仰け反っていた。
「(アルがあんなに取り乱すなんて。あの変な奴とかなり深い因縁があるのかしら?)」
「……いみふめい」
アンプがマーシャの言葉に首肯した。
「クソッ! 殺しきれないかッ!」
マガジンの中身を全て吐き出して銃口が沈黙する。アルバートが悪態をつきながら呼吸を整えた。変態は顔面をトマトまみれにして笑っている。
「やーやー皆さん。おいらの名前はずっとXナンバー。とれたて新鮮な君たちの味方さ!」
果たしてこの変態さん、日本で一般的に使われている言語――すなわち、国内では日本語、世界共通語では『ジャパニーズ』と呼ばれるものは通じるのだろうか。
「ん? キミは恭介君かね! わーいわーい!」
俺を見止めると、嬉しそうに両手を振ってきた。これまで、16年とちょっとの人生の中でこんなぶっ飛んだ人類と知り合いになった覚えはない。だって忘れるわけないだろ、絶対にトラウマになってるはずだ。
「……誰?」
俺の言葉に変態は「なんだって〜」と叫ぶとオーバーアクションで額を押さえた。そうしたいのはこっちだ。
「聞いてないの? 逆逆君に、何も?」
「逆逆の、知り合い?」
「では改めて。やーやー皆さん。おいらの名前はずっとXナンバー。とれたて新鮮な君たちの味方さ!」
「そっからかよ!」
思わず突っ込んでしまった。何だこいつ……格好から中身に至るまでツッコミどころが満載じゃねーか。
「う〜ん、良いツッコミだ。速さ、鋭さ、共に満点。すばらしい! え〜くせれんとっ」
はっきり言って、ウザかった。いちいち動作が目障りだ。しかし、この変態を見ているとどうにも逆逆の事が思い出される。目の前の男は、どこかアイツに似ていた。
「皆も状況は把握したよねっ! じゃ、本題にいってみよ〜」
『待て待て待て』(注・この中に、英語、スペイン語、ロシア語、日本語を含む)
その場に居た全員が、首と手の平を同時に横に振った。おぉ、異なる国が足並みを揃えた瞬間だ。異文化交流ってすばらしい。
「何だ、意外と飲み込み悪いんだね」
全員の額に血管が浮き出た。おぉ、異なる国が足並みを以下略。
「「これまでのお前の発言で状況が飲み込める奴が居るとしたらそれは嘘をついてるか、お前自身かどちらかしかない!」」
俺とアルバートがきれいにハモった。どうやらアルバートは日系みたいだけど、アメリカ国籍だから――おぉ、異なる国が以下略。
「しょうがないなぁ、一から説明するよ、全く……めんどくさいなぁ。逆逆君、やっといてって言ったのに……最近買ったゲームが佳境だから任せたって何だよなぁ」
あの野郎、俺達がこんな状況だってのに自分はゲームやってんのかよ! Xナンバーは1つ咳払いをすると真面目な顔になった。
「この世界はキミ達が居た世界とは全く異なる軸にある。つまり、この世界ではキミ達は存在しない事になる。そして、当然その存在は邪魔だ」
どうやら俺の推測は当たっていたらしい。だとしたら急がないとな……
「(邪魔、ってどういうことなんだ?)」
エミリオが尋ねた。Xナンバーはふむ、と考え込むと説明を再開した。
「簡単に言ってしまえば“逆境無頼カ○ジ”の世界に突然“プリ○ュア”が出て来る様なものなのさ」
分かりやすい例えだ、変態にしては。でも、エミリオにそれが分かるのか?
「(なるほど。分かった)」
しかしエミリオはふんふんと頷いた。ジャパンアニメ、恐るべし。
「違う例えでたとえると、そうだなぁ……」
いや、誰も頼んでないぞ。
「SHU○FLE!にゴ○ゴ13が出て来るみたいな」
「なるほど!」
涼が手を叩いた。何でこいつは分かるんだろーか。
「まぁ、そこは恭介君辺りが解いているんだろうけど。逆逆君からは頭脳明晰と聞いているよ」
「そんなんじゃないさ」
「さて、ここでキミ達は違和感を感じないかな?」
何のことだ? 全員が考え込んだ。そして、1つの疑問が浮かび上がる。
「何でマーシャの武器倉庫はこの世界にあったんだ?」
「そう、そこだよ。本来君達が居ないということは、アーチボルト家も存在しない。にも拘わらず武器倉庫はこの世界に存在する」
考えてみればそうだ。これでは俺の仮説と矛盾する。
「そこは、僕と逆逆君が頑張ったのさ! 褒めて褒めてー」
Xナンバーが頭を差し出す。
ガッ! っとアルバートが無言でアスファルトにそれを叩きつけ、
ズシャーッっと叩きつけたままの頭を裏路地にまでスライディングさせ、
グシャ! っと中華料理屋の裏にあった生ゴミが大量に入ったポリバケツに放り込んだ。
「大丈夫かな……?」
涼が心配そうに呟く。しかしそれは杞憂だったようで、Xナンバーは頭にアジの頭や林檎の芯や食いかけのチンジャオロースを載せた愉快な状態で立ち上がった。
「痛ってぇ! 俺の顔を秋刀魚の薬味にした挙句に生ゴミにする気か!」
「うるさい! 気持ち悪いわ!」
アルバートがキレた。つーかXナンバー……一人称、統一しろよ。
「こいつが俺達の作者だなんて、未だに信じられんな」
ああ。逆逆がそんな事を話していたような気がする。同じ学校で同じ部活だっけ?通りで雰囲気が似ていると思った。
「まったく。マジメに話をしようと思ってたのにぃ」
嘘つけ、と言いたげな視線を浴びつつ、Xナンバーはゴミを手で払う。ってかゴミ綺麗さっぱり落ちてるし。作者パワー?
「さて。キミたちがこの世界で邪魔者だという所まで話したかな?」
腰のリボルバーに弾丸を込め、レバーアクションライフルにも肩掛けベルトに挟んだ弾薬を装填しつつ、Xナンバーは一息ついて天を仰いだ。
「平行世界と通常の世界ってのは、対極に位置している。陰と陽ってやつだね。光と闇、破壊と再生、男性と女性、正物質と反物質。対をなす存在があってこそ、世界は安定するんだ。政治だって保守派と革新派のバランスがとれていないと崩壊するだろ?」
だけど、とXナンバーは話を続ける。
「片方が強力になれば、当然バランスが崩れ、それは自壊する。女性が沢山いても、男性が一人ならばゲフッ」
Xナンバーが盛大に鼻血を吹いた。一体何を妄想したってんだ。予想はつくけど。
「と、とにかくそれは好ましくない事態。シーソーは傾いたままとなり、シーソーとしての役割は果たせなくなるわけだ。それがこの世界でも起こり始めている。キミたちも見ただろ? 夜になると全く別の世界に切り替わっていく様を。平行世界が対になる世界を夜だけとはいえ、完全に塗り替えているんだ。つまり」
「平行世界が大きくなっているって事かな?」
「ザッツライ!」
涼の言葉にスマイルとサムアップ。本当にテンションが高い奴だ。
「オイチャンもよく分からないんだけど、ボクと逆逆の平行世界が寄せ集められてるらしいんだ、人為的に。それで私と逆逆は原因究明の為に、この世界に潜入した。するとビックリ、キミたちも又この世界に紛れ込んでしまったじゃないか! 理由を聞いて二重に驚いたよ。キミたちは『死んで』ここに来た。だが何故キミたちが死ぬんだ? ある種の創造主である俺達の改変無しに、何故キミたちが死ぬ? 答えはたーんじゅん。何かがキミたちを呼び寄せたんだ」
「(つまり、ワタシ達を必要としているモノ、あるいはヒトがいるってこと?)」
「(正確にはキミたちの躯だ。必要としているだけならそのまま拉致すればいい)」
マーシャの質問を一部肯定するXナンバー。ってかコイツ英語話せるのかよ。なんかムカつくな。
「拉致……そういえば!」
アルバートが何かを思いだし、Xナンバーに問う。
「俺と恭介がさらわれた時、スーツを着た、丁度お前みたいな変態と出会ってな。そいつが『Xナンバーの協力無しには君をここに連れて来れなかった』と言っていた。Xナンバー。お前はこの件について、何か噛んでいるのか?」
「スーツ……姿?」
熟考するXナンバー。皆が見守る中、時間だけが過ぎていく。
ぽっくぽっくぽっく、ちーん。
「僕チンよく分かんない。最近記憶が飛び気味なの」
「死ね」
アルバートがその首を片手で締め上げた。奴の両足が宙に浮き、その口から変な音が聞こえて来る。しかし誰も止めに入らない。ストレス溜まってるからな。
「ぽっくり!」
Xナンバーが白目を剥いてぐったりとなった。……死んだか。にしても自分の口で「ぽっくり」って言う奴、いるんだな。世界は広い。
アルバートがソレをボロ雑巾のように放り投げる。哀れ奴の体は再び中華料理屋のゴミ箱に突き刺さった。
「これで少しは世の中も良い方向に向かうだろう。行こうか、皆」
「ちょっと待てやい!」
「何だ、死んでなかったのか」
「ひどくない!?」
Xナンバーはポケットから「山猫は獲物を逃さない」と書かれた扇子を取り出して広げた。ちなみにゴミ箱に入ったままだ。頭には色的にやばそうな感じの酢豚が乗っかっている。
「しかし、スーツの男ねぇ。ふん、面白くなってきやがった」
「格好つかないから酢豚どかせ。眼も当てられない」
俺が声を掛けるとXナンバーは嬉しそうに顔を輝かせた。
「キミはそれがしに声を掛けてくれんの!? やっさし〜! それが美少女だったらなお良いんだけどなぁ〜。そういえば聞いてるよ? 逆逆君から。キミ、女装ができむ〜」
言い切る前に、俺はこいつの口にルシフェルの銃口を突っ込んだ。
「黙って死ぬか、しゃべって死ぬか、好きなほうを選ばせてやる」
「どっちも死んじゃうよね?」
「みたいだな」
「分かった、言わない、約束する」
こくこくと頷くXナンバー。もう一度睨むと俺は銃口を外した。
「んで、正直なところどうなんだ? 覚えあるのか?」
俺が尋ねるともう一度熟考するXナンバー。
「いや、どうやら我々作者陣も調査する必要があるみたいだねぇ。というわけで、ここいらで退散させてもらうヨン」
そんなことを言いながら奴はロデオ○ーイにまたがるとラジカセのボタンを押した。しばらくして、悲しい旋律のピアノが聞こえてくる。
「何でショパンの『別れの曲』……」
アルバートが呟いた。全くだ、理解ができん。
「ではさらば! 願わくばまた出会わんことを!」
できれば二度と会いたくない。そんな俺達の心情を知ってか知らずか、Xナンバーは颯爽と走り去って行った。
はぁ、思わず溜息が出る。
横を見ればアルバートも同じように溜息をついていた。
「(おい、夜が明けちまったぜ)」
エミリオが空を見る。東の空から太陽が昇ろうとしていた。いや、いくらなんでも早過ぎないか?
「ここではわたしたちの世界のじょうしきは通用しない。それを言ったのはきょうすけ」
アンプが俺を見上げて言った。
「……あぁ、そうだったな」
俺達は朝の光に眼を細めた。とにかく、今は情報が必要だ。逆逆やらXナンバーが何か掴むまでは戦い続けるしかなさそうだ。……いいのか? これで。