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第6話 美少女に至るまでの前日譚 6

 芦屋彩月は、自他共に認める冷たい人間だ。

 少なくとも、彩月自身は己をそう認識している。

 全世界に根を張っている退魔機関。そこに所属する、公認退魔師として、そうあるように己を律しているのだ。


「貴方のペアが、また退魔師を辞退しました。何か、心当たりはありませんか? 芦屋彩月さん?」

「適性の無い者に、適性が無いと伝えたまでです。処罰がお望みでしたならば、いつもの通り、減俸でお願いします。停職処分にするのであれば、私相応の退魔師をこの地区へ派遣してからにしてください」


 故に、彩月は他者に容赦がない。

 退魔師と呼称される者たちに対しては、その傾向がより顕著である。

 機関の日本支部から派遣された、退魔師候補の新人を『説得』したのだって、一度や二度ではない。機関からは再三に渡って注意を受けたが、減俸を始めとした、どれだけの処罰を受けようが、彩月は己の行動を改めるつもりは無かった。

 何故ならば、彩月は己が正しいと確信しているからだ。


「芦屋の血を継ぐ貴方以上の適任者など、そうそう居ませんよ」

「ならば、この土地の守護に関しては、芦屋の基準に従ってください。生半可な新人を寄こされても困ります」

「基準が高すぎます。千年以上続く退魔の名家、その基準を当てはめれば、我々機関に所属する退魔師の六割以上の人間が弾かれるでしょう」

「それは、問題ですね。機関に所属する六割以上が、適性無しとは」

「必ずしも、天性の才能を持ち合わせた者ばかりではありません。退魔師に必要な素質は、後天的に獲得可能です」

「ただし、脅威度ランクD以下を対処する場合に限定される……ですよね?」

「ですが、数が揃わなくては、小粒の魔物相手ですら、死者を出す可能性も出てきます」

「そのためならば、退魔師となった者の『事故死』も厭わないと?」

「…………相変わらず、平行線ですね」

「申し訳ありませんが、こればかりは譲れません。生意気な部下で申し訳ございません、美作支部長」


 ただ、同時に、正しいだけでは全く足りないという自覚もあった。

 上司の言葉通り、昨今の退魔師は数が全く足りない。元々、退魔師の絶対数は古来、さほど多くないのだが、ここ二十年で魔物の数が急増してしまった結果、手が追い付かないというのが、現状だった。

 退魔一族の血を引く者として、彩月もこの問題に対しては真剣に考えこんでいる。

 数を揃えなければ、話にならない。そう言う上司の意見も、圧倒的に正しいことを、彩月は知っている。

 急造退魔師の増加により、実力不足の者たちが、魔物たちによって食い殺される。そういう事件が少なくない件数、起こっていることも。


「出来れば、芦屋の一族である貴方に、新人に対する教育を施していただきたいのですが」

「時間の無駄ではない、と判断できる素質を持った者ならば、喜んで」

「素質の基準を、具体的に教えてください。善処しましょう」

「………………ならば、一つだけ」


 彩月は、己のことを冷たい人間だと思っている。

 ペアとなった新人を『説得』するのも、全て、自分のための行動だ。

 人の命を救う、何て、偽善染みたことを考えているわけでは無い。

 どのような人間であれ、自分と関係性のある人間が死ぬと、彩月は不愉快なのだ。全然仲良くない人間でも、何故か、妙に苛立ちが胸の中に生まれる。

 彩月はこの感情を煩わしく思っていた。

 だからこそ、彩月は厳しく、正しく、他者の死を弾く。


「戦いの中で生き残る素質を持った者を寄こしてください。その上で、私の判断によって、教育するか、しないかを決めます」


 己の中に宿る、悲しみと怒りから、目を逸らしながら。



●●●



 最悪だ。

 彩月が、派遣された新しい新人、山田吉次の情報を知った時の感想は、その一言に尽きた。

 何が悪いかと言えば、ほとんど全てである。戦闘経験が無いことも、異能の弱さも、経歴も、何もかもが、彩月にとって気に入らなかった。

 いや、そもそも、16歳の女子高生相手に、28歳のアラサーとペアを組ませようとしている時点で、おかしい。彩月は上司や、機関の上層部からの嫌がらせを疑い、当然の如く、抗議の電話をかけたのだが。


『貴方の要望に合った退魔師候補を選出したつもりです。加藤からの推薦状もあります。人選に文句を言う前に、まずは、実戦を経験させてから判断してください』


 にべもなく、あっさりと正論で返されたので、それ以上、文句は言えなかった。

 彩月としても、散々、基準に関して我が侭とも取れる対応をしていることは理解している。退魔一族である芦屋の出であり、実力者であるからこそ、許されている我が侭なのだと。

 本当ならば、よほど相手に問題が無い限り、先輩である彩月は、後輩を導き、育てなければいけない義務がある。

 無論、それは彩月も分かっていた。だからこそ、今度、派遣されてくる退魔師候補には、少しは優しく、出来る限り鍛えてあげようと思っていたところだった。


「この度、後山町に派遣されて参りました、山田吉次です。異能者として覚醒する最近まで、退魔業界のことは知らずに育ってきた未熟者ですが、何卒、ご鞭撻のほどをよろしくお願いします」


 なのに、派遣されてきたのはアラサーのオッサンである。

 きっちりとスーツを着こなし、頭を低く下げ、年下の彩月に対しても平身低頭の挨拶は崩さない。その上、自分の地元の特産品だという菓子折りまで持ってきて挨拶する始末。

 彩月は、今まで対抗してきたペアとの差に、思わず頭を抱えたくなった。

 悪くはない。

 むしろ、力に心酔している異能者や、過剰に魔を恐れる式神使いなど、『説得』してきた問題児とは比べ物にならない程の礼儀正しさだ。

 でも、違う。

 フレッシュさが欠片も残っていない、社会人としての挨拶をされても、彩月としては「ありがとうございます」と仏頂面で菓子折りを受け取るしか無いのだ。そこから、愛想笑いと共に、軽妙なトークで場を和ますような努力を向けられても困るのだ。

 未熟者の退魔師候補である上に、アラサーのオッサン? 無理だ、完全に自分の対応できる範囲を超えた新人であると、彩月は早々に見限ることにした。


「明日から実戦です。規定にある通りの装備を整えて、事務所に集合してください。そこから、指定の境界へと出向きます」


 そのため、彩月は心を鬼にして、いつも以上の冷たさで吉次へと接することを心に決める。

 本来であれば、彩月たちが使用している事務所で、一週間は業務の説明をしてから、徐々に現場の空気に慣れさせてから実戦に臨む段取りだ。けれど、それをあえて飛ばすことによって、彩月は吉次が後方勤務へと異動されやすい状況を作ることを考えていた。


「山田さんには退魔師の才能があるようには見えません。よって、今すぐ、後方勤務へ異動願いを出すことをお勧めします」


 機関から支給された、新品の戦闘服。

 何も知らぬ者から見れば、完全に作業着のようにしか見えない、安全メット付きのそれは、しかし、防御力は一級品だ。防弾防刃加工はもちろん、魔力を編み込まれた戦闘服は、低級の魔術程度であれば、威力を大幅に緩和させる。

 加えて、吉次の異能は身体能力向上・耐性獲得という、防御特化。

 彩月が吉次を連れて入り込んだ境界では、最高でEランクの脅威度の魔物しか出現しない。出現する魔物も、知性無き魔獣たちがほとんど。

 万が一、不測の事態が起こって急所を攻撃されそうになったら、すぐさま結界術でカバーするだけの用意と、実力が彩月にはあった。


「ならば、消し去ることの出来ない恐怖を刻まれてから、後悔しながら消えなさい。かつて、貴方のような言葉を吐いた、元一般人たちのように」


 だからこその、クソ対応である。

 彩月は全ての非を自分に集中させて、早々にこのお気楽な面をしたアラサーを、後方勤務へと叩き込むつもりだった。

 だって、才能が無い。

 だって、未来が無い。

 これが仮に、多少才能が無くとも、十代前半……百歩譲って同い年か、大学生ぐらいの年上だったならば、話は別だ。彩月は反省の意を表すため、少しは優しく、新人を『説得』するための期間は伸ばしただろう。

 あるいは、その内に退魔師として生き残る、という芽が出れば、本格的にペアを組んで、共に仕事をすることもあったかもしれない。

 だが、流石に成長期が過ぎ去ったアラサーを新人として選出されても、彩月としては『無謀である』という判断しか下せないのだ。一回り以上も年上の後輩に対して、大人としてのプライドを傷つけずに接するだけの社交性も無い。下手に、なんとかしようとすればするだけ、事態は悪化し、問題が起こることは目に見えていた。


「さぁ、ここから先…………さほど遠くない場所に、魔物が居ます。カテゴリは魔獣。ランクはF相当。何、やろうと思えば一般人ですら殺すことが可能な、小動物の魔獣です。大口を叩くのであれば、あの程度あっさり駆除してからにしてください」

「うん、指示了解」


 ならば、問題が起こる前に『説得』する。

 あくまでも、非は自分自身に。肉体的な障害は絶対に残さない。仮に傷ついたとしても、回復術式を用いて、無傷のままに後方へ送ればいい。

 ただ、刻み込まれた恐怖は、授業料として受け取って貰う。もう二度と、戯言と薄っぺらな義務感で、命を投げ捨てるような真似をさせないために。



「…………お、あれかな?」

「はい、あれです。速やかに討滅してください」


 しばらく、境界を歩いていくと、吉次は一匹の魔獣と遭遇した。

 形状は犬。狼というほどの大きさでもなく、秋田犬に似た風貌のそれ。それが、『グルルルル』と低い唸り声を上げて、吉次に向けて牙を剥いている。

 魔獣。

 魔物に属する生命体の一つ。

 主に、獣の形状を取って、異界より顕現する、退けるべき対象だ。

 されど、脅威度ランクが低ければ、所詮、ただの獣に過ぎない。特に、ランクFは外見通りの獣と同じだ。多少、狂暴であることを除けば、一般人の攻撃も通じるし、銃器が無くとも、ホームセンターで工具や鈍器を購入し、武器として用いれば、対処は可能だろう。

 もっとも、『当たり前に害獣を駆除できるだけの経験』があれば、の話だが。


『グルルルル……』


 うろうろと、吉次との間合いを測るように牙を剥く魔獣は低ランク。けれど、そもそもの話、平和な日本に住む一般人は、普通の害獣すら駆除したことが無い。

 だからこそ、敵意を持った害獣と対峙して、初めてその恐ろしさを思い知るのだ。たかが、ペットショップに売っていそうな小動物相手でさえ、本気の殺意を向けられれば、身が竦む。委縮する。いざ、戦おうと思ったとしても、獣の迫力、速さ、柔軟性に劣る一般人では対処なんて出来ない。

 故に、人は動物を狩る時、罠を仕掛け、準備を整え、遠距離から一方的に狩るのだ。


「……ふむ」


 無論、吉次は異能者だ。

 異能が防御型だったとしても、身体強化タイプの異能者である吉次ならば、冷静に観察すれば、充分対応は可能。装備として支給された、魔伝導式特殊警棒を用いれば、魔力を込めて叩きつけるだけで、一撃での殴殺を実現するだろう。

 つい最近まで、ごく普通の一般人で、格闘技はおろか、ろくに他の生命体と戦ったことも無いようなアラサーが、冷静で居られるのならば。


『――――ガウッ!!』


 魔獣が吠え、地を蹴った。

 その牙が向く先は、野生の本能に従い、まずは足。足を噛み、逃げ場を無くし、急所を仕留めるという捕食の手順。

 この時、彩月もまた、意識的に集中を高めた。

 ほんの少しの気の緩みも無く、万が一に備えて、いつでも魔獣を葬れるように。

 そして、


「そいやっ」


 気の抜けるような掛け声と共に、魔獣は一撃で砕けた。

 飛び掛かる魔獣へ、吉次が、タイミングを合わせて、カウンターとして警棒を振るったのだろう。先ほどまで威勢よく吠えていた魔獣は、上半身が肉片へと変わり、体内から緑色の不透明な宝石――低純度の魔結晶が排出された。


「確か、これは回収しておくんだったよね? 芦屋」

「えっ、あ、はい。その通りです、後々の査定に使われるので、所定の収容袋へと仕舞っていてください」

「了解」


 彩月はぱちくりと目を瞬かせた物の、すぐに我を取り戻した。

 まぐれはある。ビギナーズラックという物も、退魔業界にもある。ならば、たった一度の応戦の様子だけで、判断を覆す根拠とするには弱い、と考えた。


「魔結晶を回収後、掃討を始めます。自分で危険だと思ったら速やかに報告してください。私が、代わりに残りを処理しますので」

「了解。先輩の手を煩わせないように、善処するよ」


 初めての実戦を終えたばかりだというのに、気負う様子も、緊張した様子も見せない吉次。

 けれど、相変わらず、覇気などはまるでなく。先ほど、警棒を振るった動きも、まるで素人そのものだった。

 その不可解を内心に留めながら、彩月は観察を実行する。

 …………一時間後。


「ふぅ。流石に、疲れたね。芦屋、残りはどれくらいなんだい?」

「…………いえ、本日はこれで終了です。お疲れ様でした。事務所に戻って、報告処理を終えた後に、帰宅してください。シャワー室での、洗浄も忘れずに」

「ん、了解」


 結果から言えば、吉次は最後まで仕事をこなした。

 ランクFの魔獣ならば、先ほどのように一捻り。

 襲い掛かる魔獣は、カウンターを外すことなく決めて、一撃で仕留めていた。その様子を見て、逃げようとしていた魔獣も、異能者特有の身体能力の高さで追い詰めて、あっさりと葬る。

 いかにも素人という動きで。

 けれど、恐怖など欠片も抱いていないという淀みの無さで。

 最終的には、ランクEの大熊さえも、討滅して見せた。

 実戦経験が乏しい退魔師候補ならば苦戦は必須。実戦経験があろうとも、火力に乏しい退魔師たちにとっては出来れば戦いたくないと称される相手に対して、がっしりと相手の攻撃を受け止めて、ひたすら魔力を込めて警棒を叩き込むという、蛮族スタイルで圧殺したのである。

 結局、まともに受けた傷はなく。ほとんどがかすり傷やひっかき傷ぐらい。支給されている塗り薬で処置できる程度。


「一体、あの人は何者なのでしょう?」


 どこまでも素人。

 どこまでも覇気がなく。

 薄っぺらな笑みを浮かべた、冴えないアラサーの成人男性。

 そんな吉次の、思わぬ活躍により、彩月はしばしの間、『説得』を保留することにしたのだった。


「………………いつか、あの人が私の目と直観を上回る素質を持っていると、信じることが出来たならば。その時は、ええ、潔く頭を下げましょうか」


 己の散々な態度を謝ることが出来る、その日が来ることを、心の底で望みながら。

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