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第51話 幕間:天宮照子の封印処理

 大変な戦いだった。

 初夏の襲撃から、常冬の領域に迷い込んでの三つ巴。さらには、首魁たる魔人、リースとの対決。そのどれもが、私の心身を削るには十分な出来事だったと思う。

 疲れた。

 とてつもなく疲れたのだが、愚痴を口に出すつもりは無い。

 確かに、私はとてつもなく疲れていたが、それ以上に大変だった者たちが、私の戦いに関わり、私を手助けしてくれたのだから。


「大変、嘆き、悲しむことではありますが」

「これも仲間のためだからね。存分に恨んで欲しい」

「美しい私に殺されることを、光栄に思いつつ、死ね」


 最初の襲撃は、以前、顔を合わせた二体の魔人に加えて、さらに一体、足元まで体を覆うほどの赤髪の魔人の手による物だった。

 私が単独で、スーパーに向かおうとしていた時を狙われた襲撃。まさか、闇夜に乗じての暗殺ではなく、昼間からの堂々とした襲撃があると考えていなかった私は、混乱しつつも、仲間たちと連絡を取ろうとしたのだった。

 だが、昼間から襲撃してきた魔人たちだ。そこら辺の対処はしっかりしているらしく、電波は遮断され、魔術による通信手段も使えない。街中での襲撃だったはずなのに、いつの間にか、周囲の人々は不自然に姿を消している。

 完全に罠だと私が確信した時には、もう、攻撃は始まっていた。


「頼みますよ、フォル」

「指図しないで、性悪」


 魔人たちの攻撃は、基本的に神父服の魔人――グーラが攻撃役。赤髪の魔人が、魔術や長い髪を自在に動かしての行動の阻害、束縛。ペインという優男の魔人が、二体の背後で、回復と支援効果を持続するという、三体の力を噛み合わせた見事な物だった。

 隙が無い。

 グーラの力は、防御を貫くだけの貫通性を伴った物。

 フォルは対象を束縛し、また、転移やら防御などの多種多様の魔術を使う、こちらに対するデバフとタンク。

 ペインは、回復能力は厄介だった。こちらが魔人を傷つけても、赤い炎の刻印が刻まれた左手で触れるだけで、瞬く間に傷が修復され、疲労すらも解消する。加えて、ペインが傍に居る時と、居ない時で、魔人たちの動きの良さや、魔術の効力がまるで違ったのだ。

 私は防戦一方だった。

 余りに大変だったので、ほとんどその時の記憶が残っていないのだが、恐らく、死なないように立ち回るだけで精一杯だったと思う。


「そろそろ、『慣れた』ぜ、魔人ども」


 ただ、即死させてこないのであれば、持久戦で有利なのは私の方だ。

 戦えば戦うほど、私自身の力が増し、動きが洗練された物になっていくのを実感していた。最初の頃は足に赤髪が絡んだだけで、体中に痺れと脱力感が襲ってきたものだが、後半はその赤髪を掴み、思いきり引きちぎることも可能となるぐらいには強くなった。

 強くなってしまった。

 下手に【栄光なる螺旋階段】の異能を発動させることが出来ないほどの緊迫状態だったからこそ、私本来の異能である【不死なる金糸雀】の効果がどんどん発揮されていったのだろう。


「お前がァ、情報遮断役だな!?」

「――――ぐっ!」

「フォル!?」


 どんどん強くなる私の力に対して、魔人たちはついに、僅かな焦りを生じさせて、隙を見せた。本当に小さな隙だ。一呼吸分、私が攻勢に回れるというだけの、小さな隙。襲撃された最初の段階では、そんな隙があってもどうにも出来なかったのかもしれない。

 だが、自らの異能によって十分に強化された私にとっては、その隙を狙い、フォルという魔人の心臓部を手刀で貫くのはさほど難しい物では無かった。

 フォルという魔人を狙った理由は、簡単。この魔人が扱う魔術があるからこそ、情報が遮断され、攪乱されるのだ。本来、街中で襲撃があれば、大結界を扱う芦屋の一族が気づくはず。何より、私に持たされた彩月の護符が、緊急信号を送る手配になっている。だというのに、少なくない時間、戦い続けているのは高度な情報妨害魔術があるという証明。

 ならば、狙うのはまず、フォルという魔人だ。


「はっはっは、ビンゴォ!」


 案の定、心臓を貫かれたフォルは一瞬、意識を失い、情報遮断を解いてしまったのだろう。直ぐに、ペインが回復していたが、既に手遅れだった。

 その時、私が持つ護符が緊急信号を機関の仲間たちに送っていたのだから。

 故に、そこから先の展開は既に決まっていたと言える。

 形勢逆転。

 どんどん調子を上げる私に対して、一時的にフォルが行動を不能にした瞬間から、三体のコンビネーションが崩れ始めている魔人どもが早々に逃亡へと切り替えたのは無理からぬ事だったと思おう。

 けれど、私は……いいや、私たち機関は易々と逃亡を許すほど優しくない。


「テルさん、待たせたわね」

「よくもまぁ、うちの後輩を虐めてくれたよなぁ? 魔人ども」


 彩月に、治明。

 頼もしい先輩退魔師に加えて、昨今の諸々の事情により、増員されていた機関の退魔師たちが集結。

 ペインやグーラがフォルを庇い、その内に空間転移で逃げようとする魔人どもだったが、今度は私たちが魔術を邪魔する番だった。

 彩月の展開する結界は、魔人たちの魔術の行使を妨害して。

 どれだけ回復手段に長じていようが、治明の炎があれば、一回の命中から、即死へ持って行くことが可能な火力を確保できる。

 もはや、戦いはどうやって魔人たちを逃がさす、殺しきるか、封印するかに移行していた。


「あまり、舐めないで頂きたい――――人間どもがっ!!」


 ただ、相手も決して一筋縄ではいかない実力を秘めていた。

 己の肉体が反動によって、大きな損傷を受ける程、過剰に固有魔術を使用したグーラが、彩月の結界を無理やり食い破ったのである。その隙を狙い、ペインとフォルは魔術で転移。グーラもその魔術の対象となったが、とっさに私が追い付いて魔術に干渉したので、在らぬ場所へと共に転移。

 グーラと私は、互いにさっぱり分からぬ土地に飛ばされながらも、とりあえず、こいつは殺しておけと戦いを再開して。

 そして、私たちはうっかり、カンパニーの管轄である『常冬の領域』へと落ちていくことになったのだった。



●●●



 傍から見ていた者が居れば、余裕の戦いに見えたかもしれない。

 常冬の領域に入ってからの私は、完全に保護者モードになってしまったので、基本的に強がりばっかりだったから。

 本当はグーラとの一騎打ちも、半分ぐらいの勝率だと思っていたし、『常冬の王』の力を受けた時なんかは、何そのチート!? などと焦りもした。腕が無くなった時は、マジで駄目かと思った。いや、駄目元で気合を入れてみたら普通に復元して、いよいよ私の怪物具合に、私自身がビビってしまったのだが。

 そう、私は割と無茶をしている。

 余裕綽々という戦いの時にだって、常に心に冷や汗をかいているし、絶体絶命のピンチの時は、かなり焦っているのだ。特に、リースが出てきた時は、異様に膨れ上がった私の魔力貯蔵も底を尽きかけていたので、半ば、やけくそになりながら交渉していた気がする。

 その上、最終的には魔人を一人も完全に殺すことが出来ず、おまけに、協力者と思しき少女まで逃がしてしまったのだから、失態だ。反省しなければなるまい。

 まぁ、でも、機関に入って半年も経たずにここまで戦えるようになったのだから、少しぐらいは自分に甘く判断してもいいだろう。うん、私はとても頑張った。

 むしろ、頑張り過ぎたと言っても良い。

 頑張り過ぎた結果、私の異能である【不死なる金糸雀】は、ほんの一週間前とは比べ物にならないほど、私を強化していて。


「天宮さん、上層部から貴方の力を封印するように指令を受けています」

「マジですか?」

「マジです」


 結果、地元に帰って来た途端に、上司である美作支部長から直々に封印魔術を受けることになってしまったのである。

 強すぎることが、私の罪になるとはね…………ふふふっ、自分で自分が恐ろしいぜ、とか冗談交じりに言うと、美作支部長がため息交じりに教えてくれました。


「いえ、本当に上層部では貴方の異能を恐れている派閥もあります。特別施設に収容し、可能な限り異能が進まないよう、対処するべき、という意見も。冗談交じりではありますが、貴方を宇宙にでも永久追放した方が良いのではないか? とさえ言われることも」

「完全に、不死の怪物とかにやる対処じゃないですか」

「控えめに言っても、今の天宮さんは不死の怪物ですからね…………無くした腕を、元に戻すまではセーフなのですが、その過程で周囲のマナを取り込むという機能を覚えたのが、危険視されているようです」

「なるほど」


 これはいけない。

 私は社会人としての自覚があるからこそ、分かる。

 基本的に、社会は出る杭は打たれるのだ。雄弁だろうが、暗黙だろうが、秩序を乱そうとする者を許しはしない。例え、その者に悪意が無かったとしても。

 特に、私が所属する機関は秩序の守護を第一目的とする組織だ。

 極論、秩序を守れるのであれば、多少の人命を踏みにじる行為さえも厭わない可能性すらあると、私は考えている。

 だからこそ、管理できない力に対して、厳しい枷が付けられるのだ。


「でも、美作支部長」

「はい」

「私の異能を結局、取り除けなかったからこそ、第二の異能を作ったりなど、面倒な対処をしたのですよね? 先ほどの『宇宙に追放刑』なんかも、手に負えない類の対象に対してやることじゃあないですか」

「はい」

「…………私の異能を止めたり、封印したりする類の物って、ひょっとして、私と同等以上にヤバい代物を使うのでは?」

「それに関しては、伝えられないとだけ」

「絶対、そうだ!」

「直ちに健康に害はありません」

「長期的に害がある奴だ!」

「むしろ、ここまでしても異能の活動をある程度低下させて、ある程度の弱体化しか出来ないので…………唐突に上層部から呼び出しがあった場合は逃げた方が良いかもしれませんね」

「これで駄目だったら、私の人権を無視される系の処理をするつもりだ!?」

「いえ、既に貴方の人権は大分無視されていますよ」


 戸籍と住居を機関から指定されている時点で、人権的にはアウトです、と告げる美作支部長の言葉に、私は愕然とした。

 そんな、退魔師というイレギュラーな仕事とはいえ、福利厚生はしっかりしているから大丈夫だと思ったのに。でもまぁ、本当に人権無視のブラック企業とかは、三か月ほど休みなしで働かさせ続けるという事案もあるぐらいだし、それに比べれば断然マシか。


「ですが、貴方の場合は仕方ない事情があります。通常、何もできずに死ぬしかないという極限状態において、魔人どもを撃退し、なおかつ、相手の情報を得て帰還するという行いは正しいです。その結果に対して報酬ではなく制限を与えるのは、余りにも非道という意見もありました。機関は秩序を守る組織ですが、功績に報いない組織は、いずれ破滅する物です。故に、妥協案として、貴方の給与をがっつりと上げて、制限も与えるという形になりました」

「具体的には月給いくらですか?」

「詳細はこちらの資料に」

「…………新しいサプリ(薄くて高い本)、ガンガン買える給与だ!」

「サプリメント? 美容に気を遣われるようになったのならば、お勧めを紹介しますが?」

「ああ、いや、そっちでは無くて…………うん、まぁ、御厚意はありがたく」


 その上、給与を上げて貰えるのであれば、私としては文句ない。

 なぁに、今まで激闘を繰り広げてきたのだから、エンカウント率的には、多少は今後下がっていくはず。死闘や激闘が無ければ、今まで以上に異能が私を強化する必要も無い。

 とりあえず、しばらくは力を意識してセーブするとしよう。

 そう、出力よりも技術を磨くのだ。


「昇給は再来月から。貴方の封印に用いられる魔道具は、今週末には届くことになります。魔道具の着脱に関して、詳しい規則は後から追って伝えますので」

「了解です、美作支部長」

「それと、天宮さん」


 治明に組手の時間を増やせないか、相談しないとなぁ、と考えながら返事をすると、美作支部長が言葉を付け加える。

 一体なんだろうか? と私が言葉を待つと、驚くことに――――美作美部長が、淡く笑みを作った。露骨な笑みではなく、普段から彼女の無表情を見ていなければ分からないほどの、小さな変化。けれど、とても珍しい変化である。


「お帰りなさい。よくぞ、生きて帰ってくれましたね?」


 しかも、いつも堅物な年下の上司から、こんなに素直に労われてしまったのだから、どうリアクションしていいのか、分からなくなってしまった。

 分からないが、とにかく何かを言わなければならない。

 私は「あー」だの「ううむ」など、よくわからない唸り声で思考時間を稼いだ後、結局、何の変哲もない言葉で応えることにした。


「ただいま戻りました、美作支部長」


 まったく、私なんかには勿体ない上司だと思う。

 …………これで、帰って来た時、冷蔵庫の在庫がコンビニの総菜で一杯になっていなければ、もっと良かったんだけれどなぁ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 宇宙に放逐されたら手足パージした反作用で地球に戻ってきそう。 というか、封印も時間を待たず「慣れ」そうですよね。
[一言] あのときそんなに強がっていたのですか。 山田さ……天宮さん最近調子にのっていませんか?なんだかわからせたくなりますとか思っててごめんなさい。 なんだか実家みたいに……帰る場所はまだあるよう…
[一言]  常冬の王の所へ行く前に、既に敵から3対1……3人揃えないとどうにも出来ない判定を食らってて。  機関からは秘密道具の無限増殖栗まんじゅうと同一視。  しかも宇宙追放を実行したら、本来体に…
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