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怪物勇者   作者: Toooji
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第五章 消えていく居場所


季節は巡り、冬が終わろうとしていた。


王子が王都へ来てから一年。


その名を知らぬ者はいなくなっていた。


城下町では王子を称える歌まで作られ、人々は彼を「白き王国の友」と呼んでいた。


国王は王子を信頼していた。


王女は王子を慕っていた。


貴族たちは王子を支持していた。


兵士たちは王子を尊敬していた。


誰もが王子を愛していた。


ただ一人を除いて。


――――――


男は変わらず馬小屋で暮らしていた。


夜明け前に起きる。


馬の世話をする。


蹄を確認する。


餌を用意する。


水を替える。


変わらない日常。


だが周囲は少しずつ変化していた。


「お前も聞いただろ?」


若い兵士が言った。


「王子様のおかげで南の交易路が広がるらしい」


別の兵士も頷く。


「国王陛下も絶賛してる」


「次の宰相候補だって話だぞ」


男は黙って作業を続けた。


王子の話ばかりだ。


以前は違った。


馬の話をしていた。


騎馬隊の話をしていた。


王女の成長を語っていた。


国王の視察を喜んでいた。


だが今は違う。


何を話しても最後は王子の話になる。


まるで城そのものが王子を中心に回り始めているようだった。


――――――


その頃。


王子は城内で新たな評判を得ていた。


相談役。


そう呼ばれていた。


役職ではない。


だが誰もが困ると王子のもとへ向かう。


人間関係の悩み。


仕事の問題。


家族の相談。


王子は必ず耳を傾けた。


決して否定しない。


優しく頷く。


相手の味方になる。


だから人々は安心して本音を話した。


秘密を預けた。


弱みを見せた。


そして気づかない。


その全てが王子の手の中へ渡っていることに。


――――――


ある日。


男は古くから世話になっていた厩舎長を訪ねた。


騎馬隊を支える古参の老人。


男が城へ来た頃から面倒を見てくれた人物だった。


「少し聞きたいことがある」


掠れた声だった。


長年失われていた声は、少しずつ戻り始めていた。


老人は驚いた顔をする。


「お前……喋れるようになったのか」


男は頷いた。


そして声を落とす。


「王子についてだ」


その瞬間だった。


老人の顔色が変わった。


まるで別人のように。


「王子様がどうした」


「何がおかしい!」


老人は声を荒らげ眉をひそめた。


「・・・調べてほしい」


男は続ける。


「港町の頃から――」


「やめろ!!」


老人が遮った。


その声は冷たかった。


男は言葉を失う。


老人はゆっくり立ち上がる。


「王子様を疑う理由がどこにある」


「だが――」


「恩知らず」


男は凍りついた。


老人がそんな言葉を口にするなど考えたこともなかった。


「お前はこの国に救われた」


老人は言う。


「ならば国王陛下が信頼する方を信じろ」


男は返す言葉を失った。


結局その日は何も言えず立ち去った。


そして二度とその話題を口にしなかった。


――――――


その夜。


男は一人で酒場へ向かった。


かつて国王直属部隊にいた退役兵がいる。


信頼できる男だった。


だが結果は同じだった。


さらに数日後。


城の警備隊長にも話を持ちかけた。


やはり同じ。


誰も信じない。


誰も疑わない。


誰も耳を貸さない。


男は理解した。


遅すぎたのだ。


魔王は既に城の中心へ入り込んでいる。


今さら誰かに訴えても意味はない。


――――――


そして春。


運命の日が訪れる。


国王主催の晩餐会。


国内の有力者たちが集まる華やかな宴。


男は遠く城壁から見ていた。


王族用の大広間。


煌びやかな灯火。


笑顔。


音楽。


祝福。


その中心で王子が膝をつく。


王女の前に。


会場が静まり返る。


誰もが見守る。


王子は優しく微笑んだ。


「私と共に未来を歩んでいただけますか」


王女の頬が赤く染まる。


答えなど決まっていた。


「……はい」


歓声が上がった。


拍手が響く。


国王が涙を浮かべる。


貴族たちが祝福する。


兵士たちが笑う。


誰もが幸せそうだった。


その光景を見ながら。


男だけが拳を握り締めていた。


違う。


それは祝福ではない。


侵略だ。


王女は気づいていない。


国王も。


誰も。


だが男には分かる。


この瞬間。


魔王は王国の心臓へ手を伸ばしたのだ。


そして数日後。


婚礼の日取りが発表された。


一か月後。


王都は歓喜に包まれる。


だが男は知っていた。


残された時間は、もうほとんどない。


婚礼が行われれば終わる。


全てが。


だから男は動き始める。


十二年間で覚えた隠し通路。


忘れられた地下道。


警備の巡回経路。


城の構造。


王女が幼い頃に教えてくれた秘密の道。


一年をかけて調べ続けた魔王の行動。


その全てを紙に書き出した。


誰も助けてはくれない。


ならば一人でやるしかない。


男は藁の寝床に腰を下ろした。


小さなランタンの灯りが揺れる。


机の上には一枚の地図。


作戦は完成していた。


あとは実行するだけ。


婚礼前夜。


王国の命運を懸けた最後の戦いが始まろうとしていた。

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