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第62話 恋せよ、人類。尊く在れ 7

 『半魔』片理水面の件については、機関は穏便に事を収めることになった。

 具体的に言えば、機関に所属し、三山町の支部に『メンタルケア担当』として配属されることになったのである。


 前例の無い無敵性を誇る、防御術式。異界の住人である淫魔と、現世の住人である人間が魂を混ぜ合わせて、存在を昇華するという蘇生方法。

 恐らく、機関は不確定要素として処理するよりも、これらの未知を、時間をかけて解析した方が良いと判断したのだろう。例え、不確定要素を飲み込むことになったとしても、似た事例が次に現れた時、何らかの対抗手段を得られる可能性が高い選択をしたのだ。

 無論、その選択の前提として、片理水面が私たちと契約を結び、無力化したことに加えて、一般人に対して全く害のない魔術しか行使していなかった点が大きい。仮に、一般人に悪辣な魔術を仕掛けたり、退魔師を殺傷していたら、穏便に話は進まなかっただろう。


「さぁさぁ、グレさん! 早く! 早く!」

「…………むぅ」


 ただ、何かを得るには何かを犠牲にしなければならない。

 この穏当な結末に伴い、私は片理さんという心強いアドバイザーを得た。彼女は私と違い、真っ当な社会人の経験を持つ人だ。仮に、私が何かしらズレた行動を起こせば、気付いて修正してくれるだろう。それは、とても頼もしいことなのだが…………対価として、片理さんが指定した約束は守らなければいけなくなってしまった。

 契約だから、という理屈ももちろんあるが、感情的な分でも、破れなくなってしまったのだ。


「待ってくれ、ツッキー。私は少しばかり猶予をくれ」

「んもう! そう言って、グレさんはもう三十分も考えているじゃないですか! だから、早く言ってください。『ちょっとエッチなお願い』を!」

「ぐぬぅ」


 よって、私は一日に一回、彩月に対して『ちょっとエッチなお願い』を言わなければならなくなってしまったのである。

 うん、控えめに言っても天国と地獄がセットになっているような、凄まじい約束だよね? こんなことを考え付くのだから、流石は存在の半分が淫魔で出来ている人だと思う。


「そーれーとーもー? グレさんはー? ボクに何の魅力も感じていないのですかー? そうなのですかー? ショックだなー、泣いちゃうなー」

「わ、分かった、一分。一分だけ待って。絶対に言う」

「はい! わっかりましたぁ! では、カウントを開始します!」


 しかし、言っていることは一応筋が通っているから困るのだ。

 確かに、私は社会人であろうとするばかりで、彩月が私の対応にどう思うのか? なんて考えても居なかった。ここら辺が、やはり、他者とのズレを強く感じる部分である。ならば、それを直そうとするのであれば、多少の痛みや恥ずかしさは対価だと考えるべきだ。

 よし、よし、私は、私はやるぞ!

 女子高校生に『ちょっとエッチなお願い』を言うぞ!


「だ、だだだだ……抱きしめて、くれ」

「三十一、三十二、三十三……」

「え!? なんでカウント続けているの!? 駄目なの!? 却下!? ええい、分かった! ハグにプラスして、首筋にキスさせてくれ!」

「…………まぁ、今回は良しとしますけど! そんな純情ぶった奴じゃなくて! がっつりと、フェチ込みのエロスを下さい! 分かりましたね!?」

「なんで、女子高校生にエロスの足りなさで怒られないといけないんだ……」

「返事は?」

「はい」

「よろしい」


 そんなわけで、私は現在、彩月と二人きりで密室に居る。

 正確に言えば、彩月が幾つも所有する空間の内の一つ。かつて、彩月に押し倒された、ビジネスホテル風の一室である。

 そこで、私と彩月は一緒のベッドで横になっていた。


「ふふふ、はい、グレさん。美少女のハグですよー?」

「自分で言うんだ、それ?」

「実際、美少女だったでしょ?」

「ぐうの音も出ないほどに」

「ふふふふっ、実は、初対面の時から見惚れていましたか?」

「オッサンの時に、初対面の女子高校生に惚れるのはアウトだと思うよ?」


 互いに服装は、夏らしいTシャツとハーフパンツのみ。

 即ち、抱き合えば、体温を分かち合うほどの薄着だ。こうして、彩月に抱きしめられて、彩月を抱きしめていると、私と彩月の息遣いが交じり合うような、奇妙な感覚に陥ってしまう。


「でも、今なら、何をしても大丈夫なのですよ? グレさん」


 肌が触れ合う状況で囁かれた彩月の言葉は、私の理性をぐらりと揺るがすほどに強烈だった。

 まずい。適温に保たれているはずの空間なのに、やけに熱い。汗を掻いてしまいそうだ。この状態で汗を掻くと、さらにエッチなことになりそうなので、私は早々に『ちょっとエッチなお願い』を果たしてしまうことにする。


「じゃあ、キスするよ?」

「もっと凄いことも良いですよ?」

「大人になったらね?」

「それはつまり、結婚が法的に認められる年齢になったらオッケーということですね。だってそうですよね? 結婚してもセックスが禁止っておかしいですもんね? ということで、十六歳なのですから、これは合法――」

「ツッキーの馬鹿」

「ひゃうっ!?」


 眩しいほどに白い、彩月の首筋へ、私はそっと触れるようなキスをした。

 唇の先から、滑らかな肌の感触と、彩月の体温が伝わってくれる。


「んうっ」


 首筋のキスを受けて、何かの覚悟を決めたように、ぎゅっと目を瞑る彩月。

 そんな彩月に、呆れながらも「しない、しない」と耳元で呟き、お願いの終了を告げた。


「…………夜はこれからなのです!」

「まだ夕方だよ。それに、これから仕事」

「う、うう、仕事なら仕方がないですが」

「よしよし、良い子」

「むーん…………あ、だったらせめて、首筋にアレやりましょう! ちゅーって、強く吸って、痕を残す奴! グレさんからアレをして貰えばボク、すっごくときめくのですが!?」

「夏休みといえど、仕事で仲間に会うのだから、悟られることはNGだよ」

「くはー! 残念です!」


 互いに真っ赤な顔を見合わせて、私たちは起き上がる。

 まったく、恥ずかしくて仕方がないよ。こんなこと、本当に必要なのかと、疑いさえしてしまうほど、割としんどい。水面に指摘された通り、そういう欲望を大切な誰かに向けてしまうのが、私は嫌いな性分のようだ。

 ああ、けれども。


「ねぇねぇ、グレさん」

「なんだい、ツッキー?」

「キスされたボク、エッチでした?」

「…………馬鹿」


 得意げな顔をして、挑発的な笑みを浮かべる彩月を見られるのならば、何とかこれからも頑張れそうだと思った。

 そんな色ボケた思考を持つぐらい、どうやら私は、彩月に惚れてしまっていたらしい。



●●●



 片理水面は一人暮らしだ。

 正確に言うのであれば、親戚が管理する物件に、知人や友人たちと共に暮らしているという状況なので、完全なる一人暮らしではないが、大抵のことは一人で出来たりする。

 料理を作ることはもちろん、掃除も、ゴミ出しも。

 仕事で失敗して、何もかもを投げ出したくなる夜の立ち直り方も。

 思わぬ困難にぶち当たった時の対処の仕方も。

 水面は大体一人でやることが出来た。

 だからこそ、他者の恋愛を好む癖に、他者との恋愛をそこまで必要として居なかったのかもしれない。


「ふぃー、引っ越しは初めてだから戸惑ったけれど、なんだかんだ、手早く準備が出来たね」

『基本的に、物が少ないからね、水面の部屋は』

「学生の頃は、それこそ、壁一面にびっしりと詰まった本棚があったんだけどね? 大人になると賢しくなって、電子書籍で済ませるようになるの。まぁ、入れ込んだ作品は紙の本で買って、実家で預かって貰っているけれど」

『二度と、段ボール箱から漫画を出さないフラグ』

「大人になると、好きなことよりも面倒なことが増えていく物だから」


 しかし、水面はある時、突然に一人では無くなった。

 二人で一人。一人であるが、二人。

 矛盾を孕んだ共生関係は、何も知らぬ物が事情を聞けば、首を傾げるかもしれないが、水面とその中に溶け込んだ淫魔は、自分たちの関係性を気に入っていた。


『良かったのですか? 水面。引っ越しを受け入れて』

「うん。多分、これで良かったと思う。元々、何時か環境を変えなければいけない、って考えは頭の中にあったんだ。でも、今の仕事では必要とされているし、周囲に知り合いが沢山いる物件は住んでいて、心地いい。安心だって出来る。だから、頭の中にあるだけで、実行には移さなかったんだ」

『それで、頭が割れたおかげで、出てきたと?』

「かもね? 後、頼れる誰かさんが、代わりに入って来てくれたし」

『自画自賛』

「たまにはそれも悪くない、でしょ?」

『ふふふふっ』


 自分の都合に合わせて、一人であるか、二人であるかを決めるスタイル。

 矛盾を孕むものの、その矛盾を受け入れて、己の武器としていく。それは一見すると、自意識が破綻しているように見えるかもしれないが、水面たちの中では奇妙なバランスで釣り合いが取れていた。


「後は、このままで居ると、その内、周囲に迷惑をかけちゃうだろうし」

『私を召喚した組織が、私をこのまま見逃すとは思えませんからね。機関の保護下に入った方が周囲も安全でしょう』

「私たちは最悪、どうとでも逃げられるけれど、人質作戦をされると困るからね」

『精神を揺らされるのが困りますね。物理面では無敵ですが、精神面で揺らされると脆いのが、私たちの弱点ですね。気を付けつつ、成長を目指しましょう』

「そうだねぇ。あ、ひょっとして、訓練とかするのかな? 大丈夫? 肉体のスペック」

『無敵性の獲得の代償として、余り肉体の性能はよろしくないので、頑張って鍛えましょう』

「運動苦手ぇー。淫魔はどうなの?」

『夜の運動なら大得意』

「下ネタじゃん」

『淫魔ですからね。やろうと思えば、下ネタだけで会話できますよ?』

「やりたくなーい。婚期が遠ざかるぅー」


 元々、水面は恋愛を好む割に、自身の恋愛には無頓着という、己を当事者としては考えず、一線を引いて第三者となる癖があった。

 その悪癖により、二十代中盤まで初恋すらまだという、軽く手遅れ感が溢れる社会人になってしまったが、一線を引けたからこそ、矛盾を許容出来たのだろう。

 自分でありながら自分ではない。

 一つでありながら、一つではない。

 己の中にすらも一線を引き、常に客観的な視点で己を眺める目があったからこそ、片理水面という『半魔』が生まれたのだ。


「…………まぁ、それに。若い子の恋愛を応援してこその、カプ厨って所、あるじゃない?」

『照子さんと彩月さんの件ですね』

「うん。両方とも難物だけど、特に、照子さんが酷いね。何とか彩月さんが隣でがっつりと引っ付いているからこそ、辛うじて恋愛の芽が摘まれていない感じ。うん、結果から見れば、美少女になったおかげで、どうにか彩月さんの恋が保たれている感じかな? これが、男性のままだともっとシビアでドライな対応で遠ざけるだろうし」

『精神は肉体の影響を受ける。私の思想が軟化したように、照子さんも、男性としてあった時よりも意地を張らなくなりましたからね』

「でも、油断は禁物。何か一つ歯車が狂えば、奇跡的に噛み合っている現状が音を立てて軋み、崩れ去る…………折角、美しく、尊い恋愛が成就しようとしているのに、それが潰れるのを傍観するなんてあり得ない」

『私たちのライフワークですからね、どんどん干渉していきましょう』

「そうだね。お節介や、ゴシップ好きと言われるのは慣れている。例え、数多の罵倒を受けようとも、私は誰かの恋を応援する―――そして、誰かが恋をするための日常を守ると決めたんだから」

『できますか? 私たちに』

「できるさ、私たちなら」


 こうして、段ボールだらけの部屋で、水面は決意した。

 一度は死に、奇跡を得て新生したからには、己の生き方を恥じることなく、尊いと思う恋愛を推していこう、と。


「矛盾を内包し、奇跡と共に生まれた私たちなら、きっと、どんな不可能なことだって――」


 しかし、世の中はドラマや映画のようにタイミング良く出来ていない。

 現実という脚本家はたまに、各々の人生の主人公たちに、とてもタイミング悪く冷や水をかけることもあるのだ。

 今回の場合は、一本の電話だった。

 実家に居る母親からの着信を示すメロディーは、先ほどまで生き生きとしていた水面の顔から血の気を引かせるには十分の威力があったらしい。


「…………はい、水面です」


 この後、水面は己の決意がボロボロになるまで母親に、引っ越しの連絡を忘れたことを叱られた。その上、ついでとばかりに婚期のことを持ち出して、お見合いのセッティングまでされそうになってしまったので、ついつい啖呵を切ってしまったのである。


「んもう! 結婚相手なら自分で見つけるから! 一年以内に!!」


 水面はまだ知らない。

 この時の啖呵がきっかけで、後々、機関の上層部からの思惑が盛大に絡んだ、イケメンだらけの婚活パーティに招かれてしまうことを。

 何故か、イケメンたちに『(存在が)おもしれー女』だと一目置かれ、(研究対象として)追い回されることになることも。


「はぁあああ…………やっぱり、恋愛は他人の物を見ているに限るね、私」

『いやでも、そろそろ婚活は始めるべきですよ、水面』

「自分にさえ言われたぁ!? うわーん、分かっていたしぃ!」


 そして、生まれて初めて当事者となった恋が、水面にとって尊い物であるかどうかも、知る由は無い。

 何故ならば、それは、これから水面が始める、彼女自身の物語(恋愛)だからだ。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 彩月さんならそのうちラブホテル風の部屋も用意しそう。 [一言] さてはイケメン達、水面さんをおはようからおやすみまでじっくり観察するつもりだな!
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