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怪物勇者   作者: Toooji
2/8

第一章 漂着


男は夢を見ていた。


燃え盛る炎。


崩れ落ちる城壁。


断末魔。


悲鳴。


暗闇の恐怖


耐え難い痛み


永遠の地獄


そして――。


魔窟の奥で笑う、何か。


その姿だけは思い出せない。


だが、恐ろしかった。


胸の奥が凍りつくほどに。


逃げようとしても体は動かない。


叫ぼうとしても声が出ない。


闇が迫る。


飲み込まれる。


その瞬間――。


冷たい水が唇に触れた。


男の意識がゆっくりと浮上する。


波の音。


潮の香り。


遠くで鳴く海鳥の声。


重たい瞼をわずかに開くと、眩しい光が差し込んできた。


視界はぼやけていた。


だが、その向こうに小さな人影が見える。


少女だった。


「……よかった」


鈴の音のような声だった。


少女は両手で大事そうに木のコップを抱えている。


「お水、飲める?」


返事はできなかった。


唇すらまともに動かない。


それでも少女は諦めず、そっと男の頭を支えた。


冷たい水が喉を通る。


それだけで奇跡だった。


男は少女を見つめた。


白いワンピース。


海風に揺れる銀色の髪。


大きな瞳。


まるで物語に出てくる妖精のようだった。


少女は男の目が開いたことに気づくと、ぱっと顔を輝かせた。


「生きてる!」


そして次の瞬間には立ち上がり、砂浜を駆け出していた。


「お父様ーっ!!」


その声だけが潮風に乗って遠ざかっていく。


男は再び意識を失った。


――――――


次に目を開けた時、男の周囲には多くの人影があった。


甲冑を身にまとった兵士たち。


豪奢な衣服を着た中年の男。


そして、あの少女。


少女は男のそばにしゃがみ込み、中年の男の腕を引っ張っていた。


「お願い、お父様。この人を助けてあげて」


「困ったものだな……」


男は苦笑していた。


だが、その目は優しかった。


「急に馬車を止めろと言うから何事かと思えば」


少女は頬を膨らませる。


「だって死んじゃうかもしれないじゃない!」


「まだ生きているのだろう?」


「でも弱ってるもん!」


父親は大きくため息をついた。


しかし、その表情には娘への愛情しかなかった。


「仕方あるまい」


そう言って男へ視線を向ける。


「この者を城へ運べ。医師に診せるのだ」


少女の顔が花のように綻んだ。


「ありがとう、お父様!」


飛びつかれた男は苦笑しながら娘の頭を撫でる。


その光景を見ながら、男はぼんやりと思った。


――優しい人たちだ。


それだけだった。


自分が誰なのか。


どこから来たのか。


何故こんな場所に流れ着いたのか。


何一つ思い出せない。


ただ。


優しい人たちだ。


それだけが分かった。


そして再び意識は闇へ沈んだ。


――――――


男が目を覚ましたのは数日後だった。


木製の天井。


乾いた藁の匂い。


近くでは馬のいななきが聞こえる。


どうやら馬小屋らしい。


体を起こそうとした瞬間、全身に激痛が走った。


思わず顔をしかめる。


「おお、起きたか」


声をかけてきたのは年配の男だった。


獣医らしい。


「無理に動くな。あんた、生きてるのが不思議なくらいの怪我だったんだからな」


男は声を出そうとした。


だが喉から音は出なかった。


獣医は首を振る。


「たぶん無理だろうな」


そう言った直後だった。


勢いよく扉が開く。


「起きたの!?」


飛び込んできたのはあの少女だった。


男を見るなり駆け寄ってくる。


獣医が慌てて止める。


「姫様! まだ安静に――」


「少しだけ!」


少女は男の顔を覗き込んだ。


満面の笑みだった。


「よかった。本当によかった」


その言葉に、男は何も返せない。


だが不思議だった。


胸の奥が少しだけ温かい。


凍りついた何かが溶けるような感覚。


少女は嬉しそうに話し続ける。


海のこと。


城のこと。


庭に咲く花のこと。


お気に入りの犬のこと。


男はただ聞いていた。


そして気づく。


自分は生き延びたのだと。


あの日、あの砂浜で終わるはずだった命を。


この少女が拾い上げてくれたのだと。


男はゆっくりと目を閉じた。


まだ言葉は出ない。


礼を伝えることもできない。


だが心のどこかで誓っていた。


この恩は忘れない。


決して。


たとえ何年経とうとも。

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