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第94話 人を狩る猟師 8

 襲撃者が転移を終えた瞬間、感じたのは猛烈な寒さだった。


『――――っ!? 【ホット・ビート・イート】』


 襲撃者は脊髄反射の如き素早さで、異能を展開。身を焼くほどの熱さを纏い、外側から与えられる寒さを遮断する――――そのはずだった。


『…………が、ぐ?』


 止まらない。

 寒さが止まらない。

 触れれば、鋼鉄さえも融解するほどの熱さを身に纏っているというのに、襲撃者の骨身に冷たい痛みが走り続ける。


『――――異能発動。【当たり前の幸せ(エア・ハピネス)】』


 故に、襲撃者が選んだ防御方法が、周囲の空気を支配して、自分の領域を作り上げるということだった。ただ、それだけの出力の領域を作るのならば、襲撃者の肉体が持つ本来の異能を使わなければならなかったのである。


『領域維持……完了』


 周囲の空気を支配して、絶えずに魂が凍えるような寒さを排除する。

 そこでようやく、襲撃者は周囲の状況を見回すことが出来た。


『目的地ロスト……転移の道筋をハッキングされ、目的地とは違う場所に転移させられたと推測』


 襲撃者の周囲は、真っ白な雪原が広がっていた。

 ごうごうと降りしきる豪雪。

 空からはろくに陽が差し込まず、薄暗い。だというのに、純白の雪原は僅かな光すらも照り返して、襲撃者の視界を眩ませようとしてくる。


『異界からの脱出手段を検索……肉体の脳から、情報を抽出中――』


 そして、豪雪に紛れて、襲撃者の領域を穿つ魔弾が突き刺さった。

 ぎぎぎぎぃ、とどこからか放たれた魔弾は、空気中で止められながらも、領域を僅かに削る。襲撃者がかつて、数多の異能者と殺し合いとした際、余裕で攻撃を防いでいた時と違って、その魔弾には領域の防御を貫く可能性があった。


『攻撃を確認。先刻の狙撃手であると推測。優先順位の切り替え…………狙撃手の排除を、第一優先目標とする』


 従って、襲撃者は逃走よりも、迎撃を選択する。

 そちらの方が、生存確率が高いという、機械的な計算結果に従って。


『異能の効果範囲を二色に分別』


 迎撃を決断すると、襲撃者の肉体――山口太河の異能の使用方法を再現し、効果範囲を二種類に分けた。

 一つは防御用。領域内の空気に魔力を充満させて、外からの干渉を防ぐもの。

 もう一つは探査用。領域外の空気を、浅く、広く支配して、狙撃手の居場所を探るためのものだ。

 山口太河はかつて、この二つの使い方を習熟したことによって、異能者同士の殺し合いを制したのである。

 空気を操り、周囲を己の領域へと塗り替える異能。

 攻防一体の異能は、権能によって略奪した数多の異能よりも、優れていた。少なくとも、自分を殺しうる可能性を持つ相手との戦いでは、この異能の使用が最善であると襲撃者は判断している。


『…………狙撃手の熱源を確認』


 事実、襲撃者はこの方法で、狙撃手の居場所を暴くことに成功していた。

 豪雪によって異能の精度は落ちているが、人ひとり分の熱源を確認。そちらの方向へと走り出すと、魔弾による狙撃の回数が増えて、熱源が急いで動き始める。


『異能の出力を上昇。狙撃手の排除を最優先』


 狙撃手が逃げ出すような動きをしたことで、襲撃者は自らの判断が間違えていないと確信した。こちらが近づくほど、精密だったはずの射撃が荒くなり、魔弾の威力も下がっていることから、狙撃手を追い詰めていることは明白である、と。


『エア・アーマーを起動。距離を肉薄し、空気で押し潰します』


 襲撃者は雪原の上を疾走するため、防御特化の領域を変化させた。卵の殻のように、周囲の干渉を阻むものではなく、使用者の動きを補助し、向上させるようなパワードスーツのような物に形を変えたのだ。これにより、防御力は下がるが、機動力は比ではないほど向上する。加えて、雪に足を取られることなく、吹雪を切り裂くように飛んでいくことが可能となった。

 逃がしはしない。冷静さを取り戻す前に、ここで確実に殺す。

 機械的であるはずの襲撃者の判断は、度重なる異能の使用により、本来の肉体の持ち主に近づいていた。近づけなければいけないほど、異能を強化せざるを得なかったのである。

 襲撃者は、魔人によって接着された『魔神の右腕』に仕込まれた、一種のプログラムのような物だ。リースによって仕込まれて、太河が意識を失った際、その肉体を操作し、ターゲットを殺害する。

 それにより、罪悪感が生まれた太河の精神が衰弱する度に、右腕による精神浸食が進むのだ。この苦痛に耐えられなくなって、言い訳を用意しながら人を殺すようになれば、やがて、立派な魔人が生まれる。そういう目的ために生み出されたプログラムだ。

 だからこそ、本来は山口太河の人格が起き上がらないように、押さえつけるということが最優先される物なのだ。それが、今、生命の危機によって、優先順位が覆っている。

 山口太河の意識の一部を覚醒させてでも、異能を強化して、上手く扱い、敵対者を仕留めなければならない、と。


『目標視認――――圧殺する』

「ぐっ……っ!」


 それは、襲撃者というプログラムにとってはバグのような思考であったが、問題は無いと判断していた。

 何故ならば、優先順位が覆るのは短い時間。狙撃手を追い詰めて、視認可能な位置にまで辿り着いている。後は、真っ白なギリースーツの狙撃手を、空気の重さで押しつぶすだけ。

 勝てる。

 ギリースーツの間から窺える、焦ったような狙撃手の顔がその証拠だ。

 問題ない。一秒にも満たない僅かな時間の間で、きっと狙撃手は押し花のように、真っ白な雪原を赤で彩るだろう。

 故に、襲撃者は防御のための領域を最低限にして、後は全力で狙撃手を圧し潰すという配分へと変えて。


「ようやく、隙を見せたな? 襲撃者」


 次の瞬間、襲撃者の左足。膝関節が、『背後からの狙撃』によって、貫かれた。


『――――っ!!?』

「僕は、お前のその異能だけが怖かった。他の雑多な異能を使ってくるなら、もっと楽に倒せただろう。でも、その異能だけは群を抜いて習熟が違う。しかも、猟銃を持つ僕との相性は最悪だ。空気を支配する異能なんて、狙撃の天敵みたいな奴だし。だから、僕は罠を仕掛けることにしたんだ」


 最低限とはいえ、領域による防御を貫いたのは、狙撃手――銀治が扱う魔弾の一種だ。

 貫通の魔弾。

 魔力由来の防御であるのならば、それを貫き、穿つというもの。かつて、『常冬の王』を仕留めるために、先代の猟師が開発した魔弾の一つ。

 しかし、その魔弾は魔力を貫くが、物理的な変化にはさほど強くない。そのため、防御に特化したままの領域では、魔力の防壁を貫いても、風によって狙撃を逸らされただろう。

 防御を最低限にしたからこそ、貫通の魔弾は的確に襲撃者の膝を貫いたのだ。


「お前の探査に引っかかったのは、わざとだ。この異界に引きずり込んだ時点で、勝負が決まればよかったが、そうじゃないのなら持久戦は望ましくない。追い詰めすぎて、あいつの肉体の消耗が早まるのが怖かった。だから、わざと僕の姿を晒してやったんだ。そうすれば、お前は、見知らぬ異界の中で持久戦をするよりも、僕を潰すことを優先するだろうと思ってな。そして、僕の狙いは外れることなく、成功した」


 襲撃者は小さく苦悶の声を上げて、雪原へと倒れ込む。

 即座に、自己修復系の異能を発動させようとするが、上手く魔力が循環しない。いかに強固な法則を持つ異能であろうとも、魔力というエネルギーが無ければ使えない。


「ああ、もちろん、その弾丸は特別性だ。『貫通』と『雷撃』の二つの属性を込めてある。二つ以上の属性を組み合わせることは、常冬の領域では出来なかったが、都会に出て来てようやく作り出せたんだよ。まぁ、僕も成長したということかもしれない…………さて、こうして隙を晒しているのに、反撃をしてこないってことは、本当に動けないようだな」


 がちゃり、と銀治の手の中に、無骨な拳銃が召喚された。

 既に、エンチャントを施した弾丸も、弾倉の中に込められている。


「狩猟の鉄則は、躊躇わないことだ。躊躇えば、獲物を長く苦しめるだけでなく、思わぬ反撃を食らって怪我を負うかもしれない。だから、悪く思うなよ」


 冷たい銃口は、寸分たがわず襲撃者へと定められていて。


「――――僕は、猟師なんでね」


 銀治の言葉と共に、乾いた銃声が一つ。冷たい雪原の中で、高らかに響いたのだった。



●●●



 計画はこのような流れになっていた。

 まず、襲撃者を逃がさないように捕えなければ、話にならない。そのため、銀治が使ったのが、『常冬の王』の遺骸を用いて作られたアーティファクトだ。

 守り刀の如く、形を整えて削り取った角剣は、攻撃ではなく異界を作り出す特別製の一品。所持者の魔力が続く限り、常冬の異界を疑似展開し、そこに捕えた者を逃がさない。加えて、魂すら凍えさせる寒さが、異界内に居る限り、永続的にデバフをかけ続けるという恐ろしい効果を持つ。

 これにより、襲撃者は山口太河の異能で戦うしかなくなった。

 異界からの脱出を選択すれば、油断ならない魔弾による狙撃が、己の命を奪うかもしれないからだ。


「やはり、と言ったところだろうね。恐らく、山口太河君はリースという魔人によって、暴走するように仕組まれている。彼の右腕は切り落とされて、何かとても強力な呪物を接着させられているらしい。あれをどうにかしない限り、君の友達が完全に正気を取り戻すのは難しいだろうね」


 照子と機関の調査により、『襲撃者』として振る舞っている際、山口太河の人格が封印されているという確証は得られた。

 ならば、後は銀治が上手く、狩るだけの話だ。

 友達を殺すのではなく、獲物を狩ることならば、銀治に失敗は無い。


「第八の魔弾よ、退魔の理を示せ」


 だからこそ、銃口から放たれた魔弾は、寸分たがわず襲撃者へ――――太河の右腕に命中した。そして、魔弾は銀治の言葉通り、魔に属する物を滅ぼす。

 そう、魔神の遺骸の一つである、『赤き右腕』を跡形もなく吹き飛ばしたのだ。


「次いで、第七の魔弾よ」


 当然、片腕を吹き飛ばされてしまえば、太河の命も無い。

 出血大量での死は避けられない上に、強制的に呪物を破壊されたショックで死にかねない。

 そう、これは銀治にとっての賭けだった。


「――――祝福の理を示せ」


 呪物である右腕を吹き飛ばした次の瞬間、既に銀治の準備は終わっていた。

 予め弾倉に込められた弾丸を、魔力を込めて打ち出すだけ。それだけで、銀治の魔弾は成る。けれども、弾丸が破裂する限界まで魔力を込めることによって、一時的にその魔弾の効力を高める事が可能だ。

 ただし、そのような真似をすれば、通常以上の消費に加えて、失敗の可能性が混じる。

 通常の魔弾ならば、当たればほぼ確実に発動するのに対して、過剰供給の魔弾は、二割の確率で失敗する。その場合、銀治が放った弾丸は、太河の心臓を貫くだけで終わっただろう。


「一つ目の賭けは、成功したか……だが」


 されど、銀治が放った魔弾は見事に、太河の肉体を即座に蘇生させた。

 失った右腕は戻らないものの、肉体的な不調を全て討ち滅ぼし、健全な肉体へと戻すことに成功したのである。

 だから、問題があるとすれば、太河の精神だ。

 あまりにも乱暴な外科手術的解決により、精神が崩壊しないという保証はどこにも無いのだ。最悪、一生廃人として過ごす可能性すらある。


「…………おい、山口」


 銀治の呼びかけに対する反応は無い。

 雪原の中で、静かな呼吸音だけが太河の生きている証明だ。

 いくら声をかけても。

 体をゆすっても。

 何度も、頬を叩いても。

 太河は起きることが無かった。


「二つ目の賭けは、長くなりそうだな」


 銀治は太河の体を背負い、ずるずると、雪原を歩いていく。

 この異界の出口は、銀治だけが見えるし、銀治にのみ使用許可がある。そういう風に設計されて、作り上げられた物だ。だから、しばらく歩けば、直ぐに外に出られるだろう。都会の熱さを、たっぷりと味わうことが出来るだろう。

 かつての銀治は、その暑さに感動を覚えていた。

 でも、今は違う。外の世界で生きる事が出来るとしても。寒さが無い世界で生きていけるとしても。ただ、孤独に生きていくだけでは、物足りなくなってしまったのだ。


「…………なぁ、山口。起きろよ。起きたら、ほら、あれだ。前に言っていた風俗、連れて行って、やるからさ」


 口元に小さな笑みを浮かべて、銀治は太河と共に歩いていく。

 いつかまた、この友達と一緒に遊べる時を待ち望みながら――――もっとも。


「こ、こすぷれ、オプションは、ある、か、な……っ?」

「おい。起きるタイミングはともかく、台詞が最悪だぞ、お前」


 銀治が思っていたよりも、その時は直ぐに訪れそうではあるが。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 物語の初めや独創的な発想、各話の動きなどとても読みやすく楽しめました。 [気になる点] 91話付近の相手側の過去(デスゲームの話)(襲撃者の心情説明)等は幕間としてまとめた方が混乱が少なく…
[一言] >狩猟の鉄則は、躊躇わないことだ  なるほど。 躊躇(ためら)わない。  ……これは愛だな。 >「――――僕は、猟師なんでね」  いや、躊躇わない姿で愛を見せているんだから、宇宙刑事じ…
[一言] 上手いこと運べばいいが……
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