第67話 落陽は再会と共に 1
少年がインターネットをやり始めて覚えたことは、『見えないところから誰かを傷つけるのは気分が良い』ということだった。
特に、大義名分があるネタを叩くのが、とても気分が良い。
例えば、有名アイドルが実は恋愛をしていた、とか。
例えば、政治家の汚職事件、とか。
例えば、配信者の不用意な発言による炎上事件とか。
そういう場所で、如何にももっともらしい丁寧な言葉で、どすりと相手を刺してやるのが、少年はとても大好きだった。
悪い奴に、丁寧な言葉で正論を突き付けて叩きのめす。
それはとても楽しいことだ。悪い奴を皆で囲んで叩くのは、最高の娯楽なのだから。
そうでなければ、飽きもせず毎日毎日、『悪い奴』というレッテルを張られた自分が、忌々しいいじめっ子たちに殴られている理由が分からない。
だから、少年は考えた。
きっと、楽しいからやっているんだろう、と。
「…………う、あ、やめ、やめてくれ……死ぬ、死んじゃうから……」
「分かった! もう近づかない! 絶対に、お前に近づかない!」
「謝るから! 謝るから勘弁してくれ!」
夕焼けに染まる空よりも、鮮やかな赤が校舎裏に飛び散った。
少年は、今更過ぎる命乞いなどに耳を貸さない。
何故ならば、楽しいからだ。楽しければ、相手の都合なんて無視して、相手を傷つけてもいい。そういうことを、少年はいじめっ子たちから学んでいた。
しかし、少年は己をいじめっ子たちとは違う、と信じている。これは、正当なる復讐であり、こいつらのように弱い奴を虐めているのではなく、天罰に等しい何か、であると。
――――そうでなければ、どうして、平凡で何のとりえもない自分が『異能』なんて力を得る物か。
「く、くくくく…………なぁ、笑えよ。笑ってくれよ。いつもそうだっただろ? お前らは、いつも、傷つく僕をさぁ、笑って、笑って、笑って! ひひひひっ!」
「う、うわぁああああああああ!!」
いじめっ子たちが、少年の声の方へがむしゃらに突っ込んでいくが、その乱暴な拳の軌道は空を切る。当然だ、そこに少年は居ないのだから。
「はい、残念♪」
「ぎぃっ!? なんで!? なんでだよぉおおおおお!!!?」
いじめっ子たちの体の一部が浅く切り裂かれ、ぱっと鮮血が舞う。
狂乱するいじめっ子たちだが、その有様も無理はない。何故ならば、いじめっ子たちには己を傷つける襲撃者――少年の姿が見えていないのだから。
「名前はまだ付けていない。でも、僕の異能は最強無敵さ、くひひっ!」
少年が覚醒した異能。
その効果は、少年の性格通りに捻じ曲がっている。否、自分の情報を捻じ曲げる力を持っている。
姿や声の情報を捻じ曲げて、本来の位置とは違う場所に存在していると誤認させることは簡単。さらに、集中しなければ出来ないが、自らが振るったナイフの攻撃範囲を捻じ曲げ、数メートルほど拡大させることも可能なのだ。
少年が自信満々に語る通りの最強無敵とは程遠い異能であるが、少年の陰湿さと、安全圏で相手を痛めつけたいという願望が組み合わさり、『弱い者いじめ』にはうってつけの効果を発揮していた。
「ほら! ほら! ほら! どうしたのさぁ!? いつもはあれだけ偉そうな『お説教』をかましていた癖に、ちょっと力関係が逆転したら、これぇ!? は、ははは、ざまぁないよねぇ! 所詮は! お前らは! 何の信念もない! カスどもなんだよぉ! 弁えろ!!」
少年は無論、いじめっ子たちを殺すつもりである。
何故ならば、少年は、それを使命だと信じ込んでいるからだ。
『ぱんぱかぱーん! おめでとう! 貴方は選ばれし者でぇーす!』
『ぎひっ……力を、与えてあげる……今はまだ小さいけど……その時が来たら、きっと……』
少年が力を得た経緯はシンプルだ。
黒と白の、対称的で美しい双子によって与えられたのである。
少年からすれば、神聖なる存在に天啓を受けたような感覚だっただろう。
虐められ、鬱屈し、日々に嫌気が差して、けれども立ち向かう勇気もなく、ただ腐っていくだけだった日常に射した希望の光にすら感じたかもしれない。
何せ、実際に物理法則を超える力を得たのだから、本物だ。
「選ばれた僕とは違う!!」
少年は選民思想に酔い、歪み、狂っていた。
元々持っていた狂暴性が増長し、それを抑えつけていた理性が外れ、容易く殺人という手段を選べるようにまで歪んでしまったのである。
それは、少年が力を得たことによる増長もあるだろうが、決してそれだけではない。
――仕組まれた物なのだ。
「ははは! はははっ! どうした!? 元気がなくなって来たなぁ!? 普段はあんなに教室で騒いで、無駄に元気があるのに! ほら、野球部なんだろ!? 根暗で! オタクの僕とは違うんだろぉ!? どうした!? それとも、やっぱり、補欠程度じゃあ、この程度なのかなぁ!?」
「う、ううう……」
「たすけ、て……だれ、か……」
「や、やだ、しにたく、ない……」
されど、少年は知らない。
己の意志が仕組まれた物であることも。
いじめっ子たちをナイフで切り付けて、痛めつける表情が、かつてのいじめっ子たちと同じであることも。
「――――神罰執行・因果応報」
少年の後ろに忍び寄った、何者かによる異能が発動していたことも。
故に、少年は何も知らないままに絶命した。いじめっ子たちに与えた物と同じ数だけの傷が、己の体に発生して、大量出血によってショック死したのである。
「やはり、人は愚かだ。力を持てば増長し、容易く理性を失う。絶対なる法で、管理されなければならない。誰も彼も、私すらも」
異能の発動によって少年を殺したのは、如何にも『委員長』という容貌をした、三つ編みと大き目な眼鏡が特徴的な少女だった。少年とは、つい先ほどまで同じクラスで挨拶を交わす程度の仲である。だが、それでも、少女は躊躇うことなく殺した。
少女もまた、歪んでしまったのである。
規則を忠実に守るという一面が歪み、冷徹なる神罰執行人として異能に覚醒してしまったのだ。
「た、たすかった?」
「ありが、とう……は、はやく、きゅうきゅうしゃ……」
「おれ、まだ、しにたくな…………」
瀕死のいじめっ子たちは、少女の姿がヒーローのそれに見えただろう。
ただ、少女がいじめっ子たちを見る目は、路傍の石ころを見る目と同じだった。かつての少女ならば、慌てて助けただろうが、歪んでしまった少女にとっては、手を下す価値もなく、また、助ける価値もない存在。
「さて……恐らくは、似たような覚醒者が大勢居るだろう……素早く、的確に、けれども、巧妙に進めなくては」
故に、少女は意識するまでもなく放置することを選んだ。
それから、いじめられっ子たちが出血多量で死ぬか、それとも、運よく誰かに助けられるのか? その結末すらも、少女にとってはどうでもいいことだった。
●●●
「ぎ、ひひひ、ひ……面白い! 面白いなぁ! 馬鹿な人間どもが! ゴミみたいに死んだり、歪んだり、苦しむのは面白いなぁ!」
「あ、レフズ! ずるい! 今度は僕が見たい『チャンネル』に合わせてよ!」
「えぇ……やだよ、ライン。いつも、好きなテレビ番組見せているんだから、この日ぐらいはその、優遇して欲しい……」
「テレビ番組とはわけが違うじゃん!」
黒白にして双子の魔人、レフズとラインは隠れ家でとある映像を鑑賞していた。
それは、現在、日本各地で数百と発生した異能者による暴走事件の一つだ。何故、その暴走事件を双子たちが鑑賞しているのか? その理由は単純明快。
それらの事件は全て、ラインとレフズが持つ権能によって力を歪められ、力を植え付けられた粗製異能者たちによる暴走事件だからである。
かつて、滝藤瑞奈という少女を歪ませたのと同様に、勝手に歪め、勝手に力を与えて、意図して暴走を引き起こす。それが、本来、双子がリースによって与えられていた使命だった。否、本来であれば、暴走の部分は可能な限り小規模で発生するように、と言い含められていたというのに、調子に乗って嗜虐心を増大させてしまった結果が、滝藤瑞奈が関わる事件の原因であり、失敗だった。
だが、今回の暴走事件は違う。
今回は意図して、出来るだけ同時に、より派手な暴走を起すように植え付けた異能の種子を覚醒させることが、リースからのオーダーだったのである。
「ねぇねぇ、レフズぅー。でもさ、やっぱりさ、臨場感が足りなくない?」
「…………ら、ライン……駄目だよ、それ……私も、そう、思っていたけど……絶対、リースに怒られる……」
「こっそり行けば、バレないよ?」
「……怒られた時、レフズの所為って言っていいなら」
「えー!? ずるいなぁ、それ! 双子なんだから罪を分け合おうよ!」
「双子でも……罪は……罪……」
そして、今回のオーダーには、『絶対にリースが帰還するまで隠れ家から出ない』ということも含まれているのだが、精神年齢が低い双子たちはあまり命令を重視しない。
このままであれば、レフズの言葉に乗せられて、ラインと共に双子は気になっている暴走異能者たちを観察に出向いてしまうだろう。
「こぉーら、二人とも。駄目じゃあないか、リースの言いつけを守らないと」
「「わぷっ?」」
そんな双子の頭を、優しく撫でる優男が一人。
彼はペイン。
中肉中背で黒髪。きっちりとアイロンをかけたワイシャツ姿の優男だが、双子同様、『魔神器官』の魔人である。
だが、彼は魔人らしからぬ優しい微笑を浮かべて、双子の頭を撫でて、言い聞かせる。
「退屈なのは分かるけどさ、そこは我慢だよ、我慢。また、殺されちゃうよ?」
「「ひうっ!」」
「僕は大切な仲間を失いたくないんだ……だから、どうかな? 君たちも痛い思いをしない。僕も安心できる。こういう取引で、我慢してもらえないかな?」
「む、むーん、ペインの言葉ならなー、しょうがないかなー」
「ライン、ずるい……言い出しっぺの癖に……」
「へーん! 早い者勝ちですぅ!」
「むぅー」
「こらこら、喧嘩しないの……うーん、そうだなぁ。じゃあ、こうしよう! 一緒にホットケーキを作らない? 今日はリースが居ないから、特別に晩御飯は甘いスイーツ尽くしだよ?」
「「わーい、やったぁ!!」」
柔らかな笑みを浮かべる青年が、無邪気に笑う双子と共にキッチンへと向かう。
一体、誰が考えるだろうか?
和やかなやり取りをする三人が、容易く人を殺し、歪ませ、弄ぶ、魔人の集団であることに。
魔人とは、人の形をした魔物である。
よって、その思考回路は人ならざる物であることが多い。
人間は社会的な動物であるが故に、社会の規則や道徳に沿って動く。されど、魔人は違う。魔人は異なる世界からの来訪者。当然、倫理観やら、価値観やらも人のそれとはまるで異なる可能性が多いのだ。
つまり、魔人は『人の形をした化物』という表現が一番本質を捉えた言葉だろう。
人を超えた力など無くとも、人の形をして、人並の知識を持ち、人ならざる価値観を持つ存在は脅威である。
何故ならば、普通の退魔師であれば、躊躇ってしまうから。
人の形をした物が、幼子の形をした化物が、『死にたくない! 助けて欲しい!』と懇願すれば、真っ当な価値観を持つ者ほど動揺してしまう。結果、それが死を招くことになると知りつつも。
だからこそ、魔人は戦闘能力が低くとも、他の魔物よりも脅威度が高めに設定されることが多い。それほどまでに、難物なのだ。
ましてや、強力な能力を持つ魔人たちが集団で行動しているとなれば、その脅威は計り知れないだろう。
「…………生きて帰って来てよ、リース。僕らの、リーダー」
だが、そんな魔人たちが今、何よりも恐れる者が居る。
強力な能力を持つ魔人たちを、塵芥の如く葬り、余りにも予定外の行動を起こすので予測は不可能。何の対策も無しに接敵すれば、最悪、人格の死すら免れない強敵。
それが、『魔神器官』から天宮照子に対する評価だった。
●●●
「さぁ、化物狩りの時間だ」
故に、天宮照子は、かつてないほど理不尽な力に襲われることになるだろう。
さながら、伝説の武器を携えた勇者と相対する、化物のように。




