第81話 落陽は再会と共に 15
申し訳ございません。ストックが切れたので、しばらくの間、更新が停滞します。
来月末ぐらいから再開予定ですが、ちょっとリアルが地獄の忙しさになってしまったので、多分、週一更新ぐらいになるかと。
お楽しみにして頂いている方には、大変申し訳ございません。
とはいえ、物語をエターにするつもりは無いので、気長にお付き合いいただければ幸いです。
私は冷房がガンガン効いた室内で、ミイラ男ならぬミイラ女となって居た。
別に、干からびているというわけではないのだが、一身上の理由によって、全身を呪布でくるまれているから、外見的に早すぎるハロウィン状態なのだ。しかも、呪布だけでは足りず、様々な装飾品を象った封印具を身に付けているので、厳重過ぎる警戒体制と言えよう。
『はーい、それじゃあ、天宮さん。思いっきり力を解放してみてくださーい』
「分かりました」
ただ、そのような厳重な警戒を経て施された封印も、私が気合を入れて魔力を解放するだけで、吹き飛ぶのだから質が悪い。
ううむ、どうやら私は先日の戦いで、何かの壁を乗り越えてしまったようだ。
『あー、はい、ありがとうございます…………マジかよ……』
強化ガラス越しに、機関の研究員――時岡さんの声が聞こえてくるが、声がドン引きしている。まるで、かつて無害なペットだと信じていた小動物が、いつの間にか世界の存亡を揺るがす怪獣へと変貌してしまったのを目にしたような声だった。
え、そんなに?
『天宮さん』
「はい」
『良い知らせと、悪い知らせがあるのですが、どっちから聞きますか?』
「こんなシーン映画でよく視ますね?」
『ええ、私も映画みたいな台詞を言うとは思いませんでした……出来れば言いたくなかった』
「ごめんて」
私は「ふぅー」と浅く息を吐くと、改めて周囲を見渡した。
見ていると目が痛くなるほどの白い壁に、白い床。不浄を許さぬ純白の施設は、かつて私が能力検査を受けた病院だ。いや、正確に言えば、病院兼能力測定施設、とでも言えばいいだろうか?
ここでは、様々な理由で傷ついた機関の関係者や、詳しく調査が必要な能力者が移送される場所だ。ちなみに、以前も封印具の効果を測定したことがあるのだが、その時はきちんと魔力の高まりを防げていたことを考えると、今の私がどれだけ異常なのかよくわかるだろう。
「では、悪い知らせからお願いします」
『天宮さん。貴方は機関内における第一級危険指定異能者として登録されました。これから、貴方に行動の自由は限りなく低くなるでしょう。最悪、貴方への対処方法が見つかるまで、意識を眠らせての強制封印処理が行われるかもしれません』
「なるほど……良い知らせは?」
『給料がとても良くなります。封印処理で意識を失っている間も、きちんと給料が発生しますのでご安心ください』
「はっはっは、それは確かに安心だね」
さて、どうしたものか。
とりあえず私は、もそもそと吹き飛ばした衣類の代わりに真っ白な貫頭衣を着て、その場に座り込む。
恐らくは、ここだ。
この時、この場所を過ぎ去ってしまえば、ベストな交渉タイミングは過ぎ去ってしまう。
勝負をかけるのならば、この時しかない。
「時岡さん。うちの上司を呼んでくれませんか? 美作支部長を」
『はい、分かりました…………どうぞ』
『代りましたよ、天宮さん。美作です』
「どうも、美作支部長。なんか私、このままだと漫画やアニメでよくある化物みたいな封印処理を施されそうなのですが?」
『…………私の方から上層部へ直訴してみます。なので、短慮はおやめ下さい』
「ははは、まさか。私は社会人ですよ? 上層部の決定には従いますとも、ええ、納得できる命令ならば」
私の魔力の高まりに応じて、周囲に剣呑な気配が満ちる。
恐らくは、上位エージェントの一人や二人は配置しているはず。いや、このレベルにまで到達してようやく理解したのだが、美作支部長自体もかなりの実力者だ。加えて、私をよく知っている直属の上司である。
こちらにはあちらの情報が無く、逆に、あちらはこちらの情報を知り尽くしている。やろうと思えば、私の敗戦はほぼ決定事項となる。
だが、これでいいのだ。
ほぼ敗戦が決まっていることだとしても、『被害が皆無』で私を制圧できるという自信が無い限り、こちらが手を出さなければ、機関は強制執行を考えない。
「美作さん、現状、私への待遇はどのような形に落ち着くと思いますか?」
『非常に難しいですね。知っての通り、機関の上層部も一枚岩ではありません。貴方という不穏分子を即刻封印すべし、という意見もあります。ですが、魔神の出現に加えて、脅威度ランクAに位置するほどの魔人集団に加えて、天才魔術師の裏切りという、かつてないほどの難事に襲われています。彼らに対抗する戦力は少しでも欲しいという意見も、決して無視できません』
「ふむ。つまり、私の首に鎖をかけるだけの保証があれば、また待遇は変わると?」
『………………この混沌とした現状で、貴方が所有する異能は極めて有用です。ただ、その異能は機関にとっての諸刃の剣でもあるのですよ。正直、今の貴方であっても、殺すこと自体はそれほど難しいことではありません。機関の上位エージェントならば、貴方を問答無用で殺すことも可能でしょう。問題は、貴方は殺しても死ななかった実績があります』
「また転生してきそう、という心配ですね」
『ええ、その場合は殺して来た組織に容赦するほど、貴方も寛容ではない。身内として認めている相手や、子供たちならばともかく、『大人』の相手ならば殺害も厭わないのでは?』
「それはその時になってみなければ分かりませんね。ただ、私としては何事も平和に物事が進めばいいと思っていますよ?」
『もちろん、それは我々も同じです』
私と美作支部長は、互いに手札を確認しながら交渉のフェイズに移ろうとしている。
もっとも、交渉と言っても美作支部長は基本的に『こちら側』の人間だ。上層部と部下の事情と板挟みになって居るが、どうにかして私たちの権利を保障しようとしてくれている。
しかし、味方だといっても美作支部長に頼り過ぎるのはよろしくない。それでは、機関内における美作支部長の立場が悪くなってしまう。
故に、私がある程度の問題児として悪役になり、それを上手く収めるという形式を取らなければいけないのだ。そうでなくては、上層部の保守派に、付け込む機会を与えてしまうことに繋がる。
「つまり、私を制御できるという確信があれば、もっと建設的に話し合えると? ならば、契約魔術やら、適した異能者の能力下に置かれる覚悟はありますが」
『こちらとしてもそうしたいのは山々ですが、貴方の異能ではどれにも耐性を持ってしまうのです。時間が経てば経つほど、効果が薄れ、やがて、機関が所持する全ての方法を用いても制御できなくなるという事態が恐ろしいのです』
「なるほど、確かにそれは問題だ」
ただし、目的を同じくするからと言って必ずしも物事が上手く進むとは限らない。
私の異能という、解決できない問題がある限り、どこかで無理に物事を進めないといけない時がやって来るのだ。
何せ、私の異能は制御不能で常時発動型であり、あらゆる物事に関して耐性を獲得していくという物。
機関からすれば、やがて制御出来ない化物へと成長することが約束された……いいや、現状で鎖をほとんど食い破ってしまった化物なのだろう、私は。
だからこそ、上層部が納得させるように話を軟着陸させるのは難しい。
リースという敵対者が私を異様に警戒するのと同じように、いや、それ以上に、私は機関から危険視される存在になってしまったのだから。
「かかか、難儀しているなぁ、照子ちゃん」
それじゃあ、これからどうやって話を纏めようか? そのように私が思考に集中した、ほんの僅かな間だった。瞬き二回分ほどの短い時間の内に、私は直ぐ傍に気配が一つ増えたことに気づく。
なんて滑らかな空間転移。
予兆も余波も感じず、機関が守護するこの施設の中へ直接転移する恐るべき技量。
私は即座に意識を戦闘モードに移そうとするが、そこで、再び気づきを得る。この気配に、私は覚えがある、と。
しかも、敵対者としてではなく、協力者として。
『――――っ!? いつの間に!? 第一級警戒態勢! 上位エージェントを呼べ! 早急に!』
『いえ、時岡さん。私の部下の問題です。まずは、私が出て対処しましょう』
『美作支部長!? ですが、貴方が出てはぶっちゃけ、周辺被害が!』
『我慢してください』
「あーらら、ちょっとしたお茶目だったつもりなのに、やれやれ、しばらく見ないうちに、洒落を介さないようになるとはなぁ。なぁ、照子ちゃん。どんな時にでも余裕とユーモアは必要だと思わねぇか?」
つい先日、共に異界を脱出したというのに、いつの間にか居なくなって。割と結構探したけれども見つからなかった相手が、旧知の間柄のように、私の肩に手を置いていた。
「かかか、はしゃぐな、はしゃぐな。ほれ、もうすぐ上の方から連絡が来るから、落ち着いて待ってな?」
彩月に似た、セーラー服の少女――ミカンが、数多の敵意を向けられてなお、平然と私の隣で笑っていた。
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結論から言えば、私が抱えていた問題は全てミカンの登場によって片付いたことになる。
「んあ? おいおい、あの馬鹿はまだそんなやり方してんのか。かー、これだから、臆病者のビビりは困るんだよなぁ。もう五百年ぐらい経ってんだから、もうちょっと成長しとけっての。いいか? 照子ちゃんは今、魔神同然なんだぜ? 神よ、神。そんな相手に枷をかけて、どうにか制御を取ろうとする? やり方が違うだろうが。テメェらは風の流れを全て手中に収めたいのか? 海流を全て管理したいのか? 違うだろ? やり方があるんだよ、神の如き力を持った奴とそれなりに付き合うのは」
ミカンが登場してから、すぐさまに上層部から連絡があった。
そう、『頼むから、余計に話を拗らせないように、こちらが出向くまで極力、そいつと話さないように』と。
かなり切実な声色での連絡だったという。
「は? 慣習? 安全? 随分とぬるま湯に浸かってたんだなぁ、おい。んだよ、異界で楽隠居していた奴に言われたくない? はー? あの時はテメェ、珍しくしおらしく引き留めた癖によぉ。五百年経てば、これだ。まったく、恩義ってもんがなぁ…………おい、『またババアの長話が始まった』とか思ってんだろ? なぁ、おい。一体、誰がテメェを鍛え上げたのか、もう一度実戦形式で思い出させた方が良いのか? ああん!!?」
連絡から直ぐ、何人かの『お偉いさん』が私たちの眼前にやってきて、すぐさまミカンとの交渉に移った。
ただ、傍から見ていた私でも、交渉は本題に進まず、ミカンの世間話からの、ガラの悪いいびり、昔話、説教などが多大に含まれる前置きで『お偉いさん』たちの精神は疲労して。
「はいはい、分かった、分かったよ。オレが監視すりゃあ、いいんだろうが! あん? 絶対に信用できない? んじゃあ、それなりの奴をオレらの監視に寄越せよ。ああ? そいつも問題児? いいじゃねぇーか、割れ鍋に綴じ蓋よ。それで行け、それで。つーか、照子ちゃんみたいな分かりやすい奴に対して色々邪推するよりも、大山の奴の対処を考えた方が良いんじゃねぇのか? ありゃあ、確実に世界規模の脅威に成りうる組織があるぞ?」
最終的に、ミカンのまくし立てるような言葉の弾丸によって、私の処遇は決定した。
ミカンという謎の陰陽師に加えて、上層部から上位エージェントを派遣することによって安定を図ることにしたらしい。
「んじゃあ、交換条件だ。こいつを監視する代わりに、オレの子孫が一人、その組織に所属しているから、捕縛した時は処刑じゃなくて収容扱いにしろよな。あ? 周囲への示し? んなもん、適当に処刑したって捏造して、後は新しい戸籍でも用意しろよ、バーカ!」
しかも、私が唖然としている間に、彩月の弟問題も片付けてしまうのだから、とんだ敏腕交渉人だ。いや、何か私にはよくわからない物によって、上層部へのごり押しを実現しているからこその交渉なのだろうけれども。
ううむ、嬉しい誤算だけれども、彩月に対して大見得切った私の立場…………まぁ、失敗するよりも各段マシか。
私が情けなくなるだけで、彩月の笑顔が見られるのならば、いくらでも情けなくなろう。
「というわけで! これから、よろしくな、照子ちゃん! 一緒に住むことになったから!」
「あぁ、はい。分かりましたよ…………えっ?」
「一緒に住むことになったから!」
「……………………えっ?」
もっとも、その対価は安い物では無かったようだが。
ええと、ひょっとして上位エージェントさんとも一緒に住むことになる奴なの?




