第37話 銀弾よ、常冬を穿て 2
犬飼銀治は、ライトノベルが好きだ。
銀治が所有する書庫の大半が、ライトノベル――それも、学園を舞台とした青春モノの代物。その他、週刊誌やらファッション誌などが並べられ、雑誌の類は古い順から処理していく。
ただ、これは実際に銀治が書店に並んで買い揃えた物ではない。
銀治は、代々続く常冬の山に閉ざされた、猟師の一族。特に、魔力を扱うことに長けた『資格者』である。これが、魔力を扱う才能の無い凡人だったのならば、外部からの協力で契約の抜け道を探して脱出することも可能だったのだが、幸か不幸か、銀治には歴代の猟師を遥かに凌ぐ才能と素質があった。
そのため、銀治は生まれた時から常冬の山から外に出られない。
冬の光景しか知らない。
春を、夏を、秋を知らない。
ただ、それでも、銀治は己を不幸だとは思わなかった。
常冬の中で生まれた銀治には、温かな愛情を注いでくれる両親が居たのだから。
「すまない……すまない……お前に因縁を背負わせる、愚かな私たちを許してくれ」
「…………無茶しないで、元気に、育つの、よ?」
そんな幸福な日々が終わったのは、銀治がまだ、十にも満たない年齢の時だった。
偶発的な遭遇戦闘だったと、銀治に説明した黒服の男性は説明していた。
本来ならば、山奥に生息している『常冬の王』が気まぐれを起こしたのか、普段、通らないルートを通って徘徊。
偶然、狩猟をしていた両親と遭遇し、戦闘。
銀治の両親は『常冬の王』に甚大な被害を与えて、しばらく戦えないほどの傷を与えたのだが、その代償として命を落としてしまったという。
両親の死に目には会えた銀治だったが、その時は既に、両親は体の大半が氷に覆われ、そして、体の半分が砕けていた。
どれだけ才能ある子供だったとしても、両親の凄惨な死に様を見てしまえば、心に大きな傷を負ってしまうのは無理からぬことだった。
「…………殺す、殺してやる。皆殺しだ、この山に住む、獣全て」
銀治が猟銃を手に取ったのは、両親が死んでから半年経ってからの出来事だった。
その間、銀治は『カンパニー』と呼ばれる組織の構成員たちにより、保護、看病を受けていたおかげで死なずに済んだのだが、心の傷は膿み、やがて復讐へと駆り立てるようになってしまう。
当然、周囲は銀治を止めた。
何せ、本来であればまだまだ、親元で愛を受けて育たなければならない時期の子供である。カンパニーという組織の構成員は基本的に、ドライであり、時に、犯罪すら侵す無法者の集団であるが、この時ばかりは銀治に同情的な者が多かった。
「くははは! 面白い! いいぞぉ! ならば、お前の力を見せてみろ、犬飼銀治ぃ!!」
そんな同情の声を蹴り飛ばし、銀治用の装備を与えたのは、カンパニーの幹部である。
彼女は周囲の反対など全く気にせず、復讐を誓う少年に力を与えたのだった。
「マジかァ」
「ギン君、やべぇな、これ」
「天才って奴かぁ」
「いや、もはや鬼才だろ、これ」
「くははははは! 見ろ! 私の言った通りだろう!!?」
「「「アンタ、八割ぐらい死ぬとか言ってただろうが!!」」」
そして、銀治はその期待に応えた。
応えすぎる程に、応えた。
ろくに銃器の練習もしていないというのに、銀治は初めてそれを触った瞬間から狙撃が可能だった。それも、百メートルからの狙撃だ。控えめに言っても、初心者の上、銃器に振り回されるような子供の所業ではない。
その上、銀治は子供ながらに魔力が豊富であり、それを弾丸に込める作業は訓練することなく可能だったのだから、周囲が驚くのも当然だろう。
自分の肉体に、自分の魔力を込めるのと、無機質な物体に自分の魔力を込めるのとでは、まるで効率が違う。自分の肉体に魔力を込めれば、乾いたスポンジに水を染み込ませるように簡単だが、物体に魔力を込めるとなると、特殊な才能が必要となる。少なくとも、才能がない人間では、魔力を込めようとした段階で弾かれるか、物体が壊れるかのどちらかだ。
銀治には、その特殊な才能が有り余るほどあったのである。
「殺す……僕は、獣を殺す……猟師だ」
幼い銀治の弾丸は、容赦なく魔獣たちの命を奪い続けた。
一切合切、油断も緩みも無く。
猟師として最高峰の才能を持つ銀治は、淡々と訓練を重ねながら、成長していく。
今は、『常冬の王』を殺すことは出来ない。もっともっと、技量を磨いて、確実に殺せる瞬間まで、虎視眈々と力を蓄える。
それが、魔獣の血肉の混ざった泥水でも構わない。
銀治は初めて獲物を狩ってから、一年間、食事や睡眠の時間以外はほとんど、魔獣を狩ることに費やしていた。
それはもはや狂気であり、世話するカンパニーの構成員たちも『鬼子』と恐れてしまうほど、鬼気迫る物があったという。
「私たちは、一体、彼に何をしてやれるのだろう?」
しかし、銀治を恐れる世話係ばかりでは無かった。
中には、犬飼一族と長い付き合いがあり、銀治の母親の親友であり、銀治を赤ん坊の頃から見守っていた世話係も居た。
このままだと、銀治は修羅の道を歩んでしまう。
ただ、『常冬の王』を討つだけを目指すのならば、それが最適で最短かもしれない。命を賭して、復讐をやり遂げるのならば。
――――認められない。
親友が残した子供を、『たかが数百年の因縁』なんて物に消費させてたまるものか。
それは、世話係のエゴイズムだったのかもしれない。
我が侭だったのかもしれない。
押しつけだったのかもしれない。
それでも、何かを伝えようと世話係は考えて、色んなものを銀治に薦めた。薦めた物の大半は見向きもされなかったが、その中で唯一、『母親が特に好きだった小説』だと紹介した本は手に取った。
何かが伝わればいい。
銀治の行く先を阻むわけではないけれど、ただ、寒くて辛い道のりを歩むだけの人生にはならないで欲しいと願いが込められた本は、確かに届いた。
一年間ずっと、狩猟ばかりしていた銀治が、初めて休息をとって本のページをめくっていたのだから。
「…………面白かった、です。その、続きはありませんか?」
そうして、読み終えた銀治から告げられた言葉の、なんと嬉しかったことか。
以降、世話係は張り切って、お勧めの本を銀治に渡し続けた。自分が世話係の順番ではない時は、代わりの者に託して。
そんなやりとりが一年ほど続いた後のことだった。
「僕、決めました! 将来、都会の学校に行って、沢山の可愛い女の子とイチャイチャします!」
復讐鬼と成り果てていた少年は、何やら別の意味で手遅れの何かに成り果ててしまっていた。主に、思春期の少年としてちょっとアレな方向に。
●●●
「ふむ。確かに、納品を確認しました。では、こちらも」
「いつもありがとうございます、水無月さん」
「いいえ。こちらも仕事ですので」
銀治は主に、狩猟で生計を立てている。
現在、猟師で生計を立てていくのは非常に難しいとされているが、それは腕と場所、そして、狩る獲物によって異なる。
銀治が狩るのは全て、器を得た魔獣。
器を得る前の魔獣よりも狂暴性は下がるものの、継続戦闘力、内包する魔力は比ではない魔獣。それらの毛皮や肉、牙、その他、様々な薬の材料となる部位を綺麗に仕分けて、冷凍保存し、カンパニーの受取人へと手渡す。
そうすることによって、銀治は十五歳にして、高給取りとなっていた。
具体的な金額は、その月の狩猟回数によって異なるが、ここ数年で一番少ない年を見積もっても、銀治は純利益で一千万以上の年収を叩き出している。
無論、この金額は、カンパニーからの善意による物ではない。
「相変わらず、良い腕ですね、犬飼君」
「ええ、まぁ。これでも、この山一番の猟師ですから! なんて、僕一人しか、この山には居ないんですけどね!」
「その自虐ギャグ、前に小鳥遊に怒られた奴では?」
「はい! なので、水無月さんに披露しています!」
「なるほど。つまらないので、改善を要求します」
「手厳しい!」
銀治の取引相手は、主に、水無月と名乗る黒服の青年だった。
水無月一族は、カンパニーの中でもとある幹部に重用されている集団であり、男女を問わず、大邸似たような顔つきと体つきの者たちだ。
没個性を絵に描いたような集団であるが、代わりに、幹部に対する忠誠心は他とは比べ物にならないほどに高い。例え、どのような事情があったとしても『商売相手』へ情け容赦をかけるなどあり得ないほどに。
つまり、銀治が得た金額は全て、銀治の実力による正当なる報酬なのだ。
「うーん、それじゃあ、漫才のビデオでも見て勉強しようかなぁ?」
「報酬に追加しますか?」
「むむむーん、やっぱりいいです。それと、来月分のライトノベルの新刊もとりあえずは大丈夫です」
「…………よろしいのですか? 我々は二週間に一度しか、この領域に侵入できません。この領域内部は外から隔絶されており、連絡も通じません。後から言われても、突然、変更することは難しいですよ?」
「はい、大丈夫です。だって」
カンパニーのサポートにより、銀治の生活は決して悪くはない。
食事も保存性優先ではあるものの、高級な物を選んで取り寄せているし、娯楽品も、定期便ではあるが、カタログ付きでカンパニーが仕入れてくれる。
自由を諦めさえすれば、余計な手出しさえしなければ、銀治は下手に外へ出るよりも裕福な暮らしが出来るだろう。
「そろそろ僕、『常冬の王』を狩りますので」
だが、銀治はその選択肢を放棄する。
「今度は、冗談ではないですよ?」
「…………ほう」
確かな自信を伴った笑みを作る銀治へ、水無月は無表情ながらも感心の視線を向けた。
これは、単なる若さゆえの無謀ではなく、勝算のある言葉である、と。
「長い付き合いのあるカンパニーには悪いですが、そろそろ僕、学校に通おうと思うのです。ふふふっ、憧れのスクールライフ……」
「なるほど。確かに、貴方が仕入れてくれる魔獣の素材を失うのは、惜しいかもしれませんね。しかし、それ以上にこの土地が解放されるという可能性があるのは、より大きな利益を我々にもたらしてくれるかもしれません」
とんとん、と小さく指で己の膝を叩いた後、水無月は言葉を続ける。
「よろしい。我々と貴方の一族は長い付き合いです。もしも、貴方が悲願を遂げることが出来たのならば、外での生活を全面的にバックアップしましょう」
「と言いつつ、僕に首輪をかけるつもりだね?」
「バレていましたか、ええ。もちろん、貴方のような優秀な人材を他の組織に流すつもりは無いので…………今度、正式な契約書も持って来ましょう」
「その時は、ささやかな祝杯を上げたいから、お酒もよろしく」
「残念ながら、未成年への酒類の提供は認められていません」
「半分以上、犯罪結社の癖にぃ」
銀治は余裕のある笑みを浮かべて、水無月と向かい合っていた。
明らかに、自分よりも年上で、外の世界を知る青年に対して気後れしないのは、銀治の中に確固たる自信があるからだ。
即ち、自分は有用な人材である、という確信。
外の世界を知らない銀治のことを井の中の蛙と称する者も居るかもしれない。けれど、少なくない時間、銀治と接したことのある水無月の見解は違う。
これは、井の中の蛙などではなく、檻の中に閉じ込められている怪物だ、と。
自由に闊歩させるには怖いが、幸いなことに、この怪物とカンパニーは浅からぬ繋がりがある。だからこそ、水無月は仏頂面を崩して、綺麗な営業スマイルで言うのだ。
「ですから、祝杯はノンアルコールにしておきましょう」
カンパニーの利益になるための言葉を。
●●●
停滞の楔は砕かれ、秒針は進み始める。
常冬の中で研がれた牙はついに、王の首元に届かんとしている。
三百年以上続く因縁は、静かに決着の時を待っているだろう。
君臨するは、冬を統べる王。
叛逆するは、魔弾を操る狩人。
隔絶された冬の中で、二つの絶対強者は、互いに『その時』が来るのを待ちながら、神経を尖らせていく。
常冬に住まう生物の中で、彼らの邪魔を出来る物などは居ない。
『常冬の王』の領域に住まう魔物は全て、眷属であるが故に。王の邪魔などはしない。むしろ、狩人の前では足手纏いにしかならないので、戦いへの介入は許されないのだ。
よって、長い因縁を決着させるための戦いは、誰にも邪魔されない――――そのはず、だった。
――――どぉおおおおおおおおおおおおんっ!!
「っつ!? なん、だ、この異常な魔力の激突は!? あいつが!? いやでも、あいつと同等の個体なんて…………まさか、侵入者か!? カンパニー以外の何者かが!?」
決着の気配をひしひしと感じるとある日、銀治は静寂を砕く衝撃音を聞いた。
まるで、空中でミサイルでも爆発したような音と、衝撃が大きく辺りに広がり、山の斜面では幾つも雪崩が起きている。
銀治が住むログハウスの周辺は、カンパニーが作り上げた強固な結界に守られているが故に、雪崩の影響は受けないが、だからと言って暢気に腰を落ち着かせていられない。
「ちぃっ! こんな時に、厄介ごとなんて!」
銀治は手早く装備を身に着けると、身を潜めながら衝撃音のあった場所まで急ぐ。
雪崩により、普段使う道が幾つか潰れているが、関係ない。犬飼の一族はとっくの昔に、魔力を用いて雪の上を駆る技術を身に着けているのだから。
「…………は?」
そして、現場に駆け付けた銀治は、思わず目を疑った。
夜中でも、数キロ先に居る獲物を見逃さない目を、疑ったのである。
無理もない。
何故ならば、そこに在ったのは分厚い雪すら吹き飛ばし、大地が半径五十メートルほど抉れてしまったクレーター…………その中心に、『セーラー服姿の金髪美少女』が倒れていたのだから。
「…………いや、いやいやいやいや」
ライトノベルの読み過ぎで、自分の妄想が顕現したのか? と頭を捻る銀治だったが、金髪美少女はしばらくすると平然と立ち上がり、そして、銀治へ視線を返した。
そう、一キロメートル離れた場所で、雪の中に隠れている銀治へ。
「――――っ!」
その瞬間、銀治の中でスイッチが切り換えられる。
即座に狙撃銃を構えて、いつでも対象に渾身の魔弾を打ち出せるようにして。
「すみませぇええええええええん! ここ、どこですかぁあああああ!!? くっそ寒いんですけどぉおおおおおおおお!? ひょっとして、シベリアですかぁ!?」
三度の瞬きの後、一気に戦意が萎むのを感じた。
既に、スイッチは元の場所に戻り、戦うという気分ではない。
「…………落ちモノ系美少女かぁ」
とりあえず、銀治は警戒を続けながらも、突然の来訪者と対話をすることを決めたのだった。




