第2話:Pones are completeness
ホテルはすぐに見つかったが、やはりそこも無人だった。アルバートがフロントにあるコンピュータをいじって俺達3人の名前を書き込む。勝手に泊まる訳にもいかないだろう。
「日が昇って人間が出てくるようなら、銀行に行ってドルを換えてくる。学生身分じゃ安宿の代金も高くつくだろ」
客室までの廊下を歩きながらアルバートは声を掛ける。
「あ、ありがとう」
「日が出ても人がいないか、最悪このままずっと夜なら、暫く滞在させて貰おう」
「……」
このままずっと夜なんてあり得ないと思った。しかし逆逆が言うには、あり得ないという言葉自体「あり得ない」のだ。自分の世界の常識は殆ど通じないだろう。改めて不可解な境遇に置かれている事を実感する。
「アンプ=シルバーフィールド」
突然アンプが切り出す。
「わたしの名前。よろしく」
アルバートと握手を交わすアンプ。
「Well, you're not seems to be Japanese.Where are you from? I'm American.(ええと、君は日本人に見えないが、どこから来たんだ?俺はアメリカ人だ)」
「From Russia.(ロシアから)」
アンプは英語でアルバートの問いに返答する。
「Вы говорите порусски?(ロシア語を話すか?)」
「There's no need.(必要ない)Спасибо.(ありがとう)」
「Oh, извините.(おや、失礼)By the way, Gyakusaka said this world is...(所で、逆逆が言うには……)」
二人は英語とロシア語を混ぜて話してる……意味不明だ。
「二人とも、何ヶ国語しゃべれるんだよ」
二人が話を中断して首を捻りながら指をバシバシ折り始めたのを見て、俺はグローバル化の波を肌で感じていた。
「603号室……ここか。お前達は待ってろ」
扉を開けると同時にハンドガンを引き抜いて周りを見渡す。
バスルームには何も無い。
クローゼットの中も大丈夫だ。
ベッドの下……クリア。
後はテラスか……
外が暗いせいでガラスの向こうが見えない。だが
カチャッ
カチャッ
畜生、固いものが触れ合う音がする。
またさっきのゾンビかもしれない。音を立てずにテラスに近づき、ガラスを開ける。
人影が椅子に腰掛けている。テーブルにはティーカップ、ソーサー、スコーン……
ん? 何故だか見覚えが?
もう少し接近してみる。1歩、2歩……
「ふぅ、異世界でも、紅茶の美味しさは普遍ね〜」
やっぱりそうか? でも彼女であるはずが無い! 何故彼女が死んでいる??
その刹那、ちょうど真上から先程と同じようなゾンビが飛び降りてくる。それも二体。牙を剥いて戦闘態勢に入った状態で、紅茶を嗜むブリティッシュの前に立つ。
「でも、やっぱり本部に置いてあるアールグレイが美味しいのよね」
しかし彼女は動じる事無く、紅茶の入ったカップをソーサーに戻し、机の下に立てかけてあるSCAR-Lを手に取った。指はMk40グレネードランチャーのトリガーに掛かっている。
――シュボン!
40mm擲弾が2者の中心に着弾し、そのまま爆発が床を犠牲にしてゾンビをただの粉にする。それを見届けると、彼女は再び紅茶の香りを愉しみだした。
やっぱり、お前か!
「何だ、さっきの爆発!」
恭介とアンプがこちらに駆け込んでくるが、それも視界に入らない。
「……Hey, why are you here?(おい、なんでお前がここにいるんだよ!)」
俺は彼女の目の前に立つ。
「Marsha!(マーシャ!)」
「Ah, Al! Small world isn't it?(ああ、アル!世界って狭いわね) Hey, let's have a tea time with your friend!(ほら、友達も誘ってお茶にしましょうよ!)」
そこにいたのは俺の仲間、マーシャ=アーチボルトだった。
「アルバート! 敵か?」
「待て恭介、こいつは敵じゃない。俺の仲間だ」
後ろから飛び出した恭介が拳銃の銃口を向ける。それを右手で制した。さっきも見た光景だ。
「(ねぇ、この子達何なの? どうやらお茶会のマナーを知らないみたいだけど)」
「(さっき知り合ってな。俺達とは協力関係だ。それより、何でお前がここにいるんだ?)」
「(あなたがいなくなってから、なんだかよく分からない請求書がたくさん来てね。それがあまりにもとんでもない額だったから、ショックで後ろに仰け反ったら……そこで記憶が途切れたわ)」
カップ片手に微笑むマーシャ。俺も人の事を言えないが、なんて間抜けな死に方だ。
「なるほど、ありがとなアンプ」
どうやら恭介はアンプに通訳してもらったらしい。これは楽だ。
「なぁ、アンプ。一体君はどうやって死んだんだ?」
そういえば聞いていなかったことを思い出して尋ねる。
「買い物にでかけたきょうすけをすずと2人で待っていたけど、いつまでたっても帰ってこないからすずが「ご飯を作る」って言って、できたものを食べたら意識がなくなって……ここに」
どうやら、マーシャはアンプと同じ境遇の魂ではないようだ。つまり、このまま行くと恭介の世界から1人、俺の世界から1人、最低は出てくる計算になる。
「ゴメンなアンプ……俺が早く帰ってこないばっかりに、涼のダークマターを……」
「(ダークマター? あの子、ダークマターって言った?)」
恭介の言葉にマーシャが反応。どういう事だ?
「(あぁ、言ったがそれがどうした?)」
「(何でか知らないけど、エミリオが私の作った食事を食べて、あまりの美味しさに昇天した時に言った言葉と同じなのよ。どういうことかしら?)」
マーシャの生まれはイギリスだ。そのせいなのか、彼女が作る料理は殺人的な不味さを誇る。ある時などは、「目標を戦闘機で爆撃するよりも、マーシャのメシを食わせたほうが確実に死ぬ」と言われたほどだ。さらに、本人にはその自覚がないのだからタチが悪い。
という事は、
「(チッ、もう1人はエミリオか!)」
「まさか、もう1人は涼か!」
俺と恭介は同時に声を上げた。
「どういうこと?」
アンプが恭介に尋ねる。それは俺も気になるところだ。必要ならば保護に向かわなければならない。
「その、マーシャさんが暗黒物質製造装置だとしたらたぶん、同じ境遇の魂はうちの居候だ。だって俺とアルバートはある程度共通点があるし、その法則で行くとさ、あいつしかいない」
「俺とお前の共通点?」
「作者に振り回されるツッコミ役ってところ」
なるほど。疑問顔のマーシャに通訳する。ちなみに恭介の安全のために『暗黒物質製造装置』のところは『すばらしい腕の料理人』に変えておいた。テーブルマナーだけは素晴らしいんだけどな、本当に。
「んで、そっちのエミリオっていうのは?」
「ああ、うちの暗黒物質製造装置の飯を食った奴だ。話を聞く限り、恐らくアンプと同じ境遇の魂だろう」
よりによってエミリオとはな。早いとこ見つけてやらないと。
「(とりあえず私の知らないことを知ってるみたいだから、教えてくれないかしら)」
「(分かってる。後でな)」
今日のところはゆっくり休むことにした。
突然出てきたマーシャという赤毛の女性。ゾンビを少しも恐れずに粉砕した彼女は、アルバートの知り合いらしい。ったく、とんでもない部隊だ。もし俺がテロリストだったら迷わず投降するよ。
「信じてもらえないかもしれないけど、俺とアンプはよく分からん組織に入っていて夜な夜な怪物と戦ってるんだ」
約束通り、アルバートに俺達の事情を説明した。
ポカンと口を開けるアルバート。そりゃそうなるか。俺だって最初メナスメシアの事を聞いたときにはそうなった。アンプから通訳を受けたマーシャが爆笑する。
「(何それ! レイが聞いたら大喜びしそうな話ね!)」
「んで、俺達は〈異能〉っていうやつが使える。俺のはあらゆる銃器の構造を触れただけで理解して、扱う力。まぁ、言っても信じてもらえないだろうから。アンプ」
「わかった」
俺の呼びかけでアンプが前に出る。そのまま備え付けの机の天板に手をかけた。
「こいつの異能は、あらゆる力を増幅するんだ」
アンプの小さな手が天板を易々と引き剥がす。
「なんだ、それは……」
「さっき、俺が敵の情報を知っていたのもこの力のお陰なんだ。自分の感覚を増幅するってやつでね」
「俄に信じがたい話だな。だが、証拠がある以上否定出来ない……怪物だって似たようなモノをこの目で見てるんだ。お前達の言う事は信じる」
アルバートは初めこそ驚いたが、すぐに落ち着きを取り戻した。切り替えの早さがプロなのだろう。
「さて、こっちの自己紹介だが、先程も話したように民間の特殊部隊、『Demonic Pigeons』をやっている。所謂傭兵とは違って、対テロ犯罪を専門としている組織で一流の連中が所属している。俺は指揮と近接戦闘、マーシャは擲弾手をやっている。コイツの事は呼び捨てで構わない」
マーシャは一言、ヨロシクと微笑んだ。片言の発音から推察するに日本語は出来ないのだろう。
「自己紹介としちゃ、こんな所だ。とにかく、一眠りしてから2人を探しに行こう。その涼という子もどうせメナスメシアの戦闘員なんだろう。お互い生き延びている可能性は十二分にある。今は我々の休養が先だ」
アルバートは自分のライフルとハンドガンをベッドの下に隠す。俺もそれに倣ってハンドガンを抜いた。
「(その銃、見せて貰えるかしら)」
マーシャがルシフェルと十六夜を見る。
「触っても良いか、とマーシャは聞いてる」
アンプが通訳するので、弾倉を抜いて彼女に見せる。
「(Hk社のUSPの延長型をベースにして、フルオートシアに対応させるために各部をチューンアップしてる。フィニッシュをブルーイングからニトロカーブライズに変更してるし、何より特徴的なのはそれぞれに装着された銃剣……フォールディングする刃をマガジンベースに固定しているのね。ふぅん、よく出来てるわ)」
「マーシャの家はその……裏家業で武器を扱っていてな。俺達の装備もアーチボルト家から調達しているんだ」
「アリガトウ。Very fine.」
って事は今、ルシフェルと十六夜は数々の銃を見てきた人間のお墨付きを貰ってるわけか……
「サ、サンキュー」
きっと、名前は知らないが開発者が知ったら喜ぶだろうな。
「(そうだ、二人を回収したら補給に行きましょうよ。近くにアーチボルト家の隠し倉庫があるわ。きっとあの調子でゾンビが出てきたら弾も尽きるでしょうし。弟に言ってサービスしとくわ)」
「(前にスペインの倉庫に行ったときは品揃えに圧倒されたな)」
「(その5倍はあるわよ)」
「……」
「沢山銃をマーシャが用意していて、わたし達にくれるらしい」
「なるほど。ありがとうマーシャ。サンキュー!」
「ドウイタシマシテ」
マーシャはふわりと笑みを返す。いつも優雅に微笑む人だよな、笑う時は笑うけどさ。
「それじゃあ、俺は下に行って隣の部屋を取ってくる。マーシャとアンプは隣に移っておいてくれ」
次の日。日の出には少し早い時間に俺は目を覚ました。隣のベッドで恭介が寝息を立てている。起こさないように下から銃を取り出し装備した。
「どうやら、夜は明けるようだな」
窓の外を見ると東の空が明るくなっていた。しかし、明るくなったとはいえゾンビ共がやってきた時の事を考えると気分は沈む。何とかして打開策を考えなければ。
「ん? アルバート、もう起きたのか」
後ろを振り返ると、恭介が眠そうに眼を擦りながらベッドに腰掛けていた。
「あぁ、まだ寝ていてもいいぞ。疲れているだろう」
「いや、いつもこのくらいの時間に起きてるからさ。ほら、昨日言った涼が朝に弱くて」
そんな会話をしていると外から銃声が聞こえた。
「何だ? ゾンビに銃を使うほどの知能があるとは思ないし……」
「今の音――7.62mmか」
俺の呟いた言葉に驚いたのか、恭介がこちらを向く。
「分かるのか?」
「戦場にいたらこのくらいは分かる。行くぞ、もしかしたら涼って子かもしれない」
「それは無いよ。涼は刃物使いだ。銃は撃てない。知り合いだとしたらエミリオって人だよ」
そう言いながら恭介も銃を構えた。
「行こう、アルバート。朝の準備運動にはちょうど良い」
2人でエレベータに乗って一階へ降りる。アンプは危ないところに行かせたくないし、アルバートの話ではマーシャは寝起きがかなり悪いらしく、ゾンビと戦う前に怪我したくないなら近づくな、との事だった。
ベルが鳴ってドアが開く。アルバートが先行して敵影があるか確認。
「クリア!」
俺もエレベータから降りて両手の安全装置を外す。ガラスの自動ドアの向こうを見ると2つの影が見えた。しかしかなり離れていてよく見えない。
「何だあれは?」
アルバートが呟く。とりあえず外に出て近づいてみることにした。ゾンビか? でもそれにしちゃ、しっかり立ってるよな……。と、片方の後ろからどう考えてもゾンビっぽい歩き方をした、第三の影が襲い掛かった。つまり、あの2つの影はゾンビじゃない?
もう1つの影が何かを叫び、襲い掛かられたほうの影が腿のホルスターから拳銃を抜いた。
ズダン! という発砲音と共にゾンビ(?)が倒れる。つーか、もう片方の影戦えよな、さっきからおろおろしてるだけじゃん。でも、どっかで見覚えが……
「あの動きはエミリオか!」
アルバートが声を上げた。どうやら仲間のようだ。そして、そのエミリオがもう1人の影に何かを言っている。さらに近づいてみると、辛うじて声が聞こえてきた。英語だった。
「Oh, thanks. Well, I must be dead if ya didn't tell that. By the way....Hey, You're so Hot, huh? what's ya name? Let's go somewhere to play with me if ya don' mind.(ありがとう。全く、キミが教えてくれなかったらどうなっていたか。にしてもキミ可愛いね、名前何て言うの? よければオレと遊ばない?)」
「あの馬鹿っ!」
アルバートが吐き棄てるように言う。別に英語が得意なわけじゃないし、日本から一歩も出たことが無いから分からないけど、男の様子を見るにナンパしてるらしい。もう1つの影は何を言われているのか分からないようで、首を小さく傾げるばかりだ。それでもなんとなく雰囲気で察したのか、何かを必死で考えるような動きをとったのちバリバリの日本語発音で言った。
「え、え〜と……あい、でぃてすとゆー! げ、げっと、あうとおぶ、ひやー、あっとわんす!」
日本語に訳すと「私はお前の事が反吐が出るほど大嫌いだ。とっととこの場から失せろ」。あんな乏しい英語力しか持っていない人間を俺は1人知っていた。
「……酷いな」
アルバートが呟いた。全くだ。エミリオさん日本にトラウマ持っちまうだろうが。あ〜あ見てみろ、頭抱えてうずくまっちまったじゃないか。
「(エミリオ! こっちに来い、とりあえず)」
アルバートがエミリオに声を掛けた。と、彼は弾かれたように立ち上がるとこっちに向かって走ってくる。
「(おぉ、アル! 何やってんだこんなところで! それより聞いてくれよ、ここんところ酷い目に遭いっぱなしだ!)」
「(みたいだな、聞いた話だとマーシャの飯を食ったそうじゃないか。これは自業自得だと思うが)」
「(イギリス人に舌が無いってのは本当だったんだな……)」
英語で何か言葉を交わしたあと握手する2人。なんか一挙手一投足が格好良いな。
「(そうなんだよ。なぁ、そこのキミ。そんなに酷い断り方するのを見ると、彼氏でもいるのかい?)」
エミリオが振り向くが、影はちっとも反応しない。銃をホルスターにしまった俺の方をじっと見たまま固まっている。しょうがねーな、呼んでやるか。
「よう涼。このふざけた世界へようこそ」
「恭君……? 恭君なの?」
「疑うなら、お前が小学校の調理実習でフライパンの底溶かした話してやってもいい」
「車に……轢かれたんじゃないの?」
「まぁ色々あってこの世界に、」
そこから先は言えなかった。涼が俺に抱きついてきたからだ。
「……よかった、よかったよっ!」
「ななな何だよ!」
「もう会えないかと思って……もう話せないかと思って……心配したんだからっ!」
泣きながらそんなことを言う涼。……ったく、しょうがねーな。
「ありがとな、心配してくれて」
涼の頭を軽く撫でる。アルバートに眼で合図。
(悪い、もうちょい掛かりそうだ)
(俺達は先にホテルに戻るから、落ち着いたら来い)
(分かった。ありがと)
泣き続ける涼を軽く抱きしめながら俺は頷いた。
立ち並ぶビルの向こうから太陽が昇ろうとしている。
――この世界に朝が訪れようとしていた。
――よし。
俺は気合いを入れるとマーシャのいる部屋のドアをノックする。
当然返事など帰ってくる筈が無い。
扉の奥からはユサユサという音と、「Wake up!(起きて!)」という声しか聞こえない。
「Amp! Please open the door if you want to wake her up.(アンプ! 彼女を起こしたいならドアを開けてくれ)」
しばらくした後にアンプが扉を開く。
「起きない」
日本語で呟くと、後は任せたとばかりに下の食堂に降りていく。
「……さて、起こすとするか」
俺はズボンのポケットからフォールディングナイフを一振り取り出し、刃をカチャリと開く。
「今日も一日が始まるぞ、マーシャ!」
俺は握っているナイフの刃先を真下に向け、マーシャの胸に真っ直ぐ振り下ろす。丁度心臓の位置だ。
「……ッ!」
マーシャはすんでの所で体を回して刺突をかわす。俺も刃先がベッドに触れるか触れないかの所でナイフを止め、そのまま横になぎ払って追従する。
彼女はそれも頭を下げて避け、手刀をナイフの峰に直撃させる。ナイフは吹き飛んで床に落ちるが、その前に俺は拳を突き出す。
「畜生!」
「Zzz...」
しかしその打撃も受け流される。互いに打撃を与え合い、それをやり過ごす。マーシャが12回目に突き出した掌底。その位置は高く、彼女の重心は浮いていた。
「もらったっ!」
「……!?」
彼女の腕を取って足を払い、ベッドの上に押し倒す。そのまま抵抗の隙を見せずに左手でポケットナイフを抜き、首筋に突き当てる。
「Checkmate.」
マーシャはそのまま硬直すると、そのまま気を失ったように眠りだした。エクササイズは終了だ。
軽く汗を拭うと、マーシャをつつく。
「Good morning Marsha.(おはようマーシャ)」
彼女はもぞもぞと布団の中で動くと、とろんとした目でこちらを認識する。
「Good morning Al.(おはよう、アル)」
――さて、今日も爽やかな朝だ。
俺は一つ伸びをすると、恭介たちと合流するために階下に降りて行った。
ホテルで簡単に朝食を取る。食堂にそれなりの人間が集まっている所から見て、昨日のように全く人がいないという訳じゃなさそうだ。
「それどころか、活気すらあるな」
一人呟く。人々は思い思いに談笑し、それぞれの人生を謳歌しているようだ。まるであんな恐ろしいゾンビなどいなかったかのように……
「何かの悪い夢だと思いたくなる」
アルバートは俺の隣に座って溜息をつく。もちろん、そんなことはあり得ない――あり得ないという言葉こそあり得ないと分かっていながら。
「アルバート、銀行に行くんだろ? とりあえず、俺も外に出て色々見てこようと思うんだ」
先程考え付いたことを提案してみる。アルバートはしばらく思案した後、頷いた。
「情報が必要だ。ただし、二人一組で正午には帰ってくるようにしろ」
「何で?」
「二人一組なのは、いつ敵に襲われても迎撃できるように。正午までというのは、その後アーチボルト家の武器倉庫に行くからだ」
アーチボルトって言うとマーシャの家か。確かに銃については不安はないが、所詮、弾が無くなったら、銃剣が付いているとはいっても銃なんてただの鉄の塊だ。俺の手元にあるのはマガジン2本分。これではあまりにも心もとない。
「分かったよ。涼を連れて行くから、アンプに基本の情報とこれからの方針を伝えておいてくれ。あと、エミリオさんのことも」
「アイツのこともマーシャと同じで呼び捨てで構わない。今度は、離れないようにしろよ?」
悪戯っぽい顔をするアルバート。この人、こんな顔もできるのか……
「なにを?」
「彼女さんの手をだよ」
俺は飲みかけていた紅茶を噴出しそうになって、むせ返った。
「ちっちがっ、違うって! 俺とアイツはただの幼馴染ってだけで!」
「そうか? すごく似合っていたと思うが……」
「んなわけないって! 俺がアイツと一緒にいるのは、危なっかしくて目が離せないってだけだから!」
「さっきだって、抱き合っていたじゃないか。少しは気があるんじゃないか?」
「だから違うって言ってんだろ! あれはアイツが泣き出したからで!」
笑いながらそんなことを言うアルバート。朝から調子が狂うな。そんな会話をしていると後ろからマーシャが声を掛けてきた。
「(おはようアルバート、キョウスケ。ねぇ、聞きたいことがあるのだけれど)」
なんとかグッドモーニングくらいは聞き取れたので挨拶を返す。アルバートに通訳を頼むと、どうやら問題が起きたらしい。
「(どうしたんだ?)」
アルバートが尋ねる。
「(さっき忘れ物をしたから部屋に一旦戻ったんだけど、私のベッドに知らない子が寝てるのよ。それにさっきエミリオがいたし。どういうことかしら? アンプに聞いてみたら、どうやら知り合いらしいんだけれど)」
そういえば、さっき涼が「昨日の夜は寝てないから寝る」って言ってアンプに連れて行かれたんだっけか。アルバートが早朝の出来事について説明する。
「(なるほど。それで、そのスズなんだけど……ちっとも起きないのよ。どれだけ揺らしても、耳元で大きな音を出してもね。あれほど寝起きが悪い人間は初めて見たわ)」
「(俺は一人知ってるよ……)」
アルバートが疲れたように呟いた。お互い苦労しているようだ。
「ちょっと起こしてくるよ。アイツは俺じゃないと起きないんだ。それと、マーシャにごめんって伝えておいて」
アルバートにそう言って、俺は涼を起こしに部屋へ向かう。
「すず〜起きろ〜メシ抜くぞ〜」
ベッドの上の掛け布団がもぞもぞと動き、寝起きでぼさぼさな、色素の薄い頭が顔を出した。眼が半開きだ。
「ふぇ? おはよ恭君」
「皆待ってるから、下に行くぞ」
「あ、うん。そだね」
こいつは異世界でもこの調子か。……いいのか? これで。