表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

96/128

第95話 人を狩る猟師 9

 襲撃者が銀治を引き付けている時に、リースは行動を開始した。


「まずは、下準備といこうか」


 街のいたるところに張り付けた呪符から、転移術式を起動。これにより、一瞬にして、街に無数の魔物が放たれることになった。

 その数は、百を超えていて、ほとんどが『逃げ』や『潜伏』を得意とする物ばかり。それらの脅威度は低ランクなれども、一度、人間社会に潜り込んでしまえば、病巣の如く根を張り、多くの人間の命を奪う魔物たちだ。

 機関の構成員たちはもちろん、如何に実利優先のカンパニーといえど、この脅威を見逃すわけにはいかない。


「ついでに、在庫も処分しておこう」


 次いで、街の中に召喚されたのは、人の形をした者たちだった。

 けれども、それらは魔人ではない。リースは知能無き同胞ならばともかく、人格ある同胞を無下に扱ったりはしない。いや、たとえ、人間であったとしても、同志であるのならば、リースは最大限の敬意をもって接しよう。

 だが、同志でもない人間であるのならば、リースは『消費』を躊躇わない。

 無意味に虐殺する趣味はないが、それは単に『無駄遣いをしない』というだけの話だ。何せ、リースにとって人間たちとはリソースの一つである。それらを無意味に虐殺するというのは、水道の水を出しっぱなしにするような、無意味な物だ。

 故に、失敗作である彼らは、リースの基準では、きちんと有意義に使用していた。

 異能者を生み出すための実験や、異能者を安定して操作するための実験。その他、異能に関する研究のために使用した結果、自我が喪失してしまった異能者たちを、リースは今回、囮として処分することを選んだのだ。

 形式上、まだ人である者ならば、多少、機関やカンパニーの攻撃が躊躇われる可能性も考慮して。


「うんうん。いいね。良い具合の混沌だ。人の悲鳴が、物音を隠してくれる。喧騒が、余計なノイズをイレギュラーへと与える。その性質上、あのイレギュラーはまず、人命救助に向かうだろう…………我らが盟主から預かった権能によって、天罰術式を無視できるのは、六時間程度。そこで、決着を付ける」


 突如として巻き起こった惨劇の中に潜み、リースは行動を開始する。

 人類史にある中でも、最高ランクの隠密術式で、機関やカンパニーの探査術式をカット。魔力を十全に練り上げて、盟主から預かった権能の数々を、過不足なく起動させておく。

 それらは全て、イレギュラー……つまり、天宮照子を殺すために用意した物だった。

 失敗作である異能者たちも。

 成功作である襲撃者も。

 大量に召喚された、数多の魔物たちも。

 全ては、リースが盟主と仰ぐ存在から授かった権能を、照子に通すためのリソースだ。天宮照子というイレギュラーを殺すためならば、リースは命の消費を躊躇わない。

 身内や、同志以外の命を使うことを、躊躇わない。


「大丈夫だ、問題ない。この条件ならば、天宮照子を排除できる。一度、殺せる。殺して、魂を我が存在に賭けて、今度こそ、封印――いや、異界に追放しよう。そうすればきっと、もう、悪夢に思い悩むことはなくなるさ」


 逆を言えば、リースは己の身内から犠牲が出ることを、何よりも恐れていた。

 その点に限れば、並大抵の人間よりも、愛情豊かな性格をしていると言えるだろう。もっとも、人類にとっては害悪に過ぎない魔人であることに、代わりは無いのだが。


「タイミングが肝心だ。奴の異能は、奴自身のメンタルに直結している。奴が揺らげば、奴の異能の強度も揺らぐ。その瞬間を狙えば、策は成る」


 そう、人類にとっての脅威度では、下手をすればランクAを凌ぐほどに危険な魔人であるリースは現在、勇気を振り絞っていた。街の影を疾走しながら、早鐘を打つ心臓を強制的に静かにさせて、虎視眈々とタイミングを見計らっていたのである。

 まるで、絶望的な戦いに挑む戦士のように。


「すぅー、はぁー。ふぅ…………よし」


 そして、リースにとってのその時はやって来た。

 標的である照子を視界に捉えたリースは、獣の如く疾走を開始する。転移術式は使わない。魔力を伴う奇襲を感知される可能性を考慮して、リースは体術のみで、照子との距離を肉薄したのだ。


「やはり、来たか。リース」

「天宮、照子ぉ!」


 魔物を素手で駆逐していた照子は、リースの奇襲に気づくと、すぐさま迎撃態勢を整えた。けれども、僅かに遅い。既に、リースの策略は起動し始めている。


「絆を繋ぐ鎖よ。ワタシに、比類なき剛力を与えたまえ」


 初手、魔術や搦め手を警戒していた照子は、リースが振るった拳によって殴り飛ばされた。そして、数十メートルほど勢いよく飛んだかと思うと、高層ビルに叩きつけられる直前で、ぴたりと空中で止まる。


「妙な力だね。まるで、大山のそれだ」


 本来であれば、その一撃で大体の人間、否、魔人であろうとも殺せるはずなのに、やはり照子はぴんぴんとしていた。驚きはしたが、負傷は無いといった様子だ。

 対して、真っ赤なスーツ姿で、体中に鎖を巻き付けたリースの顔色は青白い。盟主から授かった権能の一つ、『絆を結んだ相手の力を借り受ける鎖』は、絶大なる効力と引き換えに、リースの魔力を多大に消費していた。

 事実、先ほどの一撃を放った瞬間、リースの肉体は過ぎた力に対する反動で軋み、全身が激痛に苛まれたが、それでも、リースは攻撃する手を緩めない。


「天宮照子。は、ここで終わらせる」

「はははっ、やってみろ」


 権能を用いて、鬼神の力を借りたリース。

 けれども、その戦闘経験まで借り受けられるという代物ではない。そのため、当然ながら大山当人よりは弱く……そして、大山と殴り合えていた照子と長い間、殴り合うのは難しい。そういう判断をリースはしていた。


「――――ちぃっ!」


 だが、殴り合いを続けて、苛ついているのは照子の方だった。リースもまた力任せの戦いであるが、つい最近、力が上がったばかりの照子も、その力に振り回されているらしく、珍しくリースの予想よりも状況は良い方向へと転がっている。

 常に、己の予想の斜め上を行くイレギュラーである照子と、予想よりも上手く戦えていることに奇異を覚えつつも、リースは手を休めない。これが幸運による物か、それとも、『戦い始めて一年も満たない退魔師』という経験不足の結果から、こうなったのかは不明。いつ、この優勢が崩れるともわからない。

 ならば、会話する余裕があるうちに、タイミングを合わせるための布石を打つべきだ。


「天宮照子。運命のイレギュラー。お前は、強い。けれども、単独の強さだ。お前だけが強くとも、世界は何も変えられない」

「やれ、戦いながら会話するのが趣味か? なら、悲鳴を囀っていろ……よっ!」

「ぐっ――は、はは。そう、つれない返事をしないでほしいね」


 何せ、と言葉を次いで、リースは己の中で、タイミングが整ったと判断した。

 予定通りの時刻。

 予定よりも優勢な状況。

 そこで、リースは照子の心を揺らがすための言葉を紡ぐ。


「「これから、お前の仲間に関しての話をするのだから」」


 そう、照子の口から紡がれた物と、全く同じ言葉を。


「…………は?」


 この時、リースの思考は真っ白に染まった。リースという魔人は常に、並外れた思考速度を維持する権能を持っているのだが、それすらも止まった。

 何故ならば、その瞬間に予測してしまったからだ。

 そう、リースにとっての、最悪の未来を。


「ぎひっ、ひひひひっ! ひゃひゃひゃひゃっ! 傑作、だぜぇ!」


 リースの眼前に居る照子は、その、端正な顔に似合わぬ嘲笑を浮かべている。

 ここで、リースは気付いた。気付いてしまった。何もかも、手遅れだったということを。


「まさか、神算鬼謀と、我らが機関に疎まれていたテメェが、こんなにも簡単に、引っかかってくれるとはなぁ! ひょっとして、テメェらのお仲間に、似たような力を持った奴が居たか、油断でもしたかぁ? 自分がやっていることは、誰も思いつきはしない、何て思ったかぁ? や、違うな、流石に違う。でも、そうなると、あれだな。そういう考えにすら及ばないほどに、テメェは『天宮照子』が怖いらしい」


 全ては罠であり――――眼前に居る、天宮照子の姿をした何者かは、最初から騙していたのだと。リースだけではなく、味方の大半も。この絵図を描いた、一部の人間を除いて。


「ぎひひっ! おっと、いい加減、この姿じゃあ、分かりにくいよなぁ? んじゃあ、ちょいと三番目の顔にして、と」


 天宮照子の形をした何者かが、ぱちんと、指を鳴らすと、その変化が始まった。どろどろと、スライムのように肉体が軟体化し、違う物へと形を変えていく。

 やがて、一秒も経たないうちに、小柄な少女の姿へと変わった。それはどこにでも居るような地味な外見をした少女で。中学生か、小学生の境界線にあるような外見年齢だった。


「改めて、初めまして、だ。魔神器官が頭領、リース。アタシは機関に所属する上位エージェント。二つ名は『ネームレス』。役割は、主にこうやって、誰かさんに成りすまして、色々やることだよ」


 だが、何処にでも居るような平凡な少女が、悪意がたっぷりと詰まった笑みで笑う。嗤う。

 敵対者である魔人へと、笑みを浮かべながら致命的な一言を与える。


「――――たとえば、時間稼ぎとか、な?」


 その瞬間、リースは己の失敗を悟った。

 それは、照子に対して執着したことではない。それは、襲撃者を使った陽動でもない。

 人外に対する、天宮照子の悪性を見誤ったこと。

 それこそが、罠に嵌ってしまった、一番の原因だった。



●●●



 魔神器官には、潜入担当の魔人が存在する。

 その名を、テイム。対応する権能部位は、『皮』だ。そして、その能力とは、『特定の対象への成り代わり』である。要するに、どんな人間にもなり済ませられる魔人だ。

 ただし、もちろん、制限は存在する。

 姿形程度は、写真や、遠くからの視認で変化することは可能だが、中身を模倣するためには、相手の血肉を食らわなければならない。特に、精神を模倣するのであれば、脳を食わなければ、難しいだろう。

 この権能は、様々な魔術、異能の中でも、特に使い勝手が悪い物だ。あらゆる魔術の中には、もっと手軽に対象へと成り済ませる手段も存在する。けれども、その手間の代わりに、テイムの成り代わりは、ほぼ完璧に成り済ました人間を模倣するのだ。

 例えば、何十年も連れ添った夫婦であろうとも、片方に成り代わられてしまえば、もう片方は気付くことは叶わない。それほどまでに、高精度の成り代わりなのだ。

 故に、一度成り代わってしまえば、どんな組織だろうとも、潜伏するのは難しくない。

 事実、機関内部に潜入を果たしていたテイムは、きちんとその役割を果たし続けて、魔神器官に貢献し続けていたのだから。


 同胞のお遊びに付き合って、天宮照子に捕縛されてしまうまでは。


「まさか、私の友達を傷つけて、のうのうと逃れられるとでも?」


 滝藤瑞奈と、池内亜季の事件がきっかけだった。双子の同胞のお遊びに付き合い、気分良くその場を立ち去ろうとした時、恐ろしく勘の良い照子によって看破され、捕縛されてしまったのである。

 当然、潜入担当の魔人なんて存在を、ただ殺すなんてもったいないことはしない。

 テイムは機関に所属する、数多の異能者、魔術師によって洗脳を施されて、ダブルスパイとして活躍して貰うことにした。

 無論、頭領であるリースとの接触は最低限にまで留めた。

 僅かな違和感によって、こちらのたくらみが看破されないように、慎重に慎重を重ねて。その所為で、防げなかった被害ももちろんあったが、ようやく、その苦労が実を結ぶ時が来たのである。


「では、行きましょう、天宮さん」

「はい。虐殺を始めましょうか、美作支部長」


 かくして、機関による、魔神器官の掃討戦が始まったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] >アタシは機関に所属する上位エージェント。二つ名は『ネームレス』  すげえな、この名無しさんは。  誰かに成り済ます力で、照子と同等?な力も得られるなんて。
[一言] ネームレス……もしやミカン??? 他者変身に皮……性癖をゴリゴリ突っ込んである( ˘ω˘ )
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ