第77話 落陽は再会と共に 11
美少女が眼前で胡坐をかくというのは、どきりとする物だ。
特に、制服姿で、自らのスカートに無頓着な動作で胡坐をかく動作というのは、心臓が痛くなるものである。止めて欲しい。
「ささ、まずは一献」
「おい、女子高生」
「んお? ああ、この恰好な? 気にするな、ただのコスプレだ」
「ただのコスプレ」
「中身はババアを通り越しての干物だからな。気にするな、気にするな!」
「…………いや、気になるよ」
更にやめて欲しいのが、制服姿で平然とビールをお酌しようとしてくるところだ。しかも、その動作が妙に堂に入っていて、平然とこちらのコップに注いでくるのだから質が悪い。
ああもう、きっちりと泡の量とか調整しているし、確実に普段から飲んでいる奴だよ、こいつは。
「そもそも、私はまだ仕事中……というか、ちょっと急いでいるから。のんびりとお酒を飲んでいる暇なんて無い」
「かかか、安心しろ。このマホロバの中じゃあ、時間の流れはゆっくりと進む。現実世界よりも、遥かにゆっくりとな」
「だとしても、時間が止まるわけではないのなら、私は急ぎたいね」
「ありゃま、そりゃ残念。この年になると、美人と一緒に酒を飲み交わすのが唯一の楽しみだってーのに」
「…………」
「おっと、安心しな。オレは外見の好みにうるさいが、それ以上に中身の好みにもうるさくてね? ちゃあんと、アンタの中身も気に入っているよ、山田吉次。いや、もう天宮照子と呼んだ方がしっくりくるか?」
かかか、と笑う謎の制服美少女。
こちらの情報を初見で看破してくる相手にはもう慣れたかと思っていたが、よくわからない事態に、さらによくわからない謎の人物が出現すると、混乱するらしい。
私は混乱を収めるために、改めてこの状況を整理する。
まず、リースの罠に嵌って、マホロバという異界に私は囚われた。そこは確かだ。幸い、私の意識は異界に取り込まれずに済んだおかげで正気を保っているが、油断すると危ない。この異界に対しての魔力の奪取は可能であるが、普通にやっていれば年単位の時間がかかると推測。
そこで、どうしたものかと考えている時、この美少女が現れたのである。
「だから、安心しな。オレはアンタの生真面目さも、それなりに買っている。機嫌を損ねて拗ねたりはしねぇさ」
「それはどうも」
眼前の美少女は妙に馴れ馴れしく私に絡み、自己紹介も済ませないうちに『まずはゆっくりと話し合える場所に行こう』と連れてこられたのが居酒屋だった。
当然、居酒屋の内部は無人だったのだが、この美少女が手を叩くと、瞬く間に従業員が現れて、無言で働き出すのだから、普通に驚いた。うん、少なくともこの異界について、私よりも把握……いや、『掌握』していることは確かなようである。
だから、こうして大人しく座敷席で面と向かって座っているわけだが…………ふむ。
「お? どうした? さっきからずっと、オレの顔をじっと見て」
「ああいや、ちょっと――」
「分かった! 惚れたな!?」
「違う」
「やれやれ、酒じゃなくて、色の方か!」
「違います」
「分かってる、分かってる……このスカートに意識が向けられているってのは、分かってるって! 無粋にパンモロなんてやらねぇよ! こう、チラリズムがいいんだよな!?」
「やめてくれ」
美少女を観察しようとすると、こうして顔を赤らめてテンションを上げてくるのがとても困る。わざとやっているのか、それとも無自覚なのか分からないが、こちらの調子を崩してくる相手だ。
しかも、美少女の外見がどこか、彩月に似ているのだからやりづらい。
ぼさぼさの黒髪セミロングに、栗色の瞳。顔のパーツ一つ一つは微妙に彩月と違っていて。どちらかというと可愛らしい系の美少女となっているが、全体として見るとやはり似ていると感じてしまう顔の造り。スレンダーな体つき。
仮に、彩月の姉妹だと言われても納得してしまうほど造形が似た美少女だった。
そんな美少女が胡坐をかいて、ちらちらとスカートをはためかせるのだから心臓に悪い。
「ほれほれー」
「帰ります」
「帰れねぇだろ? ここ、脱出に関して難易度はクソ高いし」
「……むぅ」
「まぁ、からかって悪かったよ、照子ちゃん。久しぶりにまともに人と接して、つい、テンションが爆上がりになっちまったのさ。大丈夫、ここからはきちんと真面目にやるって」
私が露骨に顔を顰めると、満足したのか制服姿の美少女はスカートから手を放す。そして、改めて私と向かい合って、口を開いた。
「改めて、初めましてだ、天宮照子。このスーパープリティなオレは……そうだな、ミカン。ミカンと呼んでくれ。可愛らしくて、キュートな名前だろう? でも、安心しな? 中から鼠は出てこないぜ?」
「元ネタが分からない……」
「おっと失礼。千年ちょいぐらい、ネタが古かったかねぇ? ともあれ、安心しな。アンタとオレはお仲間だよ。同じ組織……機関とやらに属するエージェントだ」
にこやかな笑みと共に手を差し伸べて来るので、私はとりあえずその手を取る。
もちろん、油断はしない。例え、握った手が温かく柔らかい物だったとしても、和んだりはしない。だって、いくらなんでも都合が良すぎるのだ。
私が罠に嵌って閉じ込められた異界の中で、偶然、同じく閉じ込められていた組織の仲間が居ました、何てご都合主義が過ぎる。
「別に、偶然じゃあねぇぜ? これは、宿命さ」
「――――っ!」
などと疑問に思っていたことが、即座に美少女――ミカンにバレた。
一体、何故? 心を読む異能だったとしても、ここまで魔力の動きを感知させずに、相手の情報を読み取れるものなのか? そもそも、ミカンは最初から私の名前を知っていたのだ。握手してから後悔したが、もう少し、警戒していればよかったかもしれない。いやでも、なんというか、敵意は感じないんだよなぁ。
「おー、驚いてやがんな? 安心しな、異能じゃねぇよ。これは単なる『経験則』に過ぎない。ほら、あるだろ? 人生経験豊かな奴が、ガキどもの思考を手に取ったかのように分かる奴。あるいは、心理学を修めた奴が、相手の動きで予測したりとか、そういう物の延長に過ぎないぜ、こんなの。つまりは、ただの技術だよ、技術」
「…………これでも、結構ポーカーフェイスしていたつもりなのだけれど?」
「ばっか、バレバレだぜ? 目線、僅かな唇の動き、呼吸、心音、匂い、身じろぎ。そういうのは全部特大の情報なんだ。人間、異能なんて無くても、人の心ぐらい大体察することが出来んだよ。ただちょっと、習得に時間がかかるだけで……あー、でも、専門でがっつりやれば、アンタなら二十年ちょいで会得できるぜ? オレに習ってみる?」
そう、敵意も感じず、殺意を感知する私の直感も起動しない。
敵ではないことは、恐らく本当だ。でも、イコールで仲間と判別するのは早計だ。何せ、敵ではないにせよ、この人は明らかに只者ではないのだから。
「いや、遠慮するよ。それよりも、本題を話してくれないかな?」
「本題?」
「首を傾げるな、張本人…………お前は一体どうして、私に接触してきたんだ? その目的は? 私に何をして欲しい?」
「かかか、性急だなぁ。余裕が無いんじゃねーのか?」
「ああ、認めるさ。今の私には余裕が無い」
もしも、私が何の繋がりもない一個人だったりしたら、そこまで焦らないだろう。例え、少しずつでも異界を削れる確信があるのだから、ゆっくりと脱出方法を模索する。
だが、私は既に頼れる仲間と共にある退魔師なのだ。
私が捕まっていれば、当然、私の仲間たちが助けに来てくれるだろう。そう、助けに来てしまうのだ。
恐るべき強さを持つ、大山と出会う危険性も知らないままで。
「下手をすれば、仲間を失うかもしれない状況にあるんだ。余裕なんてあるわけがない。だから、もしもくだらない要件だったら、今後は無視させて貰う」
「ふんふん、なるほどねぇ」
私が強い意志を込めて睨みつけるが、ミカンは笑みを深めるのみ。
ただ、こちらの意志は伝わったのだろう。
「わかった。んじゃ、単刀直入に言うぜ」
すんなりと、今までの茶番が何だったのかというぐらい、ミカンは私の言葉に応えた。
「オレの目的は、アンタと共にこのマホロバから脱出することさ。ただし、そのためにはアンタの協力も必要不可欠なんだよ。太陽神の肉体を持ち、怪物の如き異能持つ、アンタの協力がな」
そして、ここから私とミカンによる、荒唐無稽が過ぎる脱出作戦が開始されたのだった。
●●●
ミカンと名乗る『お仲間』は正直に言って、怪しさしかない。
謎のタイミングの良さで私の前に現れた、正体不明の美少女。しかも、その容姿が彩月に似ているとなると、何かしらの作為すら感じてしまう。
「まず、この手の異界を作り出す神器のセオリーとして、『核』があるもんだと思ってくれ。ほれ、普通の魔物でも魔結晶があるだろ? あれと同じ。この世界のどこかに魔結晶同様に『核』が存在していて、それを破壊すれば脱出が可能だ」
ただ、それでも淀みなく私の前で作戦を説明するミカンの姿に、悪意は感じない。
もちろん、私の感性よりも遥かに優れた演技力で騙し込んでいるのかもしれないが、今のところ、リースがこれ以上私を騙して何かをさせようとしているという説は無いだろう。
控えめに言っても、リースは明らかに私をこの異界に封印するために命を賭けていた。いや、それ以上に大山やら、他にも異能者大量発生事件など、その全てのリソースが私に向けられているとは思わないが、一介の退魔師相手には過剰すぎるほどの手札を切っている。
普通に考えれば、この異界に叩き込んだ時点でリースの策は終了しているはず。それに、奴が何を望んでいるのか、私には推測できないが、わかることが一つだけ。
奴は、絶対に仲間を見捨てないし、裏切らない。
だからこそ、この異界の中に仲間を事前に放りこむような真似はしないだろう。
「ただ、当然、神器としても己の役割を果たすため、『核』は厳重に守られているか、隠されているわけだ。んでもって、神器の力が強ければ強いほど、その『核』を破壊する難易度がガンガン上がって来る。まぁ、アンタがやろうとしたみたいに、魔力を全部吸い取って世界自体を壊す方法も無いわけではないが、それをやっている時間は無いんだろう?」
「ああ、私は出来る限り早く、この異界から脱出したい」
「となると、やっぱり、『核』を破壊するしかねぇな」
なので、ミカンは少なくともリースの仲間ではない。
仮に、私を欺こうとする敵だったとしても、この異界から脱出したいという言葉に嘘は無いはずだ。一体、何時からこの異界内部に居るのかわからないが、『幸福な自殺』を望んでいるのならば、わざわざこうして私の前に現れる必要は皆無。
よって、私は一時的にミカンを信用することにした。
…………好きな人の顔と似ているから、判定が甘くなったわけではない。本当です。
「さて、さっき言った通り、『核』は神器のランクに比例して破壊する難易度が高くなる。んでもって、そのランクってのは、神器に宿った権能を持つ神々の格に左右されるってわけだ」
「はい、ミカン。質問です」
「はい、照子。質問をどーぞ」
「神器についてはさらりと説明してもらったから、なんとなくは分かる。要するに、魔神の権能……力の一部を宿した器物ってことだ。その上で尋ねるが、魔神の中にもやっぱり、格とか存在するのか? 脅威度ランクA以上の格付けは、機関には存在しないはずだけど」
「んんんー、この異界の中から外部の情報を取り込むのはちょっと厄介でね。世間一般常識やら、映画やアニメの情報を取り込むのは余裕だが、その手の隠された情報を集めるのは辛い。だから、アンタから集めた情報と、オレの情報だけを合わせて説明する。その所為で、時々見当違いなことを言うかもしれねぇが、我慢してくれ」
私が頷くと、ミカンは「よろしい」と妙に大人ぶった態度で微笑んだ。
「オレが機関……かつて陰陽寮と呼ばれた『機関日本支部』での基準は、上位神、中級神、下級神、妖怪、獣、みたいな感じだったな。下級の魔物は大体獣として扱っていた時代だぜ。んでもって、現代の基準では中級神から、上級神を脅威度ランクAとやらに認定しているようだな。いわゆる、国家を揺るがすほどの力を持つってことが、魔神と定める基準らしい。ま、天津神や国津神の下っ端では、脅威度ランクAには認定されねぇな。精々、神話の主役クラスでようやく脅威度ランクAってところだ。んでもって、基本的に神話に出て来る神々ってのは、異界からの来訪者で、過去に実在した魔物だと考えてくれ。その中でも、特に、古い時代に出て来る神々ほど力が強い傾向にある」
ミカンの説明を聞きながら、私は何度も既視感を覚える。
やはり、似ている。なんというか、似ているのは容姿だけかと思ったのだが、こういう誰かに物を説明する時の動作が、妙に彩月とダブって見えるのだ。
ううむ、いかん、いかん、今はこの話に集中せねば。
「そして、照子。ここからが悪い知らせなんだが…………この異界、マホロバを作り上げた神器が持つ権能。その持ち主が、上位神の中でもかなり古い神でな? ツクヨミって知っているか? 三貴神っていう、イザナミとイザナギから生まれた神々なんだがよ」
「あー、なんとなく知っているよ。というか、私の肉体に入るはずだったアマテラスも、三貴神の一柱だったかな?」
「おうとも。アマテラス、スサノオの二柱は逸話も多く、後の世でも崇める奴が多いんだが、残りの一柱であるツクヨミはこう、何をしたのかぱっとしない奴でよぉ。月が支配地ってこと以外は精々、口から食物を出す神にブチ切れして、斬り殺した逸話ぐらいしかねぇ」
「日本神話ってツッコミどころが多いことが多いよね?」
「日本だけじゃなくて、大体の神話はそんなもんだ」
アマテラスも引き籠ったり、切れて武装したりと色んなエピソードがあるらしいからなぁ。でもまぁ、現代人も馬鹿をやらかす点は同じなので、私も含めて昔の人……というか、神を馬鹿に出来ないかもしれないが。
「だけど、正体不明だからこそ、人々の祈りや祀り方によって、様々な権能を得ることが多いわけだ。現に、この神器は『人を理想郷へ誘う』なんて権能だろ? これは、月っていう、過去の人類にとっての遠い場所。かぐや姫の舞台にもなった、『遠くて美しい場所』を連想させ、そこの管理者であるツクヨミが理想郷の支配者っていう解釈からくる権能だ」
「なるほど」
「そして、古来より、月は『太陽の光を反射して輝く』という特性を持つ星だ。だからこそ、鏡を媒体として神器が出来上がったわけだな…………さて、ここで問題」
「はい?」
「以上の情報から踏まえて、この異界内に隠されてある『核』を探してみよう! ヒントは、異界内部に隠されている神器の『核』は、元になった神様や器に関係した形をしているということ」
突然の質問に戸惑ったが、ミカンは何の意味もなくこのようなことをしないはずだ。
短い付き合いであるが、ミカンの言動の全てには何かしらの意味があると分かって来た。恐らく、最初のからかいやら絡みも、こちらの警戒を解いて、互いに言葉を交わしやすくするための物だったのだろう。
つまり、この答えは自分で考えて見つけるからこそ意味がある。
「あの、ミカン」
「なんだ? 照子」
「間違えていたら笑っていて欲しいのだけれど…………その」
そして、その意味は、私が告げた答えをミカンが笑わなかったことから察することが出来た。
「ひょっとして、この異界の『核』っていうのは『月そのもの』なのか?」
何故ならば、この答えは自分で辿り着かなければ、あまりにも荒唐無稽で、信じられない物だったのだから。




