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第66話 幕間:昔話は失恋の後に

 今、一つの恋が、終わろうとしていた。


「彩月。俺は、お前のことが好きだ」


 毅然とした態度で、告白の言葉を紡ぐ治明。

 その横顔は真剣そのものであり、紡がれた言葉もまた、余分な装飾など無い、男らしい物。


「…………知っているわ、ずっと前から」


 また、治明の言葉を受ける彩月の姿も、いつになく真剣な物だった。

 日本刀の如き、触れたら傷つくほどの冷たさを感じさせる美しさ。いつもはその美貌を意識して鞘に納めて、周囲を傷つけないように振る舞う彩月であるが、治明の前では刃を仕舞わない。望んで、覚悟して傷つけている。

 それは、この時も同じだったと思う。


「でも、ごめんなさい。私、好きな人が居るの」

「ああ、知っているよ。割と前から」

「年上の、男の人だったの」

「知っている……今は美少女になっている奴だろ?」

「ええ、凄く可愛らしくなったの」

「…………それで、お前が苦労することにならないか?」

「大丈夫。最悪、私が生やすわ」

「照子じゃなくて!? というか、え? 何その文化?」

「ふふふ、知らないのね、治明。ならば、貴方はまだまだお子様ということ」

「いや、大人になっても知る必要のない知識群に入っているだろ、それ?」


 言葉の刃を振るえば振るうほど、彩月の表情が段々と和らいでいく。

 治明もまた、言葉の刃を受け止めてなお、それを良しとするだけの寛容さがあった。


「治明は男の癖に、そういう文化に疎いわよね?」

「疎くて悪い文化ではないと思うが?」

「だから、たまに話が合わないのよ」

「中学生の頃から段々と、発言の中身がおかしくなっていた時期があったと思うが、その時期から照子……吉次と交流していたのか?」

「そうね。私はツッキー。テルさんは、グレというハンドルネームでチャットしていたわね。きっかけはTRPGというテーブルゲームのオンラインセッションで……」


 二人は語り合い、笑い合う。

 長い、長い時間の断絶を埋めるかのように。

 そこには、私の知らない彩月の姿があって、僅かに胸が痛むこともあった。

 これは、寂しいという気持ちなのだろうか? それとも、治明に対する大人げない嫉妬? どちらにせよ、この感情は人間らしくてそこまで嫌いじゃない。


「うわ、気持ち悪い……うわぁ」

「何よ、治明。幼馴染に酷い言葉じゃない?」

「いや……実は、照子からお前のネット時代を聞いたことがあったんだけど……あれですら、実は脚色の上に、マイルドに改変されていたことが分かって、今、ドン引きしている」

「失礼な」

「失礼じゃねーよ、妥当な反応だよ。知っているか? 普通の人間はネット上の友達に対して、探偵に依頼して素行調査を頼まない」

「愛していたから、仕方ないわ」

「自殺を仄めかして、休日を丸ごと潰させて、延々とチャットすることを要求したりしない」

「特に病んでいた時期だから仕方ないわ。今は反省しています」

「何度も、しつこく、チャット上で卑猥な言葉のやり取りを求めたりしない」

「貴方がエロ本を買うように、私は愛する人で性欲処理しようとしていただけだから、仕方ないわ」

「待って、待って、今、ちょっと気持ちを落ち着けているから…………大丈夫、大切な幼馴染で、初めて好きになった人だぞ? 大丈夫、まだまだ守りたいと思える」

「守りたい、か…………思えば、貴方には酷い八つ当たりを続けてしまったわね?」

「やめろ! しんみりとした顔でシリアスな話へ持って行こうとするな! まだまだ、お前の気持ち悪さを消化しきれてねぇんだよ!!」


 二人が年頃の男女のようにやり取りするのを眺めて、私は胸の痛みと共に、大きな安堵を得ていた。

 思えば、私がまだ山田吉次だった時から、二人の軋轢は目立っていたと思う。

 治明は彩月を想い、負い目があるからこそ言葉をはっきりと伝えられなくて。

 彩月は治明を恨み、恨んでいる自分が嫌いだからこそ治明に嫌われようと八つ当たり交じりの言葉で傷つけて。

 二人とも、幼い頃に抱いた感情を扱いきれずに、苦しんでいたのだろう。

 けれど、それでも、二人は痛みを乗り越えた先で、幼い頃の感情に決着を付けたのだ。過去を乗り越えて、今をより良い物にしようと歩き出したのだ。

 二人を見守って来た大人として、これほど嬉しいことはない。

 だからこそ、私もそろそろ『こっち』の決着を付けるとしようか。


「アズマぁ……いい加減……ギブアップしたらどうだ?」

「く、くかかかかっ…………貴様を殺してから、そうするよ……」


 そう、彩月と治明が青春模様を繰り広げている隣で、私は豪奢な着物姿の美女――龍神アズマと素手で殺し合っていた。


「認めん……我は認めんぞ……彩月ぃ……絶対、こやつよりも治明の方が良い男じゃろうが! というか、こやつは女になっとるし!」

「テメェが決める事じゃねーだろうが、蛇女ァ!」

「我を継承する当主候補が、変な奴に引っかかっていたら、止めてやるのも親心!」

「子離れしろぉ!」


 龍神アズマの肉体は、清流を連想させる青の長髪。顔立ちは如何にも、古き良き大和撫子という印象を抱かせる物なのだが、その気性は荒い。気に食わない相手とは顔も会わせたくないし、そもそも、言葉も聞かない。流石に、一般人をみだりに殺したりはしないだろうが、それはあくまでも契約によって縛られているからに過ぎない。

 いくつかの分霊の一体といえど、神の格を持つアズマにとって、有象無象の人間などは地を這う虫以下の存在だ。

 そして、私ほど不愉快な存在相手になると、割とガチで殺しに来るのだ。


「死ね! おら、死ねぇ!」

「ぐごごごごご……小癪、なぁ……」

「余裕ぶった態度を取るから、足元を掬われるのさぁ!」


 治明の告白劇は、彩月の部屋で行われ、立会人として私が選ばれたわけだが、当然、物事はそう簡単に運ばない。

 具体的に言えば、ここぞとばかりに私が芦屋家に入るのを邪魔しに来たので、穏健派であるオウマ以外は、私を殺しにかかって来たのだった。もっとも、既に玄関先でコマを潰し、庭先でクラマをへし折って来たので、残るはアズマ一体である。

 ただ、私とアズマが本気で殺し合うと、もれなく周囲一帯が消し飛ぶ恐れがあるので、私たちは彩月監修の下、互いに弱体化した状態での殺し合いとなったのだ。


「う、ううっ! ううっ!!」

「無駄だぁ! テメェが死ぬまで離さないぜぇ!!」


 まず、互いに能動的な魔術の使用は禁止。

 魔力による強化も最低限に留めて、周囲に血液とかが飛び散らないような戦い方で殺し合うことになったのだ。いわゆるキャットファイトである。

 私は最初こそ、長い年月を経て『手習い』として会得したというアズマの武術に翻弄されていたのだが、一瞬の隙をついて組み付き、拘束。その後、じわじわと時間をかけながら体勢を動かしていき、十分ほどかけてようやくバックチョークの形でアズマの命を奪おうとしているのが現状だ。


「があっ! がぁあああ!!」

「ははは、ようやくらしくなってきたなぁ! アズマぁ! そうだ、お前の本性は荒れ狂う龍だ! お上品に母親を気取ってんじゃねぇよ!」

「き、さまぁ……」

「さぁ、子離れの時間だ、アズマ」


 私はぎゅっと、アズマの首を絞めつける力を強める。

 肉でも、筋でもなく、骨を掴む気持ちで腕を動かす。すると、当然、抵抗が強くなっていく。高貴を気取っていたアズマが、必死に体を動かして苦痛から逃れようと藻掻き、私の腕をひっかき、手足を暴れさせた。

 互いの汗やら香水が混ざった匂いがむせ返るほど肺を満たすが、構わず、私は気力を振り絞って最後の仕上げにアズマの首を捩じる。


「かひゅ」


 ごきり、と骨が折れる音と共に、アズマの口から空気が漏れる音が聞こえた。

 先ほどまで、私の腕の中で暴れていた生命力の塊が消え去り、その残滓が痙攣していく様は、私に爽快感と達成感を与えてくれる物だった。


「……ふぅ」


 私は口元から涎を流し、生気を失った瞳で脱力するアズマの死骸をそっと畳の上に置く。

 清々しい気分である。何だろう? 他の魔物を殺したときはこんな気持ちにならないのに、アズマほどの実力者を、死力を尽くして倒すと、胸の中で湧き上がる快感があるのだ。それは、例えるのならば、アクションゲームを最高難易度でクリアした時に似ているかもしれない。

 ともあれ、これで邪魔者は居なくなったわけだ。

 私は額から流れる汗を拭いつつ、爽やかに微笑んで二人に告げた。


「二人とも! 仲直り、おめでとう! 君たちの同僚……いいや、共に戦う仲間として、とても喜ばしく思うよ!」

「「…………」」

「あ、あれ?」


 二人はいつの間にか会話を止めて、呆れたような顔で私を見つめている。


「なぁ、彩月」

「ええ、治明」

「「いい加減、その問題を何とかしないと」」

「声を揃えて言うほどに!?」


 この後、幼馴染としての絆を取り戻した二人に、色々とお説教交じりを受けつつ、私の問題について対策を立てることになったのだった。



●●●



「どうしたもんか…………照子は特に、魔物を殺したい、みたいな殺戮衝動は無いんだよな?」

「ないよ、そんなもの」

「逆に、テルさんを魔物が殺したがっているのが大体の原因よね? 式神にもその影響は及んでいる。時間をかけて交流を重ねていけば、段々とその衝動も落ち着くかと思ったけれど、うちの式神は毎回テルさんと会うと殺したがるし。何度言っても、『こればかりは無理』って断られてしまうし」

「うちの葛葉に至っては、絶対に会いたくないって主張だからな」

「私は未だに顔を合わせたことがないものね?」

「葛葉さんは、割とフランクに退魔師たちの前にも表れるタイプの式神なのだけれどね?」

「そんな式神でも無理なのか」


 治明、私、彩月の三人で『ああでもない、こうでもない』と一時間ばかり話し合ってみたが、やはり解決案は見つからなかった。

 ただただ、麦茶やお茶請けの菓子が消えていくのみ。

 会議は踊る。されど、進まず、という奴だ。


「せめて、殺し合うのを避けるようにはさせたいわね。器を何度も作り直すのも面倒で、費用も掛かるし」

「反射的に殺してごめんね?」

「それは、むしろ、私がごめんなさい。普段は言うことを聞いてくれるのだけれども、どうにも、テルさんのことになると頑固で…………陽介なら、器に何かの術式を施したり、私よりも上手く式神を説得出来たかもしれないのだけれど」

「陽介?」


 私が首を傾げると、彩月は一瞬、はっとした表情を浮かべる。

 治明もまた、はれ物に触ってしまったような顔をするが、やがて、彩月は意を決したように首を横に振ると、私を見据えて答えを紡いだ。


「芦屋陽介。私の一つ下の弟……六年前に、巨大な鬼の魔物に攫われて、行方不明。多分、生きてはいないと思う」

「……そっか、悪いことを聞いてしまったね?」

「いえ、いいのよ、テルさん。治明と一区切りつけられたからこそ、今なら、話せるかもしれないわ。聞いてくれる? 私の、自慢の弟のことを」

「ああ、是非とも」


 芦屋陽介という弟のことを語る時、彩月は優しい笑みを浮かべていた。

 見たことのない笑みだった。恐らくは、彩月が『お姉ちゃん』をやっている時は、こんな顔をしていたのだろう。


「それでね、陽介は頭が異常に良くて。芦屋の結界術をあっという間に習得して。それだけではなくて、私が扱う式神の器も、元々はあの子が基礎となる設計をしてくれたの。結界術だけではなくて、何かを作り上げるということに関しても凄い才能を持っていてね? それでいて、その才能をひけらかして慢心することもなく、謙虚な良い子だったの」

「何それ、転生チートの方で?」

「アンタに言われたら、陽介も微妙な表情をするだろうさ」

「肉体の性能はともかく、異能の方は自前だよ」


 故人について、語り合うのも時には悪くない。

 何の興味も持てない相手の過去を語られても困るが、彩月の弟、しかも、とんでもない能力を持った神童の話ならば、いくらでも聞いていられる。

 事実、彩月の弟自慢は面白かった。

 他愛ない日常の失敗談を弟にカバーしてもらったことから、幼い頃の冒険譚。完璧に見えた陽介という弟の意外な弱点など、時折、治明の解説も入りながら展開する話は、私の好奇心を十分に満たしてくれた。


「あの時は本当に助かったわよね、治明。私たち二人とも、花瓶をどうやって隠すか? という考えしか無かったのに、まさか、花瓶を直す魔術を覚えて来るなんて」

「大体なんでも出来たよな、あいつ」

「年下なのに、私たちよりも数段大人びていたし」

「あのまま育っていたらきっと、機関の中でも有数の退魔師になれただろうな」

「魔物たちからも、異様に好かれていたものね?」

「知性ある魔物とだったら、大体、和解可能だったもんなぁ」


 二人で楽しそうに故人について語れるということは、恐らく、本当に二人の中で過去の問題に一区切りがついたのだろう。

 私が若干、疎外感すら感じてしまうほどに二人の話は盛り上がっている。そして、その内容のほとんどは芦屋陽介という人物がどれだけ凄まじい天才だったのか、と証明する物だった。

 だからこそ、私は違和感を覚えたのである。

 あまりにも、芦屋陽介という人物の精神性が、幼い頃から完成され過ぎていることに。


「でも、欠点があったわよね、一つだけ」

「ああ……うん、欠点と呼んでいいのか分からないが」

「欠点?」


 二人の言葉を聞き、私の違和感はさらに強くなる。

 もしかすると、何か。何か、近しい故に、二人が見逃してしまった物を、見つけられるのではないかと期待と焦燥が胸の中を渦巻いて。


「「気が付くと服を脱いで、全裸になろうとする」」

「それは、社会的に致命傷の欠点じゃないかな?」


 やっぱり、勘違いだったと勝手に納得したのだった。

 うん、確かに彩月の弟に相応しい変態性だと思うよ。

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― 新着の感想 ―
[一言] > 巨大な鬼の魔物に攫われて、行方不明。多分、生きてはいないと思う 後に敵となって立ちはだかるフラグ( ˘ω˘ )
[気になる点] >芦屋陽介。私の一つ下の弟……六年前に、巨大な鬼の魔物に攫われて、行方不明。多分、生きてはいないと思う  勘ではほぼ間違いないレベルで、巨大な鬼は大山。  知性ある魔物となら和解可能…
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