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第7話 美少女に至るまでの前日譚 7

 新人退魔師の仕事は、主に害獣――もとい、低位の魔獣退治らしい。

 機関が魔物に定めた、脅威度ランク。それに従って、FからEまでの『装備次第では一般人でも対処可能』とされている魔獣を狩る日々である。

 そんなわけで今日も、先輩退魔師に付き添って貰いながら、ランクの低い魔獣しか出てこない境界で経験を積んでいた。


『ギュギュエッ!!』

「わぁ、気持ち悪い」


 本日の相手は、群れを成すランクFの魔獣と、群れを統率するランクEの魔獣だ。

 形状はどちらも鴉。

 ランクFの鴉は、特に変わった形状ではなく、ごく普通の鴉にも見える。ただし、多少なりとも魔力を扱う相手なので、既に異能者となった私ならば、見るだけで判別可能。

 そして、ランクEの魔獣は三つ目の鴉だ。

 ぎょろぎょろと、それぞれ異なる眼球運動をするそれは、群れの統率に使っているのだろう。現に、ランクFと言えど、ヒットアンドアウェイを繰り返す魔獣たちの動きは、まるで機械のように制御され、統率されている。


「低ランクの魔獣討伐に於いて、一番の壁は空を飛ぶ物との戦いです。人間は基本的に空を飛べません。己の五体だけで空を飛べる人間が居るとしたら、それは、そういう能力を持った者に限られるでしょう。よって、我々、空を飛ぶ能力に乏しい者は、どうするべきか? 答えは簡単です」


 けれど、所詮は畜生の浅知恵だ。


「道具を用いて、空を飛ぶ……否、この場合は『駆ける』でしょうか? 存外、初めての割には動きが良いですね? ただ、その素人臭い動きは中々変わりませんが」


 私は現在、空を飛ぶ魔獣たちを警棒で叩き落としていた。

 履物として装備している魔道具は、魔力を通すことによって、異能者である私も自在に使うことが出来る安全靴。勢いよく、魔力を足裏に込めて蹴り出す。それだけのことで、私は軽々と空を跳び、駆け抜ける権利を得られるのだから、気分が良い。


「動きが機械のように統率されているのならば、法則を見つけてさえしまえば、後はただの作業ということだよ」


 空は鳥の領域だったのは、遥か昔の話。

 道具を用いれば、人は空を跳ぶことだって出来る。そりゃあ、最初は魔獣共の動きに慣れずに手間取ったが、慣れてしまえば、まるでアトラクションだ。


「ほいっと」

『ギッ!?』


 規則的に飛び、攻撃を繰り返す鴉を、警棒で叩き落とす。

 砕かれ、地面に落ちた鴉の死骸は、霞のように消え去って、後に残るのは質の悪い緑色の魔結晶のみ。

 これを繰り返すこと、九つ。

 群れは統率者であるランクEも含めるのならば、残りは七羽。


『グロロロロロ』


 ランクEの鴉は、気色悪い鳴き声を上げて、残った群れを引き上げさせる。

 どうやら、状況を不利と見て撤退するらしい。


「鴉は戦闘力に欠ける魔獣です。けれど、その分、賢しい。飢餓による狂暴性よりも、生存本能が勝ります。勝てないと判断すれば、あっさりと逃げます。そして、執念深く復讐の機会を待つ。飛行能力と、小賢しい知能、臆病さ。これらが、この魔獣が新人退魔師たちに避けられる理由です。倒すのが本当に面倒ですからね。では、こういう時、どのように対応すればいいのでしょうか?」


 地上から、芦屋がクイズ形式でヒントを出してくれる。

 大丈夫、問題ない。こういう時のために、きちんと研修で習ったしね。何より、あらゆる敵への攻撃手段と防御手段を欠かさないのが、退魔師としての最低限の務めだ。そう、芦屋本人に教えられた。


「さん、にぃ、いち…………ばんっ!」


 だから、私は教えられた通りに動いた。

 腰のホルスターから取り出した、かんしゃく玉を連想させるそれを、タイミングを計って群れの中に放り込む。


『――――――っ!!』


 すると、次の瞬間、大音量と強烈な閃光が魔獣の群れを襲った。

 魔獣たちは混乱し、次々と飛行能力を失って、地面に墜落していく。


「うひゃあ、やっぱり派手だねぇ、これ」


 私が使ったのは、安全靴と同じく、魔道具だ。ただし、これは使い切りの道具。フラッシュバンのように、音と閃光で魔獣の動きをかく乱し、時に、体内の魔力さえも乱れさせる。

 一応、魔物に強く効果を及ぼし、人間にはあまり効果を及ぼさないように魔術を施されているらしいが、炸裂時には片目を手で覆っておくのが基本的な使用法だ。


「さて、ラスト」


 そうすれば、視界を完全に奪われること無く、こうして、混乱した対象へ止めを刺すことが出来るのだから。


『ギギギャッ!?』


 音と閃光を受けて、なお、飛ぼうとするランクEの鴉を、私は一撃で殴り砕いた。

 肉片が飛び、真っ黒な羽が散らばるが、それらは現世に留まることなく消えていき、かつんと、地面に魔結晶が落ちた。


「…………ふぅ」

「山田さん! 戦いが終わった後はーっ!?」

「あ、はい! クリアリング! 残心して、クリアリング!」

「よろしい。警戒は怠らず、きちんとしてください」

「はぁーい」


 戦いを終え、思わず一息を吐いた私を、地上の芦屋が戒めてくれる。

 無表情で、時に辛辣な言葉をかけてくれる先輩退魔師の存在は、新人の私としてはとても頼もしい物があった。

 何せ、この戦いの最中ずっと、周囲を結界で囲み、万が一にでも魔獣を逃がさないように対処し続けてくれたのだ。もしも、私が失敗したとしても、芦屋が片付けてくれる。こういう保証があるからこそ、新人の私でも焦ることなく退魔の仕事が出来たのかもしれない。


「クリアリング完了です、先輩!」

「よろしい。それと、先輩と呼ぶのも、畏まるのもやめてください」

「そう? 実際、君は敬意を払うべき相手だと、私は思っているけれど?」

「一回り以上の大人に敬語を使われても、気持ち悪いだけです。もっとも、気安くされるのは、それ以上に気持ち悪いですが」

「つまり?」

「いつものままで結構です」

「そうかい、じゃあ、いつものままで」


 私は周囲に、魔物の反応が無いことを確認すると、ゆっくりと降下して地面に降り立った。

 おおよそ、二十分ぶりの地上はどこか、しっくりこなくてよそよそしい。


「飛行用の魔道具を使った後は、しばらく浮遊感が続くことがあります。十分ほど時間を置いてから、帰りましょう。運転手には、安全運転を心がけて欲しいですからね」

「ははは、了解」


 私たちは軽く雑談を交わしつつ、けれど、警戒を保ったまま境界を抜けた。

 交通手段は、自動車。運転手はもちろん、私。やけに、気前の良い機関が、明らかに必要以上にハイスペックなマシンを用意してくれたおかげで、軽自動車とのズレに困惑したが、最近になってようやく慣れ始めた所である。

 そう、私が新人退魔師として活動を始めてから、おおよそ、二週間ほどの時が流れていた。



●●●



 新人退魔師である私の仕事は、主に、雑用や芦屋の送迎である。

 私が派遣された後山町には、機関所属の退魔師が、私を含めて四人存在している。

 芦屋以外の退魔師の情報はまだ教えられていないが、拠点となる場所は同じだ。駅から五百メートルほど離れた場所に建てられた、貸しビルの二階。看板には、偽装として怪しげなフォントで書かれた『オカルト研究倶楽部』の文字が。明らかに、真っ当に商売する気など無く、むしろ、一階の喫茶店から営業妨害で文句を言われそうな看板だが、実際の所、一階の喫茶店は機関の人員が経営している店なので、問題無いのだとか。


「機関の人間は、全て退魔師で構成されているわけではありません。魔力を扱えなくとも、高度な情報収集能力を持っている方や、その他、様々な能力を持つ方々によって構成されているのです。私たち退魔師は、そのような方々に支えられているからこそ、万全に仕事が出来るのですよ」


 そこら辺の内情は、仕事を始めてからしばらくして、芦屋が教えてくれた。

 芦屋は現在、私のペアというよりは、教育係という側面が強い。まだまだ、未熟である私を鍛えてくれたり、退魔に関するあらゆる助言をしてくれる、頼もしい先輩だ。

 正直、出会った当初に抱いた刃のイメージと違って、芦屋はとても面倒見が良い。

 何せ、一回りの年上のオッサンであるこの私と共に行動することを嫌がらず、また、退魔業界に詳しくない私の疑問を、嫌な顔一つせず答えてくれるぐらいだ。

 きっと、今まで多くの優秀な退魔師を育て上げたに違いない…………などと勝手に思っているのだが、年齢的に考えると、流石にそれは無いか。

 ただ、困ったことがあるとすれば一つ。


「山田さん。ここは先輩である私が持ちましょう。これでも、貴方よりも給料を貰っているので」


 度々、妙な先輩風というか、私と一緒に打ち合わせした際の食事料金やら、ちょっとした休憩時間での雑費を、自分の懐から出したがるのだ。

 理由はなんとなくわかる。

 人間、後輩が出来ると、なんとなく吹かせたいものなのだ、先輩風を。後輩に食事を奢って、感謝されたり、些細なことでちょっとした尊敬を受けたいという気持ち。私も社会人として、後輩を持ったことがあるので、芦屋の心理状況は推察できる。

 私から先輩と呼ばれたり、敬語を使われるのは拒否する癖に、芦屋は先輩っぽいことをしてみたいのだろう。よりにもよって、この私に。

 うん、流石に女子高生から奢られるアラサーは悲しすぎるので、上手く流してはいるが。


 ともあれ、このような困った面を除けば、概ね芦屋彩月という少女は良い先輩である。

 きちんと後輩の質問に答えてくれる。

 また、自らも優れた技術を持ち、知識やノウハウを教えることを躊躇わない。

 これだけでもう、私が転々とした職場に居た先輩たちの中でも、群を抜いていると言っても過言ではなかった。なんで、社会人として職場で働く人たちよりも、女子高生の方が優秀な先輩なのだろうね?


「山田吉次さん。今までの非礼を詫びます。申し訳ございませんでした」

「え、あ、ちょっ?」


 なので、唐突に、その素晴らしい先輩から頭を下げられてしまえば、後輩としては混乱してしまうので、やめて欲しい。本当にやめて欲しい。教師としての指導でもあるまいし、女子高生に頭を下げさせるアラサーとか、最低だ。


「芦屋、君は一体、何の話をしているんだい? と、ともかく、座ってくれ。今、お茶を入れるからね?」

「いえ、私など床で充分です」

「やめて? 東北の田舎は、床がとても冷たいから」

「では、ソファーで土下座を」

「もっとやめよう!? 女子高生に土下座をさせる大人なんて、生きる価値の無いクソゴミ野郎だよ!!?」


 いつもの仕事終わりだったはずだ。

 私の手際はいつも通り。ランクFとランクEの複合群れを狩って、そのまま、私は事務所にあるシャワー室で禊ぎと共に、着替え。ようやく一息吐いて、これから報告書を書いて、今日も業務終了、という流れだったはずだ。

 それなのに、唐突に芦屋が佇まいを直し、頭を下げてきたのだから私の驚きがどれだけだったか分かるだろうか? 


「大体、私が芦屋に謝ることがあったとしても、その逆は無いはずだろう?」

「いいえ。違います。私は謝罪すべきなのです…………本来、年下である私が、偉そうに意見する立場なのは、私が確かな実力を持った退魔師だからです。少なくとも、私にはその自負があります。ですが、私は貴方の素質を見間違えた。才能皆無で、適正なんて欠片も無く。ランクFの魔獣とさえ、怯えて戦うことが出来ない人だと思っていました」

「え、えぇ……そりゃあ、一般人の時ならともかく、異能者になれば、それなりにやるよ? 鍛錬も続けているし」

「はい。実際、貴方はとても良くやっています。新人退魔師としては、ここまで負傷もなく、下級とはいえ、既に数十体魔獣を狩っているのは上出来です。とても、元一般人とは思えません」


 無表情で淡々と言葉を紡ぐ芦屋であるが、これでもきっちり褒めてくれている。

 最近、分かってきたのだが、芦屋という少女が褒める時は、無表情でも瞬きが多くなるのだ。なので、芦屋はぱちぱちと瞬きしながら、私を褒めてくれている。


「よって、私の判断が誤りであり、私の行動は間違っていました。謝罪します。知ったような口を利き、危うく貴方という新人の芽を摘んでしまうところでした」

「いや、それはプロとしては当然の判断だったと思うし、何より、上手くやれているのは、芦屋のおかげ…………って、ええい、いい加減、土下座をしようとするのは止めて!?」

「一度、謝らなければ私の気が済みません」

「んもう、頑固! めっちゃ、頑固だよ、この女子高生!? というか、年下の未成年に謝られると、私の精神が凹むからマジでやめて…………くっそ、魔力による力量差で無理やり土下座しようとしているなぁ!?」


 謝りたい芦屋。

 謝られたくない私。

 ソファー上での攻防は、互いのプライドがかかっている所為か、互いに引かず。けれども、女子高生に触れることを躊躇う私が劣勢として、苦戦していたのだが、この小競り合いは思わぬ出来事で中断することとなる。


「ただいまー。おおい、彩月。今度の新人は一体、いつまで耐えられる…………って、ああ?」


 がちゃり、とドアが開かれる音と共に、事務所に来客者が現れたのだ。

 灰色の髪の、細身の少年。学生服姿で、その肩には剣道部の学生たちが持っているような、竹刀袋を背負っている。

 その少年は、私と芦屋の姿を見比べた後、一瞬目を見開いて、直ぐに表情から一切の感情を消した。

 無理もない。私の体勢は現在、格闘戦の結果、偶然、ちょうど私の体の下に芦屋が来るような物になってしまっていたのだから。


「――――殺す」


 こうして私は、仲間であるはずの学生退魔師と最悪の初対面を迎えたのだった。

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