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第42話 銀弾よ、常冬を穿て 7

 奈都が、照子の仲介によって情報を整理させられたところ、分かったのは以下のような情報だった。

 ・姫路奈都はギルドからの正式な依頼を受けている。

 ・依頼内容は『常冬の王』の捕縛か殺害。

 ・ギルドを仲介した依頼主と姫路奈都が顔を合わせた時は無い。

 ・依頼の報酬は膨大。加えて、捕獲が可能だった場合、『常冬の王』の姿を一度、依頼主の前で見せることが条件。

 ・この場合、捕縛した『常冬の王』の所有権を依頼主は主張しない。

 ・ただし、捕獲した当人が所有権を放棄した場合、『常冬の王』の所有権は、依頼主に移るとする。


「典型的な罠依頼じゃあないかな? これ」

「…………えっ?」


 説教の後、申し訳なさそうな顔つきで正座をしていた奈都が、照子の言葉に首を傾ける。

 そのリアクションに対して、銀治は馬鹿な小動物を見る目で憐み、照子は苦笑しながら、言葉の意味を解説した。


「だってね、奈都ちゃん。私の邪推かもしれないけれど、この依頼内容だと、君が『常冬の王』とやらの捕縛に成功した場合、何らかの攻撃を受ける可能性があるじゃあないか」

「…………た、確かに! 最後の文は怪しいと思いましたが! 私もギルドに所属してからそれなりに名が売れている魔獣使いです! 易々とやられませんし! 何より、ギルドの仲介はそこまで杜撰ではありません! 実体のない名前だけの存在から依頼を仲介することはありえませんよ! だって、そんなことをすれば、ギルドの看板に傷が付きます!」


 抗議する奈都の言葉は、妥当な物だった。

 ギルドとは、世界の裏側で仕事をしているフリーランスたちの組合だ。この組合に登録しておくことによって、大きな枠組みの一つとして登録され、様々な恩恵が得られるのだ。

 例えば、大手の組織と仕事内容がバッティングしないような調整。

 例えば、本人の能力に応じた仕事の斡旋。

 例えば、伝手が無く、単独では仕事の完遂が難しい場合、一時的に傭兵という扱いで同じ組合内のフリーランスに協力を頼めたりもする。

 このように利点を列挙すれば、優良組織に思えるかもしれないが、当然、その手のサービスを受けるための対価は安くない。

 まず、ギルドを仲介した依頼では、報酬の五パーセントが自動的にギルドに収められるシステムになっている。

 次に、ギルド内では査定があり、仕事の成功率が悪い人材、また、依頼人や同業者と揉め事を起こしやすい人材などは、登録を排除される可能性だってあるのだ。


「ギルドは、フリーランス同士の互助組織です! でも、だからこそ、信頼関係が大切なんです! 仮に、依頼人とギルドの仲介人がグルだったとして、私を嵌めたところで、何一つ得することはありませんよ! 即座に、ギルドの監査員によって排除されます!」


 だが、対価と能力を求める代わりに、ギルドの運営は身内に厳しい。

 一切の汚職を許さず、監査員と呼ばれる存在が、常に目を光らせており、ちょっとした不正でも即座に解雇。ギルドに登録しているフリーランスの命が脅かされる可能性があった場合、血で贖うというのが絶対の掟だ。

 このように露骨な罠依頼を通すわけがない。


「ギルドは、ギルドを通して私たちを騙そうとする依頼人を許しません。必ず、排除します。そういう『保証』があるからこそ、私たちはギルドを信頼しているんです。それに、多少怪しい依頼だからこそ、ちゃんと依頼人のことを調べていると思うんです。信用がある依頼人からではないと、こんな依頼は通しませんよ」


 だからこそ、奈都は言う。

 自分を嵌めて、捕縛した『常冬の王』を奪おうとする思惑があって、依頼したのだとしても、余りにもそれはリスクとリターンが見合わない行動であると。


「でも、実際に君は嵌められたし、騙されていた。少なくとも、カンパニーと関りが深い隔絶領域であることを、知らされていなかった。そうだね?」

「…………うう、はい。そうですぅ」


 だが、それは逆に言えば『リスクとリターンが見合わない行動』であるということを承知で、自らの破滅を前提として動けば、不可能ではないということだ。

 事実、奈都は何も知らずに領域へと足を踏み込み、碌な装備もしていなかった所為で、危うく命を落としかけたのだから、何かしらの思惑があったと考えるのが定石だろう。


「銀治君。この領域は、出るよりも侵入することが難しい、そうだね?」

「ああ、そうだよ。僕が知る限り、カンパニーの術者がかなり準備して、二週間に一度、ようやく通路を一時的に作るぐらいだ」

「なるほど。ちなみに、私はグーラという魔人が権能……まぁ、とても強い固有能力を使って、領域の一部を『喰って』ね? その穴に私は叩き落とされそうになったから、グーラを道連れにこの領域に落ちてきたというわけだが…………奈都ちゃん」

「は、はい……」

「君がどうやって、この領域内に入って来たのか、覚えているかい?」


 照子からの質問を受けて、奈都は初めて自分の記憶の中に、不鮮明な情報があると自覚した。


『君が、我らが同志になれるか、楽しみにしているよ?』


 誰かの言葉を思い出した瞬間、ずきん、と奈都の頭部が鮮明に痛む。

 まるで、針で脳を突き刺されたみたいな、鮮烈な痛み。


「う、あ…………なに、こ、れ……?」

「なるほど。どうやら、奈都ちゃんは推定黒幕からの精神攻撃を受けているみたいだね。さて、どうしたものか。私、回復魔術とかさっぱりだし」


 頭を抱えて俯く奈都を見て、照子は冷静に思考を回す。

 精神に影響を及ぼす攻撃を受けた場合、のちのち、何かしらの行動がスイッチとなって害を与えてくる可能性は十分にある。

 しかし、その影響を取り除くための魔術なんて高等な物は、照子には使えない。

 かといって、可能性があるというだけの話で、奈都の四肢を折って行動不能にし、機関に引き渡すという手段も使いづらい。

 捕縛して無力化しようにも、照子にはそのような装備はない。

 銀治の協力で領域の外へ帰したとしても、侵入手段が判明しない限りは、再び、侵入してくる可能性がある。今度は、行き倒れの被害者としてではなく、襲撃者として。


「照子さん。なら、僕に任せて貰えませんか?」

「ほう?」


 照子が思案していると、隣から銀治が何かを提案する。

 提案の傍らも、リボルバーを手放さず、弾薬を込めながら何かしらの提案をする銀治の姿は、まるで殺し屋の仕事風景だ。


「僕の……魔弾……」

「なるほど……それなら……」


 ただ、肝心の奈都はそれを気にしている余裕などは無かった。

 照子の指摘を受けて、己の記憶の不備を自覚した時から、頭痛が止まないのだ。


「う、ううう……」


 鋭く、何度も頭部を突き刺すような酷い痛み。

 その痛みに、思わず奈都が涙を零して呻くと、「急ごう」という照子の声が、銀治に告げられて。


「大丈夫――――直ぐに楽にしてやるよ」


 奈都の眼前に、銀治が構えるリボルバーの銃口が向けられた。



●●●



 姫路奈都が幸福だった時代は、主に幼少期に限られる。

 生まれてから七歳までの間。

 それが、奈都にとっての幸福の期限だった。


「奈都は凄いねぇ。きっと、御先祖様の力を、良く受け継いだんだろうねぇ」

「ああ、きっと奈都が良い子だからだな!」

「ほんとぉー!? じゃあ、サンタさん来るかな!?」

「来るかもしれないねぇ。良い子だったらねぇ」

「野菜もちゃんと残さず食べられれば、もっと良い子だぞ!」

「うげぇー」

「「あっはっはっは!!」」


 奈都の両親は、明るい人たちだった。

 魔獣使いを生業として働く、世界の裏側の人間にしては掛け値なしに善良であり、そして、強い人たちだった。

 何せ、父親が生身で魔獣の熊を平然と掴み、ねぐらに叩き込むという芸当を、日常的に奈都は見て過ごしていたのだから。そんな怪力の父親が馬鹿をやると、母親が満面の笑みで三十メートルほど殴り飛ばすという光景もセットでついてくるので、奈都にとって両親というのは強い人たちだったのである。

 どれだけ狂暴な魔獣の牙だって受け止めて、笑顔で宥める。

 どれだけ巨大な魔獣の突進だって受け止めて、きちんと心を通い合わせる。

 まさしく、奈都にとって両親は最愛に等しい人たちであり、彼らと共に、魔獣を管理する日々は、幸福に満ち溢れていたと言えよう。


「悪いね、アンタら家族が強すぎるのが悪いんだよ」


 奈都が七歳の誕生日。

 両親が、とある犯罪組織によって命を奪われるまでは。


「ったく、手間をかけさせやがって」

「魔獣も強ければ、本人も強いのは反則だよなぁ」

「その癖、妙に善人を気取ってやがる」

「はんっ。その善人気取りの所為で、死んだわけだがな」


 騙し討ちだった。

 奈都の両親は、魔獣たちの動物病院も兼任しており、様々な魔獣使いたちが、自分たちの相棒を治してもらおうとやって来ていたのだが、その一人が刺客だったのである。

 傷ついた魔獣の内部に、特殊な爆弾を詰め込み、治療に当たっていた両親を負傷させたのだ。そこから、爆音を合図として犯罪組織の構成員たちが突入。負傷した両親――ではなく、その周囲に居る魔獣たちめがけて、特殊な銃弾を撃ち出す。

 両親たちは当然の如く、魔獣たちを庇い、さらに傷を深くした。

 それでも、両親たちは強かったと言えるだろう。投入してきた構成員の半分を返り討ちにして、殺傷してみせたのだから。


「俺たちのシノギを邪魔しなければ、長生き出来たのによぉ」


 後から、奈都が調べたことであるが、どうやら、この組織は麻薬カルテルと繋がった地元の犯罪組織だったらしい。奈都の両親が、警察の捜査に協力するために、調教した魔獣犬を貸与し、その結果、大規模な摘発があったことが、今回の襲撃の原因となっていた。

 つまりは、犯罪組織が『面子』とやらを守るために、国家よりも手を出しやすい方を選んで、襲撃したというのが悲劇の流れである。

 奈都の両親は、抵抗したものの、卑劣な騙し討ちによって死亡。

 魔獣たちもまた、大部分が襲撃によって死亡するか、散り散りに逃げ出してしまっていた。


「…………ころ、さなきゃ」


 そのような悲劇の中、奈都は犯罪組織から、見事に姿を隠し通した。

 本来であれば、涙を流しながら喚き、犯罪組織の手によって悲惨な末路を辿るはずだった幼子は、獣のようにこの時の襲撃者の顔と匂いを覚えていたのである。

 そして、復讐は速やかに行われた。

 散り散りに逃げたと言っても、それは『弱い魔獣』の類だ。強い魔獣の類はきちんと、両親が魔結晶に封じてあり、普段は放し飼いなどしていない。

 奈都はその魔獣を封じた魔結晶を幾つも持ち出して、そして、僅かな期間で完全に調教してみせたのだった。

 無論、これは奇跡ではなく、奈都の才能と血脈による物。

 奈都の血族は元々、魔獣を統べる獣王の血を引く混血。

 獣を従わせる素質はずば抜けており、また、奈都は両親が認める程に、才能に満ち溢れた天才だったのだろう。

 たった一か月の内に、奈都は魔獣を用いて犯罪組織と、それに連なる一家郎党全てを皆殺しにしていた。


「にんげん、にんげん…………うすぎたない、にんげん……っ!」


 この経験は、奈都を人間不信に変え、魔獣のみを友とする信条とするのには充分な物だった。

 だからこそ、奈都は――――使命を帯びて、常冬の領域に居る。

 そのことを、銃弾が胸を撃つ衝撃と共に思い出したのだった。

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[気になる点] 照子が領域とカンパニーについて話していますが、結局銀治君は隠し通せなかったのかしら。
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