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第82話 幕間:ミカンという少女

お待たせしました。

ぼちぼち、週1ペースで更新していきます。

 夢を見ていた。

 最初は、自分が小さなプランクトンになっている夢。

 ふわふわと、母親の胎内のように温かい海を漂って、のんびりと海上から降り注ぐ光を見上げていた。

 次は、いつの間にか魚になっていた。ぐんぐんと、水を尾で踏み進むような爽快さは、中々、人間の時では体験できないものだ。

 次は、イルカ。次は、鯨。次は、犬。次は、猿。次は、次は、次は――――


『くくく、お客人。そっちに流れると、本当に神様みたいになっちまうよ?』


 そこで、ふと聞き覚えのある誰かの声で、自分の形を取り戻す。

 時間の奔流に飲み込まれて、どこかに流されてしまいそうな自分の意思を取り戻す。

 …………もっとも、取り戻した自分の形が金髪美少女なのは、既に、行きつくところまで行きついてしまったような気分であるが、仕方がない。

 ともあれ、今はこの夢から覚めるのが先決だ。

 まるで、地球の歴史を全て頭に……いや、魂に叩き込まれるような夢の中に居ては、明らかに精神がおかしく、というより、解脱してしまう。なんか悟ってしまいそうになる。聖人とか、仙人とか、その類になりそうで怖い。

 恐らく、これは副作用なのだろう。

 私は大山との戦いで、多く、周囲の環境から魔力を取り込み、自分の糧とした。けれど、それは明らかに人の領域を超えた行いらしい。私としては、それは世界を滅ぼす可能性があるからこそ、機関から制限されていると思ったのだが、どうにも思っていたよりも、違う方向に厄介なようだ。


『…………こっち……こっちに……』


 などと、私が愚にもつかないことを考えていると、再び、誰かの声が聞こえる。聞き覚えのある声だ。けれど、先ほどの物とは違う。

 優しく、耳に馴染むような声。

 既に、自分の日常の一部となった声。

 私は夢の中で、その声のする方向へと進むことにした。そもそも、ぐるぐると地球の歴史がダイジェストで周囲に投影されているような、おかしな夢である。どこが足場なのかすらも分からず、それどころか、上下の感覚すら曖昧であるが、私は確かに進んでいた。

 飛ぶように、駆けるように。


『…………こっち、ですよ……』


 まるで、光に向かって飛ぶ羽虫のように、私は声を目指した。

 そして、段々と自分の魂が、何か巨大な物から離れていく感覚があって――――



「おっはよう、照子ちゃん! おっと、愛しの誰かさんと勘違いしたのか!? 残念、オレは可愛らしい美少女の姿をした、お婆ちゃんでしたぁ!」

「クソがァ!」


 目覚めた瞬間、彩月によく似た少女――ミカンが、同じベッドの中に潜り込んでいたのを確認して、私は思わず、悪態を吐いてしまった。



●●●



 朝食を作る時に肝心なのは、手間を惜しまず、けれども、凝らずに作ることだ。

 手間暇を惜しめば、朝食の味が露骨に落ちて、一日の始まりが微妙な気分になってしまう。だが、手間暇をたっぷりかけて凝った料理を作ろうとすれば、時間が足りない。特に、平日の朝は最悪だろう。もっとも、私は現在、夏休みという社会人時代には失われてしまっていた栄光の日々を堪能中の身の上。料理の手間暇はどれだけかけても問題ない。

 でも、朝っぱらからそこまで気力を振り絞る理由は無いので、適当な料理で済ませることにした。


「んんー、まぁ、こんなもんでしょう」


 脂の少ない豚肉の部位を使って、あっさりとしゃぶしゃぶに。お湯で茹でる前に、軽く片栗粉を付けると、ぷりぷり食感になって面白い。そのしゃぶしゃぶだけだと、見栄えもいまいちで、栄養もいまいちなので、周りには冷蔵庫にあったトマトやらレタスやらを盛り付けておく。後は、ドレッシングを各自でかければ完成。

 ご飯は昨夜の内に研いで、炊飯器をセットしておいたし。味噌汁は、冷蔵庫にある昆布水を使うと、出汁を作る手間が省略されてらくちん。その上、美味しい。


「ということで、はい、どうぞ」

「おおー、照子ちゃんの手料理だぁー! いやぁ、美少女が愛情を込めて朝食を作ってくれるプレイなんて、何万円を積んでも出来ないぜぇ!」

「プレイ言うな」


 現在、私はミカンと共に、テーブルに付いていた。

 監視という名目はあるが、一緒に暮らすということなので、既に、初日で生活に必要な物は揃えてあり、無論、食器もミカン専用の物を用意してある。

 なお、美作支部長は休日でも昼まで起きてこないので、朝食の準備は不要だ。


「おー、美味い! やっぱり、リアルの飯はうめぇぜ! しかも、目の前に、綺麗な面があると食欲が進む!」

「私は同居人が煩くて、食欲が減退しそうだけど?」

「おっと、そりゃいけねぇ。今のアンタは生命維持に不足を感じた場合、無意識に周囲から魔力を吸い取る可能性がある。出来れば、必要以上に飯は食った方が良い。ま、その肉体なら、太るなんてことは在り得ねぇから、安心しな!」


 かかか、と愉快そうに笑うミカンの姿を見て、私は内心、複雑な気分だった。

 ミカンという、明らかな偽名。機関上層部にすらも無理を通させるほどの立場。加えて、彩月と似通った顔という、明らかに怪しさしかない人物が目の前に居るのだ。どうにも、警戒を切れない。

 ただ、それでも、リースによって封印された私の手助けをしてくれたのは事実だ。ミカンが居なければ最悪、間に合わずに、同僚の誰かを失っていたかもしれない。


「…………御忠告どうも。じゃあ、今度からは意識して沢山食べるようにするよ。そのついでで良ければ、貴方の食事も作るけど?」

「おっと、いいのかい? 照子ちゃんは微妙に、このオレを信用できてないみたいに見えたんだが?」

「だとしても、受けた恩を返さないのは、社会人以前に、人としてどうかと思うので。貴方が私の周囲を害さない限り、貴方と敵対するつもりはありません」

「ほほう。律儀だねぇ…………優しいってわけでもないのが、絶妙だ」

「よくわかっているじゃないですか」


 にやにやと笑うミカンへ、私はにっこりと微笑みを返す。

 そうとも、私は薄情な人間だ。どれだけ怪しい相手でも、恩や打算がある限り、きっちりと仲良くやってみせるさ。逆に、それが無い場合の対応は、お察しなのだけれどね?


「かかか、安心しな、照子ちゃん。オレは徹頭徹尾、アンタの味方さ。仮に、アンタが俺に殺意を抱くようになったとしても、オレはアンタを裏切らない」

「それはつまり、私のためになることだったら、私の意志にも反するということじゃないのかな?」

「おっと、流石。よくわかっているじゃねぇか」

「…………素直に信用させて欲しいよ、もう」


 しかし、結局のところ、私はどれだけ怪しかろうとも、ミカンと離れることは出来ない。

 何故ならば、私が機関によって封印処理、もしくは、惑星外へと追放処理を受けないのは偏に、ミカンという超級の術者が私の力を封じていてくれるからだ。

 しかも、呪符とか、呪具とか、そういう類の代物は使っていない。ただ単に、傍に居て、常に、私に封印術をかけ続けているだけなのだ。しかも、耐性を獲得された傍から、次々と、全く新しい術式をその場で作り上げて、【不死なる金糸雀】の影響を最低限に留めている。

 正直、この破格の対処ですら、私が『何か』に成り果てるまでの対症療法に過ぎないとのことなのだが、今の私にとってはそれで充分だった。

 最悪の最悪。私が異能者と成り果ててからの一連の事件を全部片づけた後ならば、どれだけの弱体化処理も、封印処理も受け入れよう。流石に、追放処理は彩月が悲しむので遠慮したいのだが、実際の所、私の立場はとても難しい。

 機関という組織は、秩序を重んじる。その秩序に沿っているのならば、基本的に寛大だ。規則を犯さなければ、異能者であれば、いや、魔人や魔物の類でさえも、受け入れて保護、管理するぐらいの度量はある。

 問題は、私の力が明らかに『管理できる範疇』から超えてしまっているということ。


「おいおい、浮かない顔をしているじゃねーか、照子ちゃん。どうした? そんな憂いを帯びた顔をしたら、男も女も放っておかないぜ? 誘ってんのか?」

「……彩月と似たような顔で、下品なことを言わないで欲しいのだけれど?」

「おっと、そいつは失礼。だが、一つだけ訂正だ。オレが君の愛しい誰かさんと似ているわけじゃない、逆だ」


 肩を竦めてお道化た後、ミカンは不敵な笑みを浮かべて、私へ告げる。


「オレに、芦屋彩月という術者が似ているんだよ。まぁ、芦屋の血族にどんな思惑があるのか知らないが。初代であるこのオレに近づけたくて、呪術による体質操作や、胎内での調整ぐらいはしているかもな?」

「…………初代?」

「おうとも、聞いたことはないか? 検索エンジンで試しに調べてみたら、割とヒット数があったから、それなりに有名だと思ったんだがなぁ。ま、興味のない奴は、全く知らない名前だから別にいいんだがな」


 芦屋家。

 機関の中でも、特殊な位置づけにある、特別な家系。

 芦屋彩月を筆頭に、その血筋は多くの上位エージェントを輩出して、また、結界術という貴重な技術を保有する一族らしい。もっとも、彩月からすれば、『天才に数年で奪われ尽くすような古い技術』のようだけれども。

 そう、私も相棒に芦屋の一族……その筆頭である彩月が居るのだから、『芦屋』という名前が持つ特別な意味ぐらいは、それなりに知っている。


芦屋あしや 道満どうまん。今じゃあ、創作の中でも、それなりに有名だと思うだがね? 主に、天才陰陽師と対を為す……あるいは、滑稽な負け役として」


 しかし、まさか、こんなビックネームが出て来るとは思いもしなかったのだ。

 だって、露骨に女の子の恰好をしているし。



●●●



 芦屋道満。

 安倍晴明と並んで、いや、文字通り、並び立つほどにビックネームだ。特に、機関という、そちら側の世界にどっぷりと浸かっている私としては、この名を名乗る意味が重いということぐらいは、理解している。

 何せ、現代異能バトルやら、異能伝奇が世界中で行われている、こんなご時世だ。野良の術者やら、異能者の中には、そういうビックネームにあやかる者も少なくない。

 だが、大抵は名前負け。世界の裏側に属する者だからこそ、そういう名前が持つ重みは特別な意味を持つ。下手な素人がそれを名乗ったとしても、滑稽なだけ。虎の威を借るつもりが、虎の威に負けて、潰れて、死ぬ。

 特に、芦屋道満となれば相当だ。

 何せ、百鬼夜行が跋扈して、人外魔境と成り果てた暗黒時代に、安倍晴明という天才陰陽師のライバルとして認識されている怪人なのだから。

 ただし、安倍晴明が、善や正義だとしたら、芦屋道満は、悪党として扱われることが多かったりするのだが。


「…………まさか、芦屋道満が美少女だとは思わなかった」

「あっはっは! おいおい、まさか、あの平安の世に居る奴らが、真っ当に性別なんて世の中の法則を守っているとでも? 今のオレはこの通り美少女だが、ああ、そうだな、あの時はオッサンだったかもしれねぇなぁ! どこかの誰かさんに首を切られて、お前さんみたいに美少女転生したかもしれねぇ。いやいや、もしかしたら、昨今の風潮っぽく、実は歴史上の偉人やら、主要人物は全部美少女だったのかもしれないぜ?」


 冗談めかして笑うミカンであるが、その言葉の真偽は、私には分からない。

 何故ならば、ミカンの実力は機関の上層部ですら、認めざるを得ない代物だ。仮に、ミカンの言葉が真実だとしても、私は驚きよりもむしろ、納得してしまう。

 こいつならば、そうであってもおかしくない、と。


「とは言っても、照子ちゃん。道満なんて名前、流石に、現代ではどうかと思うから、今まで通り、ミカンと呼んでくれ。そう、いつも通り、愛を込めて」

「込めていませんが? というか、名前で呼んだこともほとんど無いような?」

「おっと、酷くないか? この美少女に向かって。仮にも、恩人に向かって?」

「…………それを言われれば、まぁ、はい。ご不満であれば、態度を改めて、社会人として丁寧に接しさせていただきますが?」

「やだぁ! オレは照子ちゃんと、もっと親しい仲になりたいんだよな! 理想としてはB級映画の相棒同士の如く、軽快にトークを交わそうぜ!」

「生憎、相棒の席はもう埋まっているのだよ」

「ほほう?」


 私の言葉に興味を示したのか、ミカンが笑みを深めた。


「なるほど、なるほどねぇ。占術じゃあ、詳細には分からなかったが、どうやら、オレの子孫は思ったよりも、良くやっているらしい」


 ミカンはその後、何やらぶつぶつと呟いたかと思えば、「よし!」と何かを思いついたように頷いた。

 あの、嫌な予感がするのですが?


「特別の特別だ! このオレが、照子ちゃんの愛しい相棒に修行を付けてやろう! 言っておくけど、これ。オレにしては、かなり珍しい真っ当な気まぐれなんだぜ?」


 だが、私の訝しむような視線など全く気にしていない様子で、ミカンは満面の笑みで言い切った。もちろん、拒否は難しい。何故ならば、この外面美少女の怪人は、上層部にすら話を通すことが可能な、特別な存在である。


「あ、もちろん、照子ちゃんにも手伝って貰うからな!」

「…………はい」


 こうして、私も含めた学生退魔師組は、休日にも関わらず、緊急呼び出しを受けて、特訓することになってしまったのである。

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― 新着の感想 ―
[一言]  道満だったかぁ。  しかし道満ってことは、ライバルの嫁を○してでも奪い取るってヤバい性質。  それを一族として伝わっていて、ツッキー視点でミカンが照子を寝取ろうとしている様に見られるんじゃ…
[一言] よく考えたらツッキーはテルさんとみかんが実質同居って知っている、のか…?
[一言] 当時の退魔士界隈では美少女になるのが流行っていた可能性も?? 照子さんの両側を彩月さんとミカンさんで埋めて欲しい感ある。
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