第1話:Fightin' Meetin' Figntin'
「うぉっ、まぶしっ!」
ドアを開けると目が眩み、突然何百ものスポットライトに照らされたような気がした。
だが実際には、その空間が真っ白に塗られていたからだと気づく。暗い色の部屋にいたお陰で、瞳孔が開いていたようだ。
次第に視界が戻ってくる。
「さっきの部屋に引き続き、何なんだよここ」
真っ白の壁紙に囲まれた真っ白の場所。そこには白く塗装した物々しい様々なバリケードが、一定の間隔をおいて配置されている。
「戦車でも止めるのか?」
部屋は見る限り大きな長方形をしている。天井も床も白一色なので遠近感が狂う。しかしちょうど学校の体育館を倍に引き延ばしたような広さだ。反対側の辺は障害物に阻まれて見えない。しかし建物のほぼ対称なデザインから、恐らく今俺が出てきたような扉があるのだろう。
「とにかく、先に進まないとな」
ルシフェルの弾倉を交換し、二丁の銃を構えて一歩ずつ、対岸へと進んでいく。とにかく早くここを出て、「同じ境遇の魂」を探さないと……
「……また珍妙な場所だな」
俺はドアを注意深く開け、ライフルを構えつつ周囲安全を確認すると、ポツリとそう呟いた。
白一色が紺色に慣れた目に痛い。
障害物の陰に身を潜めると、チャージングハンドルを少し引いて初弾が装填されている事を確認する。
「タカヤマキョウスケ。名前からして日本人。ヒントはそれだけか……」
溜息をつくと、ごろごろと転がっている障害物に目を向ける。タカヤマキョウスケを探す手がかりは、百歩譲ってもこのバリケードだらけの部屋には無いだろう。
「とにかく、この部屋を出ない事には事態は進展しない、か」
物陰から素早く顔を出し、次のバリケードに目標を定めて音を立てずに走る。到達、クリア。未知の空間では迂闊に移動出来ないが、ゴツいバリケードのお陰で少しは安全を確保しやすくなる。待ち伏せする敵にとっても同じ事だが。
とりあえずこのだだっ広い空間の外に出なければ話にならない。先の事は後で考えよう。
手に握った二丁の拳銃の重みを感じつつ前へ歩く。何が出てくるか分からない。さっきの変態ぐらいならまだ良いが(ちっとも良くないけど)、こちらの命に危険が及ぶような状況も想定できる。全神経を研ぎ澄まし、慎重に慎重を重ねて歩く。
その時、空気が動いた。
少なくとも俺はそう感じた。武器を構えなおして気配を探る……何もない。
(気のせいか?)
―――フッ
(やっぱり、何か動いている!)
物陰に屈み、上半身を僅かに出して照準を目線に合わせる。十六夜とルシフェルのハンマーを起こし、いつでも射撃出来る体制へ移った。
汗でグリップが滑る。
自分の呼吸音さえ煩わしい。
俺が四度呼吸した時……
――何かが動いた。
「うわっ!」
唐突に迅速な動きで飛び出したソレが何かを確認する暇も無く、両手に握った拳銃の引き金を反射的に引く。右、左、右、左。
爆ぜるような音と鋭い反動が手首に伝わる。
しかし、目標が急に低く姿勢を変えて隣のバリケードに移動したので、弾丸は鉄壁に当たって火花を散らした。
「外した!?」
物陰から上半身を露出させて、ソレが??おそらく人が反撃を仕掛けてきた。ライフルによる3点射で攻撃しているらしく、小気味良いカカカン!という音がする。どうやらこちらが隠れている遮蔽物に当たっているようだ。
「先制攻撃を当てられなかったのは、痛かったかな」
ひとまず呼吸を落ち着かせる。ハンドガンの射程は短いし、俺の戦い方も中近距離の接近戦を想定している。こちらから圧倒的火力で押し込む戦い方をすれば、チャンスを作れるかもしれない。
射撃音が止んだ。ふと隠れている遮蔽物を見ると、鉄板を銃弾が貫通して上部が穴だらけになっている。次のマガジンを装填されれば、バリケードごと蜂の巣にされるだろう。
「いまのうちに、いっちょやりますか」
両手の拳銃をフルオートにセットして、飛び出すと同時に小刻みに連射を加える。猛ダッシュしながら弾幕を張り、相手が身を乗り出す隙を与えない。目標バリケードまで、あと3メートル、2メートル……
障害物をクルリと回り込んで、残りの弾丸を障害物の背後に全弾吐き出す。フルオートの激しい反動が両手を震わせ、すぐにスライドが開いて弾切れを知らせる。完全に人間を沈黙させるには、十分な弾数を撃った。
(やったか?)
しかし、目標は沈黙していなかった。それどころか、いなかった(・・・・・)。
どこに行ったか、など考える暇も無く、俺は地面に押し倒され、ナイフの刃を喉元に押しつけられていた。受身を取る暇も無かった。
「Freese, Cool Hollywood star.(動くなよ、イカしたハリウッドスター)」
金属の冷たさをここまで不快に感じられるなんて、想像したことも無かった。
フリーズ、ということは「動くな」ってことか。まさか、実際にこの言葉を聞くことになるとは。顔を見る限り男、歳は20代前ぐらい。日系か? どこか影を持ったその眼は、人殺しの眼をしていた。これほどの相手は、穂波以上かもしれない。刃物の腕前は涼と同程度。にしても、
「は、ハリウッド、スター?」
恐怖で渇いた口で俺がそう言うと、男は眉をひそめた。
「お前が、タカヤマキョウスケか?」
今度は流暢な日本語だった。どうやらこの男は俺の事を探していたようだ。
「そうだけど……アンタ誰だ。それと、このナイフ退けてほしいんだけど」
聞いてみた。打ち付けた背中が痛い。
「この世界について知っていることを全て吐け」
聞いちゃいなかった。とりあえず、あの変態に聞いたことを全て話す。
「んで、同じ境遇の魂を探してるんだけどさ……」
男はそうか、とだけ呟くと俺の喉元からナイフを外した。起き上がってもいいみたいだ。
「さっきの質問に答えてくれ。アンタ誰だ」
ナイフを腰のホルスターにしまう男に尋ねる。改めて見ると、男の格好は異常だった。少なくとも、普通の人間がする服装ではない。黒の戦闘服に、ポーチをやたらくっつけたボディーアーマー。背中にはハンドガードと銃身の短い突撃銃がスリングで吊られていた。
「俺はアルバート=リョウ。そうだな、話を聞く限りだと、お前と同じ境遇の魂だ」
「そうなのか?」
助かった、と思った。こんだけ強い奴と組めれば戦力としては申し分ない。
「おい、タカヤマキョウスケ。お前はどうやって死んだ?」
「恭介でいいよ。本屋からの帰り道、痛車に轢かれたんだ」
アルバートは苦笑いを浮かべた。初めて表情を変えたな。
「そこまで同じか」
「じゃあお前も?」
「我ながら間抜けな死に方だ。ふざけてやがる」
「とりあえず、アンタは仲間ってことでいいんだな?」
「あぁ、よろしく頼む。それと、俺の事はアルバートと呼んでくれ」
「分かったよ。よろしくな、アルバート。――あと、聞きたいことがあるんだけど……」
「何だ?」
「その……アルバートは何の仕事してるんだ?」
「対テロ特殊部隊みたいなもんをアメリカでな」
道理で英語だったわけだ。
「俺からしたら、そっちの方がハリウッドスターに見えるけどね」
「そうか? 2挺撃ちほどではないと思うが」
「まぁ、そうだけど」
「こっちも質問してもいいか?」
「いいよ、何?」
「お前の職業は?」
「高校1年生」
アルバートはかなり驚いたらしい。そりゃそうか。
「いつから日本はそんな物騒になったんだ?」
「まぁ、色々ありまして……」
そうだよなぁ、普通じゃないよなぁ。普通の高校生は銃で的確に急所を狙い撃つ方法とか考えてないよなぁ。
「何も無い人間なんていない。いいんじゃないか? 少なくともそのおかげで俺は助かるが。それで護れる人がいるのなら、銃を握ることに意味はあると思う。何もしないよりはな」
意外だった。そんなことを言う人間じゃないと思ったんだけど。
「まぁ、銃を握っても救えない人だっているが」
どうやらアルバートも、昔色々あったようだ。
「そんなわけで、よろしくな、相棒」
アルバートが手を差し伸べる。俺はそれを握り返した。
「なんとしても、元に戻ろう。アルバート」
「あぁ、俺にはやらなきゃいけない事がある」
そう言ったアルバートの眼は、殺意に溢れていた。まるで、殺さなくちゃいけない仇がいるような。
「俺も、腹をすかせた居候2人が帰りを待ってる。買った本もまだ読んでないし」
待っているはずの居候2人によって、その言葉が後に裏切られることを俺はまだ知らなかった。
出口はすぐに見つかった。部屋の横に鉄の大きな扉があったのだ。
「これ、入ったときには無かったよな?」
「死者同士で喋ってるくせに、今更何を驚く」
早くもこの訳が分からない世界に順応している事に自分でも驚く。
「まずはここを脱出する事が先決だ。外に出てみよう」
恭介が扉に手を掛けようとする。
「いや、俺から行く。何かあれば援護してくれ」
俺は彼を退かせて、自分がドアのすぐ脇に立つ。
後ろへ、と左手でサインを送ると、彼は素直に俺の後ろに立つ。
(5秒後に突入、援護を)
もう一度ハンドサインを出す。
「えっと、アルバート? それ……何やってんの?」
「なんだ、分からずに後ろに下がってたのか……」
一通り、ハンドサインの意味を大ざっぱに教える。いざ銃撃戦になった時におけるハンドサインの有効性も説いておく。
「一度片方の拳銃をホルスターに納めてでも、アクションの前には必ずサインを出せ。予め仲間がする事が分かっていた方が、味方は的確な行動ができるんだ。敵に音が聞かれる事も無いし、声が聞こえないほどの銃声が鳴っていても意思疎通が出来る」
恭介は納得したみたいだ。一応片手で10まで数を表す方法と、突入、援護、停止のサインだけを教える。
「それが出来るだけで随分違うぞ。お前に戦う仲間がいるかは知らないが、きっと戦闘中のコミュニケーションが円滑になるはずだ」
「ああ、ありがとう。早速生きて帰ったら仲間に教えるよ」
「生きて帰ったら、か。文字通りの意味だな」
二人で顔を見合わせて笑う。全く、こんな状況で笑うなんて事が出来るなんて、つくづく人間の適応能力の高さ、というか俺達の神経の図太さを思い知らされる。
(2秒後に突入。5秒後に援護を)
左手でサインを出した後、ライフルを構えながら重い扉をゆっくり開けていく。
金属の軋む音が不気味だ。
人が通れるだけの隙間を作ると、ライフルから先に滑り込む。部屋の隅から隅までを索敵し、敵がいれば引き金を引く。ただそれだけだった……
だが、そんな動作は全く必要無かった。
5秒してからアルバートの抜けた扉から抜け出す。それと同時に銃口を前に突き出すように構えた。
「……今度は、部屋じゃないのか」
屋内戦闘を想像していたので拍子抜けしたけれど、今度は
――街だった。
ただ妙だったのは、そこが真っ暗だった事。ふつう都会って、「眠らない街」とかいって夜でも電灯やネオンサインが光ってる物だろ?それが全く無いんだ。
暗い都市の中で、街灯の蒼い蛍光灯だけが街を照らしている。
だんだん目が慣れてきて、少し離れた所のアルバートを見つける事が出来た。
「アルバート、ここは……何処なんだ?」
答えは当然帰ってこないと思ったが
「東京だ」
即答だった。彼は看板を指さす。確かにそこには「新宿駅」と書いてある。どうやら駅の真ん前にいるらしい。
「だが、俺達の知っている東京では無いらしいな。生物の気配一つすらしない」
アルバートがライフルを構えるのを見て、あわてて自分の武器を準備する。
「気をつけろ……何が来るか分からんからな」
「わ、分かった」
先行するアルバートの背中に着いて行きながら、不気味な街を見回す。人どころか、猫1匹見えない。まるで、煙にでもなって消えたかのように。
と、アルバートが左手を上げた。止まれの合図だ。慣れないと辛いな。
「何かが居る。見えるか?」
アルバートが細い路地を指差す。肩越しに覗き込むと、何かがこちらの事を見ているのが分かった。しかし暗くてよく見えない。
「残念だけど、何なのかまでは分からないな。居るのは分かる」
「行くぞ、うまくいけば情報が手に入るかもしれん」
黙って頷く。とにかくこの世界のことが知りたかった。2人で銃を構えて走る。すると、その影は危険を感じたのか逃げ出した。
「Freeze!」
影の進む先にアルバートが銃弾を叩き込む。威嚇にはそれで十分だった。影は観念したのか、立ち止まりこちらを向いた。かなり小柄な、どうやら人のようだ。
「そのまま両手を挙げるんだ。恭介、アイツの後ろに立って銃を構えろ。何をするか分からないからな」
「え? あ、分かった」
俺が頷いた瞬間、
「き、きょうすけ?」
聞き覚えのある声がした。影が喋ったのか。
「へ? アンプ?」
思わず間抜けな声が出た。何でこいつがこんなところに?
「きょうすけなの?」
「お前、どうして」
アンプがこっちに走ってくる。
「動くな!」
アルバートがライフルの銃口を向けた。っておい! 引き金に指掛かってんじゃねーか!
「待ってくれ! こいつはうちの身内だ!」
ギリギリでアルバートの腕を掴む。
「身内だと?」
「ほら、さっき言ったろ? うちにいる居候だよ。名前はアンプ=シルバーフィールド」
アンプが怯えたように俺の後ろに隠れる。こいつは感情表現が下手なだけで、内面は人より敏感だ。アルバートはしばらくその様子を眺めると、銃を下ろした。
「どうやら、本当みたいだな」
「間違いない、こいつは俺の知ってるアンプだ」
ほっと胸を撫で下ろしたのもつかの間、アンプが言った。
「とにかく移動したほうがいい。やつらが来たら」
「奴ら?」
「からっぽの体をねらう悪いたましい」
「何で俺たちが狙われるんだよ」
「やつらは、わたしたちが体のありかを知っていると思ってる。だから」
「移動するぞ、何かに囲まれている」
アルバートがアンプの言葉を遮った。
「囲まれてる? アンプ、頼む!」
アンプが黙って俺の手を握る。アンプに異能によって俺の感覚器官が〈増幅〉された。
「なんだってんだ、こりゃあ……」
どうやら囲まれているのは本当みたいだ。にしてもこの敵って……。鋭敏になった感覚で脱出ルートを考える。はじめだったら、もうちょいマシなものを考えるんだろうけど。
「アルバート、正面に進んでこの道を抜けて、右に進んで強行突破しよう。そこが一番薄い」
「何でそんなことが分かる?」
「それは後で説明するから早く!」
「分かった、信用する」
「頼んだよ、相棒」
俺たちは市街地を走り出した。
相変わらず謎だらけだ。街で出会った白銀の髪に白銀の瞳を持つ10歳ほどの無口な少女。彼女は恭介の家に居候しているらしい。そこまでならまだ分かるが、分からないのはその後だ。どうして恭介は敵の配置まで分かったのだろうか。それもあの少女が手を握った瞬簡に。
彼は後で説明すると言った。なら、それを信じるとしよう。
そんな事を考えていると、先程恭介から右に曲がると指示があった角に差し掛かった。壁に背を預け、道を覗き込む。
「何だアレは……」
思わずそんな言葉が漏れた。だってそうなるだろ? 死人みたいな顔をした人型が呻き声を上げて歩いてるんだから。
「バイオハザードかってんだ」
横にいた恭介が呟いた。全くその通りだ。あんな連中に体を乗っ取られたらと思うと吐き気がする。
と、その後ろからちかちかとライトの様な物が光った。アレは……車のヘッドライトか?
俺がそう思った直後、
「こんばっぱー!」
音楽活動部のケバケバしいプリントがされた4輪駆動車がゾンビの群れに突っ込んだ。
「今度は何だってんだよ!」
恭介が半ばキレ気味に叫んだ。これ以上敵が増えるのはまずいな。
「あ! あん時の痛車!」
恭介の2挺拳銃がフルオートで火を噴いた。そのドアに次々と穴が開いていく。そんなに撃ったら運転手が蜂の巣になるだろうが! せっかくの情報源が!
煙を上げて動きを止める自動車。ガソリンに引火しなければいいが……ん? ドアが開いて男が降りてきた。
「何してくれるんだ高山君! 私の愛車が蜂の巣じゃないか!」
男はアジア系の顔立ち、恐らく日本人。眼鏡を掛けたその顔からして15、6歳ほどだろう。
「知ったことかよ! ってか何でお前もここにいるんだ!?」
「恭介、知り合いか?」
「知り合いも何も、このイタい奴が俺の所の作者だ」
男は俺に気づき、片手を親しげに上げる。
「やあ、初めましてリョウ君。キミの事はXナンバーからよーく聞いている。私の名前は逆逆三里と言うんだ。嫌いな言葉は『セロリ』。どうぞお見知りおきを」
「……お前、Xナンバーを知っているのか?」
「知っているも何も、同じ高校で同じ部活に所属している友人さ」
そうか、どうりで醸し出す雰囲気がアイツに似ていると思った。きっとその学校、部活とやらには、コイツ等みたいなのがうようよ湧いてるんだろう。廃人養成機関だな。考えるだけで身の毛がよだつ。
「そんな事よりも」
恭介が割って入る。
「俺を殺した責任取れよ! 轢き逃げってのは流石にマズいだろ!」
「高山君、キミは大きな勘違いをしている」
逆逆は溜息をつく。
「キミを轢いたという痛車、キャラクターの髪の色は?」
「……黒だ」
恭介は死ぬ間際の事をしばし思いだして回答する。
「ほーら、見たまえ高山君。このキーボード担当の女の子の髪の色を。それにこの特徴的な眉! 見間違い無かろう!?」
クソッ、この逆逆とかいうやつ、Xナンバーと同じぐらいキテるみたいだ!
「質問が2つある。1つ目は何故お前のような『作者』がここにいるのか。もう1つは俺達の肉体がどこにあるのかだ」
俺はとりあえず銃を突きつけ、尋問を始める。
「順番に答えていこうか」
逆逆は面倒臭そうに伸びをすると話し始めた。
「作者、つまり私やXナンバーのような人間は、世界を『想像(imagine)』によって『創造(create)』する事が出来るんだ。ただ、この過程が厄介でね。『創造』の際にはかならずゴミが出るんだ」
「ゴミ?」
「そうだ。いわゆる『書けなかったアイデア』だな。筆記という動作を通じて具現化出来る『想像』はごく一部だ。その為にその『想像』は行き場を失い集まって、自らで世界を作り出してしまう。これが『平行世界』と呼ばれる物だ。こうなってしまえば我々作者も干渉出来なくなる。平行世界の構築は自動的に行われる物だからな」
副産物によって作られた平行世界の要素は、もしかしたら俺達の世界の要素の一つになっていたかもしれないという事か。
「つまり、この世界こそがそうだと言いたいのか?」
「その通りだ。まあ、干渉は出来ないが観測が不可能という訳ではない。こうやってちょくちょく色々な平行世界を見て回っているんだが、ここはヒドい。負のオーラがするよ。これが1つ目。
2つ目としてだが、たまに私達の精神が著しい躁あるいは鬱状態になった時、通常の世界にもランダムに、何というか……『暴走』が起こる。そういった時にはイレギュラーな事態が起こりやすいんだ。たとえば、異なった『作品』との境界が消えたり」
「平行世界に飛ばされたり、か……」
「ああ、そこら辺をもうちょっと詳しく説明したいところなんだが……」
逆逆が俺達の後方に眼を向ける。
「どうやら、彼らは待ってくれないようだ」
そこには、ゾンビ(?) がひしめいていた。
「とにかくそんな訳だから、我々作者人としても何もできないんだよ。頑張ってね!」
そんなことを言いながら、いそいそと蜂の巣になった車に乗り込む逆逆。
「ちょ、どこ行くんだよ!」
恭介が手を伸ばして彼の肩を掴もうとするが届かない。
「んじゃ、バイナラー」
ケバケバしい車は敵を蹴散らしながら走り去っていった。
「畜生が! あの野郎、次に会ったら蜂の巣だ!」
「きょうすけ、そんなことより敵が」
アンプの言うとおり、とにかくこの場から抜け出すことが先決だ。
バババッ、とアルバートが撃った3点バーストの発射音が聞こえる。俺は2挺の重さを確かめながら逆手の銃剣を振り回して発砲した。なんせ敵の数がとにかく多い!
「アンプ、とにかく怪我すんなよ!」
「わかってる」
横にいるアンプに声を掛ける。そういえば、こいつはなんで死んだんだろうか?
「恭介、下がれ。グレネードを使う」
アルバートがパイナップル型の手榴弾を投げた。ってこのままじゃ、俺とアンプが爆風で……
「うわぁ!」
とっさにアンプを抱えて横に飛ぶ。その直後、路地に爆風が轟いた。飛び散った細かい破片を背中に受けながらアンプを抱きかかえる。無茶し過ぎだって!
爆煙が風に流されて消えた後、どこにも敵の姿は無かった。にしても、
「アルバート……信じてくれとは言ったけど、過信してくれとは言ってないぞ」
「お前ならやってくれると思った」
「俺は、まさかやってくれるとは思ってなかったよ!」
とりあえず助かったようだ。このバグだらけの世界に夜明けがあるのかは知らないが、
休めるところが必要だ。
「とにかく、ここが現実の新宿と同じならホテルぐらいはあるはずだ。今はそこに行って、敵がいないようなら休もう」
アルバートも同じことを考えていたようだ。
今は一時の安らぎが欲しい。